(なぜ、こんなことに……?)
夜の帳の中、篝火が盛大に焚かれた陣営の端――
その一角の小さなテントに一人うずくまっていたは、じっと床に置かれたランプを見つめた。
状況が状況だというのに、周りは不気味なほどの静けさに包まれていて……それが更にの心を凪いでいく。
アルベルが反逆罪にとわれて捕らえられてから既に三日――
はその間のことをあまり鮮明に記憶していない。
アルベルが連れて行かれて後、は痛む腹部を押さえながらも、すぐに行動を起こした。
カルサアのウォルターに連絡を取ること――情け無いが、それがに出来る精いっぱいだった。
城内に駐屯していた風雷兵を叩き起こし、事の次第を簡潔に記した手紙を預けた。
本当は自分自身で行きたかったが、ルムにも乗れない身では時間を無駄にしてしまうだけだし、にはまだやるべきこともあったからだ。
風雷兵を見送った後、やるべきことのもう一つ――王への謁見の申し込みを行った。
一刻も早くと焦ったが、ごときの身分では緊急の謁見は叶わなかった為、朝一でのそれを求める。
そうしてしまうと、後は朝を待つより他に無かった。
とても眠る気になどなれなかったが、かといって思考を巡らせていた訳でも無い。
気が付けば、日が昇る頃ウォルター到着の報が入り、王の前に頭を垂れていた。
「――よ、頭をあげよ。話を聞こう」
王の静かな言葉に従っては顔を上げる。
そして、彼の感情を殺した瞳に見つめられ、絶望感に覆われるのを感じた。
「………早くからの拝謁を賜り、真に恐縮でございます。――早速ですが、話というのは他でもなく、我らが団長アルベル様の………」
「――私も同席させて頂いてよろしいかな」
の言葉を遮って入室して来たのは、アーリグリフ王の叔父にあたるヴォックス公爵その人だった。
「ヴォックス」
不躾な入室に王の隣に控えていたウォルターは顰め面をしたが、ヴォックスは意に介する風も無く王の反対隣に陣取った。
「……続けよ、」
溜息の聞こえてきそうな王の言葉に、は努めて無表情に続けた。
「アルベル様が捕らえられた件につきまして、反逆罪と聞き及びましたがそれは全くの事実無根。申し開きをお聞き届け頂きたく参上いたしました」
の言葉に対して、王よりも先に口を開いたのはヴォックスだった。
「その件についてはこの私が指揮を取っている。…アルベルの副官か……お前はあの場にも居たな。申し開きがあるならば言うがよい」
「……その前にヴォックス様にお聞きいたします。アルベル様を捕らえた時、貴方はカルサア修練場でアルベル様がわざと捕虜を逃がした…とおっしゃいましたが、それはあの場に居た私でも知らぬこと。事実であるという証がありましょうか。また、事実だとしてもなぜそれをヴォックス様が知りえたのでしょう?」
睨み付けそうになる視線をぐっと堪えて見上げるに、ヴォックスは口の端を上げた。
「無論、事実だとも。証人もおる。あの場に居た元漆黒兵の、な」
元漆黒兵――……
ニヤリと笑ったヴオックスに、は奥歯を噛み締めた。
あの騒動の後、が姦計を用いて国外追放にした数人の漆黒兵――あの内の一人をヴォックスは押さえたに違いない。
本来ならばそのような罪人は証人として不十分だが、このヴォックスの自信からして既に有効とする手続きを済ませてあるのだろう。
もう、何を言っても遅い――……
シェルビーさえも手駒の一つに使ったヴォックスだ。
がこの惑星に来る前から周到に準備していたのだろう今回の件に、こんな問答程度で突破できる穴など無い。
それを痛感したが顔を俯かせたのと、ウォルターが咳払いしたのは同時だった。
「アルベルの処分はまだ決まっておらん。あれでも漆黒の団長じゃ、幾度か協議して慎重に決めねばな」
「……漆黒には追って沙汰を出す。それまでは城内に待機していろ」
謁見が終わって、待機という空白の時間が出来たが、は何一つ手につかなかった。
ウォルターが来てアルベルが地下牢に入れられたと聞いても、ヴォックスがシーハーツに進軍することを決定したと聞いても、には何も出来ない。
「ウォルター様、お願いです! アルベル様に会わせて下さい!」
たった一つのの嘆願にも、ウォルターは首を横へ振った。
「それはならん。あやつへの面会は誰であろうと禁じられておる。ワシも会うことは出来ん。見張りの目を盗んで会うことくらいおぬしならば出来ようが……そのおぬしだからこそ、それが何を招くかということくらい分かるじゃろう?」
ウォルターの言う事は尤もだった。
アルベルを逃がすだけなら……出来ないことは無いと思う。
には先進惑星の知識も、レプリケーターという簡単な技術もあるから――。
だが、アルベルはこのアーリグリフの重臣だ。
本人は地位や名誉に興味は無いと言っていたが、立派な貴族家系を継ぐ人間なのだ。立場というものがある。
冤罪を晴らさぬままで逃亡などすれば、取り返しがつかなくなるに違いない。
はその日一日中、地下牢へと続く階段の前に立ち尽くした。
地下の物音は厚い石の壁に遮られて届かない。
それでも、この先にアルベルが居ると思うと、離れることは出来なかった。
(アルベル様――……)
今頃、どんな目に遭っているだろうと思う。
フェイトたちが捕まった時、嬉々として拷問を与えたヴォックス……以前からアルベルを疎ましく思っていた彼が、今度だけ躊躇うと思えない。
ほぼ間違いなく、冤罪を認めさせようと拷問にかけるだろう。
だが、アルベルは死んでもそんなことに屈しはすまい。
ならば、苦痛の時間が続くだけなのだ――……
「アル…ベル様……………!」
石の壁に両手をついたの頬に涙が零れた。
――会いたい――
自分でも分からない強い衝動が溢れた。
この感情は何なのか。
なぜ、こんなに強い想いに引きずられるのか。
こんな想いは認められない。
けれど、拒むことも出来ない。
だから、ウォルターから明日進軍するという話を聞いた時、は自ら志願した。
「私も、行かせて下さい」
頑なに反対したウォルターを説得するのは容易ではなかったが、も頑として譲らなかった。
何かが出来るという状況は、まだどん底では無い――
そう思ったのも事実だし、単にじっとしているだけでは気が狂いそうだったからかもしれない。
外に繋いであるルムやエアードラゴンが漣のように身じろいだ気配が、テントの中にまで伝わった。
夜が明ける――
アイレの丘の西部に陣を敷いたアーリグリフ軍は、東のアリアス前に構えているシーハーツ軍めがけて進軍する。
今回の戦いに、三軍の一である漆黒は参加していない。
団長のアルベルが不在―事実上の失脚―の上、先日のカルサア修練場の件で人員も不足している。
ラドフも出兵の許可も下りず、は今、戦場に一人で居る。
なぜ、こんなことになったのだろう――
地球での…今までの生活から逃げ出して、新天地としてこの未開惑星に来て、戦争中のこの国でアルベルと出会った。
それが、全て――
アルベルを助けるためならば、こんなにちっぽけな命など捨てたって構わない。
そんなに、出来る事――……
今回の戦いには、シーハーツの新型施術兵器が導入されると聞いた。
フェイトたちが携わっていた新兵器――オーバーテクノロジー兵器かもしれないが、問題はそこではなく、彼らもこの戦いに出てくるだろうということ。
彼らを逃がしたことが大きな原因となってアルベルは罪にとわれた。
ならば、アルベルの副官であるが彼らを捕らえれば、まだ道は開ける。
遠くで、出陣を告げる野太い笛の音が響いた。
は弓を携えてテントを出る。
山の端から昇る朝日が目に焼きついた。
アルベルさえ破れたフェイト達に、が万に一つも勝ち目などない。
けれど、出来る事が残されている限り、まだ諦めたくはない……!
この惑星の状勢を一気に変える長い一日が始まる。
決戦は、夜明けと共に――
04.5.1