マリア・トレイター。
近年、クォークのリーダーの座をクリフ・フィッターから譲り受け、そのカリスマ性で組織の勢力を拡大していったと言われる女性。
まさか、こんな所で会うとは思わなかったが、はマリアのことも知っていた。
勿論、クリフの時と同様、知識として――であるが。
アーリグリフまでフェイトたちと同行を望んだのも、早く状況を把握したかったからに他ならない。
反銀河連邦組織クォークの現リーダーと元リーダー――共に切れ者と言われる二人が揃い、バンデーンまで出てきた今となっては事態は本当に一刻を競うに違いない。
しかし、マリアたちから「あなたにも、アーリグリフ側にも他人事じゃないものね」という前置きで受けた説明は、とても信じられないものだった。
「紋章の遺伝子操作? 人間兵器……?」
マリアがその力を使うのを見ても、あの時のバンデーン艦を消滅させたのがフェイトの力だと聞いても、容易に受け止めることは出来ずただ驚くばかりだった。
しかし、辛そうに父親が捕らわれの身だと語るフェイトの言葉を信じないわけにもいかない。
ロキシ・ラインゴット博士の名は有名だったし、彼に関する様々な噂も知っていたが、全てフェイトたちに施されたという紋章遺伝子改造に繋がる。
「じゃあ、バンデーンはフェイトの能力を欲して、ハイダやこのエリクールに来たということ?」
の言葉に辛そうに目を閉じて俯いたフェイトとは対照的に、隣を歩いていたクリフが反応した。
ペターニで女王と別れた後、アーリグリフに向かう道中のことである。
「おい待て。俺たちはハイダのことなんて一言も言ってないぜ?」
なぜ知っている、と警戒を露にするクリフに、は肩を竦めた。
「ただ、私もハイダに居たからよ。フェイトはバンデーンに攻撃されてポッドで逃げたと言ったでしょ? フェイトたちがこの星に来る数日前にバンデーンの攻撃を受けた場所はハイダしか無かったもの」
脱出ポッドで宇宙を漂流する間、追手に捕まらないようには周辺の情報を絶えず拾っていた。
その数日間では、ハイダが攻撃されたこと以外、宇宙は至って平和だったのだ。
「前にも言ったけれど、私はただ地球に住んでいただけの一般人よ。心配しなくても大丈夫」
「確かに、先進惑星に戻るつもりは無い――と言っていたな。一生この星の人間として暮らすつもりか?」
クリフに言われて、は改めて自分の中に《未来の予定》というものが無いことに気づいた。
先進惑星に戻るつもりは無いし、ずっとアルベルやアーリグリフに仕えて行きたいと思う。
けれど、《一生》という言葉はひどく縁遠い気がした。
きっと、生に対する執着が薄いのだろうと、他人事のように考える。
「――多分」
答えたに、クリフは曖昧だなと笑ったきりそれ以上は聞いてこなかった。
言いたくないのだと察して、遠慮してくれたのかもしれない。
とにかく、バンデーンの狙いは分かった。
そして、とてもではないが奴らにフェイトやマリアを渡すことが不可能な理由も分かった。
バンデーンはフェイトやこの星のセフィラを諦めないだろうし、そうなればやはり正面突破しか道は無いのだ。
ウルザ溶岩洞に住むという侯爵級ドラゴンを従わせ、シーハーツの施術兵器で何とかするしか無い。
「ところで、そのアルベルというのはどういう人なの?」
トオラム山岳地帯に入った所だった。気温も下がり、雪も舞い始める。
メンバー中、唯一面識の無いマリアの言葉に、を含めた四人は白い息と共に乾いた笑みを漏らした。
さぞかしこのメンバーには馴染まないだろうと思う。
いかにも一匹狼な彼は、そもそも群れるということを厭いそうだ。
しかし、彼は間違いなく行くだろうな、と思った。
ガントレットを戒めだと言ったアルベル――事情は知らないが、彼がこの国を見捨てることは有り得ないような気がした。
「強い…人ですよ」
マリアに小さく答えて、は西の空を見る。
アーリグリフまで、後少し――……
アーリグリフに着いたのは、円卓会議の三日後の日暮れ前だった。
後少しでアルベルを自由に出来ると思うと、の気持ちもはやる。
聳え立つ石造りの城の前まで来て、はふと、どんな顔をして会えばいいのだろうと思った。
冤罪で捕らわれたアルベルをただ見送ることしか出来なかった無力な自分……ただ一心に会いたいと……そう思う気持ちは今も胸の奥に深く根付いて疼いている。
だが同時に、会うのがひどく怖かった。
何に対しての恐れなのか……漠然としすぎていて自分でも全く掴めなかったけれど。
「ウォルター殿にお取次ぎ願います」
「……何用だ?」
「フェイト・ラインゴッドです。アルベル・ノックス殿と合流する為にやってきました」
そうこうする内にもフェイトが門番に交渉しているのを目に止めては彼らの前に出た。
「彼らの素性は私が保証します」
「あ、アルベル様の――」
「副官・です。彼らが来ることは、陛下、およびウォルター様から通達が来ている筈」
「……少し待ってろ」
二人の門番の内、年嵩らしい方が奥に消えてしばらくすると、見慣れた老人が歩いてきた。
「ウォルター様!」
「よく来たのう。もご苦労じゃった。さあ、こっちじゃ」
ウォルター直々の出迎えに少し驚きながら、たちはその後に従った。
城内に入って、フェイトたちが珍しそうに見渡しているのを横目に、高鳴る鼓動を胸を押さえてやり過ごす。
アルベルに会うのは、バンデーンの攻撃で負傷した夜――いや、実際に顔を合わせたのは、アルベルが捕らえられて以来だ。
「――アルベルは、ここにおる」
地下に降りて、拷問室の前に立ち止まったウォルターの言葉に、の足が竦んだ。
拷問室――……
は冷や汗が流れるのを自覚した。
不規則に早まりだした心臓の音が耳につく。
十年以上昔の嫌な思い出が甦りそうなのを必死に押さえ込んで――
「…どうしたの、。あなた真っ青よ?」
の顔色に気付いたマリアの言葉に、一同がを振り返った。
アルベルとここで会ったあの夜――怪我のせいで記憶は曖昧だったが、まさか拷問室に監禁されていたなんて――……
「あ………ウォルター様、私は部屋の外で待っています」
「…………そうか、分かった」
思わず口にした言葉にウォルターが頷いて、全員が部屋の中に消えてからは深々とため息をついた。
動悸を静める為に深呼吸を繰り返し、ずるずるとその場に座り込む。
この場所が怖い。
そして、アルベルと会うのが……怖い――
捕らわれの身のアルベルと会う勇気さえ無い自分に嫌気がさす。
「こ…これは……!?」
「ヤツは反逆罪に問われたのじゃよ。お主たちを進んで逃がしたということでな。それとベクレル鉱山でみすみす銅鉱を奪われたこともある。ま、その決断を下した男はもうこの世にはおらんがな」
扉の外からも中の様子がよく聞こえて、はその場にうずくまったまま中のやり取りを聞いていた。
久しぶりに聞くアルベルの声――思ったより元気そうだ。
停戦協定のこと、バンデーンのこと、ウルザ溶岩洞へフェイトたちと同行しなければならないことが説明され、アルベルも一通り毒づいた後それを了承したようだった。
「本当ならあんたとなんか一緒にいたくはないけどさ……陛下の命令だからね…ガマンするよ。せいぜい足を引っ張らないようにするんだね」
「………フン」
ネルとの短い会話を皮切りに出てきたアルベルから、は反射的にドアの影に入って身を隠した。
(……何やってるんだろう……私)
アルベルは少しふらついているような節が見られるものの、二週間にも渡る監禁後だというのに、いつもとそう変わらず飄々と歩いていった。何の為か少し急いでいるようにさえ見える。
ずっと会いたいと切実に願い続けてきたその後姿を視界に映して、は胸がいっぱいになった。
無事で良かった……その想いで全身から力が抜けていく。
看守室から階段を登っていくアルベルに再度安堵しても立ち上がったその時、彼の体がぐらりと傾いだ。
「アルベル様……!」
思わず走り寄ってその体を支えたに、アルベルが大きく目を見開く。
「――」
名を呼んだきり絶句して、ただ見つめてくるだけの赤い瞳に首を傾げた瞬間、ぐいっと強い力に引っ張られて、は倒れこむようにして鍛えられた腕に捕まった。
「無事だったんなら、さっさと顔くらい見せやがれ、この阿呆が……!」
噛み締めるように……監禁生活で掠れた声が頭上から聞こえた。
細く……だがしっかりと鍛えられた胸に生身の片手で抱き寄せられて、の心臓が大きく震える。
アルベルのぬくもり――アルベルの鼓動――……
「……すみ…ません」
思わず反射的に謝ってから、はっとしては顔を上げた。
「…アルベル様も、ご無事で良かった――」
驚いたような表情のアルベルに照れを隠すように微笑して、は体中の力が抜けるのを感じた。
もう、心配ない――
たった一人のぬくもりにこんなに安心している自分に驚きながらも――今はただ、その衝動に抗わず……
側に在れる幸せに、微笑んだ。
04.9.14