「風が気持ちいい……」
その日の午後、ようやく先日の<星の船>との戦闘事後処理を終わらせたは、休憩時間を一人ぼんやりと屋上の物見櫓で過ごしていた。
疲れていた為か時々まどろんだりもしたが、頭がはっきり覚醒する度に自己嫌悪に陥る。
<オラクル・ドリーム>………
もう考えないようにしようと決めてから仕事にはまともに取り組めるようになったが、アルベルを前にすると嫌でも夢の内容を思い出してしまってどうにもならない。
その結果、ずっとおかしな態度を取ったり避けたりを繰り返していた。
アルベルには全く非が無い為、不快な気持ちにさせているだろうと思うと尚更胸が痛む。
いっそ、もう一度あの花を摘みに行って試してみようか……今度は全く違う結果が出るかもしれない。そうしたら、今の状況から脱け出せるに違いない。
そうだ、そうしよう。
一人で納得して、うんうんと決心した時だった。
背後の闘技場の方で聞き覚えのある機会音がしたと同時にその場の空気も変わる。
(これは…転送音…?)
まさか、と思ってゆっくりと気配を殺して移動し、そっと岩陰から様子を窺ったは驚愕した。
「フェ……ッ!」
思わず叫びそうになったところで、背後から口を塞がれた。
振り向かなくても相手が分かり、は反射的に身を硬くする。
「アルベル様…」
声を潜めての呼びかけに、アルベルはちらりとに視線を向けて手を離すと、またすぐに闘技場へと視線を戻した。
視線の先には、唐突に現れた侵入者――フェイトたちが佇んでいる。
「…………」
はフェイトたちから視線を外さないまま、背後のアルベルの様子を窺った。
こんなに近くに居ながらも二人の間には微妙な空気が流れている。
そのことに罪悪感を覚えながらも、はそれどころではないと自らに言い聞かせ、目の前に意識を集中させた。
一見しただけでもこの状況は、本当にくだらない事を考えている場合では無さそうだ。
説明しろ、と目線で促すアルベルに従って、は身を隠したままじっと目をこらす。
フェイト・マリア・クリフの他に、武装したクラウストロ人が三人。
それと向かい合うような形でエリミネートライフルを構えているのが、サメのような面を付けている人物三人だった。
しかも、サメの方は明らかに一般人という出で立ちの男性と少女を拘束しており、両者の間には切迫した空気が流れている。
フェイトたちの様子から見ても、捕らえられているのがフェイトの父親であるラインゴット博士であろうことは容易に推測できた。
そもそもフェイトたちは博士の救出の為に宇宙を航行中だったのだ。だとしたらあのサメは……
「……バンデーン。――フェイトたちと向かい合っているあれは、先日の赤い<星の船>の勢力です」
呟きをアルベルにも分かるように言い直して、は記憶を探った。
ハイダがバンデーンの襲撃を受けた際、リゾートからはかけ離れた混乱の中で、確かにあのサメの面を垣間見た気がする。
そのバンデーンとフェイトたちがなぜ突然このカルサア修練場に転送して来たかは分からないが、仲間の危機には違いなかった。
どうやらバンデーン側は転送妨害装置まで出してきて一方的にフェイトの身柄を要求しているようである。
「どうします…?」
傍らのアルベルに簡潔に尋ねると、アルベルはすっと目を細めてフェイトたちを見た。
「あのバンデーンとかいう奴らは強いのか」
は即答はせず、注意深くバンデーン側を観察した。
武器はエリミネートライフルとブラスターのみだが、いずれも熟練した軍人のようで動きに隙が無い。
しかし、フェイトたちの実力を知っている身としては話は別だった。
「いくら人質がいるとは言っても、フェイトたちなら心配ないでしょう」
何だかんだ言って彼らの実力を認めているアルベルも同じ意見なのか、フン…と言ったきり黙ってことの成り行きを見守った。
フェイトたちは最初の先制攻撃で仲間の三人をやられたものの、その後は順調にバンデーンを圧倒し、無事に博士たちを救出した。
しかし、安心して見ていられたのはそこまでだった。
「あの転送妨害装置…! 新型……!?」
どうやらバンデーン側は新型の転送妨害装置を用意していたようで、自分達だけ転送の制限が無いらしい。それは、戦力の限界が無いのと同義だった。
「マズイです。あの装置がある限り、数的に絶対不利ですよ!」
フェイトたちもそう悟ったらしく、修練場の中に駆け込んでいった。
バンデーン側の司令官・ビウィグの命令で、バンデーンの戦力も彼らを追いかけて中へ入っていく。
その後にもバンデーンはどんどん戦力を転送してきているようだ。
それに苦々しく舌打ちしたアルベルは、を振り返った。
「チッ…、俺はこいつらを見張る。お前は奴らのとこに回れ」
「アルベル様…!」
フェイトたちを助ける判断を下したアルベルにが顔を輝かせると、アルベルはぶっきらぼうに背を向けた。
「勘違いするな。侵入者をみすみす見逃す程お人よしじゃないだけだ」
「――了解しました」
微笑みそうになるのを堪えて、はそっと身を翻した。
以前アルベルから聞いた抜け道のルートで屋内に入ると、はクォッドスキャナーを取り出した。
フェイトと初めて会った時の経験を生かして、辺りの情報を検索すると、見覚えのある同じスキャナーの反応が出た。
どうやらフェイトたちは3階の一室に避難しているようだ。
全速力でその部屋に向かう途中、は通りがかったラドフにばったり会った。
「何かあったのか?」
の様子を見て取り、即座に聞いてきたラドフに頷きかけた時、不意に通路の奥からバタバタと荒々しい足音が聞こえてきた。
身を隠す間もあらばこそ、廊下の曲がり角に居たは走ってきた人物にぶつかってしまう。
「おっと、スマン……ってお前、か!?」
「クリフ!!」
知り合いかと聞いてくるラドフに何とか頷くと、すぐに別の気配が追って来た。
「おっと、詳しいことを言ってる暇はねぇ。俺は囮なんだ」
それだけ言って駆け出そうとするクリフだったが、狭い通路のこと、近くには扉も無く、このままではたちもバンデーンと出くわしてしまう。
「ちょっとクリフ、囮って……」
「……あ〜〜お前らも来い! ついでに案内してくれ」
「えぇぇえぇ!?」
有無を言わさず巻き込まれただが、なんでこんなことに…と恨み言を言いながらもクリフに続いて走り出す。
医療物資を運ぶ途中にただ通りかかっただけだという不運極まりないラドフも、どうせ団長も絡んでるんだろ…と半ば諦めるように同行した。
途中走りながらクリフから囮になった経緯を聞いて、ラドフに簡単な事情を説明をする。
三人で協力しても目に付いた敵を引き付けて倒していくのは中々骨の折れる作業だったが、修練場内に詳しいラドフのおかげで地理を把握できた為、それ程時間を置かずに追っ手を粗方片付けるとが出来た。
「……疲れた…」
「ハハ、悪かったな、付きあわせて。おかげで早く片付いたぜ」
全然悪びれた様子のないクリフにため息をついて、はラドフを伴って今度こそフェイトたちの元へ赴いた。
クリフと状況を話し合いながら足早に進み、はクォークとバンデーン、連邦の現在の関係を考えて眉を寄せる。
連邦きっての最新鋭艦アクアエリーと猛将ヴィスコム。そしてここまで執拗に追ってきたバンデーン。
両勢力ともクォークとは敵対している筈なのにそれでもわざわざ接触してくるなど……この目で見たことは無いがフェイトやマリアの”力”というのはいかほどなのかとそら恐ろしくなる。
(フェイト、マリア……)
の力を貸してほしいと……ディプロに同乗してほしいと請われながらその手を取らなかったのはだ。だがここへ来て、宇宙の主要勢力からこぞって狙われている彼らを放っておくなんて、友達としてツライことだと実感する。
別れてすぐの思わぬ再会で、状況が状況だけにどんな顔をして会えばいいのかと考えていただったが、部屋の前まで来て、中から漏れてきた怒声に足を竦ませた。
「そんな説明で…、そんな説明で納得できると思っているの!?」
いつに無く追い詰められたようなマリアの声……クリフと顔を見合わせたが、室内の切迫している雰囲気が伝わり、二人とも中に入るのは戸惑われた。
しばらく口論が続いてたちは部屋の外で待機していたが、このままでは埒が開かないと判断したのか、ガシガシと頭を掻いてため息をついたクリフが部屋の中に入っていった。
ラドフに頷き、も中に足を進める。
「とりあえず、その辺のザコは全部掃除してきたぜ。頼もしい助っ人のおかげでな」
「!?」
「…また会ったね、フェイト、マリア」
驚いたフェイトとマリアに、は控えめに微笑む。
「――そうか、ここは漆黒の本拠地だったよね」
「うん。さっき屋上に居たらいきなりフェイトたちが転送してきたからびっくりしたよ。あ、こちらは漆黒での私の先輩で、ラドフさん」
ラドフを紹介して、ラインゴット博士とフェイトの幼馴染――ソフィアにも簡単に挨拶すると、クリフに軽く頷いて見せた。
に頷き返して、クリフはフェイトたちに向き直る。
「積もる話もあるだろうが、そうノンビリもしていられねえ。奴ら、無限に増援を呼んでやがるからな、まだあちこちにバンデーン兵がいるぜ。このままじゃキリがねえぞ。ったく、ゴキブリかっての」
「――妨害装置を破壊しよう。ここのままじゃ消耗戦になる。そうなったらこっちに勝ち目はなくなる」
「…そうね、それしかないでしょ」
フェイトの言葉に頷いたマリアにいつもの覇気が無いのを感じ取って、は殊更明るく言った。
「屋上のバンデーン兵はアルベル様が見張ってるの。妨害装置の破壊なら、こちらとあちらで上手く隙をつけると思うわ」
「アルベルもいるのか!?」
「もちろん」
にっこりと即答したに、フェイトもマリアも苦笑するしかない。
少し和らいだ空気の中で、マリアがディプロに連絡を取った。
簡単な状況の説明と収容要請だったが、ディプロからの思いがけない返事にマリアは顔色を変える。
『現在、本艦はダスヴァヌの攻撃を受けています! 防御だけで手一杯です! とても転送収容なんて……きゃぁっ!』
オペレーターのマリエッタの必死な応答に、マリアとクリフも焦りの色を見せる。
援護に来る筈だった連邦艦アクアエリーは別のバンデーン艦に捕まっているらしく、到着が遅れているようだ。ミラージュやその他主だったクルーも破損箇所の修理に行っていて席を外しているらしい。
「分かったわ。何とかアクアエリーが来るまで耐えて!」
『頑張ってみます!』
「…迂闊だったわ。相手の方が用意周到だったというわけね」
絶体絶命のディプロに対して何も出来ないことに歯噛みするマリアの肩に、はポンと手を置いた。
「大丈夫。これはきっとチャンスでもあるはずよ」
「え…?」
顔を上げたマリアに、フェイトもそうだと頷きかける。
「うん、ディプロが転送できないように、戦闘行動中のバンデーンも転送ができないんじゃないかな?」
「その可能性は高ぇな」
「なら、今以上に敵の数が増えることはないわね。……やはり強行突破で妨害装置を破壊しましょ。それまでにアクアエリーが来て、なんとかしてくれるのを願うしかないわね」
「きっと大丈夫よ。屋上にいたバンデーンの司令官みたいなのをこっちに足止めしておけば、戦況もディプロに有利に働く筈でしょ。ね、マリア」
「そうね……ありがとう、」
ようやく微かに笑顔を見せたマリアに、も微笑み返す。
「二人とも、少しきついけど我慢して」
「――フェイト、後方援護なら任せて」
戦えないラインゴット博士とソフィアを気遣うフェイトに、は二人の護衛を買って出た。
獲物の射程範囲やの実力から考えても、それぐらいが妥当な役目だ。
「うん、頼んだよ」
フェイトにしっかりと頷き返して、も気を引き締めた。
宇宙にまで彼らと同行できない分、ここで少しでも助けになりたかった。
05.3.13