20.sguardo - 片鱗 -

 カドスの喉笛を通って、ノードポリカへと戻る道すがら。
 今度は往路のようにラーギィに化けたイエガーを追っている訳では無かったが、どういう訳か騎士団が封鎖しているのを強行突破している最中なので、相変わらずのんびりした道行きではない。
 行きは倒れてしまって散々だったし、きっとこことの相性は悪いのだとため息をついたに、背後から呑気な声がかかる。

「どったの、ちゃん? お腹空いた?」
「……さぁねー? まぁ、レイヴンの場合は期待と妄想で胸いっぱいなんだろうけど?」
「ド…ドキーン! な…何のことだか、おおおっさん、全然分かんないわー! ……ちょーっと、パティちゃん。ちょっと、ちょーっといいかな?」

 封鎖されていたカドスの入口で珍しく率先して動いたレイヴンと、それを唆したらしいパティ。
 パティとは短い間でもすっかり意気投合して仲良くなっていたので、何を餌に釣ったのかを聞けば、「ジュディ姐のスリーサイズ」などという馬鹿げた答えが返ってきて心底呆れた。
 わざわざそれを嫌みにして言うも大人げないのかもしれないが、それに焦ってパティに詰め寄るレイヴンの方がよほど子どもじみている。

 しかも昨晩、お祭り騒ぎの終わったマンタイクで外に出てしばらく待っていたの元にレイヴンが現れることはついに無く、結局カドスのエアル・クレーネの調査は行えていない。

 こちらはアレクにどんなお叱りや嫌みを言われるかと憂鬱だというのに、レイヴンだけが麗しい仲間のスリーサイズ一つでご機嫌なのかと思うと、腹も立とうというものだ。

「いやね、ちゃん、その…違うからね!」
「何が?」
「えっと、その……うーん……」

 これは困ったと顔に書いて唸っているレイヴンはどう見てもただの駄目中年で、どうして出来もしない言い訳をそんなに必死になってしようとするのかと、は呆れるを通り越して笑ってしまう。

「ま、ジュディのスリーサイズなら私も興味あるけどね」
「! でしょでしょ? 純粋に人として興味引かれるわよね!」
「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」

 助け船とも言えないの言葉に思い切りしがみついたレイヴンは、やっぱりどうしても憎めない人だなぁと苦笑した時だった。

 前方にあまりやる気の無さそうな騎士達が数人立ち塞がっているのが見えて、全員慌てて身を隠す。

「まあ、当然ここも押さえてるわな」

 またさっきみたいに何とかしてくれないかと言ったカロルに、レイヴンは真面目な騎士達にあんまり無体なことはしたくないなどと全く似合わない真っ当なことを言う。
 そんな軽口を叩いている間に、背後から追手の騎士達が駆けてきて、前方の騎士達にもたちの存在を知らせた。
 このままでは閉鎖空間で挟み撃ちにされて万事休す――

 どうする、とパーティ内に緊張が走り抜けた一瞬、隣の気配が深くため息をついた。

「……しゃーない!」

 そして決然と前方の騎士達の前に飛び出したレイヴンは、大きく息を吸い込んで一喝。

「全員、気を付け!」
「は、はっ…!」

「さっ、今の内よ」

 正直、何が起こったのか分からなかった。
 ただ、直立不動で動きを止めた騎士達の横を、レイヴンに促されるまま全員駆け抜ける。

 何、今の……
 呆然として走りながら振り返れば、固まっていたオレンジ色の隊服の騎士達が、後ろから追ってきた青服の騎士たちに何やら怒られている所だった。
 おめおめと取り逃がしたとか何とか言われているのかと思うと少し可哀想だ。しかも、レイヴンが何かをしたのは確かなのだから。

「……レイヴンって、あんな魔術も使えたの?」
「あははー、まぁ使えなくは無いんだけどね」

 あんな、相手の動きを止める魔術なんて、魔術理論の基礎しか知らないにとっては未知の分野である。

 笑って誤魔化したレイヴンの後ろ姿を慌てて追いかけながら、しかしは首を傾げた。
 『使えなくは無いけど』? ということは、今のは違う――そういうことだろうか。

 だとしたらレイヴンの声に強制力がある、とか? そんな馬鹿な。

 最近ずっと考えていたことだったが、アレクとレイヴン……思えば、何ともミスマッチな組み合わせだ。
 帝国の貴族で城にも出入りしていて騎士団隊長の友人がいる天才科学者――そんなアレクと、帝国と敵対しているギルドユニオンの幹部が知り合いだなんて。
 最初は身分を越えた友人か何かかと思っていたが、あの完璧主義のアレクと何事も面倒くさがるレイヴンとでは、全くソリも合いそうにない。

 ――「あの男が何者か、お前は知るべきだ」

 脳裏に甦るデュークの声に僅かに思案し、レイヴンが離れているのを確認してユーリに話しかけた。

「ねぇユーリ、ここに居る騎士の人達って、みんな貴族だったりする?」
「は? 何だよいきなり」
「ん、ちょっとね」

 アレクは貴族で騎士団にも繋がりがあるから、その関係でレイヴンも顔が利くのかと考えたのだが、帰ってきた答えは微妙だった。

「確かに騎士団にゃ貴族出身の奴が多いが、ここのは全員って訳じゃ無い。フレンの隊は、貴族と平民の混成部隊だって言ってたからな」
「へぇ、そういうものなんだ……ここ封鎖してるの、全部フレンの部下なの?」
「大体はな。隊服がそうだった」

 そこで初めて、は隊によって隊服の色が違うということを知った。
 そう言われればここの人達はほとんど青色だし、マンタイクに居たキュモール隊はピンクか紫っぽい色だった。
 あと見かけた色と言えば、初めてこの世界に来た時に保護して貰った隊の赤色と、それから恩人であるシュヴァーンは確かオレンジ色だった。

「……あれ?」
「今度は何だ?」
「さっき見張りしてた人たちのオレンジ色って……」

 の言葉尻を浚うように、ああとユーリは頷いた。

「あいつらは、いっつも邪魔してくれる腐れ縁でな。シュヴァーンって奴の隊だ」
「! そ…そうなんだ。いきなりごめんね、ありがとう」

 騎士団とレイヴン、レイヴンとシュヴァーン隊……

「――まさかね」

 ギルドユニオンの幹部と騎士団の隊長が直接関係しているなんて、馬鹿げた考えだ。
 常識的にそう結論付けて、はその話はそれで一旦蓋をしてしまった。






「しっかし、お仕事熱心よねー、ちゃんって」

 カドスの喉笛を何とか無事に通過した後、ノードポリカまではまだ大分距離もあったので、街道から少し外れた場所で一行は野宿をすることになった。
 これ幸いと皆が寝静まった後に見張りのレイヴンを連れ出し、代わりにラピードに見張りを頼んでは急いでカドスに取って返した。

 勿論、降って沸いたチャンスに、素通りしてきたエアル・クレーネでエアルの採取をするためである。

「そりゃ、レイヴンとは違って、真面目な優等生ですから?」
「あらら、ずいぶん険のあるお言葉」

 夜の闇に紛れて何とか見張りの目をかいくぐり、二回目の採取は滞りなく完了した。
 首元の魔導器を外してあのエアルの渦のようなモノに呑み込まれる感覚には一向に慣れないが、ある程度制御するコツは掴んだような気がする。
 無事に洞窟の外まで戻って来れたので、ようやく息を殺していた緊張感からも解放されたところである。
 ほっとして気が緩んでいたせいか、はつい愚痴っぽい台詞を吐いてしまった。

「だって、昨日の夜は来てくれなかったでしょ――ナンパで疲れ果ててぐっすりだったもんね」
「えぇえ? いやー、えっと、そういうわけじゃなくってー……」
「じゃあ、どういうわけ?」
「……どうせフレン君とかユーリの方が若者同士で気も合うでしょ?」

 拗ねたような声音と言葉に驚いて目を瞠ると、レイヴンの顔にはしまったと書いてあった。

「いやほら……女の子のお誘い断るわけにも行かないし、行くことには行ったんだけどね。……何かフレン君と二人で楽しげだったから」

 見ていたのかという単純な驚きと、ならばなぜという疑問が頭をもたげる。

「来てくれたんなら、声掛けてくれたら良かったのに」

 別にずっと真剣な話をしていた訳では無いし、そんなに長い時間でも無かったはずだ。
 しかしレイヴンは、いや……と言いかけて思い直したのか、笑顔を浮かべて頷いた。

「……そうね。おっさんも若人の会話に混ぜて貰えば良かったわ」
「あ! もしかしてフレンが騎士団の隊長さんになっちゃったから、ユニオンの人間としてはあんまり会いたくないとか、そういうこと?」
「うー、そういうことでもあるような……無いような……?」
「うん…?」
「まあ、おっさんにもいろいろあるわけですよ。そりよりも、何喋ってたの? そう言えば……何か、やたらとシュヴァーンがどうとかって聞こえたんだけど」
「それがね、笑っちゃうんだよ。フレンったら結構シリアスなことで悩んでいたみたいなのに、シュヴァーンさんが私の命の恩人だって知って、異様なテンションで根掘り葉掘り聞こうとするは、『隊長主席』様の武勇伝を語ろうとするはで」
「そ…そうなの」

 笑顔が引き攣ったレイヴンに、そうなの!と返して、騎士団の話はレイヴンにはおもしろくなかったかと話題を変える。
 代わりにギルドの掟のこと、ユニオンの成り立ちのこと、天を射る矢<アルトスク>のメンバーについての話を取り留めもなくして、ドンやハリーの昔のエピソードを聞いて笑って……そうこうしている内に野宿場所の焚き火が見えてきた。

「ふいー、ようやく帰って来れたわね。ちゃんも夜通しで疲れたでしょ。体の方は大丈夫?」
「うん、平気。それに、これだけが私の仕事だもん。ちゃんとこなさないとね」

 ガッツポーズを取ってアピールしてみたが、レイヴンは逆に眉を顰めた。

「頑張るのはいいけど、無茶だけはホントに止めてよね。俺様の繊細な心臓のことも考えて貰わなきゃ」
「あはは、うん、ありがとう。でも、この前のケーブ・モックの採取分はアレクさんも喜んでくれてたみたいだから」
「……そう」
「疲れてる所に付き合わせちゃってごめんね。見張りくらい私だって出来るから、レイヴンはもう休んで?」

 野宿場所からはまだ会話が聞こえない程度の距離で立ち止まってそう言ったに、レイヴンは予想通り目を丸くしてとんでもない!と手を振った。

「何言ってんの。強行軍で疲れてるのはちゃんも同じでしょ。さっ、早く帰って寝なきゃ」

 有無を言わさずそう言って戻ろうとするレイヴンの羽織の裾を、はとっさに捕まえて止めた。
 ちゃんと説明しなければ納得してくれそうもない――そう諦めて、おずおずと口を開く。

「……眠れないの」
「え……?」
「段々眠りが浅くなってるのは分かってたんだけど、ケーブ・モックで最初にエアル採取した頃からひどくなってね。特にエアルを大量に取り込んだ後なんかは……体が睡眠を欲しないみたい」

 今日もエアル・クレーネで満タンにエアルを吸収してきたのだ――こうしている今も、夜通し歩いていたというのに疲れはほとんどなく、目も冴えている。まず間違い無く、夜明けまでのほんの僅かな時間でも眠れない。
 予めアレクから聞いていた可能性通りになっているのだから今更混乱はしないが、ますます人間離れしていくようで憂鬱なのは確かだった。

 レイヴンがどんな顔をしているのか顔を上げられなくて、そんな空気を誤魔化すように苦笑する。

「今日みたいな時は見張りで役立てるからいいけど、長い夜に眠れないのはなかなか困るよね」

 ……これから何度、こういう夜を独りで越えなければならないのだろうか。
 感傷的なことを考えてしまうのは、やはり独りの孤独さを思い知った途端である。
 普段は賑やかな仲間たちのおかげで考えるような暇もないというのに。
 聞いた話では、徐々に睡眠だけでなく、食事も必要としなくなるかもしれないと言っていたが、太らなくていいとか言う以前に料理やお酒に楽しみを見いだせない人生なんてちょっと想像もできない。

「だから見張りは任せて……」
「そっかそっかー、んじゃ俺様とお話してましょ」

 冗談めかして俯いたまま笑った刹那、頭に手を置かれて撫でながら言われた言葉に、は反射的に顔を上げた。
 視線の先の翡翠色の瞳が優しい笑みを讃えていて、鼓動が一つ音を立てる。
 何やら熱い頬を誤魔化さなければと、は狼狽えた。

「だ…駄目だよ。私と違ってレイヴンは普通の体なんだから! 付き合ったりなんてしないでちゃんと寝ないと!」
「およよ、俺様こう見えても結構体力あるのよー? それに……」

 瞬間、ふっと翡翠に指した影に、は息を呑んだ。

「俺の体も"普通"じゃないからね」

 ――お前もあの男と同じ死人だ。己の意思が希薄で、魂はこの場を生きてはいない。体だけが生きている虚ろな存在。

 ヨームゲンで言われたデュークの言葉が甦ってきて、は暗く淀んだ瞳を見つめたまま絶句する。
 その影は一瞬で消えてしまって、その場にいそいそともう一つ焚き火を作り出したレイヴンはもういつも通りの明るい口調で。

 ワンコに離れて見張ってるからお役目御免って言ってくるわねー!
 そう言って離れていく後ろ姿を、は何とも表現できない入り組んだ感情を持て余したまま見送ったのだった。







110615
20話でようやくカドス! という事実にガクブルする今日この頃です。
早くあそこまで!せめてここまで!とか気ばかり焦ります(笑)
次回はベリウス周辺をザックリおおまかに!

CLAP