ザウデ不落宮の魔核<コア>崩落と、災厄――星喰みの出現。
 これによってもたらされた各地での魔物の活性化は、世界中に混乱をもたらした。

44.Coscienza - 自覚 -

 ザウデの魔核崩落の後、後から駆けつけてきた騎士団やギルドによって、行方不明者の捜索と遺跡の調査が始まった。

 魔核の真下に居たアレクセイと近くにいたユーリ、そして内部に居た何人かの親衛隊も、海に投げ出されたのか行方が分からない。

「ユーリのことは騎士団で探すよ。ヨーデル殿下から人命の救出とここの調査を仰せつかって、船も人員も揃っているしね」

 魔核の崩落直後から姿が見えないユーリを必死で探す凛々の明星に、騎士団と合流したフレンはそう言った。
 確かにフレンの言うことは理が通っていて、人数的に少ないたちがどれだけ足掻いても非効率的だということは分かっていたが、今まで中心になって仲間を引っ張ってきたユーリの身を案じない者はここにはいない。

 しかし、一番うろたえるかと思っていたカロルが、毅然とした面持ちでこう言った。

「ここはフレンたちに任せて、僕たちも出来ることをしよう。じゃないと、ユーリが帰ってきた時に怒られちゃうよ」

 泣きそうになりながらも決然とした若きボスの言葉に、全員異議なく頷いた。

「なに、ユーリ青年のことだから、その内ふらっと帰ってくるわよ」

 軽い調子で言ったレイヴンも、「ユーリはいつも人騒がせなんだ」と憎まれ口を叩くフレンも、誰もがユーリはきっと生きているという確信に近い希望を持っていた。
 あの飄々としたユーリと"死"という単語が結び付かなかったせいもあるだろう。

 ともあれ、<凛々の明星>一行は、それぞれのやるべきことの為に一旦別行動を取ることになった。

 星喰みの出現による混乱の収拾の為、エステルはラピードと共に一旦帝都へ、レイヴンとカロルはユニオンへと向かう。
 リタはザウデの解析と打開策を考える為にアスピオ、パティは近くの港でフィエルティア号の整備、ジュディスとバウルは皆の移動の為に動いた。

 そしては――まだはっきりと動かない思考で、気付けばユーリ達崩壊に巻き込まれた人々を捜索するフレンと共にザウデに残ると口にしていた。

 それについて、レイヴンも他の仲間たちも何も言わなかった。
 けれど、きっと気付かれていたと思う。

 勿論、ユーリのことは心配だった。
 きっと生きていると信じていても、一刻でも早く見つけることが彼の生死を左右するかもしれないという焦燥も、他の仲間たちと同じように抱いていた。

 けれど、が残った最大の理由は、いまだ見つからないアレクセイの存在だ。

……言いにくいけど、アレクセイはもう……」
「分かってる。……ううん、ごめん。何だか頭が混乱しちゃって……自分でもよく分かってないかも」

 遠慮がちにフレンが言おうとしていることは、も理解しているつもりだった。
 アレクセイが生きているかもしれないなどと、流石のも思っていない。

 魔核は確かにアレクセイの真上に落下し、生存の余地など無いだろう。

 けれどそれでも、あの最後の涙が何度も頭の中を回る。
 もっとが上手く立ち回っていたら、あんな最後にならなかったのではないかという後悔が、堂々巡りに頭をよぎるのだ。
 遺体を見つけてその死を確かめたいのか、それとも実は生きていたという奇跡を期待しているのか、自分でもどうしたいのか分からないという体たらくだった。


 しかし、いつまでもそうしてはいられない。

 実際、フレンにくっついていてもは何の役にも立てなかった。
 特異体質を生かせる訳でもないし、力仕事にも向いていない。
 むしろ、膨大なエアルの影響を受けて体調不良で心配をかけたくらいだ。

 いつも厳しいフレン隊副官のソディアも体調不良らしく不在がちだったし、魔導士のウィチルも忙しそうで文句を言われることは無かったが、いつまでも邪魔してはいられない。

 丸二日フレンに同行した後、唯一の発見品――海中に沈んだ瓦礫から見つかったアレクセイの魔導器<ブラスティア>――だけをこっそり失敬して、はアレクセイの『死』を受け入れた。

 をこちらの世界に連れてきた元凶にして、恩人、保護者、唯一の生命を制御出来るかもしれなかった人物――
 それらの様々なしがらみを越えてでも、幸せになってほしいと思ったその人の――

 ――『死』を――






 フレンに礼を言い、丁度ザウデの調査の為にやってきていたリタと共にジュディスとバウルに運んでもらって、はザウデを後にした。

 いま出来ることをしよう――そう言ったカロルの言葉に、それにしてもどうしたらいいのかと考えていたに、リタが改めて体を調べさせて欲しいと言ってきたのは、まさに渡りに船だった。

 星喰みに対抗する手段として、の持つ<聖核>に似た力が活用出来るかもしれないという。

 二つ返事で了承したが、はたと思いとどまって後一日だけ待ってと時間を貰った。

 出来ることをするその前に、きちんと話をしておかなければならない人がいる――





「――あ、おかえりなさい!」

 語尾にハートが付きそうな勢いで出迎えれば、待ち人であった彼――レイヴンは、ぎょっと大きく目を瞠った。

「毎日遅いんだって? 駄目だよ、体は労らなきゃー。――はいはい、座って座ってー」

 ギルドユニオンのお膝元・ダングレストの馴染の酒場兼食堂『天を射る重星』。

 レイヴンに会う為にダングレストのユニオン本部を訪れたは、天を射る矢〈アルトスク〉の顔見知りから、レイヴンは連日会議や各地のトラブル対応に駆り出されていると聞いた。
 くっ付いて来たカロルも、その手伝いをしたり、街の人々の雑用に尽力しているという。

 カロルはともかく、レイヴンは夜遅くならないと体が空かないらしいが、そんな時間にこちらの都合で時間を貰うのも申し訳ない。
 彼が仕事終わりにこの重星で一杯引っ掛けて寝るのが最近の日課らしいと聞いて、は昼過ぎからこの店で待っていたのだ。

 幸いこの店では、以前ウェイターのバイトをした時に気に入られてから専用の制服もあるし、バイトもいつでも歓迎だと言われていたので、今日も適当に労働をこなして時間を潰していた。

「――ハイ、スペシャル! お待ちどうさまー!」

 座った目の前に、厨房を借りて作ったサバ味噌定食を置けば、レイヴンはしげしげとそれを見つめて、ぎぎぎとゆっくりとに視線を移した。

「これ……ももももしかして、まさか、ちゃんが……?」
「何? 何かご不満? 折角昼間からじっくりコトコト煮込んで待ってたのに?」

 そりゃプロが作ったものの方が上手いに決まっているが、そんなに不満なのかと、じろりと睨んでドンと生ビールを置けば、レイヴンは更に目を瞠ってぶんぶんと大きく首を横に振った。

「――すっごく嬉しい」

 にっこりと本当に嬉しそうに満面の笑顔などを見せるものだから、完全に不意打ちを突かれたは思わず返す言葉を失った。

 心臓が大きく跳ねたのに、自分自身で驚いてしまう。

「……私、ホントこれに弱い……」
「? 何か言った?」
「……何でも無いけど、美味しいかなって」

 嬉しいと言ってすぐにぐびぐびビールを飲み干して、勢い良く食べ始めたレイヴンに聞けば、「勿論!」と大袈裟な賞賛が返ってきた。

「いやいや、ホントに美味しいわよ、これ。ちゃん天才! こんな美味しい手料理作って待っててくれてたなんて、おっさん幸せ者だわ~!」
「大袈裟だよ」

 手放しの賛辞とはこういうことを言うのだろう。
 しかも本当に嬉しそうに言うレイヴンに、は顔が熱くなっているのを悟られないように視線を逸らして手で口元を隠した。

「あららーん、ちゃんもしかして照れてる? かーわいいーんだか……」
「……ビールのおかわりとコレ、どっちがいい?」
「……おかわりでお願いシマス」

 からかわれ慣れていないはとっさに腰の銃を抜いてしまい、苦し紛れの二択を迫ると、レイヴンも素直に両手を上げて降参した。

 そこからはもバイトを上がらせて貰い、レイヴンと一緒に夕食を取って、揃って店を出たのは日付も変わる頃だった。

「いやー、それにしても突然当たり前みたいにウェイターしてるからビックリしちゃったわよ。こっち来るなら教えてくれれば迎えに……」
「――レイヴンに話があって来たの」

 宿まで送ってくれたレイヴンに、意を決してそう切り出した。
 宿の前で話すのも何なので、大橋の上に移動して手摺りに身を預ける。
 仄かに酒気を帯びた頬に、夜の冷たい風が気持ちいいと感じながら、隣のレイヴンに向き直った。

「私、レイヴンにひどいこと言った……ごめんなさい」
「……ひどいこと?」
「ザウデが起動して星喰みが現れた後……絶望するアレクさんを、私は見ていられなかった。アレクさんが自分で招いたことなのに、救いたいと思った。
 しかも、無意識にレイヴンに「助けて」って言おうと……」

 何て自分勝手なんだろうと、何度思い出してもため息が出てくる。
 結局は、何の覚悟も出来ていなかったし、あんなに迷惑を掛けたレイヴンに助けを求めるなんて図々しいにも程がある。

 レイヴンはガシガシと頭を掻き、手摺りに両手を置いて、暗い川に視線を投げた。

ちゃんは悪くないでしょ。実際、あんな大将は俺も見ちゃいられなかった。あの人は……あんなでも、本気で世界を良くしたいと思ってたんだから」

 シュヴァーンとしてアレクセイの側に居続けた人のその言葉に、は目頭が熱くなった。
 そして、ぶんぶんと首を振る。

「だからこそ、レイヴンにだけは言っちゃいけない言葉だよ。レイヴンだって、救えるなら救いたいって思ってた。でも、それが無理なことも分かってたし、今更そんなこと許されないって分かってた。それなのに、私はまたレイヴンを頼って……」

「……頼っていい」
「え……?」

 ぼそりと言われた言葉を聞き返せば、はっとした風にレイヴンは身を起こし、何でも無いと誤魔化して笑った。
 それどころか、「冷えてきたわねー」などと言い、そそくさと身を翻したものだから、カチンと来たは衝動的に腕を伸ばした。

「わっ! ……と、え? ちゃん!?」

 後ろから髪紐を解いた勢いのまま、驚いて足を止めたレイヴンの髪をがしがし掻き回せば、目を回した彼は、シュヴァーンの時のように下ろし髪になった。

「ちょっと、何す……」
「自然で居て欲しい」 

 憤慨する気持ちを抱いたまま近くから見上げれば、翡翠の目が丸くなる。

「前にも言ったけど、私の前でくらいは気を使ったり無理したりしないで欲しい! もうシュヴァーンのことはバレてる訳だから、みんなの前でも取り繕う必要なんて無いんだろうけど……でも、私は前から知ってた訳だし……」

 言いながら、付き合いの短さは凜々の明星の面々ともともどっこいどっこいだと思い出して尻すぼみになる。
 そもそも、異性のよりも、同性のユーリやカロルの方がレイヴンも気兼ねしないかもしれない。
 保護者という関係だって、アレクセイの命令だったのだから、もう解消されて然るべきものだ。

「……えっと、レイヴンはもう私の保護者やらなくて良いんだから気にかける必要もないんだけど、私はそういうの関係なくちょっとでもレイヴンの力になりたくて……だから……」

 言いながら、最初の気勢が削がれてきて、自分が彼にとって全く見当違いなことを口にしているのではないかという不安が押し寄せてくる。

「…ごめん、なんか何が言いたいのか良く分かんなくなってきちゃ……」

 へらりと笑って誤魔化してしまえと思った矢先、唐突に抱きしめられて言葉を失った。

「レイッ……」
「――――ごめん」

 そのままの体勢で耳元で聞こえた低い声に、目を瞠る。

「アレクセイのことも、ちゃんが体のことで不安に思ってたことも、俺なんかのことを心配してくれたことも……。
 情けない話――自分のことだけで手いっぱいで、ちゃんと気付いてあげられなかった」

 いろいろごめんね、と言われて、は胸が苦しくなり、そんなことはないと首を振る。

「……ただでさえレイヴンには迷惑掛けてたのに……」
「――迷惑じゃない」

 強い調子で言われたその言葉の真意を計ろうとして、彼の腕から身を起こし翡翠の瞳を見上げた。

「本当に……?」

 問えば、自分を映した翡翠が揺れて、その深さに吸い込まれそうだと思った。

 キレイだな、と思ったその感覚に抗わずに、ゆっくりと目を閉じる。

 ――その、直後だった。

「おい、そこにいんのはレイヴンか?」

 不意に声を掛けられ、はびくりと我に返った。
 肩を掴んでいたレイヴンの手が瞬時に離れ、同時に声の方へ振り向く。

 見れば、いかにも酔っ払いという様子のハリーが屈強な男たちに肩を借りて立っていた。

「お、何だよ、も一緒かー」

 今はドンの後継という形でユニオンの代表になっているハリー・ホワイトホースと目が合い、陽気に手を振られ、こんなとこで何やってんだよーなどと言われて、は顔が赤くなるのを自覚した。

 思い返して、本当に何をしようとしていたのかと今更自覚させられてはたまらない。
 万一見られていたらと思うと、尚更恥ずかしすぎる。

 するとレイヴンがを庇うような形で前に出て、いつもの冗談めかした調子で言った。

「ちょっとハリー、折角イイとこだったのに、何邪魔してくれちゃってんの?」
「はっ、お前らが? が泣かされて、レイヴンが俺らに制裁されんのがオチだろ」
「言うじゃないの、お子ちゃまの癖に」

 何をー!とギャンギャン騒ぎ出した兄弟のような二人を、ハリーと一緒にいた人たちが諌めたり煽ったりして、途端に騒がしくなる。
 ずっと夕暮れの街とは言え、たちの居た場所は建物の陰になっていた筈だし、位置的にレイヴンの後ろ姿しか見えていなかったかもしれない。

 賑やかな様子にそう安堵して、も「そろそろ寝ましょうか」と言ったレイヴンに何とか頷き返した。

「今日は遅くに押し掛けてごめんなさい。明日は朝一でジュディに迎えに来てもらってアスピオに向かうね」

 宿の前で別れる間際にがそう報告すると、ハリーと連れの男たちが騒いでいる隙に、レイヴンはこっそりと小声で告げた。

「俺だって大将のこととか関係なく頼ってほしいって思ってるから……頼りないおっさんだけど、それだけは覚えといてちょーだい」

 おやすみと明るく言ってハリーたちと帰って行ったレイヴンの後姿を、何とか作った笑顔で見送る。
 一行の姿が見えなくなって、はその場にずるずると座り込んだ。

 半ばは自覚していたけれど、こうやって自分の気持ちを突き付けられたら、もうぐうの音も出ない。

 いろいろ怒られる覚悟はしていたけれど、これは予想外だ。
 次からどんな顔をしてレイヴンに会えば良いのだろう。

「……私の馬鹿……」

 星喰みが牛耳る禍々しい空に向かって、ぽつりと呟いた。

 ――こんな体でこんな想いに気付いてしまったって、つらいだけなのに。

 深く考えると余計に落ち込んでしまうだろう。
 苦い気持ちを振り切るように、踵を返して宿に入った。


 無事に生還したユーリと再会したのは、それから三日後のアスピオで――
 リタが放りだした本の山を抱えて、説明されてもさっぱり分からなかった『星喰みへの対抗手段』とやらに頭を痛めている時だった。






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難産でしたが、これにて2章終了です!
3章からは、サブイベ絡めてラブコメ色をもう少し出せたらなと思っています!
CLAP