その凶報を聞いた時、の頭の中は真っ白になった。
――シュヴァーンと凛々の明星が残っていたバクティオン神殿で爆発があり、地下のほぼ全てが崩落した――
ヘラクレスから別の艦に乗り換えた時に聞いたその時点でもシュヴァーンの消息は知れず、生死不明だった。
働かない頭で捜索はどうなっているのかと聞いたに、教えてくれた親衛隊の青年は気まずそうに視線を逸らし、そこでようやく、爆破を命じたのがあろうことかアレクセイであり、捜索もされていないことを聞いた。
はしばらく呆然と過ごし、ザーフィアスに着いてから部屋に閉じ篭った。
一緒に旅した大切な彼らが――彼が死んでしまったなんて、とてもではないが信じ難く、受け入れられなかった。
食欲も無かったけれどバクティオンで大量のエアルを消費してしまった為に身体は衰弱していたので、アレクセイの息がかかった医師から無理やり一日何本もエアル点滴を受けた。
しかしそうして部屋に篭っていた間も、何も考えたくないという思いに反して繰り返しバクティオンでのやり取りが思い出された。
思えば、彼は最初から様子がおかしかった。
いやもしかしたら、ドンが死んでしまったあの時から、もうその影はあったのかもしれない。
彼が攫ってきたエステルがあんな扱いを受けて、罪悪感を感じないわけがなかったのだ。
いつもは明るいレイヴンの瞳にほんの時折過ぎる暗い影――それが凝ったような瞳を、彼はバクティオン神殿の地下で辛そうに俯けていた。
――「俺も君に会えて良かった――」
全てを諦めたような感情の無い声が耳元で落とされた時、せめてあの時にアレクセイの手を無理やり振りほどいてでも、暴れてでも、彼を止められていたら――
「っっ……」
思い出すだけで胸を締め付ける痛みに苛まれて、足を抱えて丸くなった。
彼は死ぬつもりだったのだ――は自分のことだけに精一杯でその影に気付かなかった自分に吐き気がした。
他にも、バクティオンで響いていた騒がしい音は爆発の準備をするものだったのだとか、一度凛々の明星を始末すると決めたアレクセイがが逆らったくらいで簡単に翻意する筈が無かったとか、もっと良く気をつけていれば簡単に気付けたことばかり思い出されて、後悔と自己嫌悪の嵐だった。
そして、数日後――
大きな地震と落雷という災害がザーフィアスを襲い、帝都の悪夢が幕を開けたその日。
「《彼》も《彼ら》もオールアラーイブでーす!」
突然部屋に押しかけてきたイエガーは、大仰な身振りでそう言った。
《彼》も凛々の明星も全員生きている――は何度も本当なのか、嘘じゃないのか、夢かもしれないとイエガーに詰め寄って確認して、それが本当のことだと知ると深い安堵と共に……痛感した。
――もうこんな想いはしたくない。
そもそも、後悔などという一銭にもならないものが、は嫌いだ。
しても無駄だと分かっているから、普段は過去の失敗を引きずるタイプでは無いのだが、今回ばかりは取り返しのつかない後悔をする所だった。
――もう、大切なものを失って嘆くしかないような情け無い自分は嫌だ。
は一度目を閉じて、自分の本音から目を逸らしてはならないと言い聞かせて立ち上がった。
イエガーと共に来たゴーシュとドロワットは部屋にいた方が安全だと言ってくれたけれど、バクティオン以来アレクセイを避けていたは、一緒に連れてこられた筈のエステルがどうしているかさえ知らない。
心配してくれた少女たちに謝って、はやる気持ちで数日引きこもっていた部屋を出た。
扉の前で見張りに立っていた親衛隊の一人に「今すぐアレクセイ団長に会わなければならない」と緊急性を臭わせながら有無を言わせず腕を引っ張り、無理やり案内させる。
部屋から離れて奥の方へ向かう途中、その段になってはようやく、事態の異常さに気付いた。
相変わらず荘厳な城内は、今は平時の静けさが嘘のように親衛隊やその他の騎士団員も慌しく走り回っている。……というより、逃げ惑う評議会の議員や貴族、城で働く人たちを、騎士団が誘導して城から追い出そうとしているようだった。
がそれらの騒ぎに気を取られていると、逃げる人たちの波に押される形であれよあれよと案内の騎士と離されてしまった。
押し合いへし合い、怒号などなど……とにかく大変な混乱で廊下は人で溢れており、一旦その喧騒から逃れようと反射的に目の前の部屋の中に飛び込み、扉を閉めてほうと息をつく。
「一体何が……」
起こっているのかと呟こうとしたその時、部屋の中から柔らかい声が掛けられた。
「おや、君は?」
まさか中に人がいるとは思っていなかったは驚き、反射的に振り返って更に驚いた。
特別豪華な扉では無かった気がしたが、部屋の窓辺に佇んでいたのは、蜂蜜色の髪と青い瞳の高貴な空気をまとった青年だった。
着ている物やただ立っているだけで伝わる気品から、貴族にしても並外れた位の高さを感じさせる。
は今の自分の立場を省みて慌てた。
もしここがこの人の部屋なら、は完全なる不法侵入者であり、しかも案内人ともはぐれてしまった今、騎士でも貴族でも使用人でも無いいつもの格好のは不審極まりない。
「す…すみません! 騒ぎに押されて入り込んでしまって……すぐに出て行きますから…!」
慌てて服の裾を払って立ち上がったに、青年は僅かに目を瞠り、ああと言ってふわりと笑った。
笑うと柔和な顔立ちが際立って、普通の貴族のような高慢さは感じられない。その雰囲気が誰かに似ていると思った。
「私もここの住人ではないから、謝らなくても良いですよ。少し隠れていただけだから」
「隠れる……?」
青年は困ったように笑い、先ほどまでもそうしていたのか、立っている窓辺から外を見て眉を顰めた。
「外も大分危険が迫っているようですね。けれど、ここに居るよりはマシです。貴女も、なるべく早く逃げたほうが良い」
物騒な言葉に、同じように窓の外を見たは息を飲んだ。
「結界が……消えかけてる…!?」
にとってはこの世界の象徴のようでもある、どんな時でも空に浮かび上がっていた三重の結界が何かに干渉されるように明滅していた。
しかも今まで気付かなかったが、意識を向けてみると結界の中心付近から膨大なエアルの流れを感じた。
なぜかこの城の中だけ別空間のようにいつものエアル濃度だったので気付かなかったが、外があれほどエアルに溢れているとすると、ケーブ・モックよりも濃く、それによる影響も大きいに違いない。
そして、それだけのエアルを操ることが出来るものとなると……心当たりは一つしか無かった。
「エステル……!」
「!」
思わず零したの呟きに傍らの青年が反応した直後だった。
扉が勢い良く開き、慌てた様子で飛び込んできたのは評議会の壮年の男だった。
「ヨーデル殿下、お急ぎください! 奴はもうそこまで……! !? お前は何者だ!」
自分に向けられた剣幕と青年を呼んだ名にはとっさに反応できず、思わず青年をまじまじと見つめた。
ヨーデル殿下と言えば、エステルの対抗馬として最有力皇帝候補に上げられる立派な皇族だ。
誰かに似ていると感じたのは、遠縁に当たるというエステルと同じ穏やかな雰囲気からだったらしい。
「……とにかく、話は後です。さあ、貴女も一緒に行きましょう」
「えっ、あの……っ」
呆気に取られるの手を取って、青年――ヨーデルは、評議会の男を従えて既に人の絶えた廊下に出た。
部屋の外にいた他の取り巻きの先導で、恐らく出口と思われる方に向かって駆け出す。
「あのっ、私は……」
「――エステリーゼは、恐らく隔離されているでしょう。……自我を保っているかも、もう……」
何かを知っているのか、ヨーデルの言葉に息を飲んだ時、廊下を抜けた内庭のような場所で、朗々としたその声は掛けられた。
「これはこれはヨーデル殿下。御付きも引き連れて、何処へ行かれるおつもりですかな」
「――アレクセイ」
ヨーデルの声に振り向けば、武装した親衛隊を10人以上は引き連れた物々しい《騎士団長》が立っていた。
その赤い瞳がちらりとを見やり、思わず身を竦ませる。
しかしアレクセイは何も言わず、ヨーデルたちに視線を戻した。
「殿下、私はお部屋から出ないようにとお願いした筈ですが?」
「黙れ! なぜ殿下がお前などの指示に従わねばならないのだ!」
「なぜ? おかしなことを言われる。トラン侯、権力者におもねるのは貴殿の得意とする所でしょう」
「騎士団ごときが血迷ったか! 帝国の主は尊き皇帝家のみ!」
「愚か者はどちらか。城内は全て我々が掌握した。殿下に残されたのは、我々に従うかそれとも……」
親衛隊たちが一斉にこちらに剣を向け、その後ろで魔導士たちが術式の構築に入った。
「殿下に刃を向けるとは正気か!」
更にいきり立つ評議会の貴族たちが口々に騎士団を罵り、がいけないと口を開くよりも早く、ヨーデルがそれを制した。
「待ってください。我々は争いを望みません。この城から…帝都からの我々の退去――あなたにはそれで十分なのでは? アレクセイ」
「お言葉ながら、殿下……十分とは言い難いですな。服従がお嫌なら、塵になっていただくしか無い」
きっぱりと二択を突きつけたアレクセイにヨーデルたちが息を呑み、魔導士たちが詠唱を始める。
その間に再びアレクセイから視線を向けられ、最後通牒のような無言のそれに、は唇を噛み締めて頭を横に振って返した。
「……ヨーデル殿下、私が前に出たら、振り返らずに全力で逃げてください」
騎士団に悟られないように前を向いたまま小声で言えば、驚いた様子のヨーデルがそんなと返した。
「女性を一人残してなど行けません。貴女こそ巻き込まれただけなのだから早く逃げて……」
「いいえ。私は、あの人に話があるんです。……それに、絶対エステルと一緒に帰りたいですから……《仲間たち》のところに」
「……分かりました。気をつけて。……私に何か出来ることがあれば……」
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分……いえ……もし、会うことがあったら伝言をお願いしても良いでしょうか」
次期皇帝候補に何を言っているのだと自嘲しながらも、頷いてくれたヨーデルには言った。
「シュヴァーンに……レイヴンに、「迎えに来てくれたら、嬉しい」……と」
伝言相手にか内容にか、目を瞠ったヨーデルが何かを言いかけたその時、魔導士たちの詠唱が終わり、アレクセイが手を上げた。
こちらに向かって術が発動される瞬間、は構築式を練りながらヨーデルたちの前に飛び出し、首元の魔導器を外す。
前方に手を翳し、アレクセイから教わった体内のエアルを還元する術式を展開すると、相手の術はの近くに到達したものからエアルに還元され、身体はそれを難なく吸収した。
背後で無事にヨーデルたちが遠ざかって行く足音を聞きながら、何とか成功して良かったと胸を撫で下ろす。
アレクセイはすぐに後を追うように指示したが、ざわめいた親衛隊は得体の知れないを恐れてか二の足を踏んだ。
厳格な団長の手前その戸惑いは長続きはせずに結局数名がヨーデルたちを追いかけて行ったが、足止めくらいにはなっただろう。
どの道、の技量では追っ手を食い止めることは出来ないのだから仕方ない。
「――お話があります」
数度深呼吸して、向かい合った赤い瞳をまっすぐに見つめた。
アレクセイはしばしの後、護衛としてかその場に残っていた他の騎士たちに片手を上げて下がらせる。
壮麗な城の美しい中庭は普段とはかけ離れた様子で、大きな窓から見える空も暗く、今も続いている雷の光が思い出したようにピカと光って、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
そんな中で、たった今城を乗っ取った――クーデターというやつだろうか――騎士団長と二人で向かい合っている自分を奇妙に思うと同時に、後悔したく無いなら今しか無いという思いがの胸を満たした。
「貴方は間違っていると思います」
自分が逃げ出さないように目に力を入れて、はきっぱりとそう言った。
アレクセイは何も答えず、表情も動かない。
「貴方は理想の為だと言いますが、その為に人の命が奪われ、大勢の人が悲しんでいるのを見ました。エステルのことや、ドン、ベリウス、アイフリード……シュヴァーン。――私は貴方を止めたいんです」
これはあくまで個人の主観で、自己満足の我侭とも取れる感情だ――そんなものにアレクセイが動かされるとは到底思えないが、それでも言わずにはいられなかった。
やがてアレクセイは目を伏せ、窓の方へ歩きながら静かに口を開いた。
「異世界とこの世界とは、どう違う?」
突然の質問には目を瞠り、やや間を空けて答えた。
「私にとっては、ほとんど何もかもです。私の世界にはエアルなんて概念は無かったし、魔物も始祖の隷長もいないし、魔導器も魔術も無い」
「……そんな世界なら、平穏だろう」
「いえ……私の国は平和だったけど、世界には大小たくさんの国があって、常に人間同士の争いが絶えません」
「魔導器もなしに戦うのか」
「科学が発達していて……私は良く知りませんが、いろんな兵器があります。それに、政治や金融や宗教や……争いの種類もいろいろあるんです――この世界と同じように。そして私の世界にかつて現れた独裁者たちが辿ったのは、どれも世界を巻き込んだ争いの末の悲惨な末路です」
だから、貴方には同じようになって欲しくない――そう含ませた視線を向けると、アレクセイは僅かに疲れたような笑みを浮かべた。
「間違っている……か。なるほど、正しくは無いのだろう」
そう言う彼の視線は窓の外に向けられており、その赤い瞳には逃げ惑う人々も映っているのかもしれない。
そう思わせる達観したような空気に、は歯噛みした。
「だったら、今からでも本当に正しいと思う道だって……!」
「――その道は最早存在しない」
低い声が断定的に紡がれ、振り返ったアレクセイの顔からはもう人間らしい感情は消えていた。
「大義の為には、綺麗ではない道もまた必要なのだ。力あるものはその力を使うべきだ――己で使えないなら、使える者に使役されるべきなのだ」
でなくして、何のための力だ?と視線を向けられ、それがやエステルのことを指しているのだと思うと胃の腑がキリリと痛んだ。
やはり自分の言葉では届かないのか――自分に対する失望と無慮感が広がっていく。
「君もこの世界に在る以上、私の道具としての役割を果たすべきだろう」
返事など求めていないような言葉に、は認めるものかとぶんぶんと首を横に振った。
「道具でも飼い犬でも、ましてや死人でも無い。私は今ここに――この世界に生きている人間です!」
それしか選択肢が無いからとか、仕方ないからとかいう消極的な理由では無い。
の意思で、心で、ここで生きていきたいと思ったからこその言葉。
アレクセイは一瞬だけ目を瞠ったが、それは見間違いかと思うほどの刹那のことで、淡々と冷たい瞳のまま言った。
「残念だ、――それでも私は私の為すべきことを為すだけだ」
アレクセイが手を上げると、足元に術式が浮かび上がり、急速に意識が遠くなる。
最初から警戒していたので慌てて術を展開して銃を放ったが、見越していたのか、見えない障壁に遮られてそれがアレクセイまで届くことは無く、は為す術も無くその場に倒れた。
結局、自分では何も出来ず、このままではエステルを苦しめ、彼女を助けに来るであろう凛々の明星の足手まといになってしまう……最後にもう一度アレクセイと話したいと思ったこの我侭のせいで。
は薄れ行く意識の中で情けなさと悔しさに歯噛みした。
――ごめん、エステル…みんな……レイヴン……
泥のような暗闇に意識を飲まれ心の中で謝罪を繰り返しながら……それでも、無性に大好きな笑顔に逢いたいと――そう思った浅ましい自分に自嘲した。
130404
閣下が帝都乗っ取った時ってこんな感じかしら?と思って書いてみました。
出すつもりの無かったヨーデル殿下まで出してしまった。。
ここの殿下はうちの同人の設定と同じで幼い頃からシュヴァーンが大好きです(笑)