「レイヴン、話したいことがあるんだけど……」
ギルドの巣窟ダングレスト――
旅の補給で立ち寄ったその日、兼ねてから機会を窺っていたは、この街なら内緒話にも適していると踏んで、適当な理由を付けてレイヴンに同行していた。
仲間たちとは一旦分かれ、二人になったタイミングでそう切り出すと、久しぶりにユニオン本部に顔を出すべく街の奥へと向かっていたレイヴンは目を瞬かせる。
「およ? 何々、改まっちゃって。……はっ、もしかして、愛の告白!? ちょっと待って、おっさんにも心の準備ってやつが――」
「うん。違うから。真面目な話だから」
バッサリ切ればいい年をしてしくしくと項垂れたが、それなら場所を変える?と提案してくれた。
話とは他でもない――以前、ザウデでのエゴで蘇生させてしまったイエガーのことである。
ザウデ以降ずっと慌ただしくて誰にも打ち明ける機会が無いままになっているが、このまま黙っている訳にも行かないし、彼がどうしているかも知っておく責任があると考えていた。
仲間たちに話す前に、誰よりも彼と因縁が深かったであろうレイヴンに打ち明けて相談すべきだと思った。
ドンの仇でもある彼を助けたなどと、この街で話すことではないかもしれないが……
見遣れば、もうユニオン本部の目前である。
しかも相談事自体後ろめたいので、ユニオンでの用事優先で、終わってからユニオンの一室を借りようということにした。
それを後に後悔することになるとは、この時は夢にも思わなかった。
「おぅ、レイヴン! 相変わらず嫁も同伴か」
「はっはっはっ、羨ましいかね、若人よ」
嫁じゃない!と赤くなって叫んだを尻目に、冗談まで交えて笑っている余裕のレイヴンが憎たらしい。
ユニオン本部内の首領執務室。
正式にドンの後継者となったハリー・ホワイトホースは相変わらずで、としても久しぶりの再会は嬉しかった。
しかし、ここでその"爆弾"を持ちだされるなど誰が想像できただろう。
そのタイミングは、まさに不運としか言いようがなかった。
「そういや、宛に手紙が来てたぞ」
「手紙? 私に?」
しかもユニオン宛に――?
確かに、たちはバウルに乗って世界中を飛び回っているし、この世界には携帯電話などないのだから、連絡を取りたかったら相手が立ち寄りそうな所に預けるしか無い訳だが。
がユニオンに来るかもしれないと知っていて、尚且つわざわざ手紙を送ってくる――
思い当たる人物が浮かばず、レイヴンと揃って首を傾げた。
しかし、次のハリーの台詞は、優にアワーグラス並みの威力をもって、その場の時を凍りつかせた。
「お前も隅に置けねぇな。随分熱烈だぜ――『貴女のしもべ・ラーギィ』だとよ」
それの意味する所に数秒かかって辿り着いたは、隣のレイヴンが微動だにしていないことに血の気が引くのを感じた。
「ラーギィって、遺構の門《ルーインズ・ゲート》の首領だろ? 引退したって聞いてたが……あんなジジイまで引っ掛けるとは、こりゃレイヴンも苦労する訳だな」
カラカラと面白そうに笑うハリーが遠い存在に感じる程、どっと冷や汗が吹き出す。
ラーギィ――まさに、ハリーの言うように遺構の門の首領には違いないのだが、その正体は、海凶の爪《リヴァイアサンのツメ》の首領イエガーである。
アレクセイを追って乗り込んだザウデ不落宮で、凛々の明星が倒した――その命が消える瞬間を、も…そしてレイヴンも、見ていた。
死んだはずのイエガーからの手紙。
そう、がまさにこの後打ち明けようと思っていた、彼からの。
「……ちゃん…?」
ひやりとした声に恐る恐る隣を見上げれば、にこやかな笑みを浮かべたレイヴンと視線が合って、は戦慄した。
目は口ほどに物を言う――
唯一笑っていない目が、「この期に及んでこんな大きな隠し事して、どういうつもり?」と雄弁に語っていた。
「レ…レイヴン……あの…これは……」
「うん…?」
その笑顔は、冷徹なシュヴァーンよりもある意味怖い――は早々に白旗を上げて、洗いざらいイエガーを助けた経緯を白状したのだった。
港町カプワ・トリム――いつ来ても、平和で活気ある港町である。
内容は一見すると熱烈ラブレターだったラーギィからの手紙は、レイヴンに見せると眉を顰めながら「こいつは暗号だ」と言われた。
どうやら、昔騎士団で使われたことのある暗号らしく、解読すると『カプワ・トリム 港近くの救児院』となるらしい。
丁度様子を知りたいと思っていたし、一応一人で行くと言ってみたのだが、レイヴンに却下された。
確かに、相手は命の取り合いを行った元敵なので危険が無いとは言い切れないし、向こうも昔騎士団が使っていた暗号などというものを使ってきた以上、これは一人への招待というより……
はこっそりと隣を歩くレイヴンを見上げてみた。
そんな暗号を解読出来るのは、の周りに一人だけ――つまり、最初からレイヴンも含めての招待だということだ。
結局、凛々の明星には一日休みを貰い、レイヴンと二人でこうしてトリム港を訪れることになった。
「……レイヴン、怒ってる…よね?」
海のさざ波をバックに、いつもより寡黙な彼に思い切って聞いてみる。
ダングレストからここまでの道中も、ほとんど一人で戦闘をこなしてくれていた為ほとんど話せなかった。
隠し事をしていたのだから怒らせても仕方ないのだが、これはそう単純な問題では無い。
レイヴンにとってのイエガーは、かつての戦友で、かつての敵で、恐らく世界に二人だけと思われる心臓魔導器の持ち主同士で……そしてドンから始末を頼むと遺言までされた仇だ。
そんな複雑な相手の命を勝手に蘇らせて、尚且つ黙っていたは、最早どんな顔をすれば良いのか分からなかった。
まさにあの後話すつもりだったというのに、イエガーもとんだタイミングで爆弾(手紙)を送ってくれたものである。
本人の意思さえ無視して勝手に生き返らせてしまったに対する意趣返しだろうか……
「怒ってる……俺が?」
どうやらいつもと違う自覚が無かったのか、彼は一度首を傾げ、けれど小さくため息をついた。
「怒ってるってのとは……ちょいと違う……かな。悪いね、自分でもよく分かんないんだわ」
歯切れの悪い答えだが、それが何よりも彼の心情を現している気がした。
その視線はここではないどこかを茫洋と彷徨っているかのようだ。
「えっと……会うなり武器抜いたりなんてことには……」
我ながら情けない顔をしていたと思うが、レイヴンはきょとんとして次いで苦笑した。
「いくら俺様でもこんな街中で物騒なことはしないわよー。……まぁ、奴さんの出方次第ではあるけどね」
「……ですよね……」
とて無いとは思うが、万一イエガーが再び敵として刃を向けてきたら、身を守るために戦わなければならない。
「……レイヴンとあの人は……」
今まで聞けなかった昔のことを、思い切って聞いてみようかと思った矢先だった。
前方の建物から賑やかな声と共に、子どもたちが飛び出してくる。
何となく会話が途切れて、そちらに目を向けると、子どもたちの保護者らしきシスターと一緒に見覚えのある二人の少女が出てきた。
どうやら、あれが指定の救児院らしい。
「あの子らは……」
「……ゴーシュちゃん、ドロワットちゃん」
二人はこちらに気付かないまま、シスターと話している。
イエガーと行動を共にしていた双子の元気そうな姿に、ほっと安堵の息をついた。
「いつもありがとうございますと、あの方にも伝えてちょうだいね」
「ああ、責任持って伝える」
「任せておくのだわん!」
「本当に……あの方がいらっしゃらなかったら、今頃どうなっていたか……いつもこれほどの寄付をいただいて」
聞こえた声に驚いて足を止めると、そこで双子の少女たちも気づいたようだ。
「お前たち……」
「ちゃん! 待っていたのだわん!」
シスターに別れを告げた二人がこちらに駆け寄ってくる。
「二人とも元気そうで何よりだよ! イエガ……えっと……お手紙を貰って来たんだけど」
一しきりの再会の挨拶を交わした後、"爆弾"になった手紙をひらひらと振ってみれば、二人はレイヴンに視線を向けたものの、それには何も言わずに付いてくるよう言って身を翻した。
「……さっきシスターが言っていた"あの方"ってもしかして……」
「ああ、イエガー様のことだ」
話の文脈から、やはりとは思ったが、あのイエガーが救児院への慈善活動というのはどうにも想像しがたい。
「私らも、あそこの出身なのよん」
てらいなく言われた言葉に、少し目を瞠る。
だから――ということなのか、その逆なのか。
分かったような分からないような心地で歩いていくと、やがて一軒の民家にたどり着いた。
案内されるまま玄関をくぐると、双子は廊下の奥に駆けていく。
その先から、「またそんな薄着で……」「体冷やしちゃダメなのだわん!」とにぎやかな声が聞こえてきた。
レイヴンと頷き合って、僅かの警戒心を持ったままそちらへと向かうと、一気に視界が開けたそこは、海が見晴らせる広いバルコニーになっていた。
そこにぽつりと置かれたロッキングチェアに一人の男が座っていた。
ひざ掛けを掛けたりと世話を焼いていたらしい双子が一歩下がり、男が振り返る。
その顔を見て、はゆるゆると目を見張った。
「やあ、。招待に応じていただき、ありがとうございます。歓迎しますよ。予想通りではありますが、ナイトもご一緒で」
に次いで向けられたレイヴンへの視線がすっと細められ、それに殺気でも籠っていたのか、彼も反射的に腰の小刀に手を掛けた。
危惧していた衝突の危機……
しかし、はそれどころではなかった。
ロッキングチェアに座っていたのは、紛れもなくイエガーその人であった。
――が、まるで別人のようだ。
胡散臭いルー語は成りをひそめ、リタにトロロヘアーと言わしめた独特なツンツン髪も無くなり自然に下ろされている。
キザたらしいイエガーとも、挙動不審だったラーギィとも違い、真白いシャツなどを着て海辺で穏やかな微笑みを浮かべている男――
「……爽やかイケメン兄さん」
ぼそりと呟いたつもりのの独り言は、やけに大きくその場に響いた。
呆気に取られる面々の中で、最初に驚きから立ち直ったのは流石というか、免疫のあるらしい元保護者。
「ちゃん……ちょっと、空気読もうか……」
深いため息と共に脱力したレイヴンに、は慌てて言い訳する。
「だって、久々にイエガーさんとの再会だと思ってあの濃いキャラ想像して身構えてたのに、肩透かし食らったっていうか……ここまで変わってたら、いや、誰? ってなるでしょ!?」
「それにしても緊張感無さすぎでしょ……確か前も、フレン君相手に変なあだ名付けてたわよね」
「フレンっていうと、キラキラだなーって思った第一印象は覚えてるけど……。ていうか、おかしくない!? イエガーさんもレイヴンも、髪下ろしただけでイケメンになって性格まで変わるって何なの!? 心臓魔動器の付随効果なの!? それとも元騎士の秘伝とかなの!?」
髪を下ろすとイケメンの辺りで顔を赤くしたレイヴンに、問題はそこじゃないんだって!と尚も追及しようとしたが、目の前の男の肩が震えてやがて大きな笑い声に変わり、も我に返った。
「……めちゃくちゃ笑ってますけど、元はと言えば貴方が変わりすぎてたせいなんですけど……イエガーさん? それともラーギィさん?」
恥ずかしさをごまかす意味でもジト目で睨むと、イエガーはすみませんと一応謝って双子に片手を上げた。
退出の合図だったのか、去り際、「私らも今のイエガー様の方がイケメンだと思ってるのだわん」とドロワットが耳打ちして行ったので、やはり自分の感性は間違ってはいないと妙な自信を得る。
三人になった所で、イエガーはこほんと咳払いし、顔を上げた。
「私の呼び方はお好きなようにどうぞ。改めまして――ようこそ、、シュヴァーン」
レイヴンの恰好の彼にそう言ったのはわざとに違いない。
眉間に皺を寄せたレイヴンもまた、珍しくも不機嫌を隠そうともしない様子だ。
「お元気そうなのはよかったですけど……好きな名前で呼んでいいってことですか?」
聞くと、イエース!と返ってきそうだと思うのは、自分がまだ彼をあのイエガーとして認識しているからなのかもしれない。
実際には彼は、強烈な個性の片鱗も見せることなく、「そうです」と静かに頷いた。
「海凶の爪<リヴィアサンノツメ>首領のイエガーは死に、遺構の門<ルーインズゲート>の首領ラーギィは引退して隠居の身。この広い世界、同じ名前の男がふらふらしていても、誰も何とも思いませんよ」
私の変装は完璧でしたしね。と当てつけのように視線を流した先は昔馴染みであるらしいレイヴンで、本人にも思い当たることがあるのか、更に嫌そうに言葉を詰まらせた。
確かに、今の姿で道端ですれ違っても、もイエガーだとは気づかなかっただろうと思う。容姿や服装は勿論だが、それだけ言動や雰囲気が全く違う。
「…分かりました。じゃあ、私はイエガーさんって呼びますね」
イエガーは死んで、ラーギィは隠居……では、今の彼は何をしているのだろうか。
ダングレストで情報を聞いて疑問に思ってはいた。
万一世の中に害為すことをするようであれば、その責任は生き返らせた自分にある。
だが、先ほどの救児院での様子を見るに、どうも違うらしい。
気持ち良い風が吹き抜けるバルコニーを数歩進み、道端で遊ぶ子供たちの様子を視界にとらえると自然と笑みが浮かんでくる。
「救児院の援助をしてるんですね。もしかして、前からですか?」
「……そんな立派なものじゃありませんよ」
自嘲というよりも、凪いだ瞳をしてイエガーは言った。
「ゴーシュちゃんとドロワットちゃんも、あそこの出身だって聞きました」
「あそこ……というより、あの前身の施設ですがね」
「――――まさか、帝都下町の……」
レイヴンの呟きに、イエガーは肯定するように目を伏せた。
そしてにも分かるように、「昔……」と言い置いて話し始める。
「我々が騎士団に居た頃、増え続ける魔物の被害で孤児になった子どもたちを小隊長殿が気にかけて援助していましてね……ゴーシュとドロワットはその頃特に彼女に懐いていたのですよ」
元々二人は騎士団で同じ小隊に所属していたということだろうか。
初めて聞く話に、は黙って耳を傾ける。
「戦後……彼女の死後、ふと思い出して訪れた下町の救児院は、世話をしていた大人も死に、とても子供たちだけで生活できるような状態ではありませんでした。場所を自分の拠点に近いこの町に移したのも、金銭の援助をしたのも、ただの気まぐれです。……惰性と言っても良い。彼女ならきっとそうしただろうと」
イエガーの伏せられた目は、悲しみが枯れた果てのように空虚で、彼がその小隊長の彼女を女性として愛していたのだと悟るには十分だった。
何と声を掛ければ良いか迷っていると、彼はふと苦笑する。
「けれど、因果なものです。ただの惰性の筈が、こんな私を慕ってくれるあの子たちのお陰で、もう一度生きなければならないと思わせてくれました。だから、――貴女に感謝を」
微笑みと共に告げられた言葉に、はぎゅっと唇を噛み締めた。
礼を言うことが今日の招待の理由だというような清々しいシンプルさだった。
「……あの時も言いましたが、私の勝手な我が儘です。責められる覚悟もしてました」
「責める……ですか。確かに、貴女が誰の為にしたことかを考えれば、少しばかり言いたいこともありますがね」
イエガーがちらりと視線を向けたのはレイヴンだったが、彼はむっと眉を顰めた。
「この子が大将の尻ぬぐいの為にやったことだとしても、お前さんが命を助けられたことには変わらんだろう」
「誰の為に」と言われて一瞬焦っていたは、ぱちりと目を瞬かせた。
確かにそれも間違いでは無いのだが……
同じく虚を突かれたらしいイエガーは呆れたように嘆息する。
「全く……相変わらずですね、あなたは」
「お前さんこそ。勿体つけるような言い方ばっかで何考えてるのか分からんのは変わってない」
「今日はあなたにも言いたいことがあったんですが、それ以前に彼女が可哀想になってきました」
「お前さんには関係ない」
「そんなことではキャナリにも笑われますよ」
「なっ……キャナリも何だってこんな奴を……大体お前さんはっ……」
――パンッ!
が大きく手を打ち鳴らせると、今まで言い合っていた二人はバツが悪そうに口を噤んだ。
「……飲みに行ってきたら?」
米神を押さえて告げた提案に、二人は同じような表情で唖然とこちらを見返した。
「だから、二人で飲みに行ってきたらいいよ。お互い言いたいことあるんだし、元同僚だし、いい年した大人が子供みたいな言い合いするよりお酒飲みながらゆっくり話す方がよっぽど健全だし」
主に最後が効いたのか、二人とも言葉に詰まり、最後には了承した。
互いに無言のまま連れ立って出て行った二人の背中を見送って、はため息をついた。
キャナリ――レイヴンが口にした小隊長と思われる女性にモヤモヤとしたものを感じてしまった自分と、その話をこれ以上聞きたくないと思ってしまった自分に。
210605
恐ろしいことに数年空いてしまいましたが、自己満足の続きです。
いろいろ予定が変わって、イエガーさんとの再会になり、勢いあまってサシ飲みに行かせてしまいました。
CLAP