50.Confessione - 告白 -

「綺麗……夢の中にいるみたいです」

 エステルの呟きが反響したのは、まさに現実離れした美しい場所だった。

 エレアルーミン石英林――名前が現す通り、まさに一面クリスタルで埋め尽くされた空間。
 菫色、蒼、紫……様々な虹彩を纏ったクリスタルが輝いている。

 景色に感嘆するエステルと学術的な興味を示すリタ、踏みつぶす感触で遊んでいるカロル。
 その一番前で、お宝を船に運べないと残念がるパティと共には首をひねっていた。

「確かに今は無理だけど、専門のギルドに協力してもらったら何とか運び出せるんじゃないかな」
「うーむ、そうじゃのう……。費用はかかるが、上手く売り捌ければ元は取れるかもしれんのじゃ」
「そうだよね! だってこれだけ綺麗なら宝飾品へも加工出来るし、一先ずいくつかサンプルを採取して……」

「……なんでああも反応に差があるかねえ」
「駄目だなありゃ。のやつ、本来の目的忘れてんだろ」

 レイヴンとユーリの呆れた声にはっと理性を取り戻したは、ユーリの言う『本来の目的』を思い出して居住まいを正した。

 このエレアルーミンは、バウルが教えてくれた始祖の隷長の住処だ。
 命と引き換えの精霊化を頼みに来た立場で流石に不謹慎だったと反省する。

 しかし、僅かに気が緩んでいたのも事実だった。

 意気込んでいたフェローとの再会は、彼が瀕死の状態ですぐに精霊化が行われ、無事に火の精霊イフリートとして転生した後も高揚したままどこかに飛び去ってしまい、それきり……まだ話せてもいないという、にとっては肩透かしを食らったような状態だ。

 だから、突然突き付けられた真実に、はただ立ち尽くすしか無かった。


 ――「始祖の隷長といえども、無制限にエアルを取り込める訳ではない。その能力を超えたエアルを体内に取り込んだものは耐え切れず変異を起こす。そして…………星喰みとなる」


 石英林の奥に居たのは、魔狩りの剣と戦っていた始祖の隷長グシオスだった。
 苦しんでいるように暴れ、様子がおかしい彼を前に姿を現したウンディーネがそう語ったのだ。


 その言葉での中にフラッシュバックしたのは、この世界で目覚めた時の地獄……人だったもののなれの果て。

 ――エアルを糧とする始祖の隷長でさえ、取り込みすぎれば世界の災厄と呼ばれる化け物に変じるという事実。


 せり上がってきた吐き気を耐えてぐらついたところを横から支えられて、お陰で何とか正気を保てた。
 支えてくれた腕の温かさにほっと安堵する。

「……ありがとう、レイヴン。大丈夫」

 そうしている間にも今まさに星蝕みに変じようとしているグシオスと戦わなければならない展開となり、もお荷物になるわけにはいかないと態勢を立て直して応戦する。

 やがて戦闘が終わり、力尽きて聖核<アパティア>となったグシオス。
 その聖核さえも砕こうとした魔狩りの剣のリーダー、クリントは言った。

「俺の家族は十年前に始祖の隷長どもに殺された。俺だけではない。魔狩の剣のメンバーの大半が魔物に大事なものを奪われた者たち……この、奴らを憎む気持ちは世界がどうなろうと変わるものではない!」

 ――十年前、人魔戦争……かつてレイヴンがイエガーたち昔の仲間と共に赴き、「自前の心臓を失くした」と言った戦い。

「あの戦争で身内を失ったのは、あんたらだけじゃないでしょ」

 感情を排した声で淡々とそう言ったレイヴンに、の胸はずきりと痛んだ。

 反射的に手を伸ばそうとして、思いとどまる。

 彼の痛みの全てを知ることは本人以外に出来ない。
 だがは、そもそも彼に何があったのかさえ知らないのだ。

 ほとんど、何も知らない――


 グシオスの聖核を間に向かい合った<凛々の明星>と<魔狩りの剣>。

 ナンやカロルたちの言葉にはクリントなりに思う所もあったのか、魔狩りの剣のメンバーと共に退いていき、グシオスは無事に土の精霊ノームとして転生を果たしたのだった。







 巨大な空飛ぶクラゲ――もとい、空中都市ミョルゾ。
 街ごとクラゲ型の始祖の隷長<エンテレケイア>に包まれ空を漂い続けるクリティア人の街である。

 星蝕みに対抗するには少なくとも四大元素の精霊は必要とのことで、たちはバウルに教えて貰ったもう一つの始祖の隷長の住処に向かっていた。
 その途中でたまたま空の上でミョルゾに出くわし、一晩の宿と食料などの補給をする為に滞在することになったのが今日の昼間の事。

 そろそろ日が傾き始める頃合いの街をは一人で歩いていた。

「……平和な所だな……」

 思わず出た呟きは少し冷たい風に流されていく。

 穏やかな空気が流れているというか、時間の流れ自体が緩やかに感じる街だ。
 他の街ともまた違った古代都市めいた独特な建造物の影響か、街に住むクリティア人たちのおっとりした性格故か……
 ここで暮らすクリティア人たちは昔に魔導器<ブラスティア>を放棄して外界から隔絶されたここで暮らすようになったとのことだったが、それを差し引いても何処か俗世離れしたものがあり、その雰囲気はフェローが作り出した幻影の街ヨームゲンにも似ていた。

 ここに到着した時、初めて見る街並みや街ごと包んでいる巨大な始祖の隷長に呆気に取られていたのはだけで、他の仲間たちにとっては既に訪れたことのある場所らしい。

 しかも、みんな何やら神妙な顔をしていて、とても軽口をきける雰囲気ではなかった。

 この街で何かがあったのだろうか……と感じるほどには様子がおかしかったが、聞いて更に空気を悪くするのも憚られるので、早々に抜け出し、一人で散歩に出たのだった。


 気の向くまま、街の雰囲気に馴染むようにゆっくりと歩く。

 宿として借りていた家から離れてぶらぶらと散策する内に街の奥にある広場にたどり着いた。

 その端の遊歩道になっている場所を歩いていると、すぐ傍が空で一面の青に幾分心が溶かされるようだ。

 バウルのフィエルティア号の甲板にいる時にも似ているが、街なだけあって空に浮いている割に地面も全く揺れないし、周りの空や雲も見慣れれば海に囲まれた島のようだと感じた。

 尤も、人工物だらけで植物は全く見当たらないのがやはり異様なのだが。

「海みたいな空……」

 ふと、先日海沿いの港町カプワ・トリムでイエガーと会った時の事が思い出された。

 そして、今まで敢えて考えないようにしていたことで思考がぐるぐると回る。


 レイヴンもイエガーも心臓魔導器だ――自前の心臓は十年前の人魔戦争で失くしたと言っていたのだから、つまり一度は死んだということ。そして彼らの敬愛していた女性小隊長や恐らく仲間たちの多くも命を奪われた。

 大切な人たちや自分をも殺した相手――始祖の隷長はレイヴンにとって紛れもない仇で、それこそトラウマ級の相手だろう。
 それなのに、彼は一度としてそんなそぶりを見せなかった。

 いや、一度だけ……フェローがダングレストの街中に現れ、初めてその巨躯を目の当たりにしたその時……
 が『大きい鳥』ということに恐慌状態に陥り、恥も外聞もなくレイヴンに抱き着いてしまったあの黒歴史の時に、確かドンに言われた言葉には違和感があった。

 ――「謝るこたぁ無ぇ。お陰でコイツもぼけっとしてられなくなったんだからよぉ」

 朧気に覚えている。
 あの時のレイヴンは尋常ならざる顔色をしていた。

 ――絶対的な恐怖に直面したような瞳で空を見上げていた。

「どうして……」

 何故、レイヴンはあんな顔をしていたのだろう。
 具体的に彼やイエガーたちに何があって、どんなことを感じてきたのか。

 レイヴンのことを何も知らないと分かってはいたけど、今までと自分の心情が変わっていることに気付いた。

 最初は特に知りたいと思わなかった。
 いや、深入りしないことで、無意識にこの世界を拒んでいたのかもしれない。
 けれど、その強がりでも自分自身の心さえ誤魔化せなくなったのは、自分が不安定だからか、それだけ気持ちが育ってしまったからか……

「――ちゃん、みっけ!」

 不意に声を掛けられ、はっとして振り向くと、真っ青な空を背に紫色の羽織を靡かせたレイヴンが立っていた。
 もう探したわよーと言いながらぜいぜいと息を切らせているのはいつもの芝居くさいが、探させてしまったのは本当なのだろう。

「町の中って言っても行先ぐらい教えてくれないとダメじゃないの」
「ごめんね。……みんなの様子がおかしかったから、……地雷踏まないようにしようと思って」

 いつもは踏み込まないことに敢えて触れてみれば、注視していないと分からない程度にぴくりとレイヴンが反応したが、次の瞬間には何事も無かったかのようにいつもの道化た彼に戻っている。

 その後もいつもの軽快な会話を交わす内に覚悟を決めて、は一度目を閉じ、ゆっくりと瞼を開けてレイヴンを見つめた。

「――レイヴン、私、レイヴンのことが知りたい」

 今度はぴたりと彼の動きが止まり、は僅かに怯んだが、言葉を重ねた。

「話したくないこともあると思う。前に話したくないことは聞かないって自分で言ったのも覚えてる。けど……知りたい。……教えてくれる?」

 レイヴンは少しの沈黙の後ため息をつき、頭をがしがしと掻いて、シュヴァーンの時のような静かな空気を纏って言った。

「……やたら長いし、聞いて楽しい話でも無い。けど……うん、ちゃんがそう言うなら」

 そして彼はぽつぽつと話し出した。

 どこから聞きたい?と聞かれたので、兼ねてから感じていた違和感を冗談めかして「実はいいとこの生まれなんでしょ?」と聞いたら、苦笑され、彼が貴族の三男として生まれたことや生まれ育った街のことから話してくれた。

 放蕩が過ぎて無理やり騎士団に放り込まれたこと、騎士として持て余していた時代のこと、キャナリという女性騎士との出会いが彼の転機だったこと……

 彼がキャナリに心酔し心を寄せていく経緯を聞いて嫉妬を感じないわけではなかったが、それよりもあまりに波乱万丈なその半生に引き込まれていた。

 キャナリ隊で副官として邁進していたこと、イエガーの前身の同僚のこと、人魔戦争のこと……

 そして目の前でキャナリも死に部隊も全滅し、彼自身も一度命を落として、ヘルメスの研究成果である心臓魔導器によってアレクセイに蘇生されたこと……

 生き返った当初は仲間も失い家族ごと故郷も消失して廃人同然だったこと、何度も心臓魔導器を止めようとしてできなかったこと、けれど頑なに「自分は死人だ」と言う彼にアレクセイが"人魔戦争の英雄シュヴァーン・オルトレイン"として第二の人生を与えたこと、そのアレクセイ自身も評議会の陰謀により絶望し手段を選ばなくなっていったこと……

(……アレクさん……)

 以前レイヴンの口から「あの人は本気で世界を良くしたいと思ってた」と聞いたことがあった。
 アレクセイも「改革を成すまでには膨大な時間と犠牲がかかる。それでは遅いのだ」と言っていた。
 そこには、理想と正義を掲げた騎士団長が絶望するほどの葛藤があったのだろう。それが彼の所業の免罪符になる訳ではないが、関わった者として知れてよかったと思う。

 しかし、次の言葉には目を瞠った。

「俺はアレクセイに命じられるまま、邪魔な人間を排除していった」
「排除……?」
「……暗殺と言った方が分かりやすいか」

 ――暗殺。

 アレクセイの道具として何も考えずに剣をふるってきたと彼は言った。

 そして話は、初めてダングレストに赴きドンに会ったのも暗殺<それ>が目的だったこと、しかし返り討ちに遭って"レイヴン"という名で天を射る矢<アルトスク>に迎え入れられたこと、そこから騎士団とギルドユニオンの二重生活が始まったことと続き、ある日アレクセイからの命令でを保護したことや、ユーリたちとの出会い、そして前回のミョルゾ滞在中にエステルを唆してアレクセイの元に連れて行ったことへと続いた。

「……とまぁ、長いだけでつまらない話で……って、ちゃん!?」

 話し終えて視線を向けてきたレイヴンがぎょっとして慌てたことで、は自分が泣いていることに気付いた。
 慌てて涙を止めようとするが、自分でも全く制御できない。

「っ……ごめん……私がこんなっ……」

 辛くて悲しいのはレイヴンの方なのに、自分が泣くのはおかしい。
 分かっていても止められない。

ちゃん……」
「だって、レイヴンがっ……レイヴンが泣かないからっ……」

 話を聞いて、少しは分かってしまった。
 何故彼が自分のことを「死人」と言っていたのか、時折幸せになる資格はないと言うような態度を見せるのか……

「……私、レイヴンには幸せになってほしい」
「……聞いての通り、俺にはそんな資格……」
「資格なんて関係ないよ。私がそう思うんだから!」
「そんな無茶苦茶な……」

 呆れたような戸惑ったような声音に、の言葉が伝わっていないのだと感じた。

 どうにかして伝えたかったし、信じて欲しかったし、その瞬間いろんな感情が溢れてしまったのだと思う。

 は、気が付けばその言葉を口にしていた。

「――レイヴンが好き」

 溢れる涙を拭う間も無く言ってしまった言葉。
 それは気持ちが零れるように口をついた言葉だっただけに、切なる響きが滲んでいた。

 レイヴンの目がゆっくりと見開かれて、口が僅かに動き、しかしそれは声にならない内に引き結ばれて、揺れた視線が困惑するように……斜め下へと落ちた。

 ――困らせた。

 その事実に胸が締め付けられるように鋭く痛み、息苦しさに思考が停止する。
 熱に浮かされていたような頭からさっと血の気が引いていく感覚に、はとっさに作り笑いを浮かべた。

「あ……あはは、なんて、何言ってるんだろーね、いきなり。…ごめん、私、先に帰ってるね!」

 何とか笑えと必死に自分を鼓舞して、涙を拭って背を向けて。
 ……そこまでで精一杯だった。

 後は耐えきれずに走って逃げて……仲間たちのいる空き家にも帰れず、フィエルティア号まで全速力で逃げ帰ったのだった。







250703
もう50話。勢い告白と逃げる。
CLAP