ザウデ不落宮の最奥近く――
命を取り留めたイエガー、ゴーシュ・ドロワットたちと別れたは、本来の道を進み、無事に仲間たちに追いついた。
彼らから小言を受けるのは年上としては情けないのだが、心配してくれることは純粋に嬉しかった。
一人で突発的に飛び出してまた無茶をしてしまった自覚はあったので、怒られると覚悟していたレイヴンに、いつもの調子で怒られながらも小声で「無事で良かった」と言ってもらえた時は、妙に胸が締め付けられて困ったほどだ。
しかし、いつまでも呑気に足を止めてはいられない。
地下から潜入したザウデ不落宮ももう大分奥までやって来た。
目指すアレクセイのすぐ近くまで迫っているに違いない。
リタを先頭に、遺跡のシールドを解除しているのを後ろから見守るは、ふとパティが大切そうに何かを抱えているのに気付いた。
手持ち無沙汰でもあったので、その手元を覗き込み、聞いてみる。
「パティ、その手に持ってるのは?」
「うむ……マリス・ステラなのじゃ」
「え……えっ!? マリス・ステラって、あの!?」
パティが記憶の手掛かりとしてずっと一人で探し続けていた『お宝』だと知って、は目を瞠った。
「こんな所にあるとはのぅ……」
こんな海の底に眠っていた古代遺跡に……しかも、アレクセイがザウデを兵器として復活させなければここに来ることもなかったということもあり、パティには複雑に違いない。
しみじみ呟くパティの瞳が、レナンスラで見せたような年齢に不釣り合いな深い色を湛えていて、はそれ以上声を掛けることができなかった。
それを持って祖父であるアイフリードを探して行かなくて良いのかと聞いたユーリにも、パティは静かに首を振った。
「今はまだその時ではないのじゃ。アレクセイも何とかせねばならんしの」
自分の目的よりもアレクセイを止めることを優先する――
冷静に考えれば、不思議なことでもないのだろう。
それほどのことを……このテルカ・リュミレースという世界を壊しかねないほどのことを、そして力で全てを支配する恐怖支配を、アレクセイは成そうとしている。
あれだけ説得を試みても無駄であったそんな彼を『止める』ということは、止める側にも『覚悟』が必要だということだ。
ふと、イエガーの最期の様子が脳裏に蘇って、ひやりとした悪寒が這い上がった。
ここからは、アレクセイを力尽くで止める――はっきり言ってしまえば、殺すか殺されるかの命を掛けた戦いになるだろう――イエガーの時のように。
アレクセイが凛々の明星に討たれる姿がリアルに脳内に過ぎり、血の気が引いて、視界が揺れる。
足に力が入らず、そのまま倒れそうになった所にふわりと柔らかなものに受け止められた。
「――大丈夫かしら?」
耳元で麗しい声が聞こえて、それがジュディスだと気付いた。
近くにいた所にいきなり目の前で倒れそうになったを、とっさに支えてくれたのだ。
礼と謝罪を伝えると、窘めるように愁眉をひそめられた。
「随分無茶をしたのね」
それが何を指しているのかが分かって、僅かに目を瞠った。
エアルの流れを読めるクリティア族である彼女にバレないとは思っていなかったが、何をしていたかまでも具体的に見破られているようだ。
確かに、貧血のようにだるい体は、間違いなくエアルの使いすぎだ。
自覚があるだけにごめんなさいと謝ることしか出来ないに、心配してくれている様子のジュディスはしかしくすりと苦笑して続けた。
「おじさまも気づいているわよ?」
はっとして思わず目で探せば、何やら楽しそうにカロルとじゃれているレイヴンを見つけて僅かに安堵する。
その頃にはジュディスも側を離れていて、は一人でため息をついた。
決意も覚悟もとっくに決めた筈なのに、今更揺らぐ自分が情けない。
もっとしっかりしなければと、奥への最後の封印が解かれた扉を見つめた。
轟々と流れ落ちる滝の音が響いているにも関わらず、ある種の静謐に満ちた空間。
その奥に赤い肩章を下げたその背中を見つけて、は僅かに息をのんだ。
「アレクセイ!」
先頭切って駆け込んだユーリの声に、世界を握ろうとしている騎士団長は、その力を手にしたままゆったりと振り向いた。
まるでザーフィアス城の中庭の時のようだと、は思った。
喧噪に満ちた争乱の中でも、いつも彼の周りは凪いでいる。
彼が手に入れようとしている絶対的な力は、絶対的な孤独や空虚をも運ぶ者かもしれないと思うと胸が締め付けられた。
セーフティ代わりである魔導器を付けていても痛いほどに体がエアルに反応する。
帝都のように野放しにはなっていないが、あるいはあの時よりも高濃度のエアルが渦巻いているのが感じられた。
扉の前で追いついてきたフレンの部下であるソディアとウィチルも合流して飛び込んできたたちを一瞥したアレクセイは、片眉を上げた。
「揃い踏みだな。はるばるこんな海の底へようこそ」
エステルに恭しい礼を取り、わざとらしいまでに皮肉を見せるアレクセイは、何かに苛立って……焦っているかのようにも見える。
「その分ではイエガーは役に立たなかったようだな」
「……死んだよ」
「最後くらいはと思ったが、とんだ見込み違いだったか」
イエガーの名前に反応したのは、と斜め前に立っていたレイヴンと同時だった。
送り込んだ部下の死に『見込み違い』と非情な言葉を発したアレクセイに、レイヴンの手がギリリと握り込まれる。
「アレクセイ! かつてのあなたの理想は……何があなたを変えたんです!」
ユーリにまだそんなことをと窘められても引かないフレンは、尚も食い下がる。
けれどアレクセイは痛みを堪えるような凪いだ瞳で言った。
「今の帝国では手段を選んでいる限り、決して真の改革がその実現を見ることは無い。お前なら分かるはずだ」
「っ……!」
言葉に詰まったフレンを見かねて、は前に出ようとした。
若いとは言え、フレンも騎士団で実績を積み、平民出身で隊長にまでなったのだ。帝国上層部の腐敗ぶりや、始祖の隷長など大きな力へ対抗することの厳しさは身を持って知っているのだろう。
だが、だからといって、それを認めてしまえば、全ての非道も認めてしまうことになる。
「ちょっとちょっと、やつの言葉に呑まれてどうすんのよ」
反論しようとしたを押し止めるように肩に手を置いたレイヴンが、静かにそう言った。
フレンよりももっと長い時間騎士団上層部に居て、尚かつアレクセイの傍で同じものを見てきたレイヴンの言葉に、も言葉を呑み込む。
「理想の為には敢えて罪人の烙印を背負わなければならぬ時もある。ならば私は喜んでそれを受けよう。私は世界の解放を約束する! 始祖の隷長から、エアルから、ちっぽけな箱庭の帝国から! 世界は生まれ変わるのだ!!」
まるで衆目の前で演説するように高らかにそう告げたアレクセイの立っている床が、静かに上昇し始めた。
「みんな、跳べ!」
無茶なユーリの言葉に驚いたが、確かにそれしか追う手段はない。
一番最後尾に居たは、先に飛び乗ったレイヴンに引き上げて貰って何とかアレクセイに追いついた。
エレベーターのようなその床が360度滝に囲まれた中をゆっくりと上昇していく。
レイヴンの手を借りて起き上がりアレクセイに視線を戻せば、背を向けたまま一心にモニターコンソールを弄っていた。
誰よりも早く、取り出した弓を構えてレイヴンが一歩前に出た。
「なあ大将、どうあってもやめる気はねぇの?」
「お前までがそんなことを言うのか。――なぜだ? お前たちの誰一人として今の帝国を良いとは思っていないだろうに」
「目的は手段を正当化しねぇよ、大将。俺ぁこいつら見ててよく分かった」
レイヴンの言葉は尤もだった。
目的のためならば何をやっても良い、最終的に国を良くする為にその国の中の街を一つ犠牲にしても良い――それは、地球にだってあったテロリズムそのものだ。
例えそれで『罪人の烙印を背負う覚悟』があったとしても、犠牲になった人に対して「私は罪人だと自覚しているから許せ」とでも言うつもりだろうか。
レイヴンに続いてそれぞれの思う所を述べた凜々の明星は、ユーリの言うように誰一人としてアレクセイの言い分を認める者はいない。
勿論、も。
「アレクさん……いえ、アレクセイ。貴方の理想を阻んできた絶望を私は知らない。だけど、その絶望と、貴方が力を得る中で傷つく人達の絶望と、どっちが大きいかなんて一体誰に決められるというんですか? 一方的に押しつけるのは、理想でも平和でも無くて、ただの傲慢です!」
「……それは、私より君の絶望の方が大きいという話かね?」
結局はそうなのかもしれない。
世界だ人々だと言っても、もアレクセイも、結局は自分の気持ちを持て余しているだけなのかもしれない。
けれどは、それを否定するように首を横に振った。
「一度死んで、家族も友達も、世界をも奪われた私だけど、無理矢理落とされたこの世界で掛け替えのない『仲間』たちに会えた。絶望も喜びも、ごちゃごちゃと抱えたこの『心』は私だけのものです! 同じように貴方の『心』も貴方だけのもので、貴方にしか御せないもの。だからこそ、私は私の心に従って貴方を止めてみせます! 力尽くでも!」
叩きつけるように告げて、も自分の武器である二丁拳銃を取り出した。
アレクセイはため息をついて、大袈裟に手を上げた。
「どうあっても理解しないのか。変革を恐れる小人ども。それに、いい加減歯向かうのはやめたらどうかね、。既に全世界のエアルは我が掌中にある――これがどういう意味か、エアルの器たる君に分からぬわけはあるまい?」
「それでも、私は退く気はありません!」
「困ったものだ。君は私の大事な駒であることには変わりがないというのに」
その後、アレクセイが実はまだエアルの制御を手に入れておらず、これが解析のための時間稼ぎだとリタによって露見したが、それでも時間の問題には違いない。
そうはさせまいと臨戦態勢を取った凜々の明星に、アレクセイも剣を抜いた。
「新世界の生贄にしてくれる。……来い!!」
結局、話し合いで止められなかった自分の無力感を抱きながら。
そうして、戦端は開かれた――――
140203
閣下の深みがうまく書けず、かなりの難産でした。
CLAP