22.円卓会議

「遅いな……まさか、こちらの過激派が動いたか……」
「ふぉふぉ、可能性は高いですな。じゃが、例えそうだとしても、アルベルやヴォックスと渡り合う彼らの妨げにはならぬでしょうよ」

 サンマイト共和国の東に位置する灼熱のモーゼル砂丘。その一角に存在するのがモーゼルの古代遺跡だった。
 いつ頃、何のために作られた建物なのかは謎に包まれているが、シーハーツやサンマイトでは聖地のような扱いを受けている為、遺跡1階の中央に位置する円卓の広間は、周辺諸国の間で代々由緒正しき会合の場として利用されてきた。

 いま、その円卓の一つに腰を下ろしているのは、アーリグリフ13世。
 その両側に控えているのが、風雷団長であり王の右腕でもあるウォルターと、漆黒団長の副官であった。

 今日は、ついに長年に渡っていたアーリグリフとシーハーツ両国の停戦協定について話し合われる大切な会合だ。
 だが、定刻を過ぎた今になっても、会合の相手が現れない。

「こちらはエアードラゴンですぐでしたが、あちらは徒歩だと言いますから、何かあったのかもしれませんね……砂漠越えは大変でしょうし」

 の言葉に、王もそうだな、と納得する。
 王のエアードラゴン、オッドアイに共に騎乗させて貰い、は初めてドラゴンの背に乗って空を飛んだ。
 巨大な体躯と力強い翼……常であったなら興奮するような体験であったが、今回ばかりはそうも言っていられない。
 国をかけた――惑星をもかけた大事な話し合いの前なのだから。


 それからしばらくした頃、ようやく廊下の方から重々しく扉の開く音が聞こえた。
 ややあって広間の扉が開かれ、待ち人が現れる。

「よく来た、ロメリア。…久しぶりだな」
「ええ、そなたもね、アルゼイ。ご壮健そうで、なによりです」
「お互い様だ。お前も相変わらず美しい」
「そなたも相変わらずですこと」

 王に答えた人物は、神秘的な雰囲気を纏った美女――
 額の文様や瞳の色は神聖さを醸し出していて、なるほどこれがシーハーツの女王シーハート27世にして《アペリスの聖女》かとは感嘆の息をつく。

!?」

 呼ばれて顔を上げると、フェイトたちが目を丸くして立っていた。

「無事だったのか! バンデーンの攻撃をまともに受けたから、僕はてっきり……」
「……大丈夫よ、丸きり無事って訳ではなかったけど……」

 無理してリハビリして何とか松葉杖無しで歩けるくらいにまで回復はしたが、まだ走ったり戦闘に参加するのは到底無理だ。
 相変わらず敵であるを心配するフェイトに苦笑して言葉を続けようとした時だった。

 彼の後ろにいた少女に、の目は見開かれる。

「マリア・トレイター!!」

 突然名を呼ばれた青い長髪を靡かせた少女も、目を丸くしてを見返した。
 だが、何かに納得したようにすぐに平静を取り戻すと、クリフに聞く。
「あれが?」
「ああ。中々心臓に悪い嬢ちゃんだろ?」

「――、あの者を知っているのか」

 はっと気が付いたは、驚いている王とウォルターに肯定の意を表して言い淀んだ。
 ここに来るまでに二人には既にもフェイトたちと同じ世界から来た人間だと告げてある。――あのバンデーンも同じような世界のものだと。
 だが、うまく説明が思い浮かばず、結局「後ほどご説明します」と結んだ。

 それから、シーハーツの女王が席につき、型通りにそれぞれ同席する者の紹介を終えると、王は改めて口を開いた。
 どうやら、やはりアーリグリフの過激派が女王一向を妨害したらしい。
 どうせヴォックスやデメトリオの息がかかっていた者たちだろうが、王の言うように武力一辺倒の頭の足りない連中だ。

「この度の敵は強大だ。今はこちらの戦力を疲弊させるわけにはいかぬ」
「ということは、こちらの申し出を了承して頂けると?」
「ああ、この際致し方あるまい」

 はほっと息をついた。
 事実上、休戦協定が結ばれた瞬間だ。

「先の攻撃で我が国の戦力にも大きな被害が出た。アーリグリフ3軍も長が残っているのは、こやつ『風雷』のウォルターのみという事態だからな」

 はそっと目を伏せた。
 あの戦いで犠牲になったたくさんの人間……そして、いまだ凍える地下牢に囚われたままのアルベル――

「それにしてもあの敵は一体何者なのだ? 先日その隠密に説明を聞いたが、ちっとも要領を得ん」
「それは、私にしても同じ事。恐らくは彼らが説明をしてくれることでしょう」

 女王の言葉に従い一歩前に出たフェイトが、「信じて頂けないかもしれませんが――」という前置きで話し始めた。

 フェイトの話の中では自分たちは異世界の人間だと説明していた。
 そして、《星の船》――バンデーンは、フェイトたちを追ってここまで来たのだと。
 バンデーンの科学力はシーハーツの施術兵器よりもずっと強大で、一瞬で両国を滅ぼすことも可能だという話には、王もウォルターも言葉を失った。

「何とも突拍子もない話よな。それを信じろというのか? ロメリアよ」
「ええ、アルゼイ。信じなければ国は……シーハーツ、アーリグリフともに滅ぶでしょう」
「…………

 小さく声を掛けられ、は王に向き直った。
 俄かには信じ難い話――けれど、信じなければ先に進めない話。
 王は最後の一押しを望んでいる。
 忠誠を誓うと言った、の言葉を。

「――この命と陛下への忠誠に賭けまして、彼らの言葉は真実だと保証いたします」

 王は深くため息をついて頷いた。

「分かった、信じよう」

 その後も、が知らなかった事実――シーハーツの聖地カナンがバンデーンの襲撃を受けたことや、対抗手段がフェイトの改良したシーハーツの施術兵器であることが説明され、アーリグリフのエアードラゴンとの連携について話し合われた。
 だが、現状では施術兵器を乗せられるだけのドラゴンはおらず、その為にウルザ溶岩洞に生息する伝説の侯爵級ドラゴンを手なずけなければならない。

 王は協力する条件として、シーハーツ側のフェイトたちの他にもアーリグリフ側からも一人同行させることを上げた。
 誰が行くのかという問いに対し、王は迷いのない口調で答えた。

「アルベルを考えているのだがな」

 瞬間、の呼吸が止まる。

「アルベルだって!?」
「不服か? 俺はあいつのことは結構気に入っているんだが」

 大きく目を見開いて王を見たに、ふと顔を上げた王が笑った。
 も一瞬顔を輝かせて、まだ会談の途中だったことを思い出して気を静める。

 それに、アルベルがフェイトたちと行くなら、一人じっと待っている訳にはいかない。
 
「陛下、――恐れながら、私もお供させて頂きたく存じます」
……」

 突然の申し出に対して、しかし王はあまり驚いた様子は無かった。
 こう言い出すことは見透かされていたのかもしれない。

「――よかろう。女王よ、このはアルベルの副官で、そちらの者達とも同じ世界から来た者。知恵も働く故、必ず助けになるだろう」
「分かりました。その者たちにも同行して貰いましょう。――それで構いませんね?」
「僕は別に構いませんが……」

 困ったようにこちらを見るフェイトに、は喜びの気持ちのままにこれからよろしくと笑いかけた。
 フェイトの頬が赤く染まって、ウォルターが忍び笑いを漏らす。

「決まったな。では面倒をかけるが、アルベルを迎えにアーリグリフまで来てくれ。――、お前はどうする?」

「……彼らと相談したいこともあるので、出来ればアーリグリフまで彼らと共に行きたいのですが……」
さんと言ったわね、何か問題があるの?」

 横から掛けられたマリアの言葉に、は情けない心地で答える。

「先日の空からの襲撃で足をやられてしまって……普通に歩けるくらいが精々なので、皆さんの足手まといになるんじゃないかと思いまして」

 そのの言葉に、ああと納得したフェイトは実に清々しい笑みを浮かべた。

「それなら問題ないよ。モンスターからは僕達が守ってあげるし、疲れて歩けなくなったら元気の有り余ってるクリフがおぶってくれるさ」
「おい、確かにそんぐらい屁でもねぇが、勝手に決めるなよ」
「良かったわね、さん」
「……マリア、お前まで」

 そのやり取りに一同が笑ったことで場が一層和やかになり、両国間の会合は万事良好に幕を閉じた。

 王とウォルターの乗ったドラゴンを見送り、もフェイトたち一行とアーリグリフを目指す。






04.7.3
CLAP