ロストチャイルド――の言葉に、その場の全員が少なからぬ衝撃を受けていた。
ただ、アルベルだけがじっと目を逸らすことなく、語るを見つめていた。
「――も、そのロストチャイルドの一人だっていうのか?」
しばらく後、独り言のように漏らしたフェイトの問いに、ははっきりと頷いた。
「私の母星は銀河系の端にある辺境惑星だと聞いたわ。そこが襲撃されて、両親と死に別れて地球に連れてこられたのが十五年前。ただ怪我や病気の回復力が強いっていうだけの特異体質をもった人種だったみたい」
他人事のように言うに、マリアは眉を顰める。
ロストチャイルドの情報は連邦内でもトップシークレット。どこにもデータなど残っていない。が自分の故郷を知る術も無かったのだ。
仕方ないこととは言え、殺された両親の素性も知らないが、とても悲しかった。
「――私達なら……クォークなら、あなたの履歴も見つけられるかもしれないわ」
静かに言ったマリアに、全員の注目が集まる。
「クォークは、私がリーダーになってからもロストチャイルドの事後処理は続けてきたわ。身体能力に優れた子達ばかりを集めて軍事利用しようとしていた組織や、珍しい容姿の子供に悪趣味なことをしていた団体も壊滅させたし、大半の子供達は解放した筈よ」
しかし、は残念そうにゆるゆると首を振った。
「ロストチャイルドの多くは、富豪たちの道楽なの。自分の家に養子として引き取って、如何に他家のロストチャイルドより優秀に――または見目良く育てられるか。言うなれば、ペットのようなもの。クォークが組織や集団から子供達を解放しているのは知っていたけど、富豪たちの場合は戸籍上も養子ということになっているからまず見つけられなくて当然だったでしょうね」
「――チッ。どこまでも下衆な奴らだぜ」
「は――大丈夫だったの?」
聞くのを躊躇うように、フェイトは小さく言った。
その心遣いと、いまだに話すことに抵抗を持っている自分に苦笑して、は頷く。
「私を引き取った家は、連邦政府でも屈指のお偉いさんだったから他家の目もあったし、そんなひどい扱いは受けてないわ。その家柄と地位のお陰で、私は連邦のコンピューターに潜り込んでロストチャイルドについてやクォークのデータも手に入れることが出来た訳だし」
クォークリーダーとしてのクリフやマリアの情報も、そうやって手に入れたのだ。
だから初めて会った時、データの写真で知っていたので、すぐに本人だと気付いた。
腕組みして考え込んでいたクリフは、どこか納得した風に真剣な目のまま顔を上げた。
「なるほどな、これで全部つじつまも合う。ペットでいるのに耐えられなくなって飼い主から逃げ出して来たって訳だ」
「おい、クリフ!」
咎めるように声を上げたフェイトに大丈夫だと示して、肩を竦めたクリフに頷いた。
「そんなところよ。ハイダに連れて来られていたんだけどそこでバンデーンの襲撃を受けて、乗っていた護送船から混乱に乗じて救命ポットで脱出したの」
救難信号は発しないようにしたから飼い主にも行き先は知られていない筈だ、と告げたに、フェイトとマリアは絶句し、クリフは呆気に取られてすぐに笑い出した。
「やけに度胸が座った嬢ちゃんだから何者かと思ってたが、ここまでとはな」
「笑い事じゃ無いわよ、クリフ。無謀というか何というか……そのリスクを負ってまで逃げ出す場所だったということでしょうけど」
まだ笑い続けるクリフと真剣にフォローしてくれるマリアに、も苦笑した。
「運良くこの星に着いたものの、着いて早々モンスターにやられそうになってた所を助けてくれたのがアルベル様だったの」
「へぇ……」
ようやく硬直から解けたフェイトが、おもしろくなさそうにアルベルを見遣る。アルベルは目を伏せて、何も返さなかったが。
今の話でそれぞれが納得し、または新たに知った事実を前に、その場を沈黙が支配した。
は困ったように視線を動かし、パンと両手を合わせてそれを断ち切った。
「――さて、辛気臭い話しちゃってごめん。聞いてくれてありがとう、みんな」
困ったように笑って殊更明るく言ったに、ネルも息をついて助け舟を出してくれた。
「そうだね。明日も早いし、そろそろ寝ようか」
そのネルの言葉を受けて、それぞれが同時に息をついた。場に満ちていた緊迫感が霧のように晴れていく。
も安堵のため息をついて立ち上がる。
「?」
「みんなは先に寝てて。私はちょっと風に当たってくる」
「え、でも一人じゃ危な……」
心配気に言ったフェイトの言葉を遮って、アルベルが立ち上がった。
「俺も行く」
驚いて見返したの意見など一向に聞く耳持たないといった風情のアルベルに苦笑し、は微笑んで一言返した。
「お願いします」
「――お前、まだ隠してることがあるだろ」
「……え?」
先ほどと同じ洞窟の前まで来た途端、アルベルは突然そう切り出した。
しかしそう言われても本当に思い当たる節がなく、は首を傾げる。
「さっきふらついてたのは、酔っ払ってたとでも言うつもりか?」
「…ああ……」
ようやく何の事か検討がついたは、軽く微笑んでみせた。
「心配して下さったんですか、アルベル様」
「………したら悪いか?」
「! い…いえ…」
少しからかおうとしたつもりが、逆にニヤリと笑って返され、は赤面した頬を押さえて内心で唸った。
どうにもかわされてくれない様子のアルベルに諦めて口を開く。
「持病…みたいなものです。数年前に嫌なことがあって熱で寝込んでしまったことがあるんですけど、それ以来無理な回復なんかすると、その後で時々眩暈を起こすようになって……一時的なものですし、全然平気なんですけどね」
無言で見つめてくるアルベルの瞳に全て見透かされてしまいそうな感覚がを襲う。
不意にその眼光がすっと細められて、乱暴に腕を掴まれた。
「ア…アルベル様……?」
痛いというほどではないもののしっかりと強く手首を拘束され、本能的な恐怖が背筋を駆ける。
逃れようともがいても、その腕はビクともせず……射すくめられそうな視線に冷や汗が浮かんで、黒い記憶が蘇った。
「嫌っ……!!」
パシンッ…
乾いた音がして、は我に返る。
捕まれていない方の手が、アルベルの頬をはたいていた。
「あ……すみません……」
まだの手を離さないままで、アルベルはくっと笑う。
赤い瞳が、まっすぐにを見た。
「男が怖いのか?」
言われたことを理解した瞬間、頭にカッと血が上る。
緩んでいた腕の拘束を払いのけ、淡々と佇む目の前の青年を睨みつけた。
アルベルは、ただ無言でそんなの視線を受け止める。
不意にアルベルの手が上がり、それがの頬に触れた。
思わずビクリと反応するが、アルベルの動作があまりに優しかったので、の睨んだままの眼光は戸惑いに揺れた。
「忘れろ」
「え……?」
唐突に言われた言葉に、瞬きした。
「過去に何があったか知らねぇが、今のお前は俺の部下で副官だろうが。昔のことなんざ思い出してる暇なんてねぇんだよ」
ゆるゆると、頬の硬直が解ける。
目尻に涙が溜まるのを自覚しながらも、嬉しい気持ちのままには笑った。
「アルベル様は、やっぱり優しいですね」
「っ……ふざけんな。命令だ…!」
顔を真っ赤にして吐き捨てたアルベルに、はますます笑みを深くした。
ここに居ていいのだと――こんな自分でもアルベルの側に居ていいのだと。
言ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
04.10.9