「もとよりミーとユーたちは敵同士。いつかはこうなるデスティニー」

 広い空間に声が反響したそこは、こんな時でも無ければその美しさを堪能したい海底の宮殿――アレクセイが"世界のへそ"と呼ばれる海域に出現させたザウデ不落宮。

 アレクセイと決着を付ける為に先を急ぐたちの前に立ち塞がったのは、燕尾服のような衣装を翻し、独特な口調を貫く見知った男――イエガーだった。

 ここまで来てどういう風の吹き回しだと尋ねたレイヴンと、何故と問いかけたに対して、イエガーはいつもよりも凪いだ瞳で淡々と『運命』だと答えた。

 アレクセイの傘下とは言え、正直あまり忠誠を誓っているようには見えなかった彼の言葉に、レイヴンの顔が強ばったのが見えた。

 しかし、イエガーに退く様子は見られず、ユーリがケリを付けると言って鞘を投げ捨てたのを引き金に、戦闘が始まってしまう。

 はどうすれば良いのか分からず、とにかく仲間の回復や援護に回っていたのだが……

「――なかなかやりますね。かくなる上は、ミーのトゥルーパワー! 受けてみよ!」

「!!?? 心臓の…魔導器……!」
「レイヴンと同じ!?」

 イエガーが力を解放すると彼の胸元からエアルの赤い光が溢れ、胸に埋め込まれた赤い魔核<コア>が露わになった。

 それは、紛れもなくレイヴンと同じ心臓魔導器<カディス・ブラスティア>で……かつて、レイヴンでもシュヴァーンでも無い"彼"と友だったと言ったイエガーの言葉と……その時の柔らかくも苦い色を宿した瞳が、の脳裏に蘇った。

40.Arroganza - 傲慢 -

「ナ…ナイスファイト……」
「……柄じゃねぇんだけど、ドンの仇取らせて貰うわ」

 激しい戦いの末その場に倒れたイエガーと、その傍らに立って剣を突き付けたレイヴン。
 油断しては駄目だと声を上げたリタに仲間達も賛同して再度武器を構えるが、は数歩前に出てレイヴンの剣を押さえた。

「なんで……どうして? 貴方は私を助けてくれようとしたじゃないですか。レイヴンのことだって心配してなかったとは言わせません!」

 掴んだままの武器からレイヴンがぴくりと震えたことが伝わり、はより一層たまらなくなった。

 しかしイエガーは、答えを求めるにも気のせいだと、いっそ穏やかな顔で笑う。
 それは、にも覚えがあった。
 全てを諦めた……疲れてしまった時の笑み。

「最後……そう、最後です」

 最期。
 その心臓魔導器もアレクセイによるものなのか、なぜ仲間も連れず一人で戦ったのか、なぜ何も言わないのか……誰もが疑問に感じたそれらの問いに一つも答えることはなく、イエガーはそこだけは彼らしい人を食った笑みを浮かべてあっけらかんと言った。

「…………グッバイ」

 心臓魔導器の赤い光が消えて、それで、最期だった。
 もう彼の目が開くことも、言葉を発することもない。

「………………なんでえ」

 レイヴンがわざと感情を排した硬い声で呟く。
 はただ目を瞠って呆然と立ち尽くした。

 レイヴンと同じ心臓魔導器が呆気なく動作を止めて、繋いでいた持ち主の命が一瞬で消える――
 それを目の当たりにして、一歩も動けなかった。

「死んでしがらみを全部断ち切るつもりだった……かな」

 隣のにしか聞こえない程の呟きを漏らしたレイヴンに……まるで自分と重ねているかのようなその言い草に、が口を開こうとした時だった。

 どうやら離れた所から見ていたらしいゴーシュとドロワットが姿を現し、涙を流しながら横たわるイエガーを見た。まるでその最期を目に焼き付けるようにして数秒間だけ見つめて、無言のまま踵を返して立ち去る。

 は、今まで動けなかった反動のように、反射的に駆け出していた。

!?」
「っごめん、みんな! 先に行ってて!」

 追って来ようとしたレイヴンにも念を押してお願い一人で行かせてと言い置いて、は少女たちを追った。
 自分のエゴ以外の何物でもないと分かってはいたが、放っておけなかった。








「……何の用だ」
「今はお喋りする気分じゃないのだわん」

 二つ前の区画で追いついたゴーシュとドロワットは、顔馴染みである相手でも流石に耳を貸してくれる様子は無かった。
 いや、直接的にイエガーを倒し、命を奪ったのは凜々の明星――いくらイエガーとの戦いで全く手が出せなかったとは言っても、ギルドの一員であるには何を言う資格も無いに違いない。
 それでも、聞きたいことがあって来たのだ。

「あなたたちがどうして一緒に戦わなかったかは……きっとイエガーさんの命令だったんだって分かる。だけどイエガーさんは……どうして一人きりであんな命を捨てるような戦いなんてしたの?」

「……それを知ってどうする」

「ごめんなさい……さっきの今であなたたちに聞くなんて無神経だよね。だけど……お願い。いま、知っておかなきゃならないと思うから……教えて」

 精一杯頭を下げたに、ややしてぐすっと泣き声を詰まらせたドロワットが答えた。

「私らの……私らの為なのだわん!」
「……イエガー様は、アレクセイの人形なんかじゃなかった。命令に無いこともやっていた。だが、それがアレクセイに露見して……」
「アレクセイから私らを守る為にっ……仕方無くっ……!」
「アレク…さんの……」

 は強く目を閉じた。
 その答えを全く予想しなかった訳では無い。
 いや……予想したからこそ、聞いておかなければならないと思ったのかもしれない。

 イエガーは、どこか『今』を生きていないような……レイヴンと同じ道化の仮面を被っているような所はあったが、それでもゴーシュとドロワットと居る時には心からの笑みも浮かべていた。
 二人を大切に思っているのが伝わってきた。
 そんな人が、今更自分から進んで死ぬような戦いを挑むだろうか?

 あの戦いも、この結末もイエガーの本意では無くて。
 アレクセイの悪行の被害者で。
 レイヴンにとっても不本意な結果で。
 だって……

 ならば、やることは一つしかない。
 腹を決めて顔を上げたは、自分の気持ちを口にした。

「私は……イエガーさんに死んで欲しくなかった」
「っっ、何を今更っ……!!」
「今更そんなこと言うなんて、いくらちゃんでも許せないむん!」

 カッと逆上したゴーシュと、腰の武器にまで手を掛けたドロワット。
 は相変わらず言葉が足りない自分に反省しながらも、慌てて二人を宥めた。

「ち…ちょっと待って二人とも! 確かに今更なんだけど、だから二人にも協力してほしくって……あぁ!もう!そうと決まったら一刻も早い方がいいよね! 二人とも一緒に来て!!」

 抗議の声も無視して一人で決めると、有無も言わせず二人の手を掴んで走り出した。
 幸い魔物にも遭遇することなく、先ほどまでイエガーと戦っていた場所まで戻って来る。
 そこにはもう凜々の明星の面々の姿も誰の姿も無く、ただ傷ついたイエガーの亡骸が横たわっていた。

「っイエガー様……!」

 息を呑んで立ち尽くす二人の前に目印代わりに自分の銃を置いて、ここから先には出ないようにと一方的に告げ、一人が足を進めた。

「イエガー様に何を……っ!」
「いいから、声を掛けるまでそこから動かないで――」

 イエガーの胸に手を翳したに慌てたゴーシュが声を上げるが、周囲にどんな影響があるか分からないので牽制の一言だけ告げて、は首の魔導器を外した。

 途端に体の中から表面上にうねりを上げて這い上がってくるエアルを両手に収束させるように意識を集中し、イエガーの心臓魔導器に送り込む。
 直に触れ、すぐにエネルギーとして使えるように出力をなるべく抑えて……

 やがて、ドクリと心臓魔導器が反応し、仄かな赤い光が灯って明滅し始める。

 これは分の悪い賭だ――エステルのように回復術に精通している訳でも無く、医療にも明るくないに出来るのは、エアルを供給することくらいなのだ。
 けれど、心臓の代わりを果たしているという魔導器がもう一度稼働すれば……つまり、命を落として間も無い今、心臓マッサージの要領でそれが成功すれば蘇生出来るかもしれない――そう考えた。
 何しろ、この世界にはの世界には無いものがある――

「ゴーシュちゃん! ドロワットちゃん! イエガーさんに回復術をっ……!!」

 はっと目を瞠った二人は一度顔を見合わせ、力強く頷き合って駆けてきた。
 の向かいから術式を構築し、一心不乱に発動し始める。

 彼女たちの術はのエアルの影響を受けてか暴走しそうになったらしく、は慌てて更にブレーキを掛け、三人はその調子で難しいバランスを取りながら言葉も無く術を使い続けた。

 やがてどれほど経ったか集中も途切れそうになって来た頃、イエガーが呻いて薄く目を開けた。
 彼の心臓魔導器が取り敢えず安定した光を灯しているのを確認して、は力を止めるのと同時に首の魔導器を付け直した。

「「イエガー様ぁ!!」」

 ゴーシュとドロワットが声を上げて同時に抱きつく。
 それを驚いたように受け止めたイエガーは数度瞬きし、そしてに気付いて目を瞠った。

「………まさか貴女が……」
「ごめんなさい。……私の勝手な我が儘で、傲慢です」
「……彼、の為…デスカ?」

 返答に困って曖昧な笑みを浮かべると、イエガーはふっと今まで見たことが無い優しい…けれど少し意地悪な……例えるなら大切な悪友に軽口を言うような表情を浮かべて一言呟いた。

「本当に……馬鹿な男だ……」

 そして、疲れたように目を閉じた。
 再び意識を失ったようだったが、呼吸は規則正しくあり、は二人の少女とほっと顔を見合わせる。

 自分がしたことが間違っているのか、正しいのかなど分からない。

 けれど、彼が命を取り留めては嬉しかった――
 ゴーシュとドロワットも、とても喜んでいる――
 イエガーも、笑ってくれた――

 とにかく今は、それだけで良いのだと自分に言い聞かせて、ふらつく足を奮い立たせて立ち上がった。

 まだ傷も塞がりきってはおらず、楽観視は出来ないイエガーのことを非力な少女たちだけに任せるのは気が引けたが、二人は強い眼差しで行けと言ってくれた。

「この礼は、改めて必ず」
「だから、その為にも無事に帰ってくるのよん!」

 律儀で優しい二人に笑みを返して、は駆け出した。


 が本当に立ち向かわなければならない相手は、まだこの先にいる。

 大切な人と、大切な仲間達にも、早く追いつかなければならなかった。






131105
大分お待たせしてしまったのに、ドリ要素あんまり無くてすみません!
イエガーさんの回でした。
イエガー最終戦はゲーム本編でも結構唐突であっさしていて、自分的に消化不良感があったので、さんざん悩みましたがドリでは救済のご都合主義で突っ走ってみることにしました。
次回はそれほどお待たせせず、レイヴン視点で行きたいと思います!
CLAP