48.silenzio - 黙秘 -

「――懐かしいですね」
「言ってろ」

 誰もいない波止場の倉庫裏。
 表通りの喧騒も遠く、穏やかな潮風が吹きすぎていく。

 "イエガー"の時とは違い、仕込み杖の剣を構えるその姿勢が昔の通りなのもあり、レイヴンも自然と当時に立ち返っていた。
 訓練で何度も手合わせした、かつての戦友――


 互いに無言のまま対峙した二人は、合図も無く同時に地を蹴る。

 数合打ち合って距離を取り、レイヴンは相手を見つめた。

 互いに手加減しているわけではないが、命の取り合いという殺気も無い。
 けれど、仇だケジメだはともかくとして、好きな子だのと揶揄された上に負けるのは癪だ。

 レイヴンは、わざと昔よく使っていた型で攻撃を仕掛け、大振りの隙を作って相手を誘った。
 更に二重三重のフェイクを入れた上で、最も油断するタイミングを狙って相手が知らない筈のギルドで会得した技を仕掛けた。

 ――が、気づいた時には逆に変形弓を弾き飛ばされていた。

「――私の勝ちですね」

 勝ち誇ったように笑うイエガーに武器を突き付けられ、レイヴンは盛大に顔を顰めた。

「相変わらず器用な戦い方ですね。絶対に裏があると分かっていても危なかったですよ」

 小細工を仕掛けたのが裏目に出たと知って、ますます面白くない。
 かつて仲間として鍛錬していた時も、純粋な強さだけで隊内で抜きんでるのは難しく確かに策を弄してはいたが……

「……まさかさっきのを読み切られるなんてね」
「あなたが本気でなければ、深読みした私の負けでしたよ」

 やけに満足そうに笑ったイエガーはアイテムバッグから取り出したものをレイヴンに投げてよこした。

 それは、白く美しい変形弓だった。

「おい、こりゃぁ……キャナリの弓じゃねーか」

 人魔戦争の最中、テムザで彼女と共に失われたと思っていた装備だ。
 在りし日にこれを手に戦っていた凛々しい小隊長の姿が瞼の裏に蘇る。

「今のあなたになら託しても良いでしょう。大切な人を守るために戦うあなたが使った方が、彼女も喜ぶ」

 確かにキャナリが言いそうなことだけに、レイヴンもため息と共に受け取った。

「お前さんがそう言うなら遠慮なく。――そらよ」

 代わりに、懐から取り出したものを相手に投げれば、受け取ったイエガーは大きく瞠った目をくしゃりと歪めた。
 キャナリが気に入っていたコンパクト――その反応だけで、誰が贈ったものかは分かるというものだった。

「借りを作ったままなんて御免だからね。それに、そろそろ解放してもらわんとウチ<凛々の明星>のカワイ子ちゃん達にも迷惑かけちまう――ねぇ、ちゃん」
「――っ!」

 息をのむ気配の後、バツの悪そうな顔でがそろそろと姿を現した。

「いや、邪魔しようと思った訳じゃないんだけど、お散歩してたら道に迷っちゃって……」

 彼女にしては珍しく分かりやすい嘘を並べる辺り、尾行に気付いていたのも織り込み済の辻褄合わせと思われる。
 少女二人を連れていないことからしても、目的まで分かっていて黙認したもののやはり心配になって一人で探してきてくれたというところか。

 幸いなのは、来たのが弓とコンパクトの交換のあたりで、あの勝負の不本意な結果は見られていなかったことだろう。

「――んじゃ、帰ろっか」

 若干心配げに見つめてくる小さな頭をぽんと叩いて促せば、遠慮がちに短く問われた。

「もういいの……?」

 話していた内容など知る由も無いのに、敵わないなと苦笑がこぼれた。

「いいのいいの。俺様がドンから託されてた始末は、ザウデで奴がおっ死んじまったことで終わってるしね」
「…………うん。あ、ちょっと待って」

 は、忘れ物と言い置いてイエガーに駆け寄った。

「イエガーさん、言い忘れてましたが……アレクさんを止められずに悪いことに力を使われたのは私も一緒です。それに、ドンのことも……一緒に過ごした時間は短かったけど、私もドンのこと大好きだったんです」

 イエガーはただ黙っての言葉を聞いていた。

「方法は間違っていましたが、世界を平和にしたいという志だけはアレクさんの本当でした。皆を守りたいというドンの遺志も。――私は、両方とも…絶対に、裏切りたくない」

「……分かりました。肝に銘じましょう」

 だから、平和を脅かすような真似はするな――そういうことだろう。

「それに……」

 は言い淀んで、口元を手で隠し、何事かをイエガーに耳打ちした。

 レイヴンは、ピクリと自分の米神が震えたのが分かった。

 内緒話を聞き終えたイエガーは口元に笑みを掃くと、自然な動作でキザたらしい慇懃な礼を取り、あろうことか恭しく掬い上げたの手の甲に口づけた。

「オフコース! プロミスしまーすよ、レディ。――尤も私は、貴女の味方ですがね」

 『イエガー』の道化じみた口調で言い、更に小声で顔を近づけた時点で、レイヴンは忍耐の限界だった。

 即座にの肩を引き寄せて、反転させる。

「――さ、帰るわよ」
「レ…レイヴン……!?」

 そのまま有無を言わさず、町の出口に向かって歩き出す。

「――レイヴン」

 今の名で呼ばれて振り向けば、夕日を背に清々しい顔をした男が分かりやすく口角を上げた。

「応援していますよ、一応ね」
「――余計なお世話よ」

 最後まで余計な事を言う"元仲間"に背を向けて、今度こそ帰路に着くべくカプワ・トリムを後にした。


 凛々の明星は、現在ダングレストで補給とユニオンの仕事を手伝っている。
 明後日には合流すると伝えてきたから、急がねばならない。

 急ぐことには同意のも隣を歩きながら、けれど沈黙を嫌うように双子の少女たちの話などをしていたが、レイヴンが普段通り会話を返しているとようやく安心したのか、何やら疲れたようにため息をついた。

「それにしても、イエガーさんに乙女心を弄ばれた気分」

 ぎょっとしてレイヴンは思わず足を止めた。
 先ほどのやり取りで何かあったのだろうか――

 黒い靄が胸を占めかけた時、はニヤリと笑って続けた。

「だって、熱烈なラブレターに隠された暗号で呼び出されてさ、こっちはザウデ以来だから何を言われるか怖かったけど覚悟決めて会いに行ったのに……結局、向こうの本命はレイヴンだったわけじゃない?」

 わざと誤解を招く言い方をした確信犯だと知って脱力すると共に、あながち間違ってもなさそうな要約に顔を顰める。
 反論したくても腰に装備した白い変形弓の存在のせいで説得力も無さそうで、レイヴンもわざとらしく嘆いてみせた。

「俺様だってあんな奴と二人で飲みに行かされるとは思ってなかったし、ちゃんは"爽やかイケメン"なんて見とれちまってたしー?」
「み…見とれてなんて無いって! 確かに凛々の明星や天射る矢<アルトスク>にもいないタイプの正統派イケメンで眼福だなとは思ってたけど……って、冗談だって! レイヴンの方が男前だから!ねっ!」
「そりゃ俺様は世界一イイ男だけど、そんなイイ男が隣にいるってのにさっきは内緒話までしてさ……ちゃんってば面食いよね」
「うっ……!」

 それもこれも、全部イエガーさんが悪い! などと憤慨してみせると一頻り冗談を交わして笑って、会話が途切れた所でぽりぽりと頬をかいた。
 癪ではあるし、言いたいこともいろいろあるが、今日のイエガーとのことで胸のつかえが一つなくなったような、少しスッキリした心地なのは事実だ。

「――ありがとうね」

 言葉少なに告げると、の瞳が静かにこちらを見上げ、ふわりと笑った。

 レイヴンは思わず伸ばしそうになった自分の手を戒めて、夜が迫ってくる空を見上げる。
 今は星蝕み――あの世界を脅かすアレクセイの置き土産を何とかするのが先決で、その過程でまた無茶をするであろう彼女を守れるだけの力が必要だ。

 ――見守っててくれよな、キャナリ

 襲って来た魔物に応戦しながら元戦友から託された変形弓を握って、"今の命"を生きる決意を新たにしたのだった。 





「――で、どっちが勝ったの?」

 道中、完全に油断していた雑談の合間に笑顔で聞いてきたに、笑っていた自分の顔が引き攣ったのが分かった。

「――――――黙秘で」

 嘘をつくわけにも行かず苦し紛れに返したレイヴンに文句を言う

「そういうちゃんは、最後やつに何言ったの?」

「――――も…黙秘します」

 面白くは無かったが、完全にお互い様である。

 見つめ合った沈黙は長くは続かず、がおかしそうに噴き出す。

 その笑顔につられて笑いながら、一生敵う気がしないという独白に、遠い日の戦友たちも笑ったような気がした。







250203
新イエガーさんには両方の友達でいてほしいという妄想。
CLAP