「用向きは書状だけではあるまい。のう、満月の子よ。そして……」
そうして向けられたベリウスの瞳は、長い年月を生きてきたというだけあってとても深く、そして澄み渡っていた。
思わず息を呑んだだったが、視線が交わったのはほんの一瞬。
すぐに逸らされたそれに気付いたのは本人だけだったかもしれない。
以前デュークに、エステルとはフェローに会わない方が良いと言われた。
始祖の隷長<エンテレケイア>はエアルを乱す存在を嫌うと。だから会えば殺そうとするだろうと。
けれど、同じ始祖の隷長であるベリウスは、その命の最期にエステルに向けてこう言った。
―― 己の運命を確かめたいのであれば、フェローに会え。
海風によって多少は流されているものの、基本的にエンジンである駆動魔導器<セロスブラスティア>を失ったフィエルティア号は、自力走行の術を失った。
故障して交換されていた駆動魔導器が残っていたのは幸いで、リタが休むことなく調整に尽力しているが、中々難航しているようでまだ目処は立ちそうにない。
暗い夜の海を当ても無く漂流する船……それはまさしく、乗船している面々の心情を映しているような状況だった。
「――言い訳しない所が、ユーリだよね」
「……聞いてたのか」
「ごめん、聞こえちゃった。ついでに、レイヴンと話してたのもね」
カロルとの会話を終えて歩いてきたユーリに声を掛けると、彼は珍しく疲れた様子でひらひらと手を振った。
やはり、流石のユーリでも一度にいろんなことがありすぎて結構参っているようだ。
尤も、それはだって同じことだが。
ようやくノードポリカに戻って来られたのは丁度目標にしていた新月の日で、カドスの封鎖が嘘のように騎士の姿も少なかったから、きっと何かあるのだろうとは思っていた。
夜を待ってようやく会いに行ったドンの盟友ベリウスは、人ではなく人語を話す大きな魔物――始祖の隷長<エンテレケイア>という種族で、何千年も前からこのノードポリカを統治してきたと聞いて驚いた。
そうして、エステルの次に視線を向けられて、デュークの言っていた言葉の意味を少しだけ理解する。
しかし、理解した端から次々と新たな疑問が沸いてきて混乱した。
結果として、その疑問はより深まっただけだった。
それというのも、満月の子についていざこれから話を聞くというタイミングで、魔狩りの剣というギルドが空気も読まずに乱入してきたからだ。
ベリウスの頼みで闘技場の戦士の殿堂<パレストラーレ>を援護しに向かったものの、そこにはなぜか魔狩りの剣と一緒に天を射る矢<アルトスク>のハリーまで居て、怪我を負ったベリウスを助けるためにエステルが治癒の力を使ったことが原因でベリウスは暴走し……最期はたちが応戦して。
ベリウスは、そうして命を落とした。
彼女から話を聞く機会は永遠に失われてしまった。
フェローに会いに行けというデュークの忠告と矛盾する言葉だけを残して。
「お前は、大丈夫か?」
聞かれて、はユーリを見上げた。
そのユーリの方がよっぽどらしくない顔をしていて、思わず笑ってしまう。
「そんな顔してる子に言われたくないな、ユーリ君。お姉さんに吐き出してみる?」
「は?」
「何よ」
「お姉さんって誰が?」
ぴくりと眉を上げて、次いでは笑ってしまった。
「何、ユーリも私のこと年下だと思ってたの? フレンと全く同じ反応だよ」
「フレンと?」
ベリウスが死んでしまい、その後には大きな魔核<コア>のような宝石が残された。
どうやらそれがドンも探していた聖核<アパティア>と呼ばれるモノらしく、始祖の隷長の死と引き替えに得られるものなのだと知る。
その聖核・蒼穹の水玉<キュアノシエル>をドンへと託して死骸も残さずに消えてしまったベリウスの代わりのように、今度は騎士団が突入してきた。
このままでは捕まってしまうと、海路を逃げることにして港まで駆けた一行の前に立ちはだかったのは、この街の騎士団を指揮しているフレン。
ユーリはフレンに対して真剣に怒っていた。
――「お前、何やってんだ? 何でも力で押さえつけるなんて、俺たちが嫌ってた帝国と何も変わらない!」
「ノードポリカが解放された夜にね、ユーリを追いかけてきたフレンに会って、ちょっと話したんだ」
「…………」
「年上だって言ったらビックリしてたけど、ちょっと相談してくれてね。『友達が間違った道を進もうとしてたらどうする?』て聞くから、『私なら自分の好きなようにやる』って答えた。だからフレンもそうしたらいいよって。それで私たちの敵になったとしても、自分の信じた道を貫けばいいと思うって」
「……」
「だからね、フレンを唆した責任は私にもあるんだから、あんまり思い詰めないでね。今は違う道を進んだって、この先もそうとは限らないんだから」
静かにそんな言葉を紡げば、真剣な表情で聞いていたユーリは、ふっと表情を緩めた。
「やっぱ、仮にも年上だけはあんのな」
「見直した?」
「ああ。思ってたよりずっとイイ女で、惚れそうだ」
「私に惚れると火傷しちゃうよ」
なんだそりゃ、と言ったユーリと笑い合ったが、笑いを収めたユーリは静かに問うた。
「お前も、人殺し以外に方法があったかもしれないのに、って思うか?」
「……どうかな」
「前に、曲がったことが嫌いだって言ってたろ?」
「ああ……曲がったことって言うか、私は筋の通らないことが嫌いなの」
だから、と寂しい気持ちを抑え込んで、無理矢理にでも笑って見せる。
「ユーリのやったことも、ジュディのことも、それぞれの信念の為に……決めた道の為に必要だったんだから、私はそれでいいと思う。……本当は、ユーリに人殺しなんてしてほしくないし、ジュディにもあんな別れ方せずに一緒に居て貰いたかったけど」
フレンたちをかわして乗り込んだ久しぶりのフィエルティア号は、流石カウフマンの仕事だけあって、新品の高性能駆動魔導器が搭載されていた。
既に乗り込んでいたレイヴンとハリーも乗せて、騎士団を振り切る為にパティが急いで発進させる。
しかし、新しい駆動魔導器がその威力を発揮して大分距離を稼いだ頃、突然ジュディスがその魔導器を攻撃して壊した。
そして、『友達』だと言っていた『バウル』という竜に乗って、あっという間に飛び去ってしまった。
――「これが私の道だから」
その言葉だけを残して。
一度にいろいろなことが起こりすぎて、その全てを一遍に呑み込もうとしても到底無理で。
も、頭では分かっていても、感情では納得出来ないものがある。
「……は、自分に正直だな」
「不器用で考え無しなだけだよ。結局、なるようになるって行き当たりばったりだから」
「はは、俺もそっちの方が性に合ってる」
少しだけ陰りのない笑みを見られて安心したは、そっと目を閉じて言った。
「フレンともジュディとも仲直りできるといいね。……みんな、仲良く出来たらいいね」
始祖の隷長と満月の子も、ギルドと帝国も……勿論、天を射る矢と騎士の殿堂も。
「…………ああ」
そんなことは甘い夢物語だ。
分かっていながらも言わずにいられなかったに、ユーリも静かに頷いた。
ようやく交換前の駆動魔導器が直り、トルビキア大陸南岸に着陸して陸路でダングレストを目指しながらも、やはり全員の足は重かった。
カロルは凜々の明星結成以来初めての大きな壁にぶち当たって沈み込み、リタもジュディスの正体に苛立ちを募らせ、ユーリもフレンやギルドのことで悩んでいる。
エステルは、ベリウスの死の責任を重く受け止めていて、フェローに会うべきかどうか、満月の子の持つ意味にも悩んでいるようだった。
そして、レイヴンは……
は、いつもとは違い一行の先頭をハリーと肩を並んで進んでいるレイヴンの背中を見つめながら、ぼんやりと考えた。
ギルド……ユニオン……元々この世界の人間でないには、これらの成り立ちや運営について、話に聞いたことしか知らないけれど。
それでも、少し囓った程度でも、ギルド同士の鉄の掟といったものは知っている。
血には血を――それがギルドの掟だ。
天を射る矢の首領の孫息子が原因で、騎士の殿堂の統領が命を落とした。
それはどう転んでも変わりようのない事実だった。
――「お互いギルドだもんなぁ……」
漂流していたフィエルティア号でユーリと話し終わったレイヴンが呟いた独り言だ。
その言葉があまりにもやるせない響きに満ちていて、は声を掛けることも出来ず……そして今もまだ何も言えずにいる。
ドンは、ギルドの掟を何よりも重んじる人だ。
そのドンなら、この顛末を聞けばきっと……
はそう遠くない未来に訪れる暗雲に、静かに目を閉じた。
実の親と子のような微笑ましいドンとレイヴンの姿が今も目蓋の裏に張り付いている。
本音を言えば、も他のみんなと同じようにいろいろと悩んでいた。
エステルが『満月の子』のことで悩むように、それに似たような存在と言われているも、同じようなことで悩まない訳はない。
けれど、アレクに口止めされている以上、今ここにそれを相談できる存在は、レイヴンしかいない。
「……………」
前を行く紫色の背中に声を掛けかけてやっぱり止めて……
そんなことを何度か繰り返して、ため息をついた。
ドンの一大事であるこんな時に、のことで煩わせることなど出来はしない。
頼ってくれと言われた手前はあったものの、だからは、また言葉を呑み込む。
それでも心は、嵐の前の静けさのように……暗闇の中を静かに凪いでいた。
110710
足早にベリウス周辺でした。
次回、気合い入れてドンのイベントを…!
CLAP