ノードポリカと違い、砂漠では貴重であろう花火が次々と打ち上がる。
それに合わせて人で溢れた通りから賑やかな歓声が上がり、あちこちで祝杯がかわされ、陽気な踊りの輪が広がっていった。
祭というのは良い。
しかも今回は、街の人たちが心から喜ぶお祝いの宴なのだから、活気も最高潮である。
あまり柄の良くない騎士たちが監視していた例の砂漠の入口の街――マンタイク。
執政官を兼ねたキュモールという騎士団の隊長が街を追われ、騎士団の暴政から解放された街は元の平穏を取り戻した。
しかも成し遂げたのが、隊長に昇格したあのフレンの隊だというのだから、キラキラ王子は伊達じゃない。
キュモールの腐り具合は街に戻って来た途端に十分見せつけられていたが、騎士団の隊長に立場的に手出しも出来ず今は見過ごすしかないと悔しい思いをしていたたちにしても寝耳に水――そしてこの上も無い朗報だった。
「リタ、ダンスうまかったよねー」
「うむ! うちの次くらいには中々だったのじゃ!」
「うううるさいわねっ! そういうアンタたちだって、子供みたいに踊ってたじゃない」
「だって、折角なんだから楽しまなきゃ損だもん」
再会して意気投合したパティと二人、最後まで一通り踊りの輪に加わってから宿屋に戻ったは、ぐるりと部屋を見回してレイヴンが床に沈んでいるのを発見した。
更に、いつか砂漠行きを心配して止めてくれた宿に取ったこの大部屋に、メンバーが一人足りない。
「あれ? レイヴンはもう寝ちゃったの? それにユーリは?」
「強行軍の後のお祭りでしたから、きっと疲れちゃったんですね。ユーリは、フレンに会いに行くってさっき……」
「あらら、ユーリとは行き違いかー。それにしてもレイヴン……ついさっきまでめちゃめちゃ元気じゃなかった?」
つい半眼になってそう呟けば、ふんとリタも同意した。
「その辺でナンパしまくってたらそりゃ疲れるでしょー。正直、こんなのと連れと思われたくはないわよねー」
「あら、手厳しいのね。でも、もうおじさまだって良い大人なんですもの。こんな日くらい別にいいんじゃないかしら」
ね、とジュディスに振られて反射的に頷いたが、ちくりと小さく胸が痛む。
レイヴンが声を掛けていたのはいずれもグラマラスな美女ばかりで……自分の容姿を考えると何だか腹が立つ。
憂さ晴らしにユーリにでも一杯付き合って貰おうかと思っていただけに、不在は痛い。
「そっか、ユーリいないんだ……」
声に出して呟けば何だか一層寂しい気がして、はぶんぶんと首を振った。
明日は早くから街を出てノードポリカに戻ることになっているのだから、もう大人しく寝るべきなのだろう。
行きと同じルートを逆に辿って、カドスの喉笛を通って……
そこまで考えてあることに気付いたは、しまった!と動きを止めた。
行きのカドスの喉笛で倒れたのは、十中八九エアルクレーネが原因だろう。
つまりあそこは、アレクに命じられた立派な調査対象なのである。
明日になれば仲間達と通ることになる場所だが、誰にも見られてはならないという制限が付いている限り、通りがかりの採集はまず不可能――『落とし物をした』なんて言い訳も毎回は使えない。
――だったら一人ででも今夜中に行って帰って来るしかない。
簡単に結論は出るが、けれど本当に一人でなんて行こうものなら、前回の今回で全く反省無しとしてレイヴンに何を言われるか分かったものではない。
しかも『頼る』と約束したばかりだ。
どうしたものか……と考えていたら、不意にエステルが腰を上げた。
「私、ちょっとユーリを探してきます」
「探すって……こんな夜に一人じゃ危ないわよ」
眉を潜めて反対したリタに、エステルは苦笑した。
「大丈夫です。私もフレンには会っておきたいし……それにほら、ラピードも一緒ですから」
珍しく同行の意思を見せて立ち上がったラピードをすかさず抱き寄せようとして逃げられたエステルに、も笑って腰を上げた。
「それじゃあ私も途中まで一緒に行くよ。まだ眠くないから、ちょっと外の空気吸いたいしさ」
それこそ一人では危ないと言い出し兼ねないメンバーに大丈夫だと請け合って、はかわいい妹・弟分たちをベッドへ押しやった。
「ほら、みんなはそろそろ眠らないと。明日は早くから出発でしょ?」
「……? 何だか元気がありませんけど…」
「え? そうかな?」
「まだ体調が優れないのかしら?」
「そんなことないよ、大丈夫。……ありがとね、エステル、ジュディ」
「そうですか?」
「それなら良いのだけれど」
一番落ち着きのあるジュディスも笑顔でかわし、は小さくため息をついた。
カドスで倒れてしまった上に帰りの砂漠でもレイヴンの背負って貰った為に心配を掛けているらしいが、体調は悪い訳ではない。
このマンタイクは砂漠の入口とは言えオアシスの水も豊富で、エアルも充実している。
「も早く寝なよー。ぐっすり夢の中なレイヴン見習ってさ」
「……うん、分かってる」
カロルに答えてふと足を止め、「もしレイヴンが起きたら、街の入口辺りで散歩してるって伝えといて」と伝言を残し、はエステル・ラピードと連れ立って宿を出た。
「――それじゃあ、もなるべく早く戻ってくださいね。まだ顔色だって良くないんですから」
「はーい、エステル先生」
宿を出て最初の辻に出ると、ラピードが鼻をきかせて湖の方へと首を巡らせたので、早速エステルたちとはお別れである。
医者のようなことを言うヒーラーのお姫様に茶化して答えると、エステルも笑って納得し、はようやく一人になった。
「夜……か」
独りごちて呟き、満天の星空を見上げる。
平穏を取り戻したマンタイクの夜空は、祭りの熱気を残しつつもきれいに澄み渡っている。
この世界特有の結界も綺麗に浮かび上がっていた。
違う世界なのだなぁ…と今更なことをしみじみ思って、ゆっくりと目を閉じた。
――帝国の科学者アレク……彼と親しいらしいギルドユニオンのレイヴン、そして彼らのことを詳しく知っていそうだった謎の人デューク。
思えば、自分は本当に知らないことだらけなのだと、今更ながらに再度自覚してため息をついた。
特にレイヴンは……こうして一緒に旅をして一番近くに居る筈なのに、は彼のことをちゃんと知ろうとはしていなかった。
いつも明るくて人を食った態度で不真面目、女好き、女性には紳士的……一見分かりやすい性格に惑わされていた気もする。
そう仕向けている風ですらあるレイヴンに、果たしてどこまで踏み込んで良いのか……もう子どもでは無いからこそ、そんな風に臆病になってしまう。
「こーら! 一応年頃の女が夜遊びなんて、まーたおっさんが心配するぜ?」
「……ユーリ?」
どれくらいぼんやり空を眺めていたのか……後ろから声を掛けられたのは、宿からそう離れていない付近だった。
ユーリらしい言葉とぞんざいな足音。
エステルとラピードが迎えに行ったものの、何と無く今夜は帰って来ないかと思っていた。
「ユーリこそ。エステルもカロルたちも心配して……」
振り向きざま言葉を紡ぎかけて、はギクリと動きを止めた。
「ユーリ……?」
黒い長髪に黒衣の美人ぶりは見慣れたものなのに、思わず訊ねてしまう。
それほどに、表情が抜け落ちたような……意図的に押さえ込んでいるようなそんな顔をしていた。
「何か…あった……?」
「……いや。…俺は疲れたから寝るわ」
お前もとっとと寝ろよ。
そう言い残して足早に宿に入っていったユーリはあまりにも彼らしく無かった。
嫌な余韻だけを残して呆然と見送るは、新たな足音に気づいて振り返る。
「フレン」
「やぁ、……こんばんは」
「……こんばんは」
面と向かって顔を合わせるのは、ガスファロスト以来である。
しかし今日のキラキラ王子は、キュモールを追放するというお手柄を上げた割には表情が晴れなかった。
「ユーリは戻って来たかな?」
「うん、さっき。……あの、ユーリに何かあった?」
訊ねると僅かに目を瞠ったフレンが、小さく「どうして……」と呟いた。
「いや、えっと何となくいつものユーリらしい余裕が無かったから……。フレンも……大丈夫?」
今度こそ大きく目を見開いた騎士団の隊長殿に苦笑して、は首を傾げた。
そう言えば、ユーリもフレンもしっかりしすぎているから忘れがちだが、にとっては年下の男の子なのである。
ユーリも帝国の実態と自分たちの無力さには悩んでいるようだったが、特にフレンの場合はこの若さで騎士団の隊長……気苦労も人一倍だろう。
「あんまりね、一人で抱え込み過ぎちゃ駄目だよ。頼って貰えないと周りの方が辛い……って、私もこの前言われたばかりなんだけどね」
「だけど僕は……」
「隊長さんでも一緒だよ。フレンはフレンだもの。こんなんでも私も年上だからさ、お姉さんで聞けることなら愚痴くらいいくらでも聞くからね?」
「えっ…!?」
「え?」
何かおかしなことでも言ったか、文句でもあるのかと睨み付ければ、フレンは慌てて手を振った。
「いや、違うんだ。が年上だと思わなかったから……!」
「あら、それは褒め言葉として受け取っておくけど……一体いくつくらいに思ってたの?」
「……三つ以上は年下かと」
「………」
怒るべきか喜ぶべきか、非常に微妙なラインである。
だがまあとりあえずは外見だけは若く見えるのだと良い方にとらえ、隊長殿に指を突きつけた。
「とにかく! お姉さんですから! ……で、気になるからやっぱり聞いちゃうけど、ユーリ、本当にどうかした? 幽霊みたいな顔してたよ。らしくなさすぎてびっくりしちゃった」
幽霊みたいか……と呟いたフレンは、僅かに顔を強ばらせてもう一度に視線を戻した。
「それじゃあ、年長者として意見を聞かせてもらえるかな。……たとえば、友達が間違った道を歩もうとしてて……でも相手にとってそれは自分自身が決めた道で……君なら、ならそういう時、どうする?」
たとえば、ねぇ……そう思いながらもフレンをみれば、真剣な表情で答えを待っている。
これは茶化すわけにはいかないなとも頭をひねった。
「私なら……そうだな。自分のしたいようにするかな」
「したいように?」
「そう。そんなに人間出来てないからさ。その友達のしてることがどしても許せなかったら何としても止めるし、それでも応援してあげたい気持ちの方が勝ったら……とことん目を瞑るか、一緒に泥をかぶるくらいの勢いで加勢するかも!」
思った通りをそのまま言えば、フレンは軽く吹き出し、そして表情を消して寂しそうに笑った。
「僕はどっちつかずの半端な人間だ。一度は見逃した共犯みたいなものなのに、それでも彼のしたことを許せない」
「……フレンは違うよ」
確証も何もなく、はそうはっきり言った。
「事情は知らないけど、違うと思う。少なくともフレンは、その友達の――ユーリの気持ちも理解した上でそれでも間違ってると思うんだよね? だったら、これからもフレンなりに信じた道を行けばいいと思うんだ」
「……それがユーリと……君たちと敵対する道だったとしても?」
「だったとしても!」
はっきり断言して笑ったに、ようやくフレンも穏やかな笑みを浮かべた。
キラキラ光線に目を焼かれながらも、それを悟られないように咳払いして誤魔化す。
「ごほん! えーと…、ていうか、騎士団にはこういうこと相談できる先輩とか上司とかって居ないの?」
「居ないわけじゃないんだけどね……人魔戦争以来、今は隊長の数もずいぶん減っているから。以前ユーリと一緒に所属していた部隊も今は解散してメンバーも散り散りになっているし……」
そうか、フレンは隊長だから立場的にも相談できる相手が限られて大変なんだな……と思っていたら、フレンはそうだと声を上げた。
「尊敬している方ならいるんだけど……しかも隊長としても大先輩で、主席だから上司にも当たる」
「隊長主席? それって……」
「シュヴァーン隊長とおっしゃるんだけど、とてもお忙しい方だから、僕の相談なんて……」
「シュヴァーンさん!?」
「? はシュヴァーン隊長を知っているのかい?」
「知ってるって言うかあんまり知らないって言うか……でも、命の恩人なの」
「! それは……流石はシュヴァーン隊長だな。経緯を聞いてもいいかな」
「え? ええっと……」
何やら話がややこしいことになって来たぞと思いながら、フレンの追求を適当にかわすに、しつこく食い下がるフレン。
さっきまでとテンション違いすぎるだろう!という心のツッコミも空しく、フレンのシュヴァーン武勇伝聴取は、彼の部下が探しに来るまで続いた。
話せない経緯に頭を痛めながらも、フレンが少しでも元気になったなら良かったと思う。
フレンも、そして何やらユーリも、とても重いものを抱えて迷いながらも……それでも強く生きている。
年下の二人に出来て自分に出来ない訳は無いと、晴れ渡った夜空に視線を馳せた。
110520
レイヴン出てくる筈だった所を全てフレンに浚われました。
キラキラ王子は伊達じゃない!
次回、カドスの気を付けー!イベントです!v