始終、乾いた風が轟々と啼く。
それは恵みの風。
大地の、海の、空の、授け物。
生物を育む為の――そして、その惑星そのものの、生命の息吹――
しかし、やがて心地よいその光景は真っ赤な炎に包まれた。
赤い炎の中に呑み込まれていく平和だった空間。
赤い血を上げて倒れていく人々。
赤い…と、目で見えるほどの殺気と狂気を孕んだ侵略者たち。
「殺せぇ! ガキ以外は皆殺しにしろ!!」
「こっちへ来い!」
悲鳴や破壊音の間に轟く罵声。
「いやぁぁぁ! お父さん! お母さん!!」
「うるせぇ! 静かにしろ!!」
「やだっ……! 来ないで!!」
「静かにしろっつってんだろ!! お前はこれから……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「っっっ……!!」
その場に文字通り飛び起きて、は辺りを見回した。
激しい動悸を抑えるように胸を押さえるが、荒い呼吸はそう簡単に静まりそうに無い。
(ゆ…め………)
心の中で呟いて、そうかと納得すると深いため息をついた。
ここは、アーリグリフ領内でも一二を争う危険地域――バール山脈の只中。
侯爵級ドラゴンを従えるという任務を帯びて山に足を踏み入れてから三日ほどになろうか……。
流石初代アーリグリフ王の伝説と共に語られるドラゴンロードの入口というだけあって、ドラゴンに襲われることも度々だったし、一度など間違って竜の巣に運ばれてしまい、子竜の大群に囲まれたこともあった。
だがその甲斐もあって、三日の間にそれぞれの戦力を知ることが出来たし、旅のパーティーとしても何とかまとまりつつある。
現在の時刻は真夜中――。
たちは、比較的安全な見通しの良い場所に焚き火を組み、三度目の野宿をしていた。
皆、昼間の疲れもあって熟睡している。
マリアがクォークの旗艦――ディプロから持ち込んだ文明機器の中でも、エネミーアラームは見張りの役割を果してくれるので大いに助かった。
その他、携帯食一つ取ってもエリクール人のアルベルやネルには馴染めないようで、妙に警戒していたのが何だかおかしかった。
「………」
はもう一度小さくため息をつくと、周りを起こさないようにそっと立ち上がった。
自分の武器と、マリアに貰った小型ガンを持ってその場を離れる。
今日通ってきた道を戻って少し脇道に逸れると、薄暗い洞窟のようなものを発見し、はその手前で足を止めた。
ぼんやりと空を見上げて、やはり宇宙は美しいと頭の端でちらりと思う。
この宇宙のどこかに、自分の故郷もあるのだ。
「……どうして今さら、あんな夢を……」
先程から頭から離れなかったことを呟いて、静かに目を閉じた。
思い出されるのは、さっきまで見ていた悪夢の断片。
夢と言っても、過去の記憶の一部なのだが――
「…っ……!?」
その時、不意に立ち眩みがして、はバランスを崩した。
頭の側面を押さえ、思わずその場に膝をつく。
「――何をやってる」
「!………アルベル様」
突然かけられた声に視線を向けると、刀に肘を乗せた体勢でアルベルが立っていた。
これでも少しは戦えるようになったと思っていたのに、味方の気配にも気付けないようではまだまだだと、は自嘲した。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「あれだけ派手な起き方をすりゃ馬鹿でも気付く。あいつらも今頃お前を探し回ってるぞ」
「えっ、それは申し訳ないですね………すぐ戻ります」
何とか何でも無いふりを装って立ち上がっただったが、すぐにふら付いてアルベルに支えられる格好になった。
「……すみません」
「もうそんな言葉は聞き飽きたんだよ、阿呆が」
間近からのそんな言葉に、は顔を赤らめる。
そう言えば、前にも同じようなことがあったと思い出すと、一層恥ずかしさがこみ上げた。
すぐに小さく礼を言って離れ、アルベルの先に立って戻ろうとしただったが――
「……お前、何を抱え込んでる?」
「え……?」
ドキン――と心臓が一つ跳ねる。
不審に思われていないなどとは思わなかったが、今さらこうやって面と向かって聞かれるとも思っていなかった。
「さっきのも、それに関係してんのか」
立ち眩みのことを指され、は無言で俯く。
とうとう――言わなければ、ならないのだろうか。
別段隠すほどのことでもないし、アルベルにとってはが異星人だということの方が重大だろうと思うのだが……
「――俺たちも聞きたいね」
突然割って入った声にはっと顔を上げると、クリフとフェイトが立っていた。
どこから聞いていたのだろうか、クリフの目は真剣だ。
「僕も、聞きたい」
噛み締めるように言ったフェイトに――はゆっくりと目を伏せた。
「そうよね、フェイトたちは話してくれたのに、私は話さないなんてフェアじゃないよね――」
言って、後ろの人物に振り向く。
「アルベル様も、聞いていただけますか」
問いかけた人物は、を強い瞳で真っ直ぐに見返し、やがて目を伏せて腕を組んだ。
それを了承の意だと受け取って、は決意する。
今まで、自分から他人に話したことなど皆無だっただけに、いざその瞬間に立ってみると小さく震えている自分に気付き、苦笑した――
パチパチと、焚き火が燃える。
どうせ話すなら仲間全員に聞いてもらいたい――そう言うの希望で、四人は一旦野宿していた場所まで戻ってきていた。
どうやらが起きて抜け出したことには全員が気付いたらしく、やはりマリアとネルも今まで探してくれていたらしい。
はまず全員にそのことについて侘び、焚き火を囲って座った面々の前に座していた。
「――まず、クリフやネルは私の正体が気になるみたいだけど、本当にただの一般人ですからそれは安心して。それじゃあ今まで黙っていたことは何なのかというと―― 一言で言うなら、私は『ロストチャイルド』なんです」
「ロストチャイルドだと!?」
「まさか! あなたが――?」
クリフとマリアの驚きの声には頷き、それ以外の面々は首を傾げた。
「おい、何なんだよ、そのロストチャイルドってのは?」
隣に座るクリフに、フェイトが抑えた声で聞いた。
聞かれたクリフは、呆然とした状態から覚醒したように何度か瞬きし、ああ、と歯切れの悪い返事をした。
「マリア?」
答えないクリフに業を煮やし、フェイトはその矛先をマリアに変えた。
に聞くのが躊躇われたのだろうフェイトの行動に、は自分で答えようと口を開くが――
「――待て、。俺から説明しよう。お前もその方がいいだろ」
確かに、一度クリフの口から聞いてみたかったは、遠慮がちに頷いた。
同じ出来事でも、違う立場から見たそれは、きっと全く違うだろうから――
の了承に応えてクリフは口を開き、淡々と――わざとそうしているかのように、説明を始めた。
「あれは、もう十五年ほど前のことだな――まだクォークが駆け出しで、メンバーもクラウストロ人だけの頃だ――」
そもそもクォークは、反銀河連邦組織としてクラウストロ星の一角――クリフをリーダーとした一団から出発した。
その目的は、連邦制の決議によって起こる弱小勢力の悲劇を断ち切る為に各地の独立運動を援助することだったが、十数人から出発した組織にいきなりそのような力がある訳も無い。
当初のクォークは、各地域で起こる連邦の悪質な横暴を防ぐことや、自治体単位での反乱に協力するなどといった手の届く範囲から活動を始めていた。
そして、そんなクォークという小さな組織が一気に名を上げる事件が起こった。
それが、有名な『マキシ襲撃団事件』である。
マキシ星系のマキシ人は、辺境惑星人でありながら優れた科学力とそして好戦的な性質を備えていた。好戦的と言うより、暴力的、野生的といった方がいいかもしれない。彼らは亜人種だった。
そのマキシ人の一団が徒党を組み、次々と弱小惑星を襲撃するという事件が起こり、宇宙は騒然となった。彼らは財産を荒らすだけではなく、そこに住む罪も無い人々の殺戮をも楽しんでいたのだ。
銀河連邦は死力を尽くしてこの集団の鎮圧に動いていると公式発表を繰り返していたが、襲撃は一向に収まらず、幾つもの惑星や一部地域が壊滅させられていった。
そんな時、このマキシ人の襲撃団を捕らえ、壊滅させたのが力を付けつつあったクォークだったのである。
クォークは、襲撃団への攻撃に限らず、マキシ星に残る不穏勢力の鎮圧、襲撃された惑星地域への援助も行い、その活躍は宇宙の人々の知れるところとなった――。
「あの事件! それなら僕も知ってる。まだ小さかったけど、随分大きなニュースになっていたからね」
「ああ、連邦は随分と騒ぎ立てた。そして、お前が知ってるような今の話の公式発表をしたわけだ――が、それは連邦の表の顔だ」
「どういうことだ?」
「薄汚いあいつらは、裏でマキシの奴らよりもあくどい事をやっていやがったのさ――」
後に『マキシ襲撃団事件』と呼ばれるようになったこの事件は、当時連邦から大々的な発表があり、マスコミはこぞってそのニュースを取り上げた。
襲撃団の鎮静に尽力した連邦と、実際に事を成し遂げた反連邦組織――連邦はこのことを厳粛に受け止め、今後は銀河の平穏に一層力を尽くす――――これが、マスコミによって報道された概要だった。
しかし、事実は全く違っていたのだ。
マキシ星系は、とりたてて財政源となるような自然が少ない。そこに住む人々が総じて好戦的なのは、他者から奪い取って生きていくしかなかったからだ。
そのマキシ人たちが資金も無い状態で銀河中の弱小惑星を攻撃して回れたのはなぜか――
答えは一つ。
裏で糸を引く存在があったからだ。
そして、それこそが銀河連邦の上層部だったのである。
「そんな! 連邦がそんなことして一体何の得があるっていうんだよ!? 世間にバレたら一巻の終わりじゃないか!」
「そのリスクを犯してまで、甘い蜜を吸いたいと思う馬鹿が何人かいたってこった。反吐が出る話だがな」
「リスク――」
社会学者や犯罪に詳しい専門家の間では有名な話だが、マキシ人たちに襲撃された星――人々には、少数の例外を除いて一致している要素があった。
彼らは特殊な能力や体質を持った人種だったのだ。
「特殊な――力……?」
「連邦の馬鹿どもが欲していたのがまさにそれだ。マキシの実行犯たちに指示してまだ年端も行かない子供ばかりを捕らえさせた。大人は皆殺し、子供は捕獲。そうして奴らはその子供達を――奴隷のように売り買いしたのさ」
フェイトたちがはっと息を呑んで、を見つめた。
視線を落として聞いていたはゆっくりと口を開く。
「それが、『失われた筈の子供』――『存在しない子供』――ロストチャイルド。そう、呼ばれる人間です」
04.10.9