24.仲間

「ダメだ」
「どうしてですか!?」
「とにかく、ダメだっつってんだろ」
「陛下とウォルター様……それに、シーハーツ女王の許可だって貰ってるんです! フェイトたちだって了承してくれてるのに、どうして今更アルベル様がダメだなんて言うんですか!?」

 疲労と心痛から倒れてしまったと一通り休息を取ったアルベルが目覚めたのは、二人が無事再会を果たした翌朝だった。

 そして、目を覚ましたがアルベルに一緒にウルザ溶岩洞に行く旨を告げた時から、二人のこの問答は続いていた。
 朝の一番からであるから、かれこれもう一時間にもなろうか。

 としては、副官らしく今までの状況を理路整然と説明して、今回のアルベルの任務に同行すると……もはや決定事項を報告しているも同然だったのだが……

「あいつらがどう言おうと知ったことか。お前の主は誰だ?」
「そ…それは………でも、それとこれとは……!」

 痛いところを突かれて詰まったと、もう一押しとばかりに意気込んだアルベル。

「大体、弱い癖に前線に出て危うく死に掛けて、その後もろくに完治もしない内から動き回ってぶっ倒れた阿呆なんざ、足手まといになるだけなんだよ」
「っ……それは………!」

 明らかにアルベル優勢――
 そんな二人の間に第三者の声が割り込んだのはその時だった。

「はっはっは、苦労するな、。こいつはお前が心配なだけだ。ただの過保護というやつだな」

「王!」
「陛下!?」

 あまりに突然すぎる予想外の人物の来訪に、は慌てて膝を折り、アルベルは対照的にため息をついた。
 そもそも、この王も人が悪いと思う。
 アルベルは、昨夜牢から開放された後、を部屋に送り届けたその足で王に謁見した。その時は、特にが同行するようなことなど言わなかったというのに。
 それに、この王もウォルター同様には甘い。この展開では十中八九………

「アルベルよ。気持ちも分かるが、シーハーツにもの同行を告げてある。今回は俺の顔を立てると思って、連れていってくれんか?」

 やはりという諦めの気持ちと共に、アルベルはこちらを見つめてくる王との視線を受け止めた。
 これは既に決定事項なのだと、二人ともの目が語っている。

「……勝手にしろ」

 そう言うしか無いアルベルの心情などよそに、の表情が明るく輝いた。

「ありがとうございます、アルベル様!」

 飛び上がって喜び、準備してきますと言って駆け出して言った後姿を見送って、渋面を隠そうともしないアルベルに王は苦笑した。
明らかにおもしろがっているその様子に、アルベルは軽く頭痛を覚える。

「そう不貞腐れるな。そんなに大事なら、お前が守ってやれば済むことだろう」

 その、言葉に。
 アルベルは一つ静かに瞬きした。
 今までが怪我をした時、いずれもアルベルは側に居なかった。
 だが今回は、アルベルも……そしてフェイトたちだって一緒に行動するのだ。

「心得ている―――言われずとも」

 先程の言葉に否定することも反抗することも無く、やけにきっぱりと――だが噛み締めるように答えたアルベルに片眉を上げて、王は楽しそうに笑った。
 刀の手入れを始めたアルベルの横顔は、何かが吹っ切れたような表情をしていて……

 親代わりとしても、兄代わりとしても見守ってきた王としては、頬が緩むのを止められなかった。






 その日の昼前にアーリグリフを出発した一行は、やはりというか微妙な雰囲気に包まれていた。

 ウォルターらから話を聞いて情報を分析した結果、このままでは侯爵(マーカス)級ドラゴンに対抗出来ないと判断したマリアは、バール山脈までペターニを経由していくことを提案した。
 いつバンデーンの襲撃が再びあるか知れず、確かに一刻を争う事態だが、だからといって目的を叶えられないのでは元も子もない。
 ペターニは商工業が発達している交易都市であるから装備は整えやすいし、クリエイター達の本部である職人ギルドも存在する。合理的な判断に一同にも依存は無く、一先ずペターニに向けての旅になったのだが……

「えっ、フェイトってバークタイン科学アカデミーの生徒だったの!? 頭いいんだー」
「そんなことないよ。僕も幼馴染のソフィアも、ずっと小等部からエスカレーターだったからね。こそあの型のクォッドスキャナー持ってるってことは、どこかのアカデミー生なんだろ?」
「んー…一応ね。でも、紋章学は専門外だから全然分からないんだけど」

 敵同士でなくなったとフェイトは、地球出身の同い年ということが分かってから随分と打ち解けた。
 フェイトはと会った時から好意を持っていたし、は少しでもパーティーの雰囲気を良くしようと必死だったのだ。

 始終会話の途切れないそんな二人の前をネルが歩き、後ろを振り返ることも無く黙々と一行を先導した。
 二人の後ろにはマリアとクリフが続き、何やら相談しながら歩いている。
 そして、一番後ろを歩いていたアルベルは眉間に皺を寄せながらその光景を眺めていた。


 実際、アルベルは戸惑っていた。
 苛立っていたと言った方がいいかもしれない。

 集団行動などというのは、軍で嫌というほど経験しているが、それは命令する立場かされる立場での群れであって今回のように全員が同列だというようなことは無かった。
 そんなアルベルを一番戸惑わせていたのは、出発前にから聞いた一言だった。

 「任務のリーダーは誰だ?」というアルベルの疑問に、はこう言ったのだ。
 ――「リーダー? 責任者とかそういうことですか? それは……特に無いと思います。だって、みんな同じ目的を持った仲間ですから」

 仲間――自分とは最も縁遠い言葉だと思う。
 つい先日まで戦争をしていた敵国同士の戦士と、異世界の人間たち……この奇妙な一団をよりによって《仲間》などと呼ぶに半ば呆れ、そして半ば戸惑ったのも事実だった。

 事実、フェイトはアルベルと敵対していたにも関わらず、こうして同行するのを承知した。
 含む所が無いわけはなかろうに、同行者として他の人間と同じようにアルベルにも接している。

 シーハーツの隠密が、異世界の人間が、…が、フェイトに好意や信頼を寄せているのが目に見えて分かる。

 フェイトと笑い合っているを見ているとチリリと胸が焼け付く痛みを覚えて、アルベルはますます仏頂面になった。

 元敵国に荷担していたフェイトにいとも簡単に心を許すに苛立っているのか、それともその笑顔が向けられるフェイトに苛立っているのか……
 得体のしれない焦燥にも似た不快感を抱きながら、アルベルは黙々と最後尾を歩き続けた。





 ――カタン…

 そんな物音……いや気配だろうか。
 それに起こされて、夜半にふと目を覚ましたフェイトは空を切る音に反射的に身を捩った。

「うわわぁっ!?」

 すぐ真横を薙いでいった冷たい感覚に血の気が引いて振り返ると、さっきまでフェイトが寝ていた枕に深々と刃が刺さっている。
 ペターニに着いた晩のこと。
 ネルのコネで泊まったホテルでは一人に一部屋が宛がわれていたのだが……

「誰だ……ってお前!? アルベル!?」

 とっさに身構えて体を起こすと、微かな灯りの下で何事も無かったように刀を鞘に戻すアルベルが立っていた。

「お前、一体何のつもりだよ!? 危ないじゃないか!!」
「フン、端っから当てる気なんてねぇ。ただ、試しただけだ」
「当てる気は無いって……」

 半ば呆れながらも、それは嘘ではないだろうとフェイトは思った。
 アルベルの剣には殺気は無かったし、アルベル程の手練ならフェイトを殺すのにかすかな物音ひとつとして必要なかった筈だ。

 だからだろう。
 突然そんな起こされ方をして、ぞんざいについてこいと言われて、馬鹿正直に付き合う気になったのは。


「――お前、俺が憎いか?」

 宿屋から出て裏路地に入り、念入りに突き当りまで来てからアルベルは又もや唐突にそう切り出した。

「何なんだよ、突然…」
「いいから答えろ、阿呆」

 そうだな……と一呼吸置いてから、フェイトはふっと笑みを浮かべた。
 頑なに向けられたアルベルの背中……今までは敵同士としてしか接しなかったが、こうして同じ目的の為に一緒に戦うようになって、見えてきた一面もある。
 が言っていた「強い人」というのはどういう意味だろうと、アルベルのことを知りたいと思い始めている自分にフェイトは苦笑した。

「…そうでもない」

 憎いということは無い。そう答えると、アルベルは反射的に振り向いて前髪の間からフェイトを睨みつけてきた。

「何でだ? 俺はお前の仲間を何人も傷つけてきた、憎むべき対象だろうが」
「でもそれはお前の意思じゃないだろ? 戦争だったんだ」

 フェイトの言葉に沈黙したアルベルは、少し意外そうな顔をしていた。こういうことを言う人間が今まで周りにいなかっただろうことが窺える。

「お前は確かに戦いに関して、恐ろしいまでの執着心を持ってると思う。戦うことを自らの存在証明とするような男だ。ただ強さだけを追い求める。僕には出来ないことだし、共感もできないけど………だけど、そういう生き方があってもいいとは思うんだ」

 そう、生き方なんて人それぞれだ。自分が思うように生きればいいと思う。
 この台詞を無性にあの少女にも言ってやりたくなった。同郷から来た、全てを捨てたと言い張る少女に……

 ――お前と彼女は、どこか似ている……

 そんな言葉をわざわざ言ってやるものかと呑み込んで、フェイトは悪戯めいた瞳をアルベルに向けた。

「それにお前はもう無意味に人を傷つけたりはしないと思うしね」
「今にもお前を襲うかもしれないぜ。さっきみたいにな」
「大丈夫。信じてる」

 言った途端、アルベルの瞳が見開かれた。
 そのタイミングを狙って、フェイトはニヤリと笑う。

「尤も、と喋っているだけで射殺されそうな視線を向けてくるのはやめて欲しいけどね」
「なっ……!」

 アルベルの顔が僅かに赤くなって、フェイトは耐え切れず噴出した。
 何を考えているか分からないヤツなどと思っていたが、実はかなり分かり易いんだな、という新たな発見に楽しくなった。

「ははは……僕ら、割とうまくやっていけると思うよ?」

「〜〜めでたいヤツだ。勝手に夢見てろ、阿呆」

 照れを隠すように言い捨てて戻っていったアルベルの背中に笑いの混じったため息をついて、フェイトも欠伸をしながら宿屋に戻ったのだった。





 翌朝、宿屋の一階にある食堂に集まった面々は、アルベルにとって少し昨日までとは違ったように見えた。
 アルベルはアルベルのままでいいと……敵であったフェイトに言われて、癪だが気が軽くなったのは事実だった。

 そんなフェイトは起きてはきたものの、始終大きな欠伸をしている。
 それに気付いたが早速側に寄って行った。

「あれ、フェイトどうしたの? 何だかすごく眠そう……」
「うーん、昨日ちょっと安眠を邪魔されちゃってさ」

 フェイトはアルベルに背を向けている。
 だが、確実にアルベルが居る事を知っていて言う辺り、中々いい根性の持ち主のようだ。

「何だか分からないけど、大丈夫? 今日にはもう出発するって言ってたけど……」

 戦闘中に力が出せないのであれば一大事だと心配するに微笑んで、フェイトは爽やかな笑顔のままその台詞をさらりと口にした。

「心配してくれてありがとう。じゃあ、が抱き枕になってくれる?」

「――え? きゃぁっ、ちょっ…フェイト!?」

 言い終わるやいなや、無理やり小柄なをすっぽりと隠すように抱きしめたフェイトは、ふと顔を上げると目線だけでニヤリとアルベルに笑った。


 その後、アルベルが早速フェイトの信頼を裏切ったか……刀を抜いたかどうかは、宿屋の記録にも残っていない……。






04.9.14
CLAP