「アンタの命は俺たち凛々の明星<ブレイブ・ヴェスペリア>が預かった。生きるも死ぬも俺たち次第」
「勝手に死んじゃ駄目だからね、レイヴン」
ユーリと凛々の明星首領であるカロルの言葉に――《仲間》たちの笑顔に、レイヴンは不覚にも目頭が熱くなった。
自分がしでかしたことの清算をしに来たつもりだったのに、一回り以上年下の若者たちに甘やかされるだけの自分に、もはや苦笑するしかない。
けれど、甘えているだけでは駄目だ。
彼が彼自身として、《仲間》の為に力になりたいと思った。
だから、自分で考えて行動するのだ。
それが本当の、《レイヴン》としての再出発のように感じた。
バクティオン神殿の崩落から奇跡的に一命を取り止めたレイヴンは、ルブランたちの助けもあって何とか動ける程度には復調した。
しかし、自分で回復術を掛け、ありったけのアイテムも使用したとは言え、普通なら数日は絶対安静を強いられる怪我だ。
自分でも無茶なことは分かっていたが、だからと言って大人しく寝ていられる筈が無い。
何せ、エステルも……そしても、アレクセイに連れて行かれたままなのだ。
休むように諫言するルブランたちを説得し、騎士団のネットワークを駆使して移動要塞ヘラクレスへと侵入したのは、その翌日のことだった。
まだ凜々の明星も到着していないようで、ヘラクレスの位置をきちんと伝えられなかったのは悔やまれたが、エアルを感知出来るバウルとジュディスがいる以上、間もなくやってくるだろう。
「ここは我々にお任せください!」
侵入は出来たものの、さてどうやって守りを固めている親衛隊を退けようかと考えていたら、レイヴンと同行してきたルブラン・アデコール・ボッコスがいつもの実直な様子で堅苦しく敬礼し、止める間もなく駆け出していった。
彼らを信用しないでは無かったが、仮にも落ちこぼれのレッテルを貼られてシュヴァーン隊に回された人材だ。とにかくダメ元で簡単な指示とアドバイスだけ出しつつ様子を見守っていれば、なんと彼らは実に見事に役目を果たし、そのエリアを掌握することに成功した。
「お前ぇら、ここは任せたぜ!」
素直に任せたと言えることが嬉しかった。
自分が名ばかりの上官だと自覚がありつつも、自分を慕ってくれる部下たちの活躍は誇らしい。
果たしてルブランたちの奮闘の甲斐もあって無事に侵入してきた凛々の明星に、レイヴンは彼なりの"けじめ"を示した。
"仮面"だと思っていた存在も全て自分自身として受け入れ、生きていく覚悟も当座の目的もようやく見えたレイヴンだったが、それはあくまで自分の話。
裏切って剣を向けてしまった凛々の明星に対しては、きちんとした"けじめ"が必要だ。
彼らがレイヴンのことを"仲間"と呼んでくれ、そしてレイヴンもまたそうでありたいと思ったのだから尚更。
結局、彼ら凛々の明星は、裏切りの代償を『命を預かる』という形で清算してくれた。
それは罰とは名ばかりの、一度は自ら命を捨てようとしたレイヴンに対する思いやりであることは明らかだった。
レイヴンは、そんな彼らに報いるためにも、心臓魔導器の暴走時に発揮した技――"ブラスト・ハート"という皮肉を込めた名前を付けた――も使い、戦線に参加した。
アレクセイに囚われたままのエステルとを一刻も早く助けたい――それがレイヴンと全員の共通する想いだった。
「まさかあんなに大事にしていたこの船を捨て駒にするなんてね」
厳重な警戒態勢を敷いていたヘラクレスの内部を進み、やっとの思いで制御室に到達した一行だったが、そこにアレクセイの姿は無かった。
代わりに待ち構えていたザギの話からすると、この船を囮にし、帝都へ向かったらしい。
あれだけ何年も前から心血を注いで造り上げたヘラクレスを捨て駒にするとは思わず、アレクセイがそれだけ本気であり、計画も大詰めなのだという証のようだった。
そこまでして稼いだ時間で何をするのか――楽観的に見積もったとしてもぞっとする想像しか浮かばない。
暴走したヘラクレスが大量のエアルを使って放出しようとした主砲は帝都郊外――下町や平民が住む地域――に照準が向いてしまっていたが、フレン隊の乗る船の決死の体当たりによって何とか直撃は免れた。
執念で再度奇襲を掛けてきたザギの攻撃による危ない局面も、海凶の爪<リヴァイアサンノツメ>としての打算で動いたイエガーによって不本意ながら助けられ、無事にヘラクレスを脱出することが出来た。
アレクセイがこのような時間稼ぎをした以上、事態は一刻を争う。
一行はそのままバウルで帝都へと急行した。
「ねぇ、あれ見て!」
甲板の上からカロルが指差し叫ぶのは、見慣れた帝都ザーフィアスの筈だったが、遠目に見ても様子がおかしかった。
暗雲渦巻くその上空からは、レイヴンにもエアルが乱れているのが感じられる程だ。
次第に風とエアルの気流が強くなっていったが、バウルとフィエルティア号はユーリの持つ宙の戒典<デインノモス>によって保護されているおかげか、何とか影響を免れて進んだ。
そうして近付いたザーフィアスの結界魔導器に、エステルの力と聖核<アパティア>を操っているアレクセイが佇んでいた。
バクティオンの時のように球体の檻に入れられたエステルは、無理やり力を引き出されて憔悴しているように見える。
「エステルー!」
何とかエステルを救出しようと、叫んだユーリは迷い無く駆け出して船の先端から手を伸ばした。
「いま、助ける!」
風圧が強くなる中、レイヴンは船の淵から目を凝らしてを探したが、その場には姿が見えなかった。
皆と一緒にユーリを見守りながら、一人安堵とも焦燥ともつかないものに眉を顰める。
この場所にいないからと言ってこのエアルの量からして無関係とは考えがたく、別の場所で力を利用されているのかもしれない。
やがてユーリの必死の呼びかけにエステルも手を伸ばし、二人の手が届こうとした瞬間、それを嘲うようにアレクセイが攻撃を仕掛けてユーリを吹き飛ばした。
ユーリは間一髪で船の帆綱に捕まって事なきを得たが、自分の力が危うくユーリを殺すところだったと打ちひしがれている様子のエステルは泣きながら何かを口にした。
その直後、強い風に襲われ、船はバウルごともみくちゃに吹き飛ばされた。
レイヴンはその刹那、アレクセイの狂気を孕んだ瞳と僅かに視線が合ったような気がした。
その後は、時間との勝負にも関わらず、大変な道行となった。
吹き飛ばされた先は帝都からさほど離れていないカプワ・ノールの近くだったが、バウルも負傷して再び空路を行くのは不可能、帝都への唯一の道であるエフミドの丘も先日のヘラクレスの主砲が帝都を反れた際に被弾し、通れないようになっており、帝都へ行く手段が断たれてしまっていた。
しかも、こちらはバウル以外にも仲間たちの全員が船ごと吹き飛ばされた衝撃で負傷しており、レイヴン自身もバクティオンの怪我が完治していなかったこともあって満身創痍だった。
それでも悠長に構えてなどいられない。
こうしている間にも、アレクセイはエステルやの力を使って彼女たちを苦しめ、エアルを大量に消費し続けているのだ。
少しばかりの猶予をくれたフェローが見切りを付ければ、すぐに始祖の隷長<エンテレケイア>たちは人間を襲い……あの人魔戦争の二の舞になってしまう。
全員で話し合った結果、ノールの宿で手をこまねいてばかりはいられず、迂回して流氷の上を行くという無茶な賭けに出ることになった。
そうして訪れたゾフェル氷刃海ではカロルの活躍で窮地を救われ、一行は何とかハルルまで辿り着いた。
そこには大勢の帝都から逃れてきた人々が居て、普段は帝都にしがみついている貴族連中もいたことから、いよいよザーフィアスがアレクセイに占拠されたことを物語っていた。
村長の家に帝都のお偉い方が来ていると聞いたユーリたちは状況を知るために赴き、カロルの看病も兼ねて留守番していたレイヴンは聞かされた話に眉を顰めた。
帝都は人の住める所では無くなってしまった――村長の家に避難してきていたヨーデルたちはそう話したらしい。
ユーリの生まれ育った下町がどうなっているかも分からない――とも。
かつてキャナリの元で《本当の騎士》になるべく毎日巡回した町並みが思い出された。
貧しい暮らしの中でも生き生きとしていた下町の住人や活気に溢れた生活――あの人々は無事だろうか。
町から人々が逃げ出し、廃墟になっていく様を、あの心優しい姫君はどんな気持ちで見ただろうか……自分の力が罪も無い人たちや大切なユーリたちまで傷つけて……あの清らかな心が耐えられるのだろうか。
そしてそれは、にも同様に言えることだった。
日暮れ時、今夜はハルルの宿に一泊することになった一行の輪から抜け出して、レイヴンは一人ぶらりと散歩に彷徨い出た。
少しでも身体を休めるべきだとは分かっていたが、じっとしていると余計なことを考えてしまって、とても休養などという気分にはなれなかった。
ゆっくりと歩いているとそこかしこの風景に様々な記憶が蘇ってくる。
ハルルは帝都から一番近い町ということもあり、昔から何度も訪れたことがあるが、ふと思い出したのは一番最近の記憶――凛々の明星の旅に同道していた時のものであった。
「――桜…!」
その時初めてハルルを訪れたらしいは、ハルルのシンボルである大木を見上げてそう言った。
「うわー……こっちにも桜があるなんて感激……しかもこんなに大きくて満開だなんて……!」
「えっと……? これはハルモネア、ルーネンス、ルルリエという花が合わさった樹で、サクラという樹では……」
「うん……でもすごく似てるんだ。私が居た所にもたくさんあった樹に」
博識なエステルの言に寂しそうに笑ったは、ごめんなさいと慌てるエステルの肩を軽く叩き、顔を輝かせてこんなことを言い出した。
「折角だから、お花見しようよ!」
花見とは何だとの疑問にも、「花の下で美味しいご飯やお酒や甘いもの広げて、皆でわいわい花を見ながら宴会すること」――だと、それぞれが食い付きそうな餌を入れて説明する辺り流石だった。
「美味しいねー」
結局、メンバー全員参加の上に通りがかった村人まで加わって、昼間から大量の酒も持ち込んで飲めや騒げやの大宴会となった。
その席で、はニコニコと上機嫌で杯を傾けていた。
「ちょーっとちゃん? "花見"って割には誰も花なんか見ちゃいないけど?」
見ていないというか、どんちゃん騒ぎで見ている余裕が無いというか……
「そんなことないよ。キレイな場所だからこそテンションも上がるでしょ。それに……ほら、みんな笑ってる。それだけで、何ていうかもう……充分じゃない?」
そう言って心底嬉しそうに笑うが一番眩しく見えてしまい、レイヴンは柄にも無く内心慌てながら目を逸らして無難に頷いた。
その後も、以前ハルルでシシリーに訳の分からない花びら数えを手伝わされ《アリーヴェデルチ》という術を閃いたことを話せば自分もその技を覚えたいなどと言ってねだってくるし、カロルがパナシーアボトルでハルルの樹を蘇らせようとした時の誇張した活躍譚を信じて大興奮するはで、誰よりも一番が楽しんでいた。
彼女に釣られて、皆――レイヴンも思わず笑顔になってしまい、結局翌日も疲労が残るほど"花見"を満喫したのだった。
――「レイヴン、見てみてー!」
不意にの声が聞こえた気がして振り返ったが、当然そこには誰もいなかった。
足元に落ちていた薄桃色の花を広い、手の中でくるりと一回転させて弄ぶ。
今頃は、あの笑顔を泣き顔に変えられて苦しんでいるのだろうか……
思わずぎゅっと花を握りこんでしまった瞬間、背中から覚えのある声が掛けられた。
「シュヴァーン――貴方ですね?」
「……ヨーデル殿下」
ユーリたちから聞いてこの村に居ることは知っていたが、出来れば会いたく無かった相手だ。
まだシュヴァーンになって間もない頃に出会って以来、当時既に聡明な少年として――第一皇帝候補として将来を嘱望されていたヨーデルは何故かシュヴァーンを慕ってくれていた。
シュヴァーンはバクティオンで死んだ――何も為せないまま、アレクセイの言いなりに悪事の片棒を担いで。
そのアレクセイの駒としてこの事態を呼び寄せた自覚のあるレイヴンは、ヨーデルにまで都合よく「シュヴァーンじゃなくてレイヴン!」などと軽口を叩ける筈もなく、とてもではないが合わせる顔が無い。
「……無事で良かった。貴方の姿が見えなかったので、心配していたのです」
「…殿下、俺は……」
「あの人と話すまでは貴方が彼らと行動を共にしているとは全く知りませんでしたが……フレンや彼らを導いてくれていると知って、とても嬉しい」
「……あの人……?」
「という可愛らしい女性です」
心配して貰う資格など無いし、何と答えて良いかも分からなかったが、皇子殿下から思いがけず飛び出した名前に、レイヴンは大きく目を瞠った。
更に、ヨーデルがに会った経緯を聞いてますます驚きは深くなる。
「すみません……私は結局、彼女に助けられておきながら、そのまま置き去りにしてしまった」
レイヴンは歪みそうになる表情を必死に取り繕って、拳を握り締めた。
置いて行けと言ったのはだと言うし、ヨーデルたちを逃がそうと無茶したのも自身だ。
まして、そもそもアレクセイにを引き渡した張本人のレイヴンが文句を言える筋合ではないと分かっていながら、それでもぶつける先の無い感情が胸を焼く。
こんな所で手をこまねいている不甲斐ない自分に一番腹が立った。
裏切り者の騎士団隊長に頭まで下げたヨーデルには何も言えないまま、レイヴンは恭しく礼を取って背を向ける。
その背中に、慌てるようにヨーデルは言葉を続けた。
「待ってください! シュヴァーンであり、レイヴンである《貴方》に伝言を預かったんです」
驚いて足を止めたレイヴンに、ヨーデルはからの言葉を伝えた。
「「迎えに来てくれたら、嬉しい」――と。……彼女は、エステリーゼと一緒に仲間の元に帰りたいのだと言っていましたよ」
笑った顔や泣いた顔や悲痛にレイヴンの名を呼んだ声が瞬時に蘇り、レイヴンは一度感情を抑えるように目を瞑った。
そして顔を上げ、ザーフィアスの方を睨みつける。
「殿下……ありがとうございます」
これが城内なら不敬もいい所だが、俗な言葉と再び略礼だけして、レイヴンは足早に踵を返した。
あの時手を離したことを何度も後悔したが、も望んでいると聞いた今は遠慮は要らない。
今度こそあの笑顔を取り戻すべく、自分に誓うように胸の魔導器を強く押さえた。
130509
書きたいとこだけざっと書く為に、駆け足でハルルまで行きました。難産だった……。
ちょっとだけの回想でも久々にほのぼの書けて楽しかった(笑)
次回はザーフィアス決戦です!
CLAP