21.星の船

 体が回復する為の休息を欲したのか、は三日間眠り続けた。
 ぼんやりと目覚めたは、眠る前の記憶を追い、顔を顰める。
 記憶が所々あやふやになっていて、はっきりしない箇所があったのだ。




 シーハーツとの戦場となったアイレの丘上空に突如出現したバンデーン艦。
 戦艦のレーザー砲が直撃すればいくらとてその場で消滅させられただろうが、悪運が強いらしい。
 気が付いた時には、大分見慣れてきたアーリグリフ城の城門を担がれてくぐる所だった。

 城内はこれ以上ないほどの混乱と怪我人の手当てに大騒ぎになっていた。
 も指一本動かせないままただ横たわって迎えた夜――ようやく体が回復に向かい始めたと思っていた時だった。
 ラドフを始めとしたと親しかった漆黒兵がようやく自分の持ち場を離れて駆けつけてきてくれた。
 彼らは言った。
 ――「団長に会わせてやる」
 の周りでも、バンデーンの攻撃を受けて容態が急変していく人々が後を絶たなかったから、彼らがのこともそういう目で見ているのだという事はすぐに分かった。
 けれど、その誤解を解く為の説明は難しく……そして、やはり大怪我で心細くなっていたのかもしれない。
 心苦しく思いながらも彼らの好意に甘えて、辿り付いた地下牢の扉の前。

 朦朧とした意識の下で、それでも久しぶりに聞くアルベルの不遜な声は、を随分と安心させた。
 たくさん、人が死んでいくのを見た。
 けれど、アルベルはこうして無事だった。
 こんな寒く、冷たい牢に監禁されても、無事に生きている。
 物音一つない静かな牢で、ただアルベルの息遣いを聞いていた。

 いろいろ話した気もするが、その辺りはあまり覚えていない。
 アルベルがの事を《部下》だと――《必要》だと言ってくれたことだけが、何やら怒っていた彼の口調と共に妙に嬉しかった。

 恐らくアルベルはまだ地下牢にいる。
 問題は解決していないが、アルベルに必要だと言って貰えたというそれだけのことが、の心を信じられないくらい軽くしていた。
 バンデーンの襲来は、ひょっとしたらアルベルにとって好機になってくれるかもしれない。
 今はろくに頭が働かないが、そんな予感がする――

 参謀にあるまじき直感などというものに微笑みながら、はふと思った。

 アルベルの前で、何かとんでもないことを口走ったような気がする――と。





 その翌日の夕方、大分回復してきたは、ラドフに作ってもらった松葉杖でリハビリを始めようとしていた。

 この星に来てから随分と怪我ばかりしているは、ただの地球人でないことがこんな形で役立ったことに苦笑を禁じえない。
 ただの人間として一般的な身体機能しか持っていなかったら、の命はとっくに無かっただろう。
 他の怪我人と違いみるみる回復していることに漆黒の面々も驚きはしたが、喜んでくれていることも事実で、ラドフなどには逆に「団長に会わせてやって損した」などと言われる始末だったが、には自分にそんな人間がいることがとても嬉しいことだった。

 彼らに報いる為にも、アルベルを救い出す為にも、いつまでも大人しく寝ている訳にはいかない。
 それに、目が覚めてから聞きまわった話で把握できた現状は、とてもじゃないが楽観できなくて……
 いつ何が起こるか分からない――そして、何かが起こった時、未開惑星であるこの惑星ではなす術などない。

 は陰鬱になる思考を振り払うように体を起こした。
 まだ痛みの残る足を床に下ろした時だった――思わぬ来客がやってきたのは。

「ウォルター様!」

「具合はどうかの、よ」

 相談したいことはたくさんあったが、今やアーリグリフ三軍の長も健在なのはこのウォルターのみ……元来王の参謀だっただけあって、戦争の事後処理に昼も夜も追われていると聞いた。

「こんな所に来られて良いのですか?」
「なに、確かに忙しないが、かわいいの見舞いぐらい来ても罰は当たらんじゃろうて。それに、お前さんが早く元気になって手伝うてくれればワシも助かるというものじゃ」

 相変わらずなウォルターに苦笑して、は椅子を勧めると自分もベッドに腰掛けた。

「しかし、報告を聞いた時には肝が縮んだわい。寝ておってもいいんじゃぞ?」
「すみません……でも大丈夫です。早く治さないといけませんから」

 ウォルターはやや呆れたようにため息をつくと、の了承を得て質問を開始した。

「――お主が無事なのは…例の事情に関わりがあるのかの?」
「………はい。私はこの国の人たちより頑丈なのです」
「あの時突然現れた空飛ぶ船……わしらは星の船と呼んでおるが、あれはお主らの世界のものか?」
「私たちの世界――というと語弊があるかもしれませんが、私は別の場所で一度あれを見たことがあります。尤も、私のいた国――集団とは敵対勢力なのですが」
「それは、あの二人の捕虜とも敵対しているものだということか?」
「そうです。そして推測ですが、バンデーン――星の船の勢力名ですが――奴らの狙いは、捕虜の彼らなのかも……」
「あ奴らを捕らえる為にこの国に来て、我らの戦争に介入したと?」
「理由は検討もつきませんが――」
「ふむ……」

 難しい顔で考え込んだウォルターは、質問の続きを言う様に自然に口を開いた。

「ところで、小僧は元気じゃったかの?」
「はい、声を聞いただけですが、口調も相変わらずで――――……あ」

 思わずぽろりと返してしまった言葉に、は慌てて口を押さえた。
 アルベルへの王以外の面会は禁止されている。
 それを破ったことを自ら暴露してしまうとは――
 古典的な手に乗った自分が恥ずかしくて、は赤い顔でウォルターを睨んだ。

「ふぉっふぉっふぉっ! そう警戒せずとも良い。わしは無粋は嫌いじゃからな」
「――知っておられたのですね。お人が悪いです、ウォルター様……」

 まだ愉快そうに笑いながら、ウォルターはどっこらしょと重い腰を上げた。
 それを目線で追っていたに振り返って、一言告げる。

「昼間、シーハーツから使者が来たのじゃ。クリムゾン・ブレイドの片割れネル・ゼルファーと、捕虜じゃった金髪の男じゃったな」

 クリフのことだと息を呑んだにウォルターは続ける。

「停戦協定を言い出すのは別に不思議はないとしても、あの星の船についての説明がいまいち要領を得んでな……両国王が同席しての会議を開くことになったんじゃが、お主も参加してくれると助かると思うてな」

 停戦協定――……

 バンデーンの脅威はまだ取り除かれていない。
 現場にいた兵たちの話では、突然光って跡形もなく消えてしまったとか、大きな天使が現れたて退治したとか、人間が光って空を飛んだとか、どれも訳も分からず信じがたいもので……。
 更に、その後もバンデーンはもう一度現れ、それは別の《星の船》が砲撃して沈めたと聞いた。
 バンデーンと別勢力がこの惑星で衝突した。
 それは一体何を示しているのか……彼らに、フェイトたちに会って聞かねばならない。

 はウォルターの言葉に大きく頷いた。

「是非、お供させて下さい」

 例え無力でも、先進惑星から来た現状を把握できる人間として、この国の為にできることをしたい――
 ウォルターは重々しく頷いた。

「時は二日後の正午。場所はモーゼル古代遺跡の円卓の広間じゃ」

 ははい、と頷いて松葉杖を握り締めた。

 自分が出来ることをする為に――






04.7.3
CLAP