「シュヴァーンさん…?」
夜のオアシスで――
フェローとの一件の後、そう呼び掛けて動揺を見せたレイヴンを、も呆然と見つめ返した。
手を振り払われて、差し出された手さえ迷うように止められて……
悲しくなかったと言えば嘘になる。
困った時に当たり前のように差し伸べられる手――それはこの世界でたった一人異邦人であるにとっては、とても貴重で、嬉しいものだと……以前に思ったことを思い出した。
にとって大きな意味のあったその手が、しかも本人も苦しげに瞳を揺らしながら中途半端に止められている……それを前にして、は無性に腹が立った。
唇を噛んでレイヴンを睨み付けると、手を伸ばして無理やりその手をこちらから掴んだ。
びくりと震えたのにも無視をして、それを支えに起き上がる。
「……」
「私、怒ってるの」
「……黙っていたのは……」
視線を下げて言おうとした言葉をその手を強く握ることで遮った。
「私、ずっとシュヴァーンさんに会いたかったの」
前髪で隠れがちな瞳を見つめて、逃げようとする視線をもう一方の手も重ねることで引き止める。
「あの時はいっぱいいっぱいで言えなかったから、ずっときちんとお礼が言いたかった―――助けてくれて、ありがとう」
言葉も無いまま目を瞠る彼に苦笑する。
「結局、その後もレイヴンには山ほど助けて貰ってるから、今更かもしれないけど。でも、貴方が命の恩人なことは確かだから、ちゃんとお礼を言いたかったの」
最初から知っていたらもっと早くお礼言えたのに、とわざと明るく言えば、思い切り顔を顰められた。
「礼なんてっ……! 俺は…君に恨まれても仕方ない。隠していたのも……」
「でも、隠さなきゃならなかったんでしょ?」
「それは……」
「……心配しなくても、ユーリたちに言ったりしないよ」
帝国騎士団の隊長主席であるシュヴァーンとギルドユニオン幹部のレイヴンが同一人物で……敵対する勢力それぞれの重鎮というだけでも複雑だ。その上、レイヴンは帝国の皇帝候補エステルの監視もしていた。
そして、そんな人物に易々と無茶な頼みごとをしてしまえる"アレク"という存在……
少し考えるだに、隠している理由はろくなことではないと分かる。
しかしそれでも、はレイヴンにこんな辛そうな顔をさせるのは嫌だった。
「――"隠したいことを無理やり聞き出して暴露するような、そんな子どもだと思われてるなら心外"よ」
以前レイヴンに言って貰ったことをお返しとばかりに言えば、静かな瞳がまるで責めるようにを見た。
「黙認すると言うのか?」
「そう……黙認。まさに見て見ぬふりね」
「例えば、そうすることによって君たちに害が及ぶとしたら?」
「……アレクさんね」
確信を持って言えば、レイヴンもこの期に及んで否定などせず、沈黙だけが返った。
は、今まで自分なりに考えていたことをつらつらと口にした。
「アレクさんは本当はアレクセイっていう名前で。帝国の貴族っていうのは本当かもしれないけど、実は騎士団の団長さんで……つまり、シュヴァーンさんにとっても上司だよね。何か目的があって、その為なのかひどいことも結構やってて……私を拾ってくれたけど、それだって善意なんかじゃないのは分かってる。本当の事も少ししかなくて無くて、自分の正体を隠したままエアルクレーネでの"調査"ってことで、何かをさせようとしてた。そのアレクさんに紹介されたのがレイヴンで………おかしいと思わない訳無いでしょう? レイヴンが多分あちら側の人だっていうのは、薄々気付いてた。害が及ぶとか今さらだよ」
そう、本当に今更なのだ。
はアレクのことだって最初から善人だなんて思っていない。
道具と言い切って求められた仕事が、世の為人の為になるとも思っていない。
「何故だ……それなのに何故、あの人の為に危険まで冒そうとする?」
「……強いて言うなら、自己満足かな。アレクさんや、レイヴンの為に出来ることがあるならやりたいって……そうやって恩返しして、存在意義を貰って、自分が満足したいだけ」
「恩返し…? そもそも君がこうなったのだって……!」
その続きは最後まで聞いてはいけないと本能が告げて、はレイヴンの口元を手で押さえた。
近くなった瞳を見つめて、真っ直ぐに問い掛ける。
「それでも、最初に私を助けてくれたのは誰?」
「………」
「帰るところが無い私をここまで連れて来てくれたのは?」
「………」
「レイヴンでもシュヴァーンでも、名前は何でもいい。どんな背景があったって私はあなたに感謝してるし、力になりたいと思ってる」
だって、凜々の明星がどうなってもいいと思っている訳じゃ無い。
みんな大切な仲間たちで大好きな人達だ……けれど、どちらも大切だから、は見て見ぬふりをするしかない。
例え、後からそれを後悔したとしても、全部覚悟の上で。
「レイヴンは自分のしたいようにする権利がある。私だって、ユーリたちだってそうしてる」
「……それは、極論だ」
「端的に言うとそうだけど。でも、レイヴンはひどいことをする為に素性を隠してここにいるから……だから罪悪感を持ってるんでしょう? だったら、こんなこと止めればいいんだよ」
「説得でもするつもりか?」
「まさか。だから言ってるでしょ、レイヴンは自分のしたいようにする権利があるって。レイヴンが選んでそうしてるんだから、私は何も言わない。……でも、一つだけお願いがあるの」
真面目に言って、トンと自分の胸を叩いた。
「ここに、何にも事情は知らないけど二人の人が同一人物だっていうことだけ知ってる人間がいる。――ナントカと鋏は使いようって言うでしょ?」
「ナントカ?」
「あ、ここには無いのか。――とにかく、上手く使って欲しいってこと」
「……何が言いたい?」
「どっちが素に近いのか分かんないけど……ずっと気を張り詰めて"レイヴン"や"シュヴァーン"やってて疲れないのかなって。だから、せめて便利な私の前では喋り方とか髪型とか戦闘スタイルとか……いろいろ気にせず、普通にしてくれたら嬉しいなと思って」
「……俺の正体を知ってもまだ、力になりたい、と?」
「だから、それは関係無いんだって。それに、貧乏暇無しって言うくらいだからね。私にとっては忙しいくらいが丁度いいの! …どう? お買い得な便利アイテムでしょ?」
自分でアイテムなどと言ってて悲しくなるが、レイヴンの固かった表情がようやく少しふっと崩れた。
「……全く。敵わないな、君には」
「"君"? そっちが素?」
聞くとパチパチと目を瞬いて、ふわりとが安心する笑顔を見せた。
「ちゃんには、一生敵う気しないわ」
にっこり笑ってくれたレイヴンに胸が熱くなり、は自分がずっとこの笑顔に会いたかったのだと自覚した。
その為に、こんなに必死だったのだと。
その夜は二人してそっと船に戻り、体調はそう簡単に回復しなかったけれど、何でも無い素振りで仲間たちと朝を迎えた。
ジュディスにだけはフェローとの"話し合い"に一先ず片が付いたことを話し、バウルもなるべくエアルが豊富な地域を選んで飛んでくれたので、思ったよりも早く回復できた。
その後に訪れたアスピオでは、目的だったクリティア族の隠れ里ミョルゾへの案内人トートにも無事に会えて道行きも見え、凜々の明星のギルドとしてのけじめもカロルがボスらしくきちんと付けて、も臨時メンバーにも関わらず仲間に入れて貰って嬉しかったが、その分いろいろと隠し事をしている罪悪感は深まった。
そうして次に訪れたミョルゾへの鍵があるというレナンスラ岩壁で、思いがけないものに遭遇した。
「彼岸花……」
赤い花の咲く岸辺だとは聞いていたが、は一目見た瞬間息を飲んだ。
思わず呟くほどに、それは日本で見た花に似ていた。
墓地に咲いているようなイメージのあるそれが一面に咲いている様はとても綺麗で……少し怖い印象を受ける。
故郷の思い込みでしかないと思っていたその感覚は、しかし入口の岩を破壊して中に入ると現実味を帯びた。
「これってまさか……お…墓……!?」
カロルの驚き通り、それは洞窟内の空間を満たすほどの夥しい数の墓碑だった。一つ一つは岩を置いただけの簡素なものだったが、意図は明白だ。真ん中の一際大きな岩の傍らにはパティが被っているようなキャプテンハットがかけられていた。
はその空間に入った瞬間、反射的に口元を押さえて後ずさった。
その光景に圧倒されたというのもあるが、それだけではない。
そこに充満する覚えのある感覚……死の臭いといった漠然としたものかと考えたが、違う……エアルだ。覚えのあるおぞましいエアル。
最初に目覚めた森に充満していたものと酷似した感覚――
「……ィ…ファ……」
「パティ……?」
突然、隣に居たパティが小さく何か呟き、ははっとして見遣ったが、悪くなっているだろう自分の顔色よりももっと青ざめたパティが顔を強張らせていた。
「――ブラックホープ号事件の被害者、ここに眠る…。……その死を悼み、その死者をここに葬るものなり」
エステルが読み上げた碑文に、パティがふらふらと近づいて大きな墓碑の前で膝から崩れ落ちた。
ブラックホープ号とは、ギルド海精の牙<セイレーンの牙>の首領アイフリードが護衛の仕事を引き受けながら、乗客乗務員を皆殺しにして積荷を奪ったとされる惨劇の船だ。
アイフリードの孫として蔑まれながらも祖父の潔白も信じたいだろうパティにとって、ここで実際にその被害者の墓の群れに遭遇するのは思ってもみなかった衝撃に違いない。
みんなそう納得して、しばらく一人にしておこうということになったが、は離れる直前に聞いてしまった。
「アレクセイ……!」
とても小さな……けれど、憎悪の込められた呟きだった。
それは到底まだ幼い少女が発するような感情ではなく……記憶を失くして祖父が残した宝を探しているパティには違和感のあるものだった。
はレイヴンに頼んで同行してもらい、一行から離れて一旦外に出た。
岸に咲いている彼岸花に似た花を持てるだけ摘んで、再びパティと付き添いのラピードの元に戻る。
「お邪魔してごめんね。お供えのお花くらいあった方がいいかと思って」
「……ありがとうなのじゃ」
花束をパティに差し出すと、パティは緩慢な動作でそれを受け取り、墓の前に置いた。
さっきの言葉の意味を本人に聞いてみたいとも思ったが、冷たい墓石を見つめる瞳が複雑に揺らいでいて痛々しいほどで……もそっと傍を離れた。
「……レイヴン、ブラックホープ号とアレクさんって関係あるの?」
洞窟の中ほどまで戻ってきて振り向かないまま尋ねれば、一呼吸後に答えが返った。
「いや……俺は知らない」
「そっか……さっきのあの場所、私が最初に居た森と同じような嫌なエアルを感じたんだ」
正直に話すとレイヴンが息を飲んだ気配を感じ、振り向くと厳しい表情で顔を俯けていた。
「レイヴ……」
「――それじゃ、ちゃんはここに居ない方が良いわね」
すぐに"レイヴン"の仮面を被って背中を押してきた彼にも、それ以上は何も聞けなかった。
「ユーリたちも連れてすぐに戻るから、ここで待っててちょーだい」
そう言って、をひとりきりで一面の彼岸花畑の只中に残して行ってしまった後姿を少し恨みがましい目で見送る。
こんな時にこんな場所に一人は怖かったが、それを素直に口に出せるほど、も可愛げのある性格では無い。
冷たい風が、谷のようになっている岸に吹き込み、一面の赤い花を揺らした。
毒々しいまでの赤が、ひどく心許ない寂しさを増長させる。
「アレクさんと、ブラックホープ号事件……」
先ほどのレイヴンの反応だと、その関係を知らないというのは本当だろうが、何か心当たりはありそうだった。
久しぶりに鮮明に思い出してしまったあの地獄の光景をふるふる頭を振ることで追いやって、は一人きりから逃れる為に、足早に日光浴していたバウルの元へと避難したのだった。
121028
次回はゲーム中には無い流れでザーフィアス。
ここからいろいろスピーディーに進めていきたい正念場なので、頑張ります!