29.運命の岐路

 危惧していた事態――三たびのバンデーン艦襲来は、たちがクロセルと共にシランドに着いた翌日に訪れた。
 幸い、施術兵器取り付け作業は夜を徹して行なわれていた為、何とか間に合いそうだという。
 上空に見える三隻のバンデーン艦を見つけて、街で装備を整えていたとアルベルも急いで城へ戻った。

 クロセルが待機している白霧の庭園に辿り着くと、丁度マリアがディプロとのコンタクトを取っている所だった。
 その隣には、昨日初めて顔を合わせた金髪の女性がいる。

「ミラージュさん」

 がクォーク所属のクラウストロ人でありクリフの相棒でもあるというミラージュに駆け寄ると、彼女は人を安心させる柔らかな表情を向けた。

「お帰りなさい、。いま、ディプロも到着したところです」
「もうですか? 流石、機動力では連邦を上回ると言われたクォークの旗艦ですね」
「よくご存知ですね。機会があれば、クルーの前で言ってやってください。地球でもそんなに有名なのかと、無邪気に喜ぶと思いますから」
「ふふ……はい。全てが終わって、平和になったら――是非」

 そんな会話をしているたちの横をフェイトたちが追い抜いていく。
 も気を引き締めて、ミラージュに一時の別れを告げた。

「――応戦して。こちらからも援護するから。――細かいことを説明している暇は無いわ。とにかく堪えてね」

 全員が慌しく持ち場につく中、ディプロとの通信を終えたマリアと共に、も駆け出した。





 施術兵器とたちを乗せたクロセルが数機の疾風隊を引き連れて空へ舞い上がる。

「クロセル、あの巨大な物体の方へ飛んで」
「オォ!」

 流石の巨大な翼は、マリアの指示で、あっという間にバンデーン艦と同じ高度まで到達した。

「いい? 近づいたら撃って!」

 施術兵器の内部で照準を握っているネルにマリアからの指示が飛ぶ。

「任せときな!」

 ネルの的確な射撃で打ち出された施力や疾風のファイヤーブレスはバンデーン艦に十分届いたが、防御シールドで防がれてしまう。

「怯まないで撃ち続けて!!」
「ああ、分かってるよ」

 その後も激しい砲撃戦が続くが、バンデーン側にそれほどのダメージは見られなかった。

「チッ、いい加減落ちろってんだ!」
「大丈夫。効いてない訳じゃない。この調子で……」

 その時、更に上空から派手な爆音が響いてフェイトたちははじかれたように顔を上げる。
 その辺りでは、ディプロが残りのバンデーン艦を相手にしている筈だった。

「……いいえ、ディプロじゃないわ。――あの子達やったわね」

 マリアの言葉と同時に雲の隙間からディプロの無事な姿が見えて、とフェイトは歓声を上げる。
 先ほどの爆音は、バンデーン艦が落ちた音だったということだ。
 しかし――

「ちょっと待った! 奴が――」
「逃ゲテイクゾ」

 ネルとクロセルの言葉に、フェイトたちは再び上空に目を凝らした。
 一隻が落とされたことで危機感を感じた残りの二隻は、照準をこちらからディプロへと変更したらしい。

 流石に二隻を相手にして、ディプロから緊急の通信を受けたマリアは、すぐに行くと答えるしか無い。

「おい、ヤバイぞ!」
「クロセル! 急いで!!」
「――ヤッテイル」

 しかし、ディプロはもう限界のようだ。
 黒煙を吹いている機体に尚も攻撃を緩めないバンデーン――クロセルのスピードでも間に合いそうに無い。

「――みんなっ!!」

 マリアが悲痛な声を上げ、ディプロがまさに撃墜されるかと思った瞬間、は反射的にディプロよりも更に先――空の彼方を振り仰いだ。
 頭の中が何かに引っかかったような……何かに引き寄せられるような……不思議な感覚が身を包む。

 そしてその直後、が視線を向けたその先から眩い光の束が迫り、一陣の矢のようにバンデーン艦を貫いた。

「っっっっっっっっ!!!!!」

 それと全く同時に、の脳も凄まじい衝撃に貫かれ、声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。

っ!?」

 突然のことに驚いたメンバーが慌てての元に集まる。
 光に触れたバンデーン艦は次々に爆発を起こし、既に跡形も無く消滅していた。

「なっ………」
「――何だってんだ今のは! 一体どうなってんだ!?」
はどうしたの?」
「…分からない」

 外とを交互に見ながら我に返ったクリフ・マリアの言葉に、を抱き起こしたフェイトは呆然と首を振った。

 あまりにも突然の予期せぬ出来事に何一つ動けないメンバーを押しのけて、アルベルはの傍に屈んだ。
 ぐったりと顔色を無くして横たわっているその姿に眉を顰めながらも、首元に手を当てて脈を計り、冷静に処置していく。

 その間に、何とか無事だった様子のディプロから通信が入って状況を確認していたマリアだったが、ディプロのナビゲーター・マリエッタの言葉に瞠目した。

『コンピュータの分析結果出ました。――信じられません!! 今の光線にはクラス3.2ものエネルギーが凝縮されていたと記録されています! あの細い光線の中にですよ!!』
「クラス3.2…だと!?」
「冗談だろっ……現在の連邦の最新鋭艦のクリエイション砲だって、せいぜいがクラス2なんだぞ!」

 その後も、謎の光線の発射元は確認できないこと、同種のエネルギー反応が多数…地球へ向かっていること、これらの状況から連邦・バンデーン・アールディオンいずれの勢力のものとも考えられないこと……などが議論され、ただただ呆然とする一行だったが、取り敢えずの敵は消え、も休ませなければならないことから、ようやく息をついて地上に戻ったのだった。








「――じゃあ、僕らはそろそろ行くよ」

 が目覚めたのは、丁度フェイトたちがの寝ていた部屋から出て行く所だった。

「……フェイト?」
! 良かった、目が覚めて」

 ほっとした顔で戻ってきてくれたフェイトに支えられながら体を起こしたは、部屋の中を見回して首を傾げた。
 見た事のない部屋だった。アーリグリフとは装飾の趣が異なる。

「あれ? 私は………」

「空の上で倒れたのよ、覚えてない?」
「あ………」

 ぼんやりと記憶が蘇ってくる。
 急に頭に感じた痛みは、まだ鈍く残っていたが、必死に働かせて口を開いた。

「ごめんなさい、大事な時に私ものすごく迷惑かけちゃったのね。バンデーンはどうなったの? 皆が無事ここにいるってことは――」

 の言葉に、そこに居合わせたフェイト・クリフ・マリア・ミラージュは顔を見合わせ、そして目線だけでクリフの確認を取ったマリアが意を決して口火を切った。

「そのことなんだけど、いまここで説明している時間は無いわ。私たちはもう行かなくちゃならないの。あなたも知っての通り、ラインゴッド博士も救出しなくちゃならないしね。そこで、――あなた、私たちと一緒に来ない?」
「え…?」

 呆然と目を瞬いたに、重ねるようにマリアは言う。

「悪いと思ったけれど私も気になったからあなたのことを少し調べさせて貰ったの。ルーライン大学星間外交学科・地史学科の二学科に同時在籍、特に外交学では屈指の権威であるマクレイン博士の右腕として――」
「マリア」
 が静かに名前を呼ぶと、マリアも一つ息をついて続けた。

「――ごめんなさいね。けれど、ただバンデーンに追われていた時よりも事態はもっと複雑になってる。私たちにはあなたの知識や頭脳は必要だわ。それに、私たちと居た方がだってご両親や出身惑星のことも――」
「ごめんね、マリア。気持ちは嬉しいけど、私は行けない」

 のはっきりとした辞退の言葉に、マリアは残念そうに「そう…」とだけ呟いた。
 フェイトが寝台のの手をそっと取って、真剣な顔で告げる。

「アルベルは、の好きなようにすればいいって言ってたよ」

 の心中を見抜いたように先回りして言ったフェイトに、は軽く目を見開き、そして苦笑した。

「駄目なの、フェイト。やっと一つ、自分で決めて歩き始めたところだもん。いらないって言われても、私は私が信じた所にいたいの」

 微笑んでさえ見せたとフェイトの視線が重なり、しばらく後、フェイトは深いため息をついた。

って意外と頑固なんだよね。分かってたつもりだったけど……――――また、必ず会おう」
「――うん。必ず」

 頷いたに、フェイトはクォッドスキャナーを手渡した。

「これは……」
「そう、君のだよ。あの時はごめん。ずっと僕が預かってたんだ。今回のこと、現時点で分かる範囲のことはそれに記録しておいたから」

「ありがとう――フェイト。マリア、クリフ、ミラージュさん。せめて、見送りだけでもさせて」
「……うん」

 ずっと付き添っていてくれたネルに支えられて、は何とか寝台から出た。


 シランド城の奥――ようやく本来の静けさを取り戻した美しい白霧の庭園に出ると、アーリグリフ王とシーハーツ女王、重臣ら数人が待っていた。

「陛下、僕たちは自分の世界に戻ります。先ほどの艦隊が消滅したことで、この星は元の状態に戻るはずです」

 フェイトは改めて二つの国の王に向き直り、頭を下げる。
「本当にご迷惑をおかけ致しました」

 そんなフェイトに、二国の王はかぶりを振った。
 その様子は、今後の二国の友好関係を象徴しているようで、立場は違えどこの戦争に同じように憂えていたフェイトとはこっそりと顔を見合わせて微笑みあった。

「…あれ、あいつ(アルベル)は?」

 ふと気付いたフェイトの言葉に、が苦笑する。
 とて、彼が無事地上に戻ってきたと聞いただけでその後のことは知らなかったが、何となく予想できてしまった。

「あやつはさっさと戻りおったわい。『脅威は去ったのだろう。ならば俺はここにいる必要は無い』…だそうじゃ」

 ウォルターの言葉に、はやっぱり…と苦笑する。この平和な都は、アルベルにとっていつまでも居心地の良い場所ではないだろうし、こういった別れを苦手とするだろうというのも分かっていた。

「別れの挨拶もなし…か。最後まで相変わらずね」
「本当にね。倒れたを放って帰るなんて、許せないな」

「まあ、そう言うな」
「私は大丈夫だから」

 ウォルターとの言葉に、二人はアルベルに甘いから……と文句を言うフェイトが何だかおかしかった。
 アルベルとフェイト……一見全く正反対な二人なのに、不思議とウマが合っていたように思う。このまま行けば、アルベルにとっても良い友人関係を持てただろうと思い、はため息をついた。

「挨拶ぐらいはしたかったんだけど……それに言いたい事もあったのに。――、アイツの所が嫌になったらいつでも僕らに連絡して」
「これこれ……いくらワシらの手の及ばない異世界とは言え、有能な者を引き抜かれては困るぞ」
「大体、アルベルに愛想を尽かしたらなどと……例えそうなっても、俺はを手放すつもりは無いからな」

 ウォルターとアーリグリフ王から半ば本気で窘められて、丁度ディプロから転送準備完了の連絡が入り、フェイトは苦笑して引き下がった。

「恩に着るわ、マリエッタ。一分後に四人転送収容して」
『あれ? 五人じゃなかったんですか?』
「一人には振られちゃったの」

 マリアとマリエッタの会話に、今度はが苦笑した。
 マリアが悪戯っぽくこちらを見て笑ったことに、も嬉しくなって微笑み返す。
 これでさよならなのは分かっていたが、友達になれたと――そう思えることが無性に嬉しかった。

「さよなら」
「達者でな」

 ネルや王たちの後ろから、は別れの寂しさを堪えながら呟いた。

「……みんな、元気で」

 転送装置の光が四人を包み、ミラージュ、クリフ、マリア……最後にフェイトの姿が消えるのを、は瞬きもできずに見守っていた。









05.1.23
CLAP