凜々の明星一行がその街――帝都ザーフィアスに立ち寄ったのは偶然だったが、にとっては幸運だと思っていた。
補給と凛々の明星の仕事で数日留まることになり、その間にアレクの屋敷を探し出して会いに行くことも可能だと思ったからだ。
そして到着した最初の夜の宿屋で、きっかけは些細な一言から始まった。
「んじゃ、おっさんとちゃんが同じ部屋ね」
希望通りの部屋が取れず、部屋割りをどうするかで話し合っていた時のことだ。
何でも無いことのようにさらりと言ったレイヴンの台詞に、当人以外の全員が反論した。
「おいコラ、おっさん。どさくさにまぎれて何言ってんだ」
「だっ…駄目です!駄目です!」
ユーリは呆れて、エステルは慌ててそう言ったが、レイヴンはえー!と不満そうに口を尖らせ、顎に手を当てた。
「だって、2人部屋が4部屋でしょ? そうすっと、嬢ちゃんとリタっち、ジュディスちゃんとパティちゃん、青年と少年とワンコ……で、だったら当然、残りは俺とちゃんでしょ?」
一人一人指を指して確認したレイヴンに、リタとユーリはあからさまにため息をついた。
「何バカなこと言ってんのよ」
「もうぼける年か、おっさん」
じゃあどうすんのよー、と揉めている面々に、もさらりと言った。
「私、別にいいけど」
ぎょっとした何組かの目を向けられ、は思わず苦笑を浮かべる。
「ちょっと、アンタ何言ってるか分かってんの!?」
「そうだぞ、。こんな万年発情中年と一緒に居たら、何されるか分かんねーぞ」
「青年!? いくらなんでもひどくない!?」
「あら、事実よね」
ユーリの説得力のある言葉に慌てて食ってかかったレイヴンに、ジュディスがトドメを指す……そんなやり取りの中で、エステルがはっと気付いたように声を上げた。
「もしかして、は本当にレイヴンのことが……」
また全員分の視線を向けられ、は慌てて手を振った。
「ちっ…違うって! ただ、レイヴンのこと信用してるだけ。こう見えて紳士なんだよ」
とて出来れば異性と同室なんて避けたいが、今日の宿は二人部屋と言っても狭くてエキストラベッドを入れる余地は無いし、どこかの部屋で無理矢理三人で寝るにしても折角人数分取った宿代が無駄になるようで何だか癪だ。
それに、レイヴンがこんなことを言い出した意図を考えてみるに……恐らく、人とは同じように眠れないを気遣ってのことと思われた。
そしてとしても、レイヴンにはせめて自分の前でくらい正体を隠さずに寛いでほしいと思う。
「……だとよ。寝てる女にどうこうするような人間じゃないもんな、紳士なおっさん?」
ユーリがわざとの呼び方を真似て流し目をくれれば、レイヴンは引き攣った笑みで手を後ろに組んだ。
「も…ももももちろんっ!!」
「ふふ、に一本取られたわね、おじさま」
「女の信用を裏切る男はプランクトン以下なのじゃ!」
「……ま、こんだけ釘刺されてりゃ大丈夫か。何かあったらすぐに大声出すんだぞ、」
「うん」
「ひどいぜ青年……ってちゃんも即答!?」
こうして、レイヴンと同じ部屋で眠ることになっただったが、まさかこれがきっかけであんなことになるとは、この時は思ってもみなかった。
「それじゃ、ちゃん。そこに正座して」
まず、最初の夜は部屋に入るなりそう言われ、素直に座ったが最後……そこから二時間ほどみっちりお説教タイムが待っていた。
あのオアシスでのフェローとの邂逅から既に数日。
けれど、アスピオでリタの家に泊まった時も、その後レナンスラ岸壁を訪れた時も、ほとんど周りには仲間たちが居たので、フェローとの一件もあの場で簡単な経緯を説明した以外は何も話す機会が無く、としては助かったと思っていたのだが……。
「……聞いてる、ちゃん?」
「はい! 聞いてる! 聞いてます!」
こんな調子で延々と、無謀だ考え無しだと先生に叱られる落ち零れの生徒のように正座させられていた。
何度かは、でも、だって、と反論を試みたが、ギルドユニオンでも調停役を務めるレイヴンに舌戦で敵うはずも無く、これは黙っていた方が利口だと早々に見切りを付けて口を閉じた。
しかし、真剣に懇々と諭すレイヴンを見ている内に、の為に怒ってくれるのを嬉しくも感じてしまったりして……
「……ちょっと、何笑ってるの?」
「えっ!? いや、あー……シュヴァーンさんって"寡黙な隊長様"ってイメージあったから、レイヴンに会う前の私が今の状況見たらびっくりするだろうなぁって思って」
「なっ……」
絶句して、取るべきリアクションを見失ったようなレイヴンは、やがてはぁと盛大なため息をついた。
「……全く。こっちの気も知らずに暢気なんだから」
「うん! それだけが取り得だから!」
「褒めてなーい!」
顔を見合わせて思わず同時に噴出し、声を上げて笑ったのは久しぶりだなと改めて思った。
最近はシリアスな出来事ばかりだったので無理も無い。
レイヴンもそうだったのか、一頻り笑った後、しみじみと言った。
「あー…何かね。こうやっていつも笑ってくれるちゃんの傍に居ると、すごくほっとするわ」
お世辞でもその場限りのリップサービスでも、その言葉はにとってとても嬉しいものだった。
だからこの時、はそっと心に決めた。
レイヴンの前では何があっても笑顔でいようと――
そして、と二人だけなのだからといつも寝る時もボサボサに括ったままの髪を下ろさせたり、逆に眠りの浅いが寝酒をするのに付き合ってくれたりと、それなりに持ちつ持たれつの同室生活を二晩過ごした三日目の昼――
昨日も今日も日中は凜々の明星が受けた人捜しの依頼を手伝いつつ、貴族街を当てなく彷徨っていたは、ため息をついて宿に戻ってきていた。
旅装束に白い目を向けられつつも貴族街を探す役を引き受けたのは、勿論ついでに恩人様にしてこの世界の身元引受人とも言えるアレク――いや、騎士団長アレクセイ・ディノイアの屋敷を探そうと思ったからだ。
それと言うのも、レイヴンに聞いても教えてくれなかったからで……「レイヴンかっこいい!」や「シュヴァーン隊長ステキ!!」のおだてにも乗らず、「やめといた方が良い」の一点張りで埒が開かなかった。
知っていそうな貴族街の人に聞いても嫌な顔をして無視されるだけだったし、エステルやユーリに聞くのも不自然すぎて出来ない。
だから地道に自分の足で探していたのだが……
「もうヤダ……なんであんなに広いの……絶対無理だよ……!」
一人でブツブツと愚痴を零す様は奇妙かもしれないが、無理も無いと言いたい。
貴族の邸宅なんて、そもそも一つ一つが広大な敷地を持った豪邸ばかりだし、お貴族様というものは表札などを掲げない。
アレクの屋敷とて門らしき物から広すぎる庭があり、ようやく大きな玄関だった。がその門を潜ったのも、意識があったのはダングレストに向けて出発した時だけで、外観もほとんど記憶に無い。
そんな場所を行き当たりばったりで見つけようというのだから、もう不可能に近いような気がしてきた。
ちなみに、ギルドに依頼された探し人の手がかりも全く見つけられていない。
今日はまだ日も高く、ユーリたちと合流する予定時刻までは大分時間もあるのだが、歩き回った為に結構な汗をかいてしまったので、一旦シャワーでも浴びて着替えて気分転換しようと一人で宿に戻ってきた所だった。
出かけるときはまだベッドの中でゴロゴロしていたレイヴンもとっくにいないと思い込んでシャワー室の扉を勢い良く開けた――ところで、は硬直した。
そこには、と同じく目を丸くしたレイヴンが――たった今シャワーから出て来たであろう恰好で立っていた。
「――――ごめんなさい!」
ここで悲鳴を上げるなどといった可愛い反応も出来ずに、慌てて謝って扉を閉めたは、ため息をついて扉を背に脱力した。
いや、もし相手が全裸などだったら流石のも驚きの叫びくらいはあったかもしれないが、レイヴンはちゃんとズボンも履いていたし、髪こそ濡れたままだったのでシュヴァーンの時のように下ろしていたが、見たのは意外に引き締まって筋肉のついた逞しい上半身くらいで……いやいや、何を一々思い出しているのだと自分にツッコミを入れる辺り、も自分で思うよりは動揺していたのかもしれない。
しかしふと、思い出した姿に違和感を感じて、その正体に気付いた。
レイヴンの胸……丁度心臓の辺りに、硬質な機械が見えたのだ。
ややあって、物音が聞こえて扉の前からが退くと、いつもの服を着込んだレイヴンが髪を拭きながら出て来た。
「もぉー、ちゃんってば大胆なんだから! もうちょっと早く入ってきてくれたら、一緒に背中流しっこできたのに……あ、何なら今からでも一緒に……」
「……レイヴン、胸の………」
思わず疑問を口に出してしまったに、レイヴンは「やっぱり見られてたか……」とばつが悪そうに呟いて左胸を押さえた。
「胸にあるのって……魔導器〈ブラスティア〉…?」
タオルの間から見えた金属質のもの……
真ん中にあった赤い宝石のようなあれは、この世界に来てから目にした魔核<コア>というものだ。
しかも、肌の上に貼り付けているというより、食い込むように埋まって見えた気がする。
その左胸の辺りから視線を外せないにため息をついて、レイヴンは諦めたように視線を落とした。
「自前のは、十年前の戦争で失くしてね……今はコイツが代わりってわけ」
「十年前……人魔戦争……?」
テムザで少しだけ聞いた人間と始祖の隷長との戦いだ。
あの時レイヴンも参加していたとは聞いたけれど、戦争の英雄であるシュヴァーンなら最前線に居たということだろうか。
何があってそうなったのか気にはなるし、聞きたくないと言えば嘘になるが、とにかくが今聞きたいのは一つだった。
「えっと……それって、大丈夫なの?」
「え?」
「心臓を人工のもので代用するって、私の世界にも似たような技術はあったけど、魔導機はエアルを取り込んで力に変換する技術で……それでエアルは普通は人体には有害なんだよね……えっとだから……」
どうにも上手く言えなくて、は頭を抱えた。
専門知識も無い上にこちらの常識にも疎いと来ればどうしようもない。
「何て言うか、そういうすごいものって今まで見たり聞いたりしたこと無かったからビックリしたっていうか……」
こっちの技術ってすごいっていうか……と尻すぼみに言葉を濁せば、レイヴンは目を瞠ってやがて吹き出した。
「ふ…はは。そうか……ちゃんからすればそうなのね。残念ながら俺も他に見たことは無いな」
「え? じゃあ……そんな世界に一個的なもの作れるのって……」
――「君と似たような男を知っている」
――「君と同じ、一度死んだ人間だ」
はた、との脳裏に浮かんだのは、拾って面倒見てくれた恩人様で……あの時言っていたのがレイヴンの……シュヴァーンのことだったのだと唐突に悟った。
そして彼ならやりそうなこととレイヴンがここにいる理由が瞬間的に結びつく。
「"だから"…なの?」
「………」
「だから……それを作ったのがアレクさんだから……私も言われた…『生死を握られている癖に逆らうのか』って……」
ユーリたちに正体を隠して……恐らく間諜のような役割で凜々の明星の旅に加わっているレイヴン。
だが、本当に楽しそうにしている場面も何度も見ているし、好き好んで騙そうとしている訳ではないと分かってはいたが、つまりは、そういうことなのか。
がしがしと頭を掻いたレイヴンは、大きなため息をついた。
「君に……ちゃんにまでそんなこと言っただなんて、ホントどうしようもない人よね、大将は」
その言葉は、ほぼ肯定と取って良いものだった。
は、頭で何かを考えるまでもなく、自然にこう口にしていた。
「………レイヴン、一生のお願い」
そう、今度こそ、本当にそれが必要だと思った。
「――アレクさんに、会わせて」
121105
心臓魔導器はもっとシリアスな戦闘シーンでバラすつもりでしたが、この先の流れを考えて急遽ラブハプニングにしてみました(笑)
次回はレイヴン視点であの方に会いにいきます!
CLAP