「ううぅーーー…寒い寒い寒い寒いーー!!」
「うっさい! 余計に寒くなんでしょーが!!」
「ぶへっ!」
騒ぎ立てるレイヴンと、鉄拳制裁するリタ。
苦笑と共に見守る仲間たち。
ようやく戻って来た日常の光景にほっとしつつも、凛々の明星一行は<聖核>を用いての『星喰みへの対抗手段』を得る為に、揃って北の地を訪れていた。
上を向けば、どんよりした空を覆う禍々しい<星喰み>という災厄が見えて異常な光景なのだが、下を向いても十分驚きの光景が広がっていたりする。
「ここが、"ゾフェル氷刃海"……」
比喩かと思えば、なんと本当に無数の剣が氷の大地に刺さっているという不思議な場所だった。
そして、本当に……寒い。
も、急遽引っ張り出したショールの端を掻き合わせて、ぶるりと震えた。
エアル濃度に体調が左右されるようになった代わりに、気温の変化には強くなった筈だが、そのでもこれだけ寒さを感じるとは相当のものだ。
疲れただのお腹すいただの、レイヴンがすぐに弱音を吐くのはいつものことだけれど、それにしても普段より顔色が悪い気がして、後ろで見ていたは眉を寄せた。
しかし仮に聞いてみたところで、素直に答えてくれるとは思えない。大丈夫だと言って誤魔化されるのは目に見えている。
それならばと、不意打ちで後ろからその手を握ってみた。
「うわっ、ホントに冷たい!」
「ちょっ…ちゃん!?」
ぎょっと驚いたレイヴンがおかしくて、は内心ニヤリと笑うと、冷たいその手を両手で包むように持ち上げて上目遣いで自分の息を吐きかけた。
「私があっためてあげよっか」
目論見通り……いやそれ以上に、乙女のように顔を赤くしたレイヴンに、は耐えきれずに吹き出した。
「ふふふ…あはははは! レイヴン、かわいいっ!」
「かわっ…………ちゃん、ひどい! おっさんのこと弄ぶなんてー!!」
「人聞きの悪い言い方しないでよ。かわいいものはかわいいんだから、しょうがないじゃない」
「だから、こんなダンディな男前捕まえて、かわいいってどういうこと!?」
緊張感の欠片も無く……ついでに大人気もなく、ギャーギャー騒ぎ出した年長者二人に、仲間たちの冷たい視線が突き刺さった。
「アンタら……いい加減にしなさいよ!?」
「リ…リタ…? 落ち着いてください」
「ちょっとリタ、こんなとこで火使わないでよ?」
「うっさいガキンチョ! 分かってるわよ、そんなことくらい!」
「でもまー、おっさんもも程々になー。イチャつくなら余所でやってくれ」
「あら、羨ましいのかしら?」
「うちはいつでも大歓迎じゃぞ、ユーリ」
「ワゥン……」
そんな年下青少年達の反応に、慌てて力いっぱい言い訳したは、どっと疲れたため息をついた。
心配しても誤魔化されるくらいなら、からかって気を紛らわせようとしたというのに、の方が思い切り動揺してそれを隠す為にいっぱいいっぱいになって……挙句、仲間たちの前で醜態を晒すとは。
「……私があったまってどうする……」
気持ちを自覚したせいなのか、簡単に熱くなった頬を誤魔化すように一人ごちて、前方で魔物と接触した仲間たちの援護をするべく呪文の詠唱に取りかかった。
そうこうして進む内、周囲の空気が変わっていくのをは感じ取った。
目的地のエアルクレーネに近づいているのだ。
「エアルクレーネか……」
は、以前よりも明確に感じるようになったエアルの気配に、そっと首の魔導器に触れてみた。
もう、エアルクレーネでエアル採取をする必要もないのだ。
そして、仲間たちに何かを隠さなければならない訳でもない。
ちらりとレイヴンに視線を向ければ、彼はユーリたちにからかわれて不貞腐れていたが、それでも寒そうに腕を抱いたままだった。
寒いのは人並みに嫌いではあるが濃いエアルのお陰でむしろ体調は良いと、心臓魔導器という人工の循環器を持つ故に人より寒さに弱いらしく、尚且つ濃いエアルが魔導器に過剰反応してつらそうなレイヴン。
相容れない間逆の性質。
それでも、この時まではまだ、深く考えてはいなかった。
レイヴンがつらい時は、自分が助ければいいと能天気なことを考えていたくらいで。
けれど唐突に、心構えも何もあったものではなく、新しい局面は訪れる。
到着したエアルクレーネで、凛々の明星は、聖核<アパティア>を使った実験を行った。
リタの監督の元、聖核を核に、エステルの力を介して、仲間たちも協力して――
結果、リタ曰くの『成功以上の成果』が得られた。
思いがけず、聖核から誕生した新しい生命体。
世界の精髄を司る者――精霊。
そして、ベリウスの聖核から生まれた水を従える精霊――ウンディーネ。
はただ目を瞠ったまま、かつて対峙したのと同じウンディーネの深い瞳を見つめていた。
それは、こんなにも突然に。
はこれから、新たな運命に向き合うことになる――
きっかけは、ザーフィアスの市民街で、偶然ルブランという元シュヴァーン隊の騎士に会った事だった。
「シュヴァーン隊長ォォォ!」
「――人違い、人違い」
凜々の明星一行を見つけるなり、いきなりそう叫んでもの凄い勢いで立ち上がったルブランに、レイヴンはすかさず背を向けた。
しかし、熱烈に慕ってくる元部下を無碍に出来ないのも、また彼が彼たる所以だ。
「元シュヴァーン隊の精鋭がこの状況下で動いてないなんて、何があった?」
痛い所を突かれたのか、しどろもどろになるルブランに、「報告は簡潔に」などと重ねるレイヴンを――いやシュヴァーンを、は驚いたまましげしげと見つめていた。
「答えが出たなら、動け。…それから、シュヴァーンはフレン隊への応援も帝都の警備も両方必要だと考えるだろう」
「了解しました! 失礼致します!」
一連のやり取りが終わり、ルブランが駆け去っていって、みんなが次々にシュヴァーンを褒める。
も、素直に感嘆した。
「シュヴァーンが部下の人に"隊長"として接してるの初めて見たから、新鮮だったー! 確かに、ああいう上司なら羨ましいかも」
「ちゃんまで……」
「だって、中々貴重だよ、デキる上司って。ちゃんと真っ当に叱ってくれて、考える力も養おうとしてくれて、最後に自分の意見も言ってくれる……うーん、言うこと無し。流石だね、シュヴァーン」
「……勘弁してってば……」
ついつい元会社員としての性が出てしまったが、弱り切った様子のレイヴンも、これまた珍しい。
「……そういう割に、さっきとは違って嬉しそうだよね、レイヴン」
「に褒められて嬉しいんだろ。滅多に無ぇから」
「そうよねぇ、いつも怒らせてばっかで、褒められるなんて珍しいものねぇぇ」
「うむ、海底から真珠を引き上げるより貴重なのじゃ」
カロル、ユーリ、リタ、パティの言葉に、からかい甲斐のある反応で反論するレイヴン。
愛されてるなーと思うと同時に、私ってそんなにいつもいつも怒ってばかりだろうか……とはこっそり落ち込んだ。
女子としてどうなのと反省していると、そう言えば…と言ったエステルが、笑顔のまま聞いて来た。
「も、上司と呼べる人がいるんです?」
「そうね、随分実感がこもってたもの」
は目を瞠って、思わずその場に立ち止まってしまった。
エステルとジュディスの何気ない質問に思い出したのは、上司との会話や顔ではなく、この世界に飛ばされて目が覚めた時の、地獄のような光景だった。
一緒に出張中だった……異世界で異形と化してしまった会社の上司の姿が一瞬にして脳裏にフラッシュバックして、せり上がって来た強烈な吐き気を、気力で耐える。
「……うん、いたよ。……結構厳しい人だったけど、尊敬…してた」
何とかそれだけは答えたけれど、くらりと立ち眩みを感じて、後ろにいたユーリに支えられた。
「おいおい、大丈夫かよ」
皆が驚いて足を止めた気配が伝わってきて、近くのベンチに座らせて貰い、ゆるゆると息を吐いた。
「……ごめん、いきなり」
「、大丈夫です? 顔色が真っ青です。ごめんなさい、私…余計なことを聞いてしまいました…」
心配に顔を曇らせたエステルが脈を診るように手を取ってくれたが、泣きそうな顔に苦笑して首を振った。
「エステルは悪くないよ」
そう言ったが納得してくれそうにないエメラルドの瞳と仲間たちの視線に、困ったなと見回すと、彼らの後ろから心配そうにこちらを見ているレイヴンと目が合って、「頼ってほしい」と言ってくれた言葉を思い出した。
がそう思うのと同じようにレイヴンも思ってくれている……
それは、仲間たちも同じかもしれない。
少なくとも、こんな時が逆の立場なら、力になりたいと思うし、事情すら話してもらえなかったら、悲しいと思うだろう。
小さく深呼吸して覚悟を決めると、僅かに緊張しながら仲間たちを見上げた。
「……実は……私の上司は…死んじゃったんだよね。こっちに来た時、一緒に居たんだ。アレクさんの…アレクセイの、やったことらしいんだけど、たくさんの人と一緒に居たのに、目が覚めたのは私だけで……寝起きには刺激的すぎる結構ハードな現場だったからさ。軽くトラウマっていうか……」
自分で考えているよりも『軽く』ないのかもしれないけれど、必要以上に心配を掛けては申し訳ない。
それにしても、今更『上司』と言われただけでこんな風になっちゃうなんてほんとごめんねと謝れば、エステルは握っていた手の力をぎゅっと強くした。
「つらいことなのに、話してくれてありがとうございます。が一人で抱え込まないでいてくれて、嬉しいです」
「…そうだな。つらいなら、俺たちを頼りゃあいい。なぁ、ボス」
「うん、モチロン! は凛々の明星の会計だからね!」
「そうね。もう臨時じゃ無くてもいいのではないかしら?」
エステルに続いて、凛々の明星の正式メンバー三人もそう言ってくれて、は強張って冷たくなっていた指先がほんのりと暖かくなったのを感じた。
レイヴンを見れば、明るい笑みを返してくれて、ほっと安堵する。
こわばりを解くように息をついて、大きく深呼吸を一つ。
このまま笑って頷いてしまえればどんなに良いだろうと思いながら微笑んだ。
「ありがとう。もう少し時間が経ったら……そしたら、正式に加えてってお願いするね」
「……」
少し驚いたような面々の中、を呼んだ固い呟きに目を向けると、暗い表情をしたパティが佇んでいた。
「パティ……? どうかした…?」
「……何でも無いのじゃ。…うちもユーリとずっと一緒にいたいのに、抜け駆けは無しなのじゃ!」
「なになにー!? 女の戦い勃発!? でも残念ー、ちゃんは青年じゃなくて俺様にメロメ……ぶはっ!」
「――ああ、居たの。そんなとこに突っ立ってたら邪魔よ」
「リタっち、ひどい……」
「も!」
「ぅえっ、はいっ!?」
いつものレイヴンとリタのやり取りだと思っていたらこちらにまで飛んできて、は思わず座ったまま姿勢を正す。
「アンタも溜めこまないで、ちゃんとこうやって発散しなさいよ!」
「待て待てー、こうやってって、おっさんを意味も無く殴ってってこと!?」
「リタ……ありがとう。そうするよ」
「えぇっ、ちゃん本気!? ちゃんまでひどい………………いや待て、ムチならむしろ…………」
顔を赤くしてツンデレ炸裂のリタに癒された途端に、それを台無しにされた気がして、その張本人にはご希望の得物ではなく銃口を向けておいた。
さて、が大丈夫そうならそろそろ行くかと歩き出したユーリに続いて立ち上がりながら、はちらりとパティを見た。
表面上はいつも通りだったが、最後尾に続きながらそっと声を掛けてみると、達観したような……けれど、つらそうな顔でこう言った。
「うちも、のように覚悟を決めねばならんの」
以前にも見た……赤い花の咲くレナンスラ岸壁でもしていたようなつらそうな表情が、その後もしばらくの頭から離れなかった。
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間が空いてしまいましたが、三章がスタートしました!
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