「では、じゅ…準備が出来たら、う、受付で、手続きしてください」
挙動不審な人見知り――そんな風体のラーギィが凜々の明星に物騒な依頼をして背を向けた。
はその背中をじっと見つめて内心首を傾げる。
「どったの、ちゃん?」
「うー…何か、昨日からずっと、前にもどこかで会ったような気がしてるんだけど……」
「……あのラーギィと? やー、気のせいでしょー。だって、アレよ? アレは一度会ったら忘れないって」
「だよねー。うーん…記憶力には自信あるんだけどなー」
レイヴンの尤もな言葉に一応納得はしたものの、消化しきれない違和感だけが残った。
とにかく今は、『ノードポリカを乗っ取ろうとしている闘技場のチャンピオンを倒す』というラーギィからの依頼をこなさなければならない。
凜々の明星を代表してユーリ一人が出場することになり、全員闘技場への階段を上った。
「ユーリ、頼んだよ!」
「私は我慢するんですもの。負けたら承知しないわ」
「頑張ってくださいね、ユーリ!」
「おぅ! まあ、任せときな!」
控え室と観客席の分かれ道で激励するメンバーに、ユーリは不敵な笑顔でガッツポーズをしてみせる。
「……うわー、超楽しそう」
「馬鹿っぽい」
「戦闘馬鹿ってのは青年みたいなのを言うのねー」
リタとレイヴンと一緒に呆れながらも観客席に向かおうと……したのだが、不意に視界の端に映ったものに気を取られ、足を止めた。
「……リタ、先に行ってて」
「え? もう、早くしなさいよー」
用足しとでも思われたか、無事にその場を離れることに成功し、は一人で先ほど見た人影を探して闘技場内の廊下を足早に歩いた。
人混みの中をきょろきょろとあたりを見回しながら進むと、売店の裏手になった暗がりに、目的の後ろ姿を見つける。
「――思い出した。やっぱりそうだ」
呟いた視線の先には、ピンクの髪と緑の髪が特徴の二人の少女。
ダングレストで一度会ったきりだけれど、目立つ風貌なので間違いないだろう。
後ろ姿だったが、服装も記憶の中のものと一致する。
そして、彼女たちの前には……
「え!? ……あ、じゃあつまり……」
ほぼ口の中だけでの独り言は外に漏れず、思わず身を隠してしまった柱の影のには誰も気付かなかった。
やがて両者は話を終えてさっと別れる。
少女達が去っていくのを見届けて、はその面会相手の方をこっそり追った。
猫背の背中は覇気が無く、その姿だけを見ていたら自分の直感にも自信が無くなってくるが、気になるのだからしょうがない。
その人物が一番下層の観客席に続く扉の所で立ち止まったまま、闘技場のアナウンスに耳を傾けているのを確認して、は自然にその背中に歩み寄り、普通のトーンを心がけて声を掛けた。
「ゴーシュちゃんとドロワットちゃんと何を話してたんですか、イエガーさん?」
「オー、それはキャンノットスピークで……」
はっと揺れた背中がゆっくりと振り向いて「な…何ですか……?」と聞いた時には、常通りのおどおどした彼――ラーギィだったが、一瞬だったがははっきりと聞いた。
特徴的すぎるルー語は勿論のこと、声音も完全にゴーシュとドロワットの保護者的存在、イエガーに間違いない。最初に彼を見たときにどこかで会ったことがあるような気がしたのは、やはり気のせいでは無かったのだ。
「あんな可愛い女の子だけにしとくと、変なのに絡まれちゃいますよ?」
「……い…一体何のことですか……? 貴女は確か……凜々の明星の方……ですよね…?」
「そう、今はレイヴンと一緒に凜々の明星に身を寄せてるんです。イエガーさんはこんな所でそんな恰好で何を?」
「さ…さっきから、な…何ですか……? わ…私はイエガーなどという名では無く……」
「そうですか。バレバレなのにまだしらばっくれるって言うなら、レイヴンやみんなに、ラーギィさんの正体はイエガーさんだって言っちゃいますよ?」
束の間、両者の間に沈黙が落ちる。
ラーギィは……いや、イエガーは、一つため息をついた。
「全く、困ったレディですね。敵意もナッシングで近寄られては、流石のミーも油断してしまいました」
敵意……そう言えば、わざわざ依頼という形で凜々の明星に接触してきたラーギィが死の商人である海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)のボスということはつまり……
「イエガーさんって、私たちの敵なんですか? ――あ、そう言えば、レイヴンは気付いてたってことかな……」
疑問の後に独り言をぶつぶつ続けたに呆れたようにイエガーは両手を挙げ、首を横に振った。
「エネミーかどうかなど、無粋ですよ、。それより、余計なことには首を突っ込まないのがベターです。ミスターレイヴンとミーが知り合いだと知れれば、彼にとってはかなり困ったことになります」
「え、そうなんですか?」
「イエース! ……バーット、ユーがどうしてもカミングアーウトすると言うなら、ここでユーをキルするしか無くなってしまいまーす」
そう言ったイエガーの眼光が本気の色を纏ってキラリと光り、は反射的に両手を前でクロスさせた。
「や、私はまだ死にたく無いんで!」
慌てて言えば、イエガーは毒気を抜かれたように眉尻を下げる。
「言わないですよ。レイヴンの邪魔はしたくないですから」
「……ユーは……」
イエガーが何かを言いかけた瞬間、闘技場で大歓声が上がり、二人の注意が一瞬逸らされた。
ため息をついたイエガーは「おっと、お喋りはここまでデース!」と言って、ラーギィの姿のまま颯爽と身を翻す。
「……、一つアドヴァイスしておきます。ユーはこの辺で姿を眩まして、大人しく隠れ暮らした方が身の為デース」
「……それは、レイヴンやアレクさんから離れろってこと?」
「どう取るかはユー次第デスよ」
どこかの麗人のようなことを言ったイエガーは、そのまま「シーユー!」と告げて去っていった。
闘技場の歓声を聞きながら、はぼんやりとそれを見送る。
この時、イエガーの言葉を反芻して、些か暗鬱な思考に沈んでいたから気付かなかった。
更に後方から、そんなとイエガーのやり取りを見ていた視線があったことに。
「なんで!? なんでフレンさんとユーリが戦ってんの!?」
イエガーとの遭遇からようやく仲間たちのことを思い出したが慌てて観客席に足を向ければ、広い円形のステージの中央で、ユーリとフレンが真っ向から剣を交えていた。
「あ、何処行ってたのさ、! もう大変なんだから!」
「ごめん、カロル。でも、何がどうなってんの?」
「ユーリが予選勝ち抜いてファイナルがフレンで……!」
「あーつまり、闘技場のチャンピオンってのはあのフレン君だったってわけ。……こりゃあのラーギィに嵌められたわね」
カロルの言葉を補足したレイヴンに視線を向けるが、彼はじっとユーリたちの戦いを見つめていた。
そうこうしている内にも突然赤髪にメッシュを入れた危ない感じの男が乱入してきて、ユーリに敵意をむき出しにする。
加勢の為かジュディスが飛び込んだのを切欠に、他のメンバーも仕方なしに後を追った。
全員で何とかザギという危ない男を退けたが、ザギの左腕に付けた魔導器が暴走したのか、その衝撃の後に突然闘技場に魔物たちが飛び込んできて辺りは大パニックになってしまった。
「もう何が何やら……!」
「ちゃんは隠れて……るつもりは無い訳ね」
傍らのレイヴンが弓を放ちながら振り向いたが、は魔術の詠唱をしているところだった。
「きらめく焔、飛んでけ!――ファイアーボール!!」
アレクに習った中でも殺傷能力の高い炎の球は、昆虫形の魔物三匹をまとめて吹き飛ばす。
「ふぅ……何か言った? レイヴン?」
「イエ……ちゃんってば着々と戦闘慣れしてきておっさん淋しい……」
「ありがと。何より嬉しい褒め言葉だよ」
レイヴンのお荷物になりたくないにとっては、護衛である彼の手を患わせないようになるのが目標である。
そのまま全員背中合わせに固まって戦って、どれだけ戦っただろうか……全員が疲れの色を濃くしてきた頃、不意にエステルの横で詠唱していたリタの魔術が大きく暴発した。
「ちょっと……どういうこと!?」
「この箱のせい……?」
言葉を聞く限りリタ本人にも原因は分からないようだが、エステルが幽霊船で預かってきたという箱を見ながら呆然と呟く。
見ると、その箱は赤い光を発していた。
しかし全員の注意が箱に向けられたその瞬間、突如走り寄ってきた人影がエステルにぶつかって走り去る。
あっという間に見えなくなったその俊足の後ろ姿はラーギィのもので、手にはエステルから奪った箱が握られていた。
「あいつ!」
「後を追うわ」
「ワゥン!」
リタが歯噛みし、ジュディスとラピードが後を追う。
闘技場はフレンの指揮する騎士団に任せて、街の外に逃げたラーギィをギルドには直接関わりないエステルとリタも含めた全員で追うことになった。
ようやくラーギィを見つけたのは、ノードポリカから南下して、カドスの喉笛と呼ばれている洞窟に着いた直後。
しかし、海凶の爪の戦闘員であるらしい赤眼たちに遮られ、海凶の爪と遺構の門(ルーインズゲート)が繋がっていたことが発覚する。
赤眼を退け、逃げたラーギィを追って更に洞窟の奥に進む途中、偶然にパティと再会し、パティの記憶喪失のことや探し物についてなども聞き、また同行するという流れになった。
集団の一番後ろをレイヴンと共に歩きながら、は何やらこの洞窟に入った時から感じていた違和感に首を傾げる。
不思議と窮屈なような、体の奥が熱いような……しかしいくら考えても原因が分からず、気を反らせる為にもと疑問に思っていたことをレイヴン振った。
「あの箱ってそんなにすごいものが入ってたのかな?」
幽霊船にも同行していないは、あの箱自体触ることも気にすることも無かったが、ラーギィが――イエガーがわざわざ盗んで行ったことから見ても特別なことが分かる。いや、むしろこの為にラーギィとして近づいて今回のことを企てたと言ってもいいかもしれない。
海凶の爪のボスがそこまでして欲しがったものとは一体……
「さぁてねー。……でも、あんまし余計なことに首を突っ込まない方がいいって言われたでしょ?」
「!」
後半は小声で囁かれて、ははっと顔を上げた。
イエガーと二人の時に言われた言葉をどうしてレイヴンが知っているのかと目を瞠る。
「レイヴ……」
「しっ!」
の言葉を遮って足を止めたレイヴンの視線の先には、ラピードに威嚇するように吠えられて転んだラーギィが居た。
――と、その瞬間、両者の間を遮るように赤い粒子状の光が溢れ、それが何であるかを視認するよりも早くの体に異変が起こった。
「! ちゃん!?」
不意に立って居られなくなって、ガクリと膝を付く。
傍らから体を支えて顔を覗き込んできたレイヴンに、は辛うじて笑ってみせた。
「大…丈夫……ちょっと…いきなり過ぎただけ……」
「大丈夫って…………いっそ、その魔導器外した方が……」
のこの反応は、間違いなくケーブ・モックの時と同じ、エアル・クレーネに反応してのものである。
だが、あの時はこんな風になることは無かった。
確かに、逆に首の魔導器を外せばまたすごい勢いでエアルを吸収するだろうが、デュークに教えて貰ったコツがあれば何とか抑えることが出来ると思うし、吸収してしまってエアルの量が減ればこの異常も無くなるかもしれないが……
「ダメ……見られると駄目だって、アレクさんが……」
体の中で何かが膨れあがってくるような感覚が大きくなり、苦しい息の下でそれだけ言えば、レイヴンは大きく顔を顰めた。
「そんな状態でまだ大将がどうのって……!」
声を潜めた会話ではあるものの、怒っていると明らかに分かる声音に驚きはしたが、その言葉を聞きながらの意識は遠のいていく。
意識を失う間際、最後に何かの羽ばたきを聞いた気がした。
101220
2ヶ月以上ぶりの本編更新でした。
もっとザックリ飛ばしたい気持ちもあるんですが、中々外せないイベントが多くてジレンマです。
鳥っぽいビジュアルのあの人を見なくて済んで、ラッキーな夢主さんでした。