51.Cuore Infranto - 失恋 -

 ――レレウィーゼ古泉洞

 バウルに教えてもらったもう一人の始祖の隷長の棲み処。

 風が強くてバウルでの降下を諦め、徒歩で始祖の隷長がいると思われる下層を目指す道中。

 はパーティーの中ほどを進みながら殿を離れて歩くレイヴンを窺うことすらできずに、我ながら大根役者ばりのカラ元気を振りまいていた。

 昨夜宿には戻らなかったと、一夜明けて様子のおかしいとレイヴンの距離感に仲間たちが何も気づかない訳も無い。
 けれど、朝に女性陣を代表したリタに「何があったのよ?」と聞かれた時も曖昧に笑って誤魔化すことしか出来ず、それがよほどひどい顔をしていたのか、"茶化してはいけない認定"されたようで触れずにおいてくれている。

 一瞬、「告って玉砕した」と本当のことを言ってしまおうかとも思ったが、それはまだ傷痕が生々しすぎて口に出来そうにない。

 ――玉砕。

 は思わず、何度目になるか分からない溜息をついた。

 昨夜、ミョルゾの広場で思わず逃げてしまったが、レイヴンが追ってくることは無かったし、一夜明けて今までにも何もない。
 間違いなく、それが答えなのだろう。

 告白したあの時、レイヴンは驚いてかなり長い間逡巡していたように思える。
 それはの体感で、実は一瞬だったかもしれないが、いずれにしてもどうやって断ろうかと困らせてしまったのだと思うと居たたまれない。

 そもそも、痛々しい勘違いでなければ、レイヴンがのことを気にかけてくれていることは分かっていた。
 大切に思って接してくれていることも感じている。
 だが告白に対して困らせたということは、それは恋愛ではなく、仲間や家族的なものとしてだったということだろう。

 ――あそこでうっかり言わなければ……

 昨夜から何度も考えてしまう意味のない"もしも"だ。
 今までのようにただ密かに気持ちを抱いているだけならば、今も当たり前のように彼の横を歩き、いつもの何気ない会話を交わせていただろう。

 ただ笑って彼の傍にいられた。

 ちらりと恐る恐る彼の方に視線を向ければ、相手もこちらを見ていたらしくバチリと目が合い、反射的に思い切り顔を逸らせてしまいまた深々とため息をついた。

 これでは、いくら泣いて腫れた目元をファーストエイドで治せても、仲間たちにおかしいと気づかれて当然だ。

「……何やってるんだろ……」

 十代の少女じゃあるまいし、情けなさすぎる。

 ふと、レイヴンも似たようなことを考えているのかもしれないと思えた。
 何もなかったことに――聞かなかったことにして元に戻りたいと。

 けれど、無理だ。

 どんな顔をすればいいか分からないし、今まで通りにできる気がしない。

 ぐるぐるとそんなことを考えていた時に、ふと何かの気配を感じて顔を上げると、バウルが吠えている先に銀髪の麗人が佇んでいた。

「デュー……」
「デュークさんっ!」

 ユーリたちより先に思わず大きな声を上げてしまったは、はっとして口を噤んだ。
 どうしたらよいか分からない時に何度か助けてくれた人――自覚は無かったが、刷り込みのように頼ろうとしてしまったのかもしれない。
 かと言ってあの浮世離れしたデュークに色恋沙汰で頼ろうとするなど、だいぶ参っている証拠だ。

 そうしている間にもユーリたちはデュークにここに来た目的や精霊の説明などをしたが、やはり両者は相容れぬのか、お互いに邪魔はしないというような会話を終えて、デュークは立ち去ろうとした。

 が思わず引き留めようとした瞬間、目の前にレイヴンが立ちふさがった。

「――っ!」

 反射的に息を呑んだものの、いつも通りを心がけて無理やり笑顔を作る。

「……なに、レイヴン。どうしたの?」
「……デュークは危険よ。近づかない方がいい」

 僅かに目を瞠ったは、これはいつもの過保護だと自分に言い聞かせて深呼吸し、何とか苦笑する。

「…………ありがと。でも大丈夫。ちょっと聞きたいことがあるだけだから、先に行ってて」
「…今回はダメよ。ここは風も強いし、魔物も多い」
「でも……」

 いつに無く頑なな言葉に違和感は感じたが、自分自身が通常運転とはかけ離れているのでよく分からない。
 あんなに楽に話していたレイヴンとの会話が歯車がズレたかのように噛み合わないことに焦燥が募った。

 お互いに目線も合わせないまま沈黙していると、寡黙なデュークは何の気まぐれか、の腕を取って引き寄せて道の縁に立った。

ちゃん!」
「後から行くのが問題なら先で待っていれば良い。私が送り届ける。お前たちは後から追って来るが良い」
「ちょっ……デュークさ……」
「掴まっていろ」

 次の瞬間には悲鳴を上げる間もなく、を抱えたデュークが何の躊躇も無く跳躍した――谷底に向かって。

 慌てたレイヴンがを呼ぶ声がしたが、すぐに遠ざかる。
 あんなに傍に居たいと思った相手なのに、今は彼から離れられることにほっとしてしまったのだった。







 かなり恐ろしいフリーフォールを経てようやく最下層にたどり着くと、そこは一面に白い花が咲いた神秘的な地底湖だった。
 いや、古泉洞というからには泉なのだろうか。
 デュークが敬意を払えと言っていたのも頷ける神聖な空気だった。

 そして淡い光を放っている泉の奥にエアルが流れていくような気配――恐らく始祖の隷長だろう。

 そこから現れたのは、ザーフィアス城と戦艦ヘラクレスで会ったクリティア美女だった。

「! クロームさん?……ということはやっぱり貴女が……」

 エアルクレーネでの実験の時から何となく察していたが、彼女こそが今回会いに来た始祖の隷長らしい。

 を下ろしたデュークは、それで用は済んだとばかりに背を向ける。

「デュークさん、どうして、連れてきてくれたんですか?」

 呼びかけに長い睫毛が揺れて短い言葉が返った。

「――ヨームゲンの幻影の町」
「え……?」
「しばらくはあの地で過ごすことだ」

 それだけ言って颯爽と去っていく後姿を見送っていると、くすくすとクロームの笑い声が聞こえた。

「あれでも心配しているのですよ。あの人は不器用ですから」

 ――「貴女のことはあの人から聞いていました」

 以前に聞いたクロームの言う「あの人」という言葉が蘇り、は思わず尋ねていた。

「クロームさんの『在りたいと思う場所』はデュークさんの――……」

 しかし言い終わる前にクロームが両手をふわりと広げ、大きな鳥の姿に変わった。

 鳥嫌いなのに不思議と怖いと思わなかったのは、これがクロームだと認識しているからだろう。

 そして再び瞬きの間に人型に戻っている。

「――私と彼は相容れない」

「それは……種族の差ってことですか?」

「……あの人は、私の父の友でした。種を超えて友誼を結んだ二人は私の憧れだった。けれどそれももう……。傍に在りたくとも,叶わない」

「それで貴女は……」

「――!」

 振り向けば、仲間たちが息せき切って駆け寄ってきたところだった。

「もう! 心配したんだからね!」
「ごめんね、ボス。みんなも――……」

 見回す中にほっとしたようなレイヴンの顔を見つけて、それだけで胸が締め付けられる。

「怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫だよ、エステル」
「本当に驚いたわ。デューク、彼って意外と大胆なのね」
「大胆ってジュディ……デュークさんは本当にここに連れてきてくれただけだから」

 一頻り仲間に心配された後、一行の視線は奥に佇むクロームに向かい、彼女の決意と願いが語られた。

「あの人を止めてください」

 それは一つの想いの形だった。

 ――「傍に在りたくとも、叶わない」

 ――「エアル取り込みすぎた始祖の霊長は星蝕みになる」

 クロームとウンディーネの言葉が蘇り、の中に波紋を落とす。
 世界と自分自身と想いと……これらはどこに辿り着くのだろうと、風の精霊シルフへと転生を果たした、クロームだった存在を見つめながら静かに自問した。







「俺様はついてくぜ。なんせ、俺の命は凛々の明星のもんだしな」

 仲間の中で一番に即答したレイヴンをは見つめていた。

 四大元素を司る精霊が揃い、最低限星蝕みと対抗できるようになったが、恐らくそれだけでは足りないということで、世界中の魔核<コア>を精霊化させてその力をぶつけるという作戦だ。
 だが、それをすれば世の中から魔核を奪ってしまう。

 この世界では水を送り出すのも明かりを灯すのも魔導器<ブラスティア>を使う。その動力が魔核だ。
 元居た世界の電気と同じように無くてはならない生活エネルギーなのだ。
 更に、元の世界との最大の違いとして、街の外には魔物がいる。その外と内を隔てるのが結界魔導器<シルト・ブラスティア>で、これがあるから街に魔物は現れず、人間が安心して暮らせている。

 ――それらの全てを世界から奪う。
 この世界で星蝕みに滅ぼされず、デュークの作戦により命を吸われることも防ぐ代償として。

「オレは大悪党と言われても魔導器を捨てて星喰を倒したい。みんな、どうする? 降りるなら今だぜ」

 聞いたユーリに対する返答として口火を切ったのが先ほどのレイヴンの答えだった。

 彼には迷いが無かった。
 その半生を聞いた今となってはにも分かる気がした。
 レイヴンは、凛々の明星も……そしてこの世界も愛しているから。

 それに続いて、他の仲間たちも次々に賛同する。

「――んで、はどうする?」

 ユーリの台詞には俯けていた顔を上げた。
 仲間たち全員の視線が集まり、レイヴンのそれが心配の色を宿していることにこの期に及んで安堵してしまった自分に内心自嘲して、一つ頷く。

「もちろん、私も行くよ。何ができるかは分からないけど頑張りたい――この世界の一員としてね」

 レイヴンが行くならも行く。
 せめて彼が愛したものを守る為に、一緒に行きたい。

「わかった。みんな、最後まで一緒にいこう」

 そうやって空の上で一致団結したのが今日の昼だったのだが……



「――んで、は昨日からどうしたんだ?」

 昼と同じように質問を投げてきたユーリは、しかし晴れやかな空ではなく、薄暗い照明を背にして隣に座り、手にはちゃっかりエール大ジョッキを持っている。

「……ユーリ君。お姉さんは隣を許可した覚えはないんだけど」
「そりゃ悪ぃな。イイ女が一人で寂しいだろうと思ってな、お姉さん?」
「イイ女には一人で飲みたい夜もあるんだよ」
「なら尚更だ。今さっきも声かけられてただろ。男除けと思って隣に置いとけって」

 リタが必要なものを調達したいということで立ち寄ることになったカプワ・ノール港。
 夕食の後抜け出したは、街外れにある目立たない酒場で一人静かに飲んでいたというのに、女一人というだけで声を掛けてくる男の多さにはウンザリしていたことは事実で、それを指摘されると言葉に詰まってしまう。

「はぁ……置物は無粋なことを聞いたりしないと思うんだけど?」

 横目に恨みがまし気な視線を送るが、ユーリは両手を上げて更に皮肉を返した。

「それは悪かったな。あからさまに元気がない女を放っとくほど無粋でもないもんで」

 ユーリなりの優しさだということが分かるだけに、は諦めて手元のグラスを傾けた。
 いつもよりも手っ取り早く酔いたくて強めのカクテルを選んだせいで、既に思考が酩酊しかけている。

「……失恋した後くらいそっとしておいてくれてもいいじゃない」

 子供のように拗ねる口調で言ってしまい、こんな風だからレイヴンにとっての恋愛対象にならないのだろうかとため息をついた。

「やっぱり私にお色気が足りないから?」

 例えば、ダングレストで数多見かけたレイヴンと挨拶していた女性たちは、みな妖艶な色気がある女性ばかりだった。あれがタイプだということだろうか。
 だったら、いつもジュディスにときめいている様子も納得出来るし、とはかけ離れている。

 どん底に落ち込んでいく思考を酒を煽って誤魔化して、酔いで火照った首元から髪をかき上げて隣のユーリを下から睨み付けた。

「ねぇ、聞いてる? どう思う、ユーリ」

 瞬間、ユーリは何やらびくりと両手を上げてどこかを見ていたが、怪訝に思ったがその視線の先を確認する前に口を開いた。

「あー……確認なんだが、が失恋した? まさかだが……おっさん相手に?」
「………………うん。告白して……困らせちゃった」

 ポロリと涙が零れて、自身が驚いた。
 酔っているせいなのか、自制が利かない。

 失恋、玉砕――言葉は何でもいいが、何度も思い出してしまうレイヴンの困った顔が浮かぶたび、胸が潰れるような気持ちになる。

「ご…ごめんね……まさか年下の前で泣くなんて…………」

 言葉尻を攫うように頬に無骨な手が触れて、反射的に身構えた目元を優しく拭われる。

「……泣くなよ。あんなおっさんの為に泣いてやるなんて、勿体ねーって」

 驚いてユーリを見れば、紫がかった瞳が明かりに照らされてゆらりと揺らめいた。

…………」

 ――パンッ!

 何の前触れもなく唐突に。
 ユーリが片手に持っていたジョッキが派手な音を立てて破裂し、中身の液体が持っていた本人を直撃する。

「なっ…! 何!? どうしたの!? ユーリ、大丈夫!!??」

 は何かが飛んできたのかと驚いて辺りを見回したが、酒場のカウンターで起こった突然の破裂音に室内も騒然としている。

「……大丈夫だ、原因は分かってる」

 まだ半分以上残っていたエールを思い切り浴びたユーリは、決して大丈夫ではないくらい頭からずぶぬれだったが、確かに怪我は無さそうだ。

 すっかり酔いも吹き飛んだは酒場のマスターにタオルを借りてユーリの頭を拭いてやったが、ユーリは途中でそれを制して自分で顔を拭いながら、額に青筋を浮かべた迫力ある笑顔で言った。

、ひとつアドバイスだ」
「……え?」

「おっさんは押しに弱い」
「お……押し? いやでも、私は振られて……」
「向こうの態度なんて気にすることは無ぇ。押して押して押しまくってやれ」

 妙な迫力で言うので、は分かったと、その場では一応頷いたのだった。







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ユーリと酒場でコイバナ
CLAP