28.侯爵級

「ただいま!」

 とアルベルがウルザ溶岩洞まで戻ってきたのは、出発してから三日後のことだった。
 アーリグリフの地下水路で魔光石を採り、ついでにアーリグリフの鍛冶屋とアリアスの鍛冶屋も回り、両国王への簡単な報告を兼ねた謁見や、その際に頼まれたアーリグリフ王の使いもこなしてきたにしては脅威の短期間である。
 当初、全員でアーリグリフだけを往復したとしても五日はくだらないだろうと考えていただけに、一同は改めてエアードラゴンの有益性を実感した。

「二人ともおかえり。早かったね」
「おかえりなさい。首尾はどう?」

 出迎えてくれたフェイトとマリアに笑って、バッチリ!と答えると、フェイトたちも粗方溶岩洞内を把握し終わった所だという。
 早速バニラの元に魔光石を持って行き、バニッシュリングを手に入れると、後はいよいよ侯爵級との対面だった。

「いよいよだな」
「うん。――さあ、みんな下がって」

 フェイトが操作したバニッシュリングで派手な音と共に岩壁が砕けた先には、大きな空洞――古代の遺跡が広がっていた。
 そして、その中央に目指す相手――巨大なドラゴンが佇んでいた。
 眠っているのか、ぴくりとも動かないそのドラゴンに、一同は圧巻されて呆然と見上げる。

「大きい……」
「無駄に大きいわね」
「こいつが侯爵級の迫力ってやつか」

 フェイト、マリア、クリフの感想に、も「本当に…」と言って同意する。

「ん!? 動いた!?」

 フェイトの言葉で思わず構えを取った一同を、侯爵級がただ翼を広げた為に起きた風圧が襲う。

「吾ノ眠リヲ妨ゲル不届キナル者ハダレカ?」

 重々しい声でそう言ったのは他ならぬ侯爵級で、大地の唸りのような声で発せられる人語は、それだけでこちらを圧巻した。

「うわ、竜がしゃべりやがった!?」
 思わず身構えたクリフの言葉に、侯爵級の瞳がすっと細まり、プレッシャーが大きくなる。

「…礼儀ヲ弁エヌ奴ダ。自ラヲ万物ノ霊長ト信ジテ疑ワヌカ。何故、他ノ生物ガ言葉ヲ解セヌト思ウノダ?」

 侯爵級が気分を害したのは明らかだった。
 は思わず、両者を取り成すように口を開く。

「竜は元々人類よりも知能が遥かに高いと呼ばれている種族。宇宙で報告されている例でも、齢を重ねたドラゴンが人語を操るというのはよくあるケースなのよ」
「う……」
「へぇ…」
「ソコノ娘ハ少シハ分カッテオルヨウダ」

 侯爵級が少し気を取り直した隙に、ネルが前に進み出て跪いた。

「私はシーハーツが隠密、ネル・ゼルファー。この度は侯爵閣下にお願いがあり、参上いたしました」
「巫女ノ国ノ者カ。何ダ? 申シテミヨ」

 交渉の余地ありかと思われた話し合いは、事が施術兵器を乗せて飛ぶという本題に入ると侯爵級の怒りに触れて一気に険悪なものとなった。
 ネルは交渉を諦めて立ち上がり、クリフとアルベルは臨戦態勢を取る。

「閣下…どうしても協力して頂けないと?」
「事は人間だけの問題ではありません。この星事態に危険が訪れているというのに、それでも力を貸しては頂けないのですか?」
 フェイトとの言葉にも、侯爵級はにべにも無かった。

「愚問!」

「仕方ない。力ずくで言うことを聞いてもらう!」

 フェイトの言葉と同時に全員が武器を構えた。

「ヤッテミルガイイ! 貴様ラガワシヲ納得サセラレタナラ、何デモ言ウ事ヲ聞イテヤロウ!」
「言ったわね、約束よ、侯爵閣下!」
「万二一ツモ有リ得ヌ話ダガナ!」

 マリアと侯爵級のその言葉を境に両者に闘気が生まれる。
 翼を大きく広げた侯爵級が一つ羽ばたいただけで凄まじい突風が吹き、全員が大きく体勢を崩された。
 その隙を見逃さず、侯爵級の巨体が迫る。

「くっ…これは遠距離攻撃じゃないと…!」

 攻撃をよけながら言ったフェイトに全員が頷いて、距離を取った。
 遠距離レンジが可能なマリア、ネル、が攻撃に回り、クリフとアルベルが防御、フェイトが回復役に専念する。

 思ったよりも連携の取れた攻撃に、も弓でマリアとネルの援護をしながら勝機を感じていた。
 しかし、侯爵級もそのまま黙ってはいない。

「ウヌゥ…貴様ラ、人間トシテハ中々ヤルヨウダナ。てんぺすとヲ従エタ、ア奴ヨリ腕ハ立ツ。コウナレバワシモ久々ニ本気ヲ出セソウダナ!!」

 侯爵級は大地を揺るがすような咆哮を上げると、大きく広げた翼で上昇した。
 その衝撃が遺跡の半分を吹き飛ばす。
 
「きゃぁっ……!」
…!!」
 風圧に留まりきれなかったが吹き飛ばされ、気づいたフェイトが駆けつけようとしたが、すぐに別の誰かの腕によって抱きとめられた。

「……アルベル様!」
「ぼけっとしてんじゃねぇ、阿呆が」

 を支えたアルベルは、悪態をつきつつも自身も苦労して風圧に耐えているようで、チッと舌打ちした。
 むっとするフェイトを尻目に、侯爵級を睨んだまま腰の刀に手をやったアルベルは、手短にに告げる。

「援護しろ」
「えっ……あ…はい!!」
「俺に当てんなよ」

 あまりにも唐突かつ責任重大なことを言い置いたアルベルは、刀を鞘に収めたままの返事もそこそこに駆け出した。

 無防備に飛び出したアルベルに、侯爵級は巨体に似合わぬ素早い反応を見せて太い鉤爪を振り下ろす。
「! アルベルっ!!」

 それを避けようともしないアルベルに、フェイトが声を上げた時だった。
 とっさに放ったの矢が、見事に侯爵級の爪の間の急所に命中し、流石の侯爵級も堪らずに悲鳴を上げた。

「――クソ虫にしちゃ上出来だ」

 アルベルは満足げにニッと口の端を上げると、大きく踏み込んで刀を抜いた。
 その刹那、ガントレットの腕を囲むように炎が沸き起こり、それは一度大きく燃え上がって刀に収束されていく。

「――吼竜破!!」

 気迫と共に放たれた一撃は、の攻撃に怯んでいた侯爵級をまともに直撃した。
 刀から放たれた炎は、何匹ものドラゴンの形をまとって相手に襲い掛かる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 轟音と咆哮と共に地に落ちた侯爵級に、クリフが一早く我に返って号令をかけた。

「ぼーっとしてねぇで、今の内に一点集中だ!」
 その掛け声に全員が見事に息の合った連携を見せ、間も無く、侯爵級はその巨体を横たえて完全に沈黙した。

「クゥ…地上ニ生マレ出デテ七百年。ヨモヤ人間ナドニ苦汁ヲ舐メサセラレルトハナ」

 息も絶え絶えの侯爵級に、武器をしまってほっと息をついたが眉をしかめた。

「大丈夫かな……ちよっとやりすぎたんじゃ……」
「心配しすぎなんだよ阿呆。あんだけデカイ図体してんだ、そう簡単にはくたばらねぇよ」

 アルベルの言葉を証明するかのように立ち上がった侯爵級に、マリアが一歩前に出た。

「約束、守ってくれるんでしょ?」
「人ニ使役サレルハ屈辱ナレド、約束ヲ違エルハ汚行。仕方アルマイ」
「それでは、我らに――」
「我ガ背ニ乗ルガ良イ。小サキナレド強キ者ヨ。何処ヘナリト運ンデヤロウ」

 侯爵級の屈められた背中は軽く家屋三階分程の高さがあったが、ネル・クリフ・アルベルと続いて、マリアとフェイト・はその三人に手を貸して貰ってようやく登った。

「えっと、何て呼べばいいのかな?」
「くろせるト呼ブガイイ、小サキ者ヨ」
「それじゃ、クロセル。まずは東のシランド城へ向かってくれるかい?」
「承知!」

 フェイトとのやり取りに快く頷いたクロセルは、全員が落ちないようにゆっくりと翼を広げる。
 きっとこうやって飛び立つことも久しぶりなのであろう侯爵級ドラゴンは大きな咆哮と共に翼を軽く一振りして地面から足を放つと、次の大きな一振りで一気に地上から遠ざかった。

 目指すは、施術兵器が完成しているであろうシランド。
 バンデーンの襲撃は、最早目の前に迫っていた。









クロセル戦で吼竜破なんて使える訳ありませんが……そこは捏造。
きっとさんのお陰でこのアルベル様は心の成長が早いんですね。…そういうことで。

05.1.23
CLAP