「――ごめんなさい」
凛々の明星一行が、場所を御剣の階から城内の用意された部屋に移した後のこと。
ベッドに押し込められる前に、今まで黙っていた身の上話やアレクセイとのこと、フェローとのこと等をフレンも含めた皆に話したは、最後に深く頭を下げた。
「異世界……」
「深海で新種の魚を見つけた時よりも驚いたのじゃ」
リタとパティが呆然と呟き、は眉尻を下げた。
自分が逆の立場でも、突然異世界から来たと言われて、へーそうですかと信じられる筈が無い。
しかし、そこからは予想外の反応が返ってきた。
「異世界だなんて……、すごいです!」
「遠い所から来たっつってたのは、そういうことだったんだな」
「僕、別の世界から来た人なんて初めて会ったよ!」
「ワゥワゥ!」
エステル、ユーリ、カロルにラピードまで同意するように吼えて、はきょとんと瞬きした。
それにリタがふんと息を吐く。
「誰も信じてないなんて言ってないでしょ」
「あら、素直に信じてるって言えばいいのに。バクティオン神殿の後もあんなに心配して無茶だって怒っていたのはどこの誰かしら?」
「ちょっ…馬鹿っ……!」
「もちろん、私とバウルは貴女の味方よ。ナギーグも無しにフェローを納得させるなんてすごいわ」
リタとジュディスに言われ、そう言えばバクティオンでも御剣の階でも異質すぎる力を見られたのだと思い出す。
それでも仲間と言ってくれることが、どうしようもなく嬉しかった。
「そうだね。むしろ、そんなに大変な事情を抱えてたことに気付かなかったなんて、僕もまだまだだな」
「相変わらず固いねー、お前は」
「君が柔らかすぎるんだ、ユーリ! そもそも君の方がずっと一緒にいられたんだからもっと……」
真面目な顔をして言い募るフレンをユーリがからかうといういつもの図式も放っておけば延々続きそうで、当のがまあまあと宥める側に回る。
その後もエステルやカロル、専門的なことはリタから質問されてそれに答えて……と話は続いた。
しかし、そうしている間も、一度も口を開かない人をはついチラチラと盗み見てしまう。
助けて貰ったにも関わらず、みんなの目の前で思い切りビンタをしてしまった彼――レイヴンは、隅のベッドの上に胡座を掻いて座り、腕を頭の後ろで組んだままずっと目を閉じている。
疲れて眠っているのかもしれないし、そうではないのかもしれないが……
普段人一倍賑やかな彼のそんな様子に、は早くも心が折れそうだった。
何せ、あのビンタの直後みんなの爆笑を買い、が慌てている内にレイヴンは無言で立ち上がって一人だけ先に戻ってしまったのである。
それから今までまだ一言も話していないという……我ながら何をやってるんだという状態だった。
油断して少々露骨に見過ぎたせいか、ため息をついた所でユーリと目が合ってしまい、全くしょうがないとばかりに肩を竦められた。
「――まあ、とにかくもエステルも無事に戻って来たんだから良かったじゃねーか。続きはまたゆっくり話せばいいさ」
「そうね、二人とも疲れているでしょうし」
気を使ってくれたのだろうユーリの言葉にジュディスも頷いて、他の皆もそれもそうだと立ち上がる。
その気遣いは有り難かったが、はちょっと待ってと慌てて皆を引き留めた。
「私がみんなを騙していたことや裏切ったことは事実なんだよ? ……そりゃ、"仲間"だって…無事で良かったって言ってくれて、正直めちゃくちゃ嬉しい。だけど、『不義には罰を』でしょう?」
ギルドにとって掟は絶対だ。
凛々の明星の場合、『義をもって事を成せ、不義には罰を』という指針のようなものが掟に相当する。
何のお咎めも無く許されてしまっては、の気が済まない。
があまりに必死すぎたのか、その勢いに若干引き気味になりながらもユーリはぽりぽりと頬を掻いた。
「つったってなー。だって体張って俺たちを助けてくれたじゃねーか。そもそも、事情が事情だろ」
「そうだよ。君だって被害者じゃないか」
「それじゃあ気が済まないから言ってるんじゃないかしら。が言いたいのは、ギルドとしてのけじめの話でしょう」
「馬鹿っぽい。何でもかんでもけじめ付けりゃいいってもんでもないでしょ」
「……でも確かに、けじめは大事だよ。だって凜々の明星の臨時会計なんだから」
「だったら、どうするんです?」
みんなの言葉に一々首を横に振ったり、ウンウン頷いたりしていたは、最後に全員の視線を向けられてぐっと黙った。
この段になって、自分ではノープランだったと言うにはあまりに気まずい。
大体、最初から許してくれるのが前提という辺り、彼らは優しすぎるのだ。
許されたくない訳じゃ無い。
もちろん、許して欲しい――だったらどうやって償うか。そこまでは考えてなかったは言葉に詰まり、半分自棄になって叫んだ。
「わ…私で出来ることなら、何でもする!」
注目のプレッシャーに負けてそう口走った途端、何やらみんなの表情が変わった。
第六感的な直感で、この時点で早まったことを言ったと早速後悔が込み上げる。
しかしその台詞を取り消す前に、ニヤリと悪い笑みを浮かべたユーリが、流し目と無駄に色気のある口調でずずいと近づいて来た。
「……俺、毎食デザートに食いたいな」
「デザ……て、なっ…何を……!?」
近寄られて思わず赤くなってしまったは、次の瞬間思い切り脱力する。
「勿論、――――が作った、デラックスパフェ」
「……何言ってんの? そんなの駄目に決まって……」
確実にこちらの反応で遊んだ確信犯なだけに、キッと睨み付けて即拒否した――のだが。
「あ、僕はね! グミいっぱい食べたい!」
「カロルまで! グミは高いんだから、無駄に食べちゃダメだって何度も……」
「それじゃあ、私はデザイン性重視のペンダントにしようかしら。いつも機能重視だと飽きてしまうし」
「ジュディ、そんな無駄なもの……」
「私はそうねー……研究資料で欲しかった本を10冊ほど買ってもらいましょうか」
「うちは、新しい帽子が欲しいのじゃ!」
「リタ……パティ………」
「ワウワウ!」
「ラピードは骨付き肉だとさ。――ほら、フレン、お前も何か言っとけ」
「えーと……それじゃぁ、定期的に魂の鉄槌<スミス・ザ・ソウル>に武器の手入れをお願いしたい……とかでどうかな」
「あ、そんなのも有りかよ。チッ、俺もそっちにしときゃ良かったか……でもなー……」
「フレン、皆………」
普段どれだけ物欲が抑圧されているんだとか、人の足下を見てとか、いろいろ言いたいことはあるにはあったが、それもこれも『凜々の明星のお財布係』としてのへの要望だと思えば、それさえ泣いて了承してしまいそうになるくらいには嬉しくて。
けれど、その優しさに絶対に甘えられない人が一人……いや二人居る。
「……エステルは……?」
「はい?」
「エステルは、何か欲しい物無いの……?」
「私は……皆とはちょっと違います」
「うん。エステルがひどい目にあったのは、私のせいでもあるもん。所々朧気に覚えてる。私の中のエアルがエステルに流れ込んで、すごく苦しめてた………エステルには特に、どんなこと言われたって受け入れるよ」
割と決死の覚悟で言ったというのに、エステルはでは……と言ってにっこり笑った。
「いつまでもそんな顔してないで、笑ってください」
「え……?」
「私だって覚えています。私の力がの生命力であるエアルを吸い取って、どんどん顔色も悪くなって……このまま死んでしまったらって考えたら、すごく苦しかった。だから、苦しかったのはお互い様です。それに、ヘラクレスでも、さっきも、は私を守ってくれました」
「エステル……」
それは結果論で、エステルが無事だったから言えることだ。
けれど、エステルがに負い目を感じていると聞かされては頑なにその『お互い様』を拒絶することは出来ない。
「は確かに自分でアレクセイの元に行ったのかもしれません。でも、こうして折角元気に帰って来てくれたんです。私は、にはいつもみたいに笑っていて欲しい。――あ! それから、が住んでた世界の事、いろいろ教えてください! 本の中には無い、とても素敵なお話がたくさんありそうです!」
「うん……うん! 任せて、エステル! 覚えきれないくらい、たくさん話して聞かせちゃうから!」
適わないなぁというのが正直な所だ。
また、とエステルのやり取りを聞いて他の面々も笑ってくれるものだから、もつい笑顔になってしまう。
「さーて、一個解決したら腹減って来たな。今日はこんな状況だから無理だとしても、今度の奢りで豪遊でもすっか!」
「いいね、それ! 嫌とは言わないよね、?」
「ぐっ……わ…分かったわ」
「やったね!」
「明日は雨かしら?」
「時化なければ良いがのう」
無茶な要求の上に好き勝手言ってくれた仲間たちは、ぽんぽんと次々にの頭や腕を叩いて扉へと足を向けた。
「んじゃ先に食堂行ってっから、早く来ないと飯無くなっても知らねーぞ?」
「え、も一緒に……」
「いいから来いって、リタ」
「ちょっと、どこ掴んでるのよ! はーなーせー……」
声が遠ざかって部屋に静寂が落ちる。
残されたのは、とレイヴンの二人だけ。
はごくりと息を呑んで、自分に気合を入れなおした。
「レイヴン」
彼が座っているベッドの傍まで行き声を掛けると、ようやくその翡翠の瞳がを捕らえて、僅かに安堵する。
とにかく早く謝っていつも通りに戻りたいという願望はあったけれど、少し思案した後、ふるふると首を横に振った。
「私、謝らないから」
喧嘩を売っているのかと思われるような台詞に、レイヴンの目が僅かに見開かれる。
何か言われる前にと、は慌てて言い募った。
「レイヴンだって私に言いたいこといっぱいあると思う。でも、私にだって物凄くあるの。あの時、そういうのが頭の中にいっぱい溢れてテンパって、叩いちゃって……申し訳なかったとは思うけど、そうでもしないとあの時はどうにかなりそうだった。だから、謝らないし、だから――レイヴンも私を叩いて」
それであいこにしてくれとぎゅっと目を閉じて身構えたが、次いで上げられたレイヴンの手は、ぽんとの頭に置かれるにとどまった。
そろりと目を開ければ、困ったような顔で苦笑しているレイヴンと目が合って。
「ごめんね」
は謝らないと言ったのに、あっさり謝ったレイヴンを前に、の涙腺はいともたやすく崩壊した。
「……頼むから泣かんでちょーだいな。俺様、ちゃんに泣かれるのが一番堪えるんだから。もうこれ以上心配させないで」
よしよしと頭を撫でる手はどこまでも優しくて、ドキドキして赤くなってしまう反面、子供扱いされているような気もして、は照れ隠しに目の前の翡翠を睨みつけた。
「…………他に言うことは?」
この際だから先にお説教を受けてしまおうと思って言ったのに、レイヴンはうっと詰まった後、予想外のことを口にした。
「……アレクセイを止められなくて、悪かったね」
は目を瞠って、すぐに苦笑した。
がレイヴンの為にもアレクセイを説得したいと思っていたように、レイヴンも似たようなことを考えていて、後ろめたく思っているだと分かって……お互い様だと思うと、変に気を張っていた体から力が抜けた。
「……他には?」
「あー……シュヴァーンは生き埋めになったから、これからもレイヴン様をよろしくぅ!……とか?」
そんなことを冗談めかして言う辺り、やはり彼は彼だ。
バクティオンでのことやシュヴァーンのこともこんな程度で誤魔化される気は無いけれど、今は置いておくとして。
「………それから?」
「………………」
半分笑いながらなので効果は半減だが、それでも容赦無いの追求に、レイヴンは困ったようにボリボリと頭を掻き、しばらく頭を捻って、そしてそれしか思いつかないという風に、言った。
「また会えて、良かった」
それは、死人だと言って命を諦めていたレイヴンが、「お互い、生きてて良かった」と言ったも同義だった。
もう二度と生きて会えないと思っていた……会いたいと心が叫んでいた……
目の前に立っている人が奇跡にも思えて、溢れて堰を切りそうになる感情を押し込める。
しかしそれも徒労だと嘲うように想いは次々に溢れて止まらなくて。
「……両手をこうやって広げてみて?」
「ん? こう?」
「うん。そのまま……10秒だけ頂戴」
「え?」
首を傾げながらもベッドから降りて無防備に手を広げたレイヴンの前で、は口の中で詠唱し、何とか組み上げた高等術式を発動した。
「――ストップフロウ!」
「!?」
ぎょっとしたまま硬直した体に腕を回して、ぎゅっと抱きつく。
左胸に耳を押しあてれば、魔導機の小さな動作音と、血液を送り出す鼓動が聞こえた。
確かにレイヴンが生きている、証の音――
そのまま10秒経過して術が解け、溜息をついたレイヴンの手が優しく頭に乗せられても、は顔を上げられなかった。
涙に濡れた顔を隠すようにレイヴンの胸に押し当てて、涙が止まるまでその何よりも安心する鼓動を聞いていた。
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仲間たちの元へおかえりなさい!の会。
アレクさん塾でストップフロウまで習得していました。ということで。