一対多数―― 一般的には卑怯とも言える戦端は開かれた。

 アレクセイ一人に対して、こちらは凜々の明星総力とフレン隊三人という数の差だ。
 圧倒的に有利な筈なのに、流石は武闘派の騎士団長――隊長主席を務めていたレイヴンにさえ「昔手合わせした時には全く敵わなかった」と言わしめるほどの手練である。

 は頼もしい仲間達と共に居てしかも後衛に位置しているというのに、相対しただけで相当なプレッシャーを感じた。
 闘気とか殺気とかそういうものに晒されて――ただそれだけで、銃を持つ手が震えて照準が定まらない。

「……無理しないで。とにかく、回復と防御を固めて」

 珍しく前衛に参加してユーリとジュディスと共に激戦を繰り広げていたレイヴンは、後方に弾き飛ばされて来た際ににそれだけ助言してまた前に戻っていった。
 いつもの道化て見せている時と違って、そうやって本気を出さざるを得ないということなのだろう。

「……聖なる活力、来て!――ファースト・エイド!」

 も確かにこんな体たらくではうっかり仲間に攻撃を当てかねないので、回復術に切り替える。
 銃もしまって、援護の魔術とアイテム係に専念することにした。
 しかし、それさえ追い付かないほどにアレクセイは強い。

「!! これっ……!?」

 不意に、の体内エアルさえ引っ張られるような急激なエアルの圧縮を感じ、アレクセイの剣に集まっていくのが分かった。
 更に膨れ上がっていく力に、体中からざわりと悪寒が這い上がる。

「ッみんな、気を付けて!!」

 大きな攻撃が来ると予想したが叫んだ次の瞬間、デタラメと言えるほど強力な秘奥義が放たれる。

「舞い飛べ聖剣…! ――閃覇嵐星塵!!」

 エステルやフレンの張った防御術式によっていくらか軽減されたとは言え、ザウデの力まで使っているとしたらまさに膨大な力である。
 も慌ててエアル吸収の術式を組み上げたが、それで取り込めたのはほんの僅か。試み自体が無謀だったのか、後は力負けするように弾き飛ばされてしまった。

ちゃん!」

 勢い良く飛ばされて、常なら壁に激突する所だ。
 だが、今この戦場は360度を滝に囲まれている――滝に突っ込んだらどうなるのか、などと怖いことが頭を過ぎった時、不意に足下から巻き上がった突風に体が押し上げられた。

「えっ…えええぇぇえ!?!?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げたは、ぽっかりと宙に投げ出された状態に目を瞠った。
 滝への衝突は免れたが、一旦持ち上げられたこの体も後は重力に従って落ちるのみ――
 さっと青ざめた視界の端に紫色が翻り、は条件反射のように手を伸ばした。

 その直後、駆け付けたレイヴンが身を挺して受け止めてくれて、深い安堵の息をつく。
 しかし――

「あ……ありがとう……」

 ヒヤリとしたかと思えば 今度は盛大にバクバクし始めた心臓が、更にそのお姫様だっこのような姿勢に気付いて早鐘を打つ。
 それどころでは無いと充分分かっているのに、全くある意味呑気な心臓だと、自分で呆れることによって意識を反らせた。

 実質、ザウデの力をも使っているアレクセイはあまりにも桁外れた強さで、少しの気の緩みさえ命取りになりかねない。
 ピクリと傍らのレイヴンが反応したと同時にとっさに略式詠唱の防御術を放てば、その直後アレクセイが放った広範囲の攻撃術式が辺りを薙ぎ払い、二人は間一髪でそれを免れた。

 驚いたように目を瞠ったレイヴンに、いつまでもお荷物じゃないと証明するように笑って見せれば、レイヴンもふっと笑みを返して舞うように独特な動きでまた前衛へと戻って行った。


 どれだけそうして死闘が続いたか、やはり数の利もあって、厳しい戦いを制したのは凜々の明星だった。

43.Crollo - 崩壊 -

 ようやくアレクセイが膝を付き、忌々しげに悪態をついた時、今まで立っていた上昇する床は終着点へ辿り着いていた。

 そこは、ザウデ不落宮の頂上。

 屋外であるそこは、一面の海原を見下ろす程に見通しが良く、遺跡の白と海と空の青の中に、アレクセイの赤い服が翻っていた。

 そして、更にその真上に例えようもなく大きな魔核<コア>――大きさからして聖核<アパティア>が更に複数寄り集まった集合体だろうか――が浮かんでいた。
 魔導器を付けたままのだったが、イエガーに使ってカラカラになっていた体内のエアルが満ちて行くのが感じられる。

 それらを深呼吸して落ち着かせアレクセイに視線を戻せば、起き上がった彼の目の前に複数のモニターが出現していた。

「! まだ解析してたの!?」
「リタ・モルディオ、"仲間"とやらへの仕掛けにも気付かなかったとは迂闊ではないかね?」

 何ですってとリタが眦を釣り上げた瞬間、アレクセイの手元と同じコンソールがの前にももう一つ現れて、ものすごいスピードで膨大な数式が流れていく。

 何が何やら分からないとは間逆に、はっと目を瞠ったリタが慌てたようにの名を呼んだ時だった。

 ふつりとコンソールが消えたかと思えば、足元に赤い術式が浮き上がり、の体が突然重力を無視するように宙に浮く。

、落ち着いて! ジュディス!」

 アレクセイが片手を上げて、ザウデ上空のエアルエネルギーがに向けられた瞬間、リタの言葉には強く頷いて目を閉じた。

 次いで襲い来た、もう何度か体験した体の中を膨大なエアルが循環するような感覚に、流されないように何とか耐える。
 やがてそれらの方向が別の一点に導かれるような不思議な感覚に目を空けると、側に走り寄って来たジュディスがにこりと笑みを寄越した。
 力の導き手がクリティア族のナギーグであると確信し、はそれに従って体内の力をコントロールし、一気に放った。

 それは何も無い上空の明後日の方角に飛んでいき、やがて消える。
 浮いた足場となっている術式も吸収してしまうことで無効化し、地に足をついてほっと息をついた。

 という人工の聖核を経由してエアルを操作するのが、現状アレクセイにとって一番やりやすい方法らしいのは、御剣の階で分かっていた。
 ザウデでもまたのこのこと赴いて利用されるのは勘弁願いたかったし、行かないという選択肢もには当然無かった。
 だから出発前、ザーフィアスでリタとジュディスに相談していたのだ。

「あれをコントロールしたというのか……」
「…いくら何でも、もうこの展開は飽きましたからね。うちの優秀なカワイコちゃんたちのお陰で、対策してたんですよ」

 驚くアレクセイに向かってわざとふざけた調子でそう告げると、相手は全く予想外の言葉を返した。

「…魔術の勉強もそれくらい熱心にやってくれたら、模範的な生徒だったのだがな」

 それは位置的に一番近くに居たでさえ、やっと聞き取れるかというような声音だったが、確かに聞いてしまったは目を瞠った。

 もっと、忌々しげに舌打ちするとか、顔を歪めて怒るかと思っていたのに、その表情さえ凪いだままだ。

「……ズルイ…………」

 今になって、今この最終局面でそんな日常を思い返すようなことを言うなんて、反則以外の何物でも無い。
 が唇を噛みしめている間に、しかしアレクセイは先ほどの言葉が幻覚であったかのようにくくくと笑って剣を掲げた。

「だが、最早異世界の道具も必要無い。このザウデの威力……共に見届けようではないか」
「やめろ!!」

 一早くアレクセイを阻止しようとしたユーリが駆け出し、それを迎え撃つアレクセイが剣からエアルエネルギーを放った。

「ダメ!!」

 なら、あれを僅かでも吸収出来る。
 とっさに駆け出したが、距離的に間に合わない。
 そこに、ユーリの名を呼び、庇うように自分の体を投げ出したのはフレンだった。

「フレン!!」
「隊長!!」

 強力な攻撃を受け、大きく弾き飛ばされたフレンに、副官のソディアが駆け寄る。
 も回復術を掛けるために向かおうとしたが、不意にざわりと体が反応して視線を巡らせれば、逆上したユーリが宙の戒典<デイン・ノモス>を掲げたところだった。

「ユーリ、駄目!!」

 オリジナルの宙の戒典と人工のそれ――同じ種類のエネルギーがぶつかったらどうなるか――

 の制止の声も届かずぶつかり合った両者の剣は、やはり大きく反発して爆発を起こした。

「く……やはり、その剣……最後の最後で仇になったか……だが、見るがいい」

 言われるがまま全員がアレクセイの視線の先――真上を見上げた時には既に遅かった。
 いつの間に起動したのか、ザウデの巨大な魔核から天に向かって強大なエアルエネルギーが立ち上る。

 ビリビリと体中の血液が沸騰するような力に貫かれ、はまるで雷に打たれたかのようにその場に倒れた。

ちゃん!」
!」

 レイヴンとカロルがすぐに助け起こしてくれたお陰で、意識が朦朧とするにも上空で何が起こっているのかが見えた。

 天を貫いたエアルの光から、まさに〈空の穴〉といったものがぽっかり口を空けていた。
 〈世界〉という名の空が破れたようなそれにはっとして、はとっさにそこに元居た世界の欠片でも見えないかと目を凝らしたが、見えたのは全く別のものだった。

 禍々しく黒い物体が、ゆっくりと穴から這い出して〈この世界〉に侵入してきたのだ。

「あれは……災厄…!?」
「星喰みか!!」

 ユーリたちの言葉に、も先日聞いたばかりのミョルゾでの話を思い出した。
 クリティア族の故郷・ミョルゾに伝わる壁画に描かれていた、古の出来事。
 世界を滅亡の危機にさらし、満月の子たちがその命を捧げることによって退けられたという災厄――『星喰み』。
 エアルを使いすぎると均衡が崩れ、また古の災厄をひき起こす――だから、エアル消費量の大きいヘルメス式魔導器と満月の子――そもそもエアルを私用してしまう魔導器そのものをを、エアルの調整者たる始祖の隷長〈エンテレケイア〉は排除しようとしていたのだ……と。

 今のでそんなに一気にエアルを消費してしまったのかというレイヴンの問いに、答えたのは茫然自失といった体のアレクセイだった。

「……違う。災厄はずっといたのだ。すぐそこに」
「ど、どういうこと?」
「星喰みは打ち砕かれてなどいなかったんだわ……。ただ封じられていた、遠ざけられていたにすぎなかった」
「そうだ、それが今、還ってきた。古代にもたらすはずだった破滅をひっさげて! よりにもよって、この私の手でか! これは傑作だ、はははは!」

 ジュディスの言葉を肯定し、絶望に満ちた声で笑い声を上げたアレクセイを、支えられて体を起こしたも、ただ見つめることしか出来なかった。
 傍らのレイヴンを見上げると、とても辛そうな……哀しそうな目をしていて、思わず目を背けてしまう。

 人魔戦争の前までは、アレクセイも理想に溢れた人格者で、皆から慕われる騎士団長だったという。
 そして、今でも彼は、その理想に向けて邁進していた――手段を選ばずに。

 彼の理想は、人類の恒久的な平和であり、秩序だ。
 少しの間だが、彼の側にいて、彼を慕う騎士団の隊員たちの中にいて、はそう感じていた。

 アレクセイは、ザウデを絶対的な力をもった魔導器だと解釈していたようだった。
 それによって、強大な力をアレクセイが持つことによって、手っ取り早く争いのない世の中を作るのだと――これでそれが叶えられるのだと、全てを犠牲にして……自分の感情や倫理
でさえ切り捨てて、ここまで進んできたのだ。
 それが、こんな結果を招くなどと、一体誰が予想出来ただろう。

「我らは災厄の前で踊る虫けらに過ぎなかった。絶対的な死が来る。誰も逃れられん」

 全ての人を救うのだという理想を掲げ続けて来た人は、そう高らかに宣言して、狂ったように笑い続けた。

 自力で立つ事もままならないは、エアルの影響を受け易すぎる自分の体を呪いながら、支えてくれるレイヴンの腕を掴んだ。

「レイヴン、お願い。アレクさんを……」
「いい加減、黙っときな」

 力を使った影響か、小さな爆発を繰り返し起こしているザウデの魔核の下で、ユーリがそう言って走り出した。

「ッ…ユーリ、待っ……!!」

 言葉が終わらない内に、ユーリの宙の戒典がアレクセイの体を袈裟懸けに斬り付ける。

「アレクさんっ!!」

 数歩後ずさったアレクセイの口元から血が流れ、とっさに手を伸ばしたはとっさに回復術を掛けようとした。
 しかし、その詠唱が終わる前に……

「もっとも愚かな…道化……それが私とは、な……」

 かつて、レイヴンのことを『道化』だと評したアレクセイのその言葉に、は息を詰め、レイヴンの手も震えていた。

 そして、魔核で大きな爆発が起こり、それがゆっくりと落下してくる――

「アレクさ――……」
ちゃん! 駄目だっ!!」

 反射的に走り寄ろうとした体を叫んだレイヴンに捕まえられ、無理矢理その場から離された。
 必死に手を伸ばすの目に、一瞬アレクセイと視線が合ったような気がした。
 そして閉じられたその赤い瞳から流れた、一筋の涙。

 直後の、落下――

 アレクセイの真上へと落ちた魔核。
 立ち上る爆煙。
 鼓膜を振るわせる激しい落石の音。

「ユーリは!?」

 仲間たちから、アレクセイの近くに居たユーリを探す声が上がり、彼の姿が無いことにも気付く。

「そんな……こんな……」

 呆然とするは、尚も止めるレイヴンの腕を振り払って落下場所へと駆け寄ったが、そこには壁のようにうずたかく積もった魔核の残骸と煙があるばかりだった。

 そして夜が明けても、アレクセイも、ユーリも、見つけることは出来なかったのである。







140811
大分遅くなりましたが、やっと…やっとザウデが終わりました!
CLAP