純白の策士

「今ね、マリアと私でいろいろと準備してる所なの」

 最近機嫌の良い幼馴染――ソフィアはそんなことを言った。
 未開惑星であるエリクールに残って、今ではアーリグリフ軍「疾風」の団長までをも務めるようになった大切な友人――を話題にしたときのことだ。
 何のことかさっぱり検討も付かないフェイトがいくら聞いても、ソフィアはそれ以上口を割らない。

 に何かあったのか――そう思ったフェイトは、単身アーリグリフを訪れたのだが……




「フェイト! 久しぶり、元気だった?」

 明るい声で迎えてくれたはいつも通りで、フェイトは些か拍子抜けすると共に安心する。
 しかし、その安心はすぐに裏切られることになった。

「――ソフィアから近々来るって聞いていたけど、丁度良いタイミングだわ。来たばっかりで疲れているところ悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれない?」
「いいけど――どこへ行くんだい?」
「アルベル様のところよ」

 別に疲れてはいなかったし、アルベルのところにも後で顔を出すつもりだったから構わないのだが、妙に急いだの様子が気にかかった。

 アルベルの部屋の前で入室の許可を貰って、少し気を引き締めて扉を開けたフェイトの目に飛び込んできたのは、妙に着飾ったアルベルだった。
 いつものガントレットまで外しており、黒を基調としたきっちりした礼服に、豪奢なマントを羽織っている。マントや襟元の留め金などに金の装飾がさり気無く散りばめられており、それらの衣装を何の気負いも無く身に纏って立っている姿は、流石生まれ付いての貴族だけはある――と感じさせるものだった。

「どうした、何の用――……」

 仕立て屋らしき男が裾などの調節をしている横でこちらを見ずにそう問おうとしたアルベルを遮って、の口は開かれた。

「かっ……」
「か?」
「カッコイイです、アルベル様……!」

 どうやら最初無言だったのは、アルベルに見惚れていたらしい。
 思わずそう叫んだの言葉に、アルベルは驚くほど真っ赤になってようやくこちらを振り向いた。
 そして、そこに居たフェイトと目があって、表情を凍りつかせる。

 ――こんなに表情豊かなアルベルを見るのは、初めてかもしれない。

 そう思いながらフェイトはようやく驚きから立ち直って、苦笑してアルベルに話しかけた。

「やあ、アルベル。元気だったか? その服……これから何か式典でもあるのか?」
「いや……それより、何しにきやがった」

 苦虫を噛み潰したような顔で、それでも無視するわけでもなくひたすらに話題を逸らそうとするアルベルなど珍しい。

 違和感に首を傾げたフェイトにくすくすと笑って、は告げた。

「フェイト、これは来月の式の衣装なの。今日は衣装合わせね」
「式?」
「そう。――アルベル様、こうしてもうフェイトにも見られちゃったことですし、彼やクリフも呼んで構いませんよね?」
「テメェ……わざとそいつを連れてきやがったな?」
「とんでもない。フェイトが今日来たのは偶然だし、それに私は――ほら、この書類を持ってきただけですよ?」

 そうやって掲げた書類に、アルベルが更に顔を顰める。
 フェイトにもそれが口実なのだというのはひしひしと理解できた。だが、その他は丸っきり分からない。

「式とか呼ぶとか、一体何の話なんだ?」

 尋ねたフェイトに、にっこり笑ってはその一言を告げた。

「私とアルベル様の、結婚式よ」

 文字通り驚愕したフェイトが、今度こそ中々立ち直れなかったことは言う間でもない。







「結婚式は女の子の憧れだもん! 絶対にぜーったいに、地球風にするべきよ!」

 一ヵ月後――
 妙に説得力のあるソフィアの言葉を容れて、ところどころ地球風にしたらしいとアルベルの結婚式に、フェイトたちかつて行動を共にした仲間たちは集まっていた。
 フェイトたちを呼ぶことを随分と渋っていたらしいアルベルを、はきっちり説き伏せたようだ。

 更に、ウォルター伯爵の養女となって自身も疾風団長という要職についた為に余計に発生した結婚にまつわる諸々の面倒事も、ほぼ一人の力で片付けてしまったというのだから、大したものだと思う。

 フェイトが怒涛の一ヶ月を思い出して感慨に耽っている間にも、式は手順通り進んでいく。

 アルベルの格好はフェイトも以前に見た伝統ある高位貴族の礼服だが、は幾重にも重なった純白のウェディングドレスに可憐なヴェール、小ぶりのブーケを手に持っていた。
 アペリス教を迫害してきたアーリグリフで流石に教会を使うわけにもいかなかったので、会場は王城の王の間――神父の代わりに、立会い後見人を務めるアーリグリフ王が中央に立つ。

 そして、アーリグリフの伝統的な結婚の口上が述べられ、いよいよ地球風のお決まりの誓いの言葉となった。

「汝、アルベル・ノックス――お前は、を妻とし、病めるときも健やかなときも、共に生きることを誓うか?」
「ああ、誓う」

 間髪入れずに答えたアルベルに、隣のが嬉しそうに微笑んだのが分かった。

「汝、・ウォルター――汝は、アルベルを夫とし、共に生きることを誓うか?」
「はい――誓います」

 こちらもきっぱりと厳粛に答えたの左手の薬指にアルベルから指輪が贈られ、そしてヴェールを上げて誓いの口付けを――

 最後までそれを見届けず、フェイトはそっと外に出た。
 には少なからず心を寄せていただけに、諦めたとはいえ流石に見ていると辛くなる。

 それでも、が幸せでさえいてくれるなら、それが一番だと思われた。

「お幸せに――」
 テラスに出て、そっと呟いた言葉は風に乗って流れていく。

 今日のは、フェイトの言葉が無くとも最高に幸せそうに輝いていて、それが眩しいくらいにキレイだった。
 その隣に立つアルベルも昔が信じられないくらいいつに無く穏やかな目をしていて、悔しいけれど、似合いの二人だとそう思えた。

「フェイトー?」

 王の間から、フェイトを探すソフィアの声が聞こえた。
 ひょいと顔を覗かせると、ソフィアの手にはブーケが握られている――が投げたのを、見事にキャッチしてきたのだろう。

 これはしばらく煩そうだと笑って、フェイトは元来た方へ足を向けた。

 純白のドレスと漆黒の式典服に身を包んだ二人の、大切な友人たちの幸せを願って――……








CLAP