麗らかな陽射し、冬が過ぎ去ってようやくやって来た待ちに待った春の息吹。
不穏な事さえ起こっていなければ、という前提付きで、歌い出したくなるような午後。
景王・陽子があることを心に決めたのは、そんな午後の出来事がきっかけだった。
どうしても身が入らず、常より早く解放された執務室を飛び出し、陽子は友人を探していた。
そこにふと折良く、離れに金色の輝きを見つけた。
一瞬自分の半身かとも思ったが、どうやら小柄なので十中八九探し人だろう。
「――!」
官に見咎められたら何か言われそうだがこの際無視し、陽子は庭園を突っ切って友人の元に駆け寄った。
「陽子」
嬉しそうに迎えてくれたに、陽子も笑顔を返す。
「今から報告に行こうと思ってた所だったんです。陽子はもう今日の政務はおしまい?」
「ああ、体が空いたから、そっちはどうなったかと思って……延王は一緒じゃないの?」
何気なく言った言葉だった。
それなのに、友人から返ってきたのは思っても無いリアクションだったから――
「………?」
「ご…ごめんなさい、陽子! 今夜発つ事にしたんで、先に準備してきますね! また後で報告に行きますから!」
そう言って駆け去ってしまったを、陽子は茫然と見送る。
延王の名を出した瞬間、彼女の顔は瞬時に赤くなったのだ。
『逃げられれば追いかけたくなる』――よく聞く言葉だが、この時の尚隆にそれは当てはまらなかった。
躓いて転びそうになったを支えた瞬間、目の前で広がった鮮やかな金色の髪。
女の体など腐るほど知っているというのに、一瞬抱きとめた余りに華奢な存在が逃げ出してしまってもなお、尚隆は茫然と見送っていた。
しばらくして、なぜ追い掛けなかったのかと後悔し、そもそもなぜ追い掛けなければならぬのだと溜息をつく。
――まったく、どうかしている。
五百年生きても、真に心を乱してくれる存在には出会えなかった。
だから、心を乱されること――ペースを狂わされることは、尚隆の最も嫌うところだ。
「……飲むか」
酒でも飲んで頭を冷やさなければならない。
出発は夜だと言っていたから、差し障りはないだろう。
「お前も飲むか、悧角」
遁甲してくっついているだろう使令に冗談交じりに言うと、背後からくすくすと笑い声が響いた。
「こんな昼間からお酒ですか、延王」
「――陽子」
尚隆が振り向くと、官服を纏った陽子は大層機嫌が良さそうに笑っていた。
と別れて間もなく、次の探し人であった尚隆も陽子はすぐに見つける事が出来た。
使令相手に酒に付き合えと言っている。彼が金波宮に滞在するのは何度目かだったが、これまで昼間から酒を要求されたことはない。何かあったのだろうか。
尚隆の名を出した途端、赤くなって逃げてしまった――
陽子は、嬉しくなってニコリと微笑んだ。
「先ほど、そこでに会いました」
ピクリと、一見何でもないように見える尚隆の表情が動いたのは気のせいだろうか。
「何かあったのですか?」
「――なぜ、そう思う?」
「延王がここで昼間からお酒を飲むなんてよっぽどでしょう。それに、が――……」
今度は、確かに片眉が上がった。
陽子は笑いを噛み殺して、首を左右に振る。
「私はが心配なんです、延王」
「どういうことだ?」
少し芝居がかった陽子のその言葉に、尚隆は最早眉を顰めて問い質した。
しかし――
「知りたいですか?」
ニッと笑って陽子が言うと、からかわれたのを知って尚隆は押し黙った。
そんな尚隆に微笑んだまま、陽子は続ける。
「私は以前、と一つの約束をしました。けれど、私はの友達として、そんな約束を果たす時が来なければいいと思っている――」
「……………」
「聞きたいですか?」
陽子に見つめられて、尚隆は深い溜息をついた。
「――俺の降参だ。知りたい、教えてくれ」
陽子は勝ち誇ったような笑みで満足げに笑った。
そして、「お前、性格悪くなったんじゃないか」という尚隆の言葉を無視して、陽子はそれを話し始めた。
「あれは、私とが出会った時の話です――」
03.5.2
CLAP