暁の声 - 想流の章3

 おかしい、と思い始めたのは、乗船して二日目。
 二つ目の寄港先を過ぎた辺りだった。

 慶の南方の港からいくつかの港街を経由して雁へと赴く定期便は、人と荷を運ぶ。
 品物を安い土地で仕入れ、高い土地で売る。交易の基本だ。
 おまけに人の乗り降りもすれば便利もいいから、まさに一石二鳥で、そういった点を考えれば寄港する町が須らく賑やかになるのは自然というものだ。
 賑やかになれば人同士の衝突も多くなるから、規制が厳しいのも頷ける。
 しかし………


「大丈夫だったか?」
 出航間際に駆け込んだを最後の客に、船が港を離れた所だった。
「ええ、何とか」
 は頷いて、声の主の方へ歩みを進めた。
 船の手すりに背中を預けた尚隆が、余裕の表情でこちらを見ていた。
 だったら問題なく切り抜けるだろうと信頼してくれていたのだろうか――そう思うとも嬉しい。
 だが、喜んでばかりもいられなかった。
「でも、用心した方がいいみたいです。あんまりお仕事熱心な人だったんで、私思わず当身くらわせてきちゃいました」



 二つ目の寄港先――名前さえ知る間が無い程に慌しかった――は、一つ目の町や裟衍同様、活気に溢れた町だった。
 ただ、その活気の溢れ方が問題で、どうにもガラがよろしくない。
 着いた早々、部下を引き連れたでっぷり腹の町役人が現れ、積荷を検めるなどと言って勝手知ったる様子で物色し始めた。
 眉を潜める尚隆とに、酒飲み友達の船乗りは「いつもの事さ」と教えてくれたのだが……

「今日からは、生きた積荷の方も検めさせて貰うぞ」

 でっぷり狸役人は、いきなりそんな事を言い出した。
 名目上は危険な物を所持していないかの確認――だったが、実際は何が目的か知れない。
 男女別に身体検査をすると言って、女の役人に連れて行かれた時点で、は尚隆と別々になった。
 二人とも旅券には自国の冢宰の裏書があったりするから、こういう輩に見付かると面倒そうだ。おまけには頭の布を調べられる訳にはいかない。
 他の女性客に順番を譲り、最後に回って、出航を理由にかわして出てくるつもりだったが、役人はやけにしつこかった。
 ついでに言うと、中年に指しかかろうかというこの女役人は、上司が上司なら……というやつで、狸同様ガラも大層悪かった。

「ええい、五月蝿い小娘だね! いいから、さっさと旅券を出して服を脱ぎな!」
(どっちが”小娘”なんだか…!)
 半ば叩き付ける様に押さえ込まれた所で、は身を返して女に当身を食らわせていた。
 マズかったかな…などと一瞬思ったが、自分が最後だったのをこれ幸いと、そのまま脱走して船に乗り込んだという訳だ。


「あの街のことを陽子は……知らんのだろうな」
「勿論です」
 答えて、も溜息をついた。
 街の在り様も当然報告したいが、それ以上になぜ今回に限って乗客まで検めたのか……裟衍で不審人物の噂が溢れ、同じ航路上にある街であんなことが起こる……偶然だろうか。
 どちらにしても報告して調査の依頼なりをしたかったのだが、手段が無い。

 そう、手段が無い――これが、おかしいことの二つ目だった。
 陽子――窓口は浩瀚の所――とたちを繋ぐ連絡用の鳥が、戻ってこないのだ。
 充分馴らしてある鳥で、ここ数年間こんなことは一度たりと無かったというのに……

 ふと隣に目を向けると、尚隆も何やら考え込んでいる。
「尚隆? 何か気になることでも?」
 予感がして、は問い掛けた。
「裟衍での噂ですか?」
 その言葉に、尚隆は顔を上げて太く笑む。
 どうやら当たりだったらしい。
「あれだけ複数の噂……気の良い船乗り達の悪ふざけかとも思っておったが、こうなってくると話は別だ」
 それにはも同意見だった。
 だが、その続きが分からない。尚隆は分かったというのだろうか――

 の視線を受けて、尚隆はニッと片眉を上げる。
「そもそも、目撃した奴の話があそこまで食い違うのはなぜだと思う?」
「目撃した人の話……」
 人食い狼を連れた大男、美しい巨鳥を連れた子供、妖魔に跨った老婆――覚えている。どれも、一度聞けば頭に残るような突飛な組み合わせばかり――
 そこでは、はっと顔を上げた。

「目撃した…人……?」
「そうだ」
 尚隆は強く頷いた。

「実際に自分の目で見た奴は、誰一人おらんのだろう」
 も困惑しながらも頷いた。
 そうだ、それなら納得がいく。
「あいつらが故意に嘘をついていたという感じでは無かったから、誰かに聞いた話をさも自分が見たかのように自慢げに話しただけなんだろうな」
「つまり、故意にあの街を選んで派手な噂を流した人間が居る――――ということは……」
 そしてその街を通る定期便の航路で身体検査だ――
「罠だろうな、十中八九」

 尚隆が、そう断言した時だった。

 ドォォン!!

 派手な衝撃音と同時に、船が激しく揺れて人々の悲鳴が上がる。

「……罠決定、ですね」

 呟いたの視線の先に、三頭の騎獣とその上で抜刀している男達の姿があった。







03.6.28
CLAP