37.エターナルスフィア

 ゲートを潜り抜けた瞬間、ビリビリと体を電流のようなものに貫かれた感覚が走り、FD世界に飛び出した途端には思わず膝をついた。

!?」

 剣を構えて辺りを警戒したまま呼びかけてきたフェイトに、大丈夫だと首を振って答える。
 手を貸してくれたアルベルに助けられて起き上がり、ふるふると頭を振って仲間と同じように周りに視線を向けた。



 ロキシ・ラインゴット博士の遺言に従って訪れたムーンベースのラボ……そこで知った事実はあまりにも突拍子無く、そして驚愕に値することだった。

 ロキシたちの研究チームは今から20年以上も前に行われた惑星ストリームの『タイムゲート』の調査で、この世界がFD人という異空間の存在によって創られた世界だということを知ったという。
 そして、タイムゲート自身から、科学の発達しすぎたこの世界の破壊を通告された。
 当時の研究者達は、いずれきたるその時に備えて、FD人に対抗できる力を紋章遺伝子学によって3人の子供に託した。
 それが、フェイト・マリア――そして、ソフィアだったのである。

 衝撃の記録に戸惑いながら、そうしている間にも、<執行者>エクスキューショナーを名乗る謎の勢力はその圧倒的な力でもって連邦の守る地球や銀河系の各地を攻撃していく。
 残された道はただ一つ――フェイトたちに託された力を使ってFD空間へ乗り込み、直接FD人を倒すしか無い。
 その為にタイムゲートのある惑星ストリームまでやってきたのだが――……

 たちを惑星ストリームに下ろす為に、ムーンベースからここまで連れてきてくれた連邦の最新鋭艦アクアエリーは犠牲となった。
 まだその痛みも冷めやらぬ内に、ソフィアの”コネクション”の力によってタイムゲートとFD空間を繋げ、こうして一行はFD空間へと到達したのだ。



(さっきの痛み、あの時の感じに似てた……)

 得物の矢を握り締めて、は唇を噛む。
 体の全部から頭にかけて何かに貫かれるような痛みは、以前クロセルの背中からバンデーン艦と戦っていた時……そして、エレナ・フライヤと握手した時に感じたものにひどく似ている。
 しかし今回は痛みは一瞬で消え、後には痺れるような怠惰感が残っているだけだ。
 なぜ、と考えてしまう気持ちは否定できないものの、今はとにかく目の前に広がる世界に集中しなければならなかった。何しろ次元の違うFD空間なのだ。自分たちが存在出来るかどうかすら怪しいと言っていた世界で、一瞬でも気を抜ける訳が無い。

 しかし、予想外のことにその緊張は長続きしなかった。

「エクスキューショナーはどこだ…?」
「オイオイ、敵の本拠地ってのはもっと緊迫感があるんじゃねぇのか、普通?」

 フェイトとクリフが放心したように剣と拳を下げたのにつられて、全員臨戦態勢を解く。

「ああ。少なくてもここは普通の街に見えるがな。肩透かしを食らった気分だ」

 アルベルが言った通り、そこには敵であるエクスキューショナーの姿など一つも見当たらず、どう見ても穏やかな一般人が驚いてこちらを窺っているだけだった。
 平和な街に突如武装した人間が現れたのだから、当然の反応だろう。ましてや抜き身の凶器をギラつかせて殺気まで放っているとなれば尚更だ。
 ここがあのエクスキューショナーを送り出している創造主達の世界だというのは俄かに信じがたいが、フェイトたち三人はここがFD空間に間違いないという見解で一致していた。

「ねぇねぇ、お兄さんたち、今、エクスキューショナーって言ったの?」

 次第に集まってきた人々の中から一人の少年が走り寄って来たのは、ちょうどたちの緊張が戸惑いに変わった頃だった。
 フラッドと名乗った少年は利発そうな瞳に山のような好奇心を乗せて話し掛けてくる。

「ウチにおいでよっ。多分お兄さんたちの知りたいことが分かると思うんだ」

 口調は年齢にしては随分と生意気なようだが、話す内容も順序もかなりしっかりしている。
 こういう相手は、油断さえしなければ十分信用できると、は経験上知っていた。年齢を補って余りあるくらいには、フラッドはしっかりしている。

 どうしようかと目線で問い掛けてきたフェイトに頷くことで答えを返すと、マリアたちもそれに賛同した。

「早くしないと、セキュリティサービスがやって来ちゃうよ。早く、早く!!」

 恐らくこの町の警察機構だろう。
 ここで下手に目立つのはたちも本意では無い。
 フラッドに導かれながら、たちはその場を駆け出した。





 家の中に入るなり自分のデスクに腰掛けたフラッドは、フェイトたち全員の名前と出身地を聞いてきた。
 訝しく思いながらも、教えなければ話が前に進まないと言われればどうしようもない。
 フェイトから順に入力していって、の番が回ってきた。

「あー、こいつはだ。・……そういやぁファミリーネームは何てんだ?」

 代わりに答えてくれたクリフの問いに、は曖昧に首を横に降った。
 フラッドが求めているのは、名前と出身星だ。ということは、名前も生まれた時に付けられたものが知りたいのだろう。
 ロストチャイルドとしての姓は意味が無いだろうし、本来の姓は覚えていない。

「……そうか、出身惑星も分からないんだったな?」

 クリフの確認の言葉に、は遠慮がちに頷く。
 負い目や引け目はとうに吹っ切れたはずだが、こんな時は不自由だと思う。

「うーん…ファーストネームだけかぁ……じゃあ、現在の星籍と年齢を教えて」

 それには素直に頷いて、クリフが代わりに答える。
 それを入力して作業を終えると、画面にいくつかの情報が流れてきてフラッドは歓声を上げた。

「……すげぇや! やっぱり、お兄ちゃんたちはそうだったんだ。なるほどね、納得。ブレアの言った通りだ」

 フラッドの言っている意味が全く分からず、たちは眉根を寄せる。
 だがフラッドはお構いなしで、次に流れてきた表示に更に目を輝かせた。

「わぉ! そっちのお姉さん…さんだっけ? すごいよ! 僕、レアレイズなんて初めて見た!」

「レアレイズ?」

 聞きなれない言葉に、更に困惑は深くなる。
 続いてフラッドが画面に表示させて見せたものは、なんと連邦とエクスキューショナーの戦いの映像で、たちは目を見張るばかりだった。

「お兄さんたちはエターナルスフィアの住人なんだよね? これは、今エターナルスフィアで実際に起きていることさ」

「実際に起きていること、だぁ? おい、坊主、エターナルスフィアってのは一体何なんだ!?」

 いい加減に我慢を放棄したらしいアルベルやクリフが凄みを利かせると、流石のフラッドも慌てたようだ。

「落ち着いて。ちゃんと説明するよ。――エターナルスフィアってのはね、シミュレーターの中の世界なんだ。で、地球もその世界の中に存在する惑星の一つってわけ」

「え……?」

「エターナルスフィアは個々の端末から鑑賞できるんだ。だから銀河系で起きている事件もここで見れるというわけ。つまり、お兄さんたちはエターナルスフィアというシミュレーターの中にいる登場キャラクターなんだよ」

 辺りを凍りついたような沈黙が支配した。
 フラッドの言ったことが、頭の中で不協和音のように巡回する。

「つまりオレたちはプログラムだってのか?」

(プログラム…?)

 自分の存在がひどくおぼろげなものに思えて、足元が揺らぐような感覚が襲った。

「じゃあ、銀河という世界は、ただのゲームのステージだというの?」
「ううん。エターナルスフィアは、オンラインで僕ら参加者全員が共有しているんだ。勝手にリセットできない。だから、ゲームっていうのとは少し違うよ。まあ、一種のパラレルワールドみたいなものかな。……お兄ちゃんたちはそれぞれ独自のAIプログラムで動いてるわけだから、本質的には僕たちと一緒だよ。存在している次元が違うだけさ」

 フラッドの言葉がの頭に入ってくる度、頭痛がするようだった。
 自分がシミュレーターの中のAIプログラムだなんて……考えられるだろうか。

「…レアレイズってのは何なんだ?」

 今まで黙っていたアルベルの問いに、も顔を上げた。
 先ほどフラッドが自分を指して言った言葉――レアレイズ。

「その名の通り、<稀少種>だよ。特別なパラメーターを持ったレアキャラさ。力が強いとか、頭がいいとか、体力があるとか……普通の人よりもそれがずば抜けて優れてるキャラクターがいろんな所に隠されているんだ」
「……つまり、ロストチャイルドって訳ね」

(………………………)

 マリアの気遣わしげな視線にも、今のは答える余裕は無かった。
 もう、そこまでで限界だったからだ。

 その後も、肝心のエクスキューショナーについてフェイトが質問し、それが銀河系区画のバグを修正するためのバグフィックスプログラムだという回答を得ていたが、はその話を拾うだけで精一杯だった。とても今は何も考えられそうに無い。

 フラッドがここまで詳しいのは、ブレアというエターナルスフィア制作会社の友人が居るかららしいが、その好奇心は持ち前のもののようだ。

「お兄ちゃんたちはエクスキューショナーに対抗するために来たんでしょ? で、どう? 勝てそう?」

 無垢な瞳で核心をつかれて、フェイトも思わず口をつぐんだ時だった。
 不意に家の出入口が騒がしくなり、武装したセキュリティサービス数名が現れる。
 どうやらフラッドの母親が通報したようだが、たち自身の不審さを思えばそれも当然のことだと思えた。
 フラッドと話をする前に、きちんと母親に挨拶して納得させるべきだったと、今更悔やんでも後の祭だ。

 大人しく捕まるつもりは無い以上、こうなれば強行突破しかない。
 FD人との初めての戦闘……警戒を強くして家の外で迎え撃ったたちだったが……

「え…これで、終わり?」

 ソフィアからそのかわいらしい容姿に不釣合いな台詞が出るほど、本当に一瞬で片が付いてしまった。
 FD人全員がエクスキューショナーのように強いのでは無く、あれはエターナルスフィア用に特別に作られたプログラムだということだろうか。

「お兄ちゃんたち、これあげる!」

 呆然とするフェイトたちに、家の中から出てきたフラッドがディスクを投げる。

「僕の話が信じられないなら自分で確かめてみるといいよ! ジェミティ市にエターナルスフィアの特殊端末があるから行ってみるんだね!」

 信じられない……確かに、自分たちがプログラムだなんて、人間によって作られたものだなんて、俄かには信じ難い話だ。
 どちらにせよ目的を果たす為には、エクスキューショナーをバグフィックスプログラムだと言ったあの言葉は確かめなくてはならない。
 要領よく道を示してくれたフラッドに、は苦笑した。
 ちょっと生意気だが、聡明で優しい子だ。

「あのガキ、味な真似を」

 クリフの負け惜しみとも取れる言葉に更に苦笑して、は皆について歩き出す。


(プログラム…レアレイズ……)

 ふと蘇ってきた言葉に、笑っていた顔を強張らせては沈黙した。
 世界が『エターナルスフィア』という名のオンライン共有ゲームなのだとしたら、の母星が滅ぼされたあの陰惨な事件も、ロストチャイルドという馬鹿げたお遊びが流行したのも、全てはそうプログラミングされたイベントだったとでもいうのだろうか。

 知らない間に震え出していたの手を、隣を歩いていたアルベルが強く握った。

「くだらねぇことばかり考んな、阿呆」

 繋いだ手のぬくもりが暖かくて、の震えが消えていく。
 の方からもぎゅっと握り返すと、もっと心強い気がした。

(ありがとうございます)

 礼の代わりに微笑みかけると、アルベルの瞳も穏やかなものになった。

 それがたまらなく嬉しくて、は胸元を強く握る。
 この人と一緒なら、強い自分でいられる……

 微かに残る不安と共に、その勇気を握り締めた。








05.4.17
CLAP