34.慟哭

「お前たちはなかなかよくやったよ。敵ながら褒めてやる」

 妨害装置の破壊を目指して屋上まで戻ってきたとフェイトたち一行は、頷き合って一斉に柱の影から駆け出した。
 ずっと奥内に居た為、空の青さが目にしみる。
 フェイト・マリア・クリフの三人が言葉の主であるビウィグと向かい合い、とラドフが入口の両脇についた。
 フェイトたちを援護出来、中にいる博士とソフィアを守ることも出来る位置だ。

「だが、これで終わりだ。大人しくその小僧をこっちへ引き渡せ」

 相変わらず高圧的で話が通じそうもない相手に、は弓に矢を番えて構える。
 それを視界の端に捕らえたビウィグは、鼻の先で笑い飛ばすように言った。

「あらかじめ言っておくが、抵抗しても無駄だぞ。いくら倒そうが、こっちはいくらでも補充が利くんだ。お前たちは逃げることが出来ないんだからな! グハッハッハッハー!」

「……下品な笑い」

 は思わず顔を顰めて吐き捨てた。
 目標の転送妨害装置は、下卑た笑い声を上げているビウィグの後ろである。相手が銃を装備している以上、うかつには近づけない。
 さて、どうしたものかとが考えを巡らせている時だった。

 視界の端を見知った影が掠めて目を上げる。
 まさか、と思った予感は当たっていた。

「それはこれがあるからだろう、阿呆が!」

 言い捨てたアルベルの身体がひらりと宙を舞い、無駄のない動きから素早く繰り出された刀の一撃が妨害装置を襲う。
 呆然と身動きも出来なかったバンデーン兵の目の前で、装置はところどころショートを起こし、煙を上げて沈黙した。

「ふん、これでも強気でいけるのか、お前」

「アルベル!」

 タイミング良く装置を破壊したアルベルに、フェイトたちが歓声交じりの声を上げる。
 は呆気に取られた状態から我に返ると、すぐにその場を駆け出した。
 銃を装備したバンデーンが、すぐ近くに居る装置を破壊したアルベルを見逃すはずはない。
 そしていくらアルベルと言えども、最近まで銃という武器を目にしたことさえ無かったのだから易々と潜り抜けられるはずが無い。
 
「貴様、よくもっ!」
「アルベル様っ!!」

 ビウィグがライフルを構えたのと、がアルベルに飛びついたのはほぼ同時だった。

 自分の体を盾にしてアルベルを庇う形でその場に倒れこむ。
 二発の銃弾がすぐ側を通り抜けていった感覚の後、三発目がの腕を掠った。

「ぁうっ…!!」

!!」
「だ…だいじょ…ぶです」

 地面に落下して我に返ったアルベルが、体を強張らせたに気付いて声を上げる。
 焼けるような痛みはあるものの意識はしっかりしていたは、心配をかけまいとしてすぐにそう答えた。

 だが、そんな言葉は余計にアルベルの神経を刺激してしまったらしい。

「この阿呆がっ!! くっ…!!」

 最初の攻撃を回避したものの、まだ状況は変わっていない。
 次の射撃が来る前にと素早く身を起こしたアルベルは、負傷したを怒鳴りつけながら腕に抱え込み、姿勢を立て直そうとした。

 だがその瞬間、間髪入れずに放たれたビウィグの銃弾が、アルベルの肩口を射抜いた。

「うぉぉぁぁぁぁっ!!」

 着弾の衝撃で吹き飛ばされたアルベルと共に、もその場に投げ出される。

「くっ…ア…アルベルさ……っ!!」

 朦朧とする体を起こしてアルベルを見たは言葉を失った。

 ドクン…ドクン…ド……!

 一際大きくなる自分の心臓の音が、不意に止まったような気がした。
 心臓だけでなく、思考も世界も時を止めてしまったかのようだ。
 呼吸の仕方さえ忘れて、は喉を押さえた。

 言葉が出てこない――息が、出来ない。

 肩と胸の中間あたりを射抜かれたアルベルは、一目見て命も危うい状態だった。
 傷口から流れ出した鮮血は、見る間に石の地面に広がっていく。

「あ……あ………」

 ヒュウヒュウと鳴るの喉から、意味を成さない言葉が漏れた。
 それさえどこか違う世界のことに思えて、はきつく目を瞑る。
 傷の痛みより何より、この現実から目を背けたかった。
 次に目を開けた時、全ては夢だったと笑えたらどんなにいいだろう。

 恐る恐る目を開けて、そこにある動かぬ現実に、を絶望が支配した。

「ゃっ……ぃやぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 喉から迸った悲鳴は、高い空に木霊した。






「ビウィグ、貴様っ!!」

 とアルベルが撃たれた――ほんの一瞬の間に起こったその悲劇に、フェイトは唸るように相手を睨んだ。
 響き渡ったの悲痛な叫びが、耳の奥で木霊する。
 身を切られるような感情に、フェイトは拳を握り締めた。
 一触即発のこの状況では、二人に駆け寄ることさえ叶わない。

「転送妨害装置を破壊したくらいでいい気になるなよ。我が軍の戦闘艦にかかれば、貴様らの母艦を撃沈するなどたやすいこと。何も変わりはしないっ!」

 ビウィグの負け惜しみのような言葉も、今のフェイトには憎しみの対象でしかない。
 感情のままに戦闘をしかけようと体が動きかけた時だった。

 フェイトたちとバンデーンとの間に、転送音と共に人影が現れる。
 突如現れた5人の男達はクォークの装備を身に付けていて、その内の一人がこちらを振り向いた。

「リーダー、ご無事ですかっ!?」
「リーベル!」

 クォークの狙撃手リーベルの登場に、フェイトは強張っていた緊張を少し解いた。彼らがここへ来れたということは……

「どうした!? 何故部隊を送ってこねえ!」
 慌てたビウィグに、側に控えていた部下が何事か耳打ちする。
「……何? アクアエリーだとぉ!? くっ、一旦引く! ダスヴァヌ、収容しろ!」

 やはり、ようやく連邦のアクアエリーが到着したようだ。これで状況もこちらの圧倒的優位になったに違いない。

 素早く撤退の指示をしたビウィグとバンデーン兵たちが去ると、フェイトはクリフと一緒にたちに駆け寄った。
 建物内に隠れていたソフィアとフェイトの父ロキシも駆けつけてくる。

「大丈夫か、、アルベル!」

 撃たれた腕ではなく胸の辺りを押さえて蹲っているの肩をフェイトはそっと掴んだが、はぴくりとも反応しなかった。
 訝しんで顔を覗き込むと、血の気の引いた蒼白な顔で唇を震わせている。周りの音は一切聞こえていないかの様子で、目を見開いたまま恐れるように一点を凝視していた。
 の視線の先――倒れたままのアルベルを一足先に辿り着いていたラドフの横から覗き込むと、撃たれた傷は相当深いことが窺われたが幸い急所は微かに外れている。

「ひどい――――」

 しかし、思わず顔を背けたソフィアの気持ちが分からないではない程……そしての様子に得心が行くほど、アルベルからは夥しい血が流れ出している。一刻も早く最新の医療を施さなければ危ない。

「どうしてこんなことに……」
「…どうしても…クソもねえ…」
 呆然と呟いたフェイトに思わぬ返事が返ってきて、フェイトはアルベルを覗き込んだ。
 それまで焦点の定かでなかったもはっとして、アルベルの手を握る。

「ここは俺の家じゃ…ねえか…。俺は…侵入者を排除…しようとしたまでだ…。…お前たちは俺の獲物…だ…。他のヤツに…やらせるわけにはいかねえ…」

 時々苦しそうに咳き込みながらの言葉に、フェイトは以前が言っていた言葉を思い出した。

 ――「アルベル様は優しい人です」――

 嫉妬するほど穏やかな微笑で言われた言葉を本気で受け止めなかった訳ではないけれど、今になってその意味を理解する。
 アルベルは見かけの強がりの中に、不器用で意地っ張りな……けれどその本質は優しい面を隠しているということに。
 フェイトたちを助けるために撃たれたとアルベルに、フェイトは目頭が熱くなった。

「ふざけんな! オイ! 目ぇ開けろ!」

 クリフも同様なのか、抱えたアルベルの体を揺する。
 しかし、アルベルは苦しい息の下で最早目を開ける力さえ残っていないようだった。

 カタカタカタ……

 すぐ側で、が震えている。
 フェイトはそっと労わるようにその肩を撫でると、クォークのメンバーと歩いてきたマリアに立ち上がった。

「ディプロに収容しよう。あそこでなら助けられる」

 にも言い聞かせるように言った言葉に、マリアも力強く頷く。

「ええ、分かってる。――ディプロ、こちらマリア。状況はどうなってるの?」

 マリアがディプロと連絡を取っている間に、フェイトはアルベルに応急処置を施しているラドフに向かい合った。

「さっきも言った通り、僕たちの技術ならアルベルを助けられます。アルベルを連れて行ってもいいですね?――それに、も」

 とて浅くは無い傷を負っている。いくら回復力が高くても、この星ではエリミネートライフルの傷は治療出来ないだろう。それに――今のが大人しくアルベルから離れるとも考えられない。

「……ああ、よろしく頼む。これだけの傷だ――治療にどんくらい時間がかかるかわからねぇが、団長とはしばらく留守にするってことで手は打っておく。任せてくれ」
「お願いします」

 ラドフと頷き合ってフェイトは立ち上がった。
 後は一刻も早く二人の治療をしなければ――……

 そう思い、マリアに状況を聞こうとした刹那、突然の転送音と共に頭上から殺気が降り注いだ。

「利用…できないなら、排除するまでだ!」

 いつの間にかそこには、ダスヴァヌに戻ったはずのビウィグたちが立っていた。
 その銃口は真っ直ぐにフェイトに向けられている。
 すぐに引き金が引かれ、かわせないと直感で感じた時だった。

「だめだっ!」

 ドンと背中を押されて、フェイトは前方に押し出された。
 今の声は――……
 そう思う前に体が動いていた。

「父さんっ!!」
「博士!」
「いやぁぁぁぁっ!!」

 マリアとソフィアの悲鳴も重なった。
 フェイトは無我夢中で這うようにしてフェイトの代わりに銃弾に倒れたロキシに近づいた。

 そしてはっと息を呑む。
 アルベルと同じように、夥しい出欠が地面に広がっている。ただ一つ違うのは、銃弾が運悪く急所を貫いているということだった。

「フェイト…、マリア…、……ソフィア」

 ロキシの弱々しい声に、マリアとソフィアも慌てて駆け寄った。
 今にも途絶えそうな声で、ロキシはムーンベースの研究所にデータがあると…フェイトたちは『希望』なのだと告げた。

「父さん、しゃべらないで…」

 フェイトは堪らずにそう言う。これ以上苦しそうな父親を見るのは耐えられない。

「ははっ、邪魔ばかりするからだ! いいザマだ、素直に協力しておけばよかったんだよっ!!」

「ビウィグ!」
「うぉぉぁぁぁ!!」

 を撃ち、アルベルを撃ち、父を撃って、その父を辱めているビウィグ……フェイトは怒りに身を任せて剣をふるった。

 何の障害も無く、本気になったフェイトたちにとって、ビウィグたちは最早敵ではない。
 問答無用で相手を倒し、フェイトは急いでロキシの元に駆け戻った。

「父さん、父さん!」
「……すまな…い――――――」

 祈るような想いで体を揺さぶるフェイトの甲斐も無く、ロキシはその言葉を最後に目を閉じた。

「博士……」
「嘘だろ、父さん!」

 もうどんなに呼んでも、ロキシは目を開けなかった。
 体からは次第に体温が奪われ、冷たくなっていく。

 フェイトは溢れる悲しみを吐き出すように声を上げた。
 辛いことが続いて、神経が磨耗していた。

「――ディプロ…片付いたわ。収容して」

 悲しみを耐えたマリアの機械的な口調が、静かにその場に落ちた。









05.3.30
CLAP