「いいなぁ、私もお酒飲みたいなー」
決して狭くは無い部屋にの間延びした声が響いた。
だが、対するリタは視線さえ動かさず黙々と作業を続けている。
はめげずに直球を投げ続けることにした。
「ねぇ、ホントに駄目? ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」
「…………」
「ずっと飲んで無かったんだから、ちょっとくらいいいと思わない? そしたら治るかもしれないよ!?気分的に!」
「………………」
「ねぇ聞いてる? リタってばー! リタちゃーん! リタちーん! リタ様ー」
そこで、リタがふと手を止めた。
やっと功を奏したかと思いかけたその時、目の前の美少女魔導士がぶつぶつと口の中で唱え始めた呪文には目を瞠った。
「…………煌く焔、猛追……!」
「ゲッ! ちょっと待ってリタ……!」
「問答無用!ファイアーボール!」
こんな馬鹿なやり取りの後に本当にリタからファイアーボールをお見舞いされたは、結果的に何とそれが引き金になって晴れて自由の身になった。
――全く、人生何が幸いするか分からない。
まだ結界は戻らないものの、異常発達した植物や魔物たちが消え、避難していた人たちも戻り始めた帝都・ザーフィアス。
凛々の明星<ブレイブ・ヴェスペリア>の仲間たちに今まで黙っていた身の上話や事情を話した貰ったは、やっと心から仲間たちの元に帰還することが出来た。
レイヴンと二人きりになって面と向かって泣いてしまったのは不覚だったが、すぐにちゃんと立て直す筈だった。
しかし、その後に気が抜けて動けなくなってしまったことは、全くもって不覚中の不覚としか言いようが無い。
抱きついたままというこれ以上無いくらい恥ずかしい姿勢で、「あれ……?」と指一本動かせない体に、最初は何が起こったのか分からなかったが、本格的に自力では動けないと分かると、レイヴンと二人しておろおろと狼狽えてしまった。
ずっとストッパーの役割をしていた首の魔導器も付けていたし、"満月の子"の力で暴走したエアルをあれだけ大量に吸収した後なのだからエアル切れではない。
では、一体何なのか……もしやアレクセイに施されたシステムの不具合か何かか? など、考え出したらキリが無かった。
結局素人では原因が分からずお手上げ状態で、すぐにレイヴンがリタを呼んできてくれ、コンソールを開いて一見したリタに「どうしてすぐに言わないのよ!」と一喝されて、レイヴンや他のメンバーとも隔離されての解析作業が始まった。
「何これ……こんな複雑なシステム見たこと無いわ……この演算式なんか解くだけでとんでもない時間がかかるわよ……どんだけ細かいのよ、あのアレクセイって奴」
自他共に認める天才のリタにここまで言わせるのだから相当なのだろう。
そのリタの診断によると、の症状は"エアル過多"……つまり、体に収まる以上のエアルを取り込んでしまい、体が正常な機能を保てないという状態らしい。
解決策は、自然と消費されるのを待つか、無駄に大きな術を使って浪費するか……けれど後者についてはにも周囲にもどんな影響があるか分からないので即却下された。
まるで"食べすぎ"みたいだねなどと冗談で言ったら、まさにそうだからこれ以上食事取ってエネルギーを増やすなと真顔で返され、結果、皆が城内でささやかな宴会を繰り広げている間もリタとは2人で部屋に閉じ篭っていた。
しかし、宴会と聞けば体がうずうずして自分も加わりたいと思うのが人情というもの。
確かに空腹感は無かったけれど、だって久しぶりに再会した仲間たちと飲んで食べて騒ぎたい。
リタも付き合ってくれているのが申し訳無くて最初の方こそ大人しくしていたのだが、すぐに痺れを切らし、冒頭のようなやり取りになったのであった。
放たれたファイアーボールは流石に当てる気は無かっただろうが、は無意識に術を展開してエアルに還元し、身の内に取り込んでしまった。
それを見たリタが「何それ!? アンタ今何したの!?」と食いついて来て、簡単に説明すると、見た方が早いと言って猛然とその術式の仕組みを解析し始めた。
そうして不意に顔を上げ、言ったのだ。
「これ、使えるわ!」
アレクセイが完成させられなかったエアルを還元・吸収して、外部に取り出して貯蔵する仕組み――
流石のリタも一朝一夕には無理らしいが、そこにエステルを組み込めば可能だと……むしろ、今のエステルには必要だという。
エアルが不足していた時にエアル点滴を受けていた旨も話すと、応急処置だと言って体内貯蔵分から抽出してそれに近いものも作ってくれ、そこでようやくまともに動けるようになったは、リタがエステルを診ている間、無事に放免されることになったのだった。
ようやく再会出来たのだから仲間たちと過ごしたいと思っていたとって、自分の体が原因とは言え部屋に押し込められるのは苦痛だったが、まさか、リタを怒らせてファイアーボールを頂戴したことがそれを打破してくれるとは……後で皆に言ったらさぞ良いネタになるに違いない。
どこまでも楽観的に考えてご機嫌に城内を歩くは、さて、皆はどこだろうとまずは食堂に顔を出した。
そこには腹ごしらえをしていた筈の仲間たちの姿は既に無かったが、避難してきていた下町の人たちに混じってカロルが何やら作業をしていた。
「何してるの、カロル?」
「わっ、! 良かった、元気になったんだね!」
「リタのおかげで何とかね。心配してくれてありがとう。それは……クマのぬいぐるみ?」
「うん、そう。この子のみたいなんだけど、あちこち破けちゃってたから」
そこで周りの人たちからカロルとラピードが下町からいろいろと拾ってきて修理しているという話を聞いたは感嘆のため息をついた。
「カロル、偉い! 流石、ギルド・凛々の明星のボスだね!」
へぇー凛々の明星っていうギルドやってるのかー若いのに感心だなーと言う周りの声が聞こえて、はふむと考えて大げさな調子で続けた。
「相手も仕事内容も選ばず困っている人の為に尽くして、その上仕事のクオリティは高いなんて、中々出来ることじゃないよ! まだ出来たばっかりのギルドで知名度が無いから今は手が空いてることも多いけど、きっとすぐに引っ張りだこになるね! 依頼するなら今の内だよって友達にも言っとくね!」
「う…うん。……友達?」
訝しげに頷いたカロルが気付いていないようだったのでが周りを示して目配せすれば、その意図に気付いて慌てて取り繕った。
「そ…そうだね。困っている人を助ける仕事をしたいよね。何てったって"義をもって事を成せ"っていうのが、僕ら凛々の明星の指針なんだから!」
生来の調子に乗る性格が如何なく発揮され、得意げにドヤ顔を決めたカロルに、周囲からおお!と歓声が上がる。
流石ユーリの地元と言うべきか、いいぞボス!などの合いの手が入って、カロルも随分ご満悦そうだ。
大勢の人たちに囲まれている若きボスを微笑ましく見届けて、は食堂を後にした。
折角だから他の仲間も探そうと廊下を歩いていると、中庭でジュディスとパティを見つけた。
彼女たちが「アレクセイ、絶対に許さない」というような話をしているのが聞こえて、はつい反応してしまう。
そこは奇しくも、ザーフィアスがおかしくなり始めた日に、がアレクセイと対峙した場所だった。
「あら、。もう動いて平気なの? おじさまが血相変えてリタを呼びに来たけれど」
「うむ。海賊船のように鬼気迫る勢いだったのじゃ」
「そ…そうなんだ。……ありがとう、もう大丈夫だよ」
勝手に赤くなりそうな顔を若干手で隠して苦笑を返した。
そりゃ、いきなり抱きついた上にオーバーロードしたように動けなくなられては、誰だって慌てるだろう。
「リタ姉にしっかり診てもらった方が良いぞ。アレクセイ――奴は外道じゃ。が知らんところでどんな仕掛けをされているか、分かったものでは無い」
「そうね、同感だわ。早い内にしっかり調べて貰うべきね」
のことを心配して言ってくれる2人に、一拍置いて笑顔で礼を言った。
ジュディスもパティもそれぞれ事情を抱えているらしく、アレクセイに対する恨みは深いようだ。
そしてもまた、客観的に見て彼を恨むに充分な理由がある。
だからこそ、彼女たちも余計に心配してくれるのだろう。これ以上、彼に傷つけられるなと――。
だがは、自分でも不思議なほどに、アレクセイをただ恨んだり憎んだりすることが出来ないのだ。
「――で、――ね。……?」
はっと気付けばジュディスの麗しい顔が目の前にあって、愁眉が顰められていた。
どうやらぼんやりしすぎたらしい。
これ以上心配を掛けない内にと早々にその場を辞して、はまた探索へと戻った。
しかし、何だか仲間たちと楽しくお喋りしたいという気持ちも急速に萎んでしまい、疲労感がどっと押し寄せる。
一度リタの所に戻って、エステルの診断がまだ終わってなければ部屋で仮眠でも取ろうと、踵を返した。
ところがそんな時に限ってユーリを見つけてしまった。
反射的に声を掛けようとして、彼が一人地下への階段を降りていったので、思わず声を掛けそびれてしまう。
が以前お目付け役として傍に居た親衛隊の青年に聞いた所によると、地下には牢しか無いから近付かないようにとのことだった。
地下牢に一体何の用が?という疑問と、もしかしたらユーリは一人で危険なことをしようとしているのかもしれないという疑念が頭をもたげて、は息を殺して後を追った。
ユーリは幾つか並んだ牢の一つに入ったらしい。姿は見えないが、話し声が聞こえてきた。
しかし、聞こえて来たもう一つの声がの良く知るもので目を瞠る。
(レイヴン!?)
リタに預けられて別れてから数時間は姿を見ていなかったが、まさか地下牢に居たとは……
「で、レイヴンは何してたんだ?」
「んー、ちょっと考え事をね…て、何よその顔」
彼らしい言いように、は苦笑した。
レイヴンなら、がアレクセイに抱いているこの憎みきれない感情も理解してくれるだろうか。
最早隠れる必要は無く、出て行こうかと思った矢先、聞こえてきたレイヴンの言葉に、は再び言葉を飲み込んだ。
「俺はずっと死人だったからさ。今必死に思い出してるとこ」
「で、見つかったのか?」
「それが、なーんも浮かばないわだわ。何ていうか…死んでたからね、俺は」
は目を伏せ、口を引き結んだ。
ずっと死人だと言っていたレイヴンが、やっと新しい人生を生きることを決め、歩き出したのだ。
過去のアレクセイとのしがらみにもケリを付けようとしている。
そんな人に、どうして今更くだらない相談など出来るだろう。
ましてや、この期に及んでまだ何とか考えを改めて貰って、お互いに協力できないか――など。
「おでこに一発。それで終わり。ちょいとばかし、効いたわ」
エステルに今までのことを話したと言うレイヴンの言葉を聞いているだけで、何だか胸が苦しくなった。
思えば、はレイヴンが心臓を失った事情も、心臓魔導器を付けている経緯も、今までどんな気持ちで"死人"として生きてきたのかも、何も知らない。
それらもエステルには話したのだろうか。
エステルなら、さぞ聞き上手に全てを受け入れて、そして優しくデコピン一発で許して……癒してしまったのだろう。
もやもやと胸に巣食う感情が嫉妬以外の何物でも無いと気付いて、は激しく首を振った。
学生時代のように初恋でも無いのに、未だに自分の気持ち一つ自由に出来ないことが腹立たしい。
ため息をついた所に、ユーリが何気ない風にその一言を口にした。
「そういや、とはどうだったんだ?」
自分の心臓が音を立てて飛び上がったのが分かった。
「ど…どうって……」
「いやー、俺たちの前でも強烈な平手だったんだから? 外野がいないと魔術の一発でもお見舞いされてるかと思ってなー。……ん? おっさん、それとも……」
「いやー!うん!きついお小言いっぱい頂戴したわよー!それだけよー、それだけー!」
レイヴンのわざとらしい慌てようは今に始まった事ではないし、確かに人に言いふらすようなことも無かった訳だが……
「へー……本当にそれだけか?」
「……随分しつこいわね。いい加減、おっさんでも怒るよ?」
レイヴンの声が一段低くなって、はぎゅっと目を閉じた。
まずい、これでは盗み聞きだ。
いや、これまでのも立派に盗み聞きなのだが、自分の話となるとまた別である。
それに、これ以上はもう何も聞きたくないという気持ちが勝って、はそっとその場を離れた。
「……何か、疲れちゃった……」
ふらふらと城の中を歩いて、たまたま見つけた城壁の上――渡り廊下のようになった場所で、は足を止めた。
少し頭を冷やしたかったので、人が通りそうに無いこの場所はおあつらえ向きだ。
ため息をついて気持ちよく頬を撫でる風に目を細めると、唐突に元居た世界のことが思い出された。
大好きだった人たち、楽しかったことや、美味しかったもの……失って気付いた大切な日常。
それらがどれだけ掛けがえの無いものだったのか気付いて、気付いた時にはもう全て失っていた。
それでも自分はこの世界で生きている。
無理矢理連れて来られただけの場所だとしても、この世界で出会った大好きな人たちと共に生きたいと思った。
けれど、が最初に恩返ししようと……役に立とうと、その人の傍で生きようとした一人――アレクセイは、もはやという道具はいらないと切り捨て、言葉を尽くした諫言も聞き入れて貰えず、ひたすら独裁の道を歩んでいる。
そしてもう一人――シュヴァーンは、もうバクティオン神殿で死んだのだという。レイヴンは、シュヴァーンを殺して新しい生を生きるのだと。
だったら、何の為にはここに立っているのだろう。
ふと、そんな虚無感に襲われてしまった。
魔が差した――まさにそう言うのかもしれない。
手摺りも柵も無い城壁の上。
高台にある城の更に高いこの場所から飛んで身の内にある全てのエアルを解放すれば、あるいは元の世界へ帰ることが出来るかもしれない。
フェローが言ったようにあちらの世界でもう生身の体を保つことが出来ないとしても、ほんの一瞬でもいいから、家族や友達にお別れを言う時間くらいはあるかもしれない。
強く吹いた風に、ぐらりと体が煽られた時だった。
「――危ないっ!」
鋭い声と共に引き戻されて、固い感触にぶつかる。
はっとして我に返れば、鎧を着込んだままのフレンに抱き留められているのだと気付いた。
「何を考えているんだ、! もう少しで――……っ!!?」
「フレン、ごめんなさい。大丈夫だから……フレン?」
「……泣いているのかい……?」
「え……?」
言われて初めて、は自分の頬が濡れていることに気付いた。
考えてもどうしようもないことをぐるぐる考えた挙げ句、馬鹿な衝動に駆られて、おまけに泣いていたなんて……
思わず自嘲の笑みが零れて、は涙を拭ってフレンに苦笑して見せた。
「本当にごめんね、フレン。でも、今日のことは秘密にしててくれないかな?」
「でも……」
「お願い」
きっぱりと言って強く見つめると、フレンは押し切られるようにため息をついた。
「……わかった」
渋々と言った体で返された言葉に安堵の息をついたの手をそっと取り、フレンは真摯な瞳で言った。
「でも、今日みたいに何か悲しいことや困ったことがあったら、僕に相談して欲しい。少しでも、君の力になりたいんだ」
「……さっき耳にしたよ。騎士団長代理になったんでしょ? そんな人に人生相談だなんて贅沢だね」
「! 僕は真面目に……」
「うん、分かってる。……ありがとう、フレン」
こうやって、心から心配してくれる仲間も居て、自分は本当に幸せ者だと。
だから、もうこれ以上無い物ねだりはやめようと。
自分に言い聞かせるようにして、はそっと微笑したのだった。
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大分間が空いてしまってすみません!
ほんわかだったりギャグだったりを入れようと思ったのに、なぜかシリアスモードへ走ってしまいました。
CLAP