活気に溢れた掛け声と、夜空を彩る大輪の花火。
年中お祭り騒ぎと言われるだけあって、夜だというのに街自体が賑やかな活力に満ちている。
闘技場都市ノードポリカ――
貴族の娯楽として罪人同士を戦わせていたことが起源という闘技場は、現在はギルド戦士の殿堂<パレストラーレ>が統括し、一般市民の娯楽となっている。
戦士の殿堂の頭領<ドゥーチェ>、ベリウスに会うことを目的に、たちを含めた凜々の明星一行は港へと船を着けた。
ほぼ全員がこの街に来るのは初めてらしく、花火や出店など、物珍しそうに街を見回している。
そんな中、は一人、辛い時を迎えていた。
「ねぇ、本当に私たちと来ない? あなたなら大歓迎なんだけど」
「わー、もうそれ以上言わないで下さい! 私だってつらいんです!」
「あなたみたいに面白い考えの人って、早々居ないわ。言っちゃなんだけど、そっちの新しいギルドじゃ力を生かし切れないと思うの。でも私たち幸福の市場<ギルド・ド・マルシェ>なら……」
「ほんとに勘弁してください、カウフマンさん! 私はどうしても行けないんですって!」
最終的には、『ドンのお使いのお手伝い』中という言い訳でようやく諦めて去っていったカウフマンに涙ながらに手を振って、的に悲しすぎる別れを済ませる。
港に着いてカウフマンと今回の仕事の話を済ませ、遺構の門<ルーインズゲート>の首領ラーギィと遭遇したりと、いまだ港に留まっていた凜々の明星の面々は、ベリウスに会うべく歩き出しながら呆れたようにを見遣った。
「それにしても、本当にいつの間にあんなに仲良くなったんです?」
「だから、みんなが幽霊船で頑張ってた間だって。結局船が魔物に襲われることも無かったし、一人でお留守番してて暇だったから、ずっとカウフマンさんとお喋りしてたの」
仲間の総意であろうエステルの質問にも何度か繰り返した返答を返すが、それでも仲間たちは納得してくれない。
「でも、そんなに長い時間では無かった筈だけれど?」
「それに相手は、あの幸福の市場の社長<ボス>だよ!? そんな大物にあんなに勧誘されるなんて……!」
「何か隠れた才能でもあるんじゃねーの?」
「でもアンタ、字だってちゃんと読めないわよね?」
次々と好き勝手に言われても、も苦笑するしかない。
「別にそんな大層なことじゃないって。ただもの凄く話が合ったってだけ。いやー、カウフマンさんは私のリスペクトよ!」
「あの姉さんがそんなに……」
「素晴らしいよ!」
力説して即答すればユーリに肩を竦められて、呆れた面々もこれ以上は無駄と言わんばかりに歩き出す。
も最後尾につきながら、ふと一人だけ先ほどのやり取りに混ざらなかった傍らのレイヴンを見遣った。
「レイヴン? どうかした?」
「ん? ……うんにゃ、何でも。ちゃんがあっちに行っちゃわなくて良かったなーって考えてたの」
「行けるわけないじゃん。……あのアレクさんの仕事ほっぽり出して」
「確かにねー…って、それが無かったら行っちゃってたってこと!?」
「どうかなー。ものすごく面白そうだとは思うんだけどね」
喋りながらもどこか上の空なレイヴンに首を傾げたが、はわざと考えないようにして頭上の花火を見上げた。
無条件で心を浮き立たせてくれる彩りに、素直に感謝しながら。
「ベリウスに会うなら、新品の装備で格好良くしてから行きたい!」
そんなカロルの要望により、ノードポリカ到着後に真っ先に訪れたのは、武器から食材まで雑多なものを扱う商店だった。
幸福の市場の支店でもあったので、も買い物自体にはわくわくしていたのだが。
「おっ、この剣中々良さそうだな!」
「こっちのレイピアもいいですよ。でも、このロッドも捨てがたいですー」
「僕はねー僕はねー、このトゲトゲハンマーにしようかな! あ、あとグミも!」
「グミはおやつじゃないって言ってんでしょ、ガキンチョ!」
「何だよー、リタだってこの前一緒に食べたじゃんか!」
「あっ…あれはお腹が減ってたから仕方なくっ……フン、私はこれとこの本買うわ」
「ワウワウ!」
「ああ、ラピードはこの剣が気に入ったか? 見かけも強そうだな」
「ワゥン!」
「中々やるわね、わんこ! んじゃー俺様はコレかな。このシンプルさが大人の色気を引き出すのだ!」
「キモッ!」
「ちょっと、ひどいじゃないリタっち! ねぇ、ジュディスちゃん!」
「ええ、そうね。いいと思うわ。私はこの槍と服ね」
この時点で、は自分を落ち着けるのにもういっぱいいっぱいだった。
この光景は、カプワ・トリムでも見たものだ。
だが、いくら思う所があったとしても、新参な上に旅慣れない人間が口を出せる筋合いでは無い。
「えー、ジュディスばっかりズルイよ! じゃあ僕もこの帽子買っちゃおうっと!」
「おいおい、そんなにいっぺんに言うと店の奴も困るだろ」
「あっ、そうですね、ごめんなさい。それじゃあ、まとめてメモを取りますので、後で宿に届けていただけますか?」
「あら、でも全員の希望を叶えるには、少しお金が足りないのではないかしら」
「そんならつけといて貰えばいいんじゃないのー?」
折角唯一まともなことをジュディスが言ったと思った途端にレイヴンが余計なことを言って、はくらりと目眩を覚えた。
「まあ、ここでもおっさんの顔が効くならそれでもいいけど、足りない分は適当に諦めればいいじゃねーか」
「馬鹿っぽい。無い物は無いんだからしょーがないでしょ」
「えー! 僕のハンマーは絶対買うんだからね!」
「おっさんの弓もー!」
「バウバウ!」
その後も店先で延々と騒ぎ続ける一行を少し離れた所で見ていたに、空気を読んだのか読まなかったのか分からないタイミングでユーリが声を掛けた。
「ん? は何か欲しいもんとかねーのか?」
――ぶちり。
自分の中で何かが切れる音をが聞いたと思った時には、もう大きな声で一喝していた。
「全員、その場に正座なさいっ!!!!」
後に、本当に落雷したかと思ったと語り継がれるその大喝に、反射的に全員が撃たれたように青ざめて正座する。
店の人まで正座しているのに気付かなかったは、そのまま溜まり溜まっていた説教を始めた。
「トリム港では黙って見てたけど、もう我慢出来ない!! いい? お金って奴は有限なの! そんでもって、人間の欲しい物っていうのは無限なのよ。欲しい物全部を買うことは不可能なの。トリムで行き当たりばったりに買い物した結果、どうなったかしら……ユーリ?」
突然振られたユーリは、ゲッと一瞬言葉に詰まって目線をやや上にやった後首を傾げた。
「別に普通だったんじゃ……」
――ガゥン!
「そう、一番後回しにした食材もグミもまともに買えなくて、幽霊船で野たれ死にしかけたよね?」
紫煙の立ち上る銃口を顔の横に掲げてにっこりと笑ったに、座っているすぐ脇の地面に弾丸がのめり込んだユーリは、真っ青な顔でコクコクと頷いた。
「まずは、絶対に必要な全員分の宿賃や回復アイテム、食材を仕入れて、次にそれぞれの現状に足りない装備品を揃えるっていうのが常識中の常識、理論的に考えても簡単なことだと思うんだけど……ねえ、リタ?」
「ぅえっ? えぇっと……そうね、その通りね」
「それじゃあ、物によっては一粒が宿代よりも高いグミをおやつ代わりに食べることは、到底理に叶ってるとは言えないわよねぇぇ? リタ、カロル?」
年少二人組は抱き合いそうな勢いでコクコクと激しく首を振った。
「それに、後で買った物を届けて貰うなんてもっての他よ、エステル」
「えっ……えっ、そうなんです?」
「そうなんです。手間賃取られる上、向こうの言い値で買わなきゃならないでしょーが。それからレイヴン、世慣れてると思ってたのに、ツケって何事!? ダングレストならともかく、こんな旅先で返す当ても無いのにお金借りるなんて、下手すれば利子が膨れあがって身の破滅よ! エステルはお金で苦労したことないのも頷けるけど、レイヴンってどっかのお貴族様出身?」
「い!? いぃぃいやぁぁ、おっさんこの上無く庶民よー、うん」
苦笑いするエステルとレイヴンに半眼を向けて、最後に残された二人(一人と一頭)を見遣った。
「ジュディ、ラピード――こういう面子と一緒になって、自分の欲しい物ばかり主張しないよーに」
「そうね、ごめんなさい」
「ワ…ワゥー…ン……」
素直な最後の二人に頷いて、は改めて全員を見回した。
「これから旅を続けるなら、もっとお金は必要になるでしょ。要らない物を整理してちょっとでも高値で売り裁いて、普段のアイテムはなるべく節約。その分を武器や合成に回して、ちょっとでも旅を有利にした方が良いに決まってる!」
大人しく聞いている面々を見ながら、しかしは思った。
何事も適当感のあるユーリ、しっかりはしていても子どものカロル、マイペースなジュディス、お姫様なエステル、研究一筋のリタ、意外にも金銭感覚の緩いらしいレイヴン、犬のラピード。
……無理だ。この面子に、この大所帯全員分の金銭をまともに管理出来る人材はいない。
「……分かった。ここでの私の役割見つけた。――凜々の明星のお財布は私が預かる!」
ええぇぇ!?
意を決してビシリと宣言すれば驚きが返って、は言うだけ言ってすっきりした頭で頬を掻いた。
「……えっと、勿論、ボスが良ければ――だけど」
全員がカロルを見て、えっ、ボク!? と当人は狼狽する。
そして、逡巡の後、おずおずと口を開いた。
「今の話を聞いてると、確かにに管理して貰った方が良いっていうのは分かったんだけど……って、天を射る矢の一員でしょ? それを抜けて凜々の明星に入ってくれるってことなのかな?」
「確かにそうだな。確か、同時に二つ以上のギルドには所属できねーって言ってたもんな」
思わぬ話に、はそう言えば…と目線を漂わせた。
「言ってなかったっけ。私は天を射る矢のメンバーじゃないよ?」
「え!? だってドンやレイヴンと一緒に……」
「ただレイヴンに保護者みたいなのやって貰ってるだけ。ちょっと事情があって、しばらくレイヴンにお世話になるんで、その仕事にくっついてきただけなの。つまり、ただのコブってわけ」
「ちょっとー、おっさんをこんな大きなコブ付きにしないでくれる!?」
全国の俺様ファンが悲しむじゃないのー!といつものおふざけを取り戻したレイヴンに苦笑して、カロルに向き直った。
「ま、ただのコブでいるのもアレだから、凜々の明星の役に立てたら嬉しいなーって」
「でも、天を射る矢に入ってないなら、尚更僕らのギルドに……」
「あー、それは無理なの。ごめんね。今は……どこのギルドにも入れないんだ。だから、外部会計…みたいな? 正式な会計経理出来るメンバーが入るまでの臨時お財布係ってことで。どうかな?」
ユーリとジュディスと顔を見合わせたカロルは、に向かって笑顔で大きく頷いた。
「うん! それじゃあ凜々の明星の臨時会計は、にお願いするよ! 臨時の間は僕らの掟に従って貰うけど、それはいいよね?」
「了解、ボス!」
にっこりと笑っても了承し、お互い握手を交わす。
正座していた面々はやっと訪れた穏当な結末にほっと胸をなで下ろし、店員もやれやれと息をついた……のは一瞬だった。
この後、今までの杜撰な買い物を我慢して眺めていたは、ここぞとばかりに本領を発揮し、凜々の明星全員と幸福の市場支店を巻き込んだ仁義なき買い物バトルを繰り広げた。
「……ボク、が幸福の市場の社長と気が合って気に入られたっていうの、すごく納得したよ」
ぼそりと呟かれたカロルの言葉に、全員が深く同意したのであった。
「おっさんは先に宿に行ってて良い?」
長い買い物を終え、ようやく新品の装備でベリウスとの面会に臨んだのだが新月の夜にしか会えないと言われ、何やら疲労困憊の様相の面々にが首を捻っていた時だった。
ドンへの経過報告の為に宿に戻ると言うレイヴンに、も手を挙げる。
「あ、はーい。私も一緒に行くよ」
「いやいや、ただのしがない事務仕事だから、ちゃんは青年たちと街の様子を見て来なよ」
これは付いて来て欲しくないのだな、と朧気に悟り、深く追求しないで分かったと笑顔で頷いておいた。
その後、フィエルティア号でここまで一緒に来たパティと街で再会したが、彼女がアイフリードの孫だということを知り、またすぐに別れてしまう。
罪人の孫というだけで客に対して差別する店の人間の対応に憤りながら、宿に戻ったたちはレイヴンと合流して眠りについた。
全員で大部屋一室だったため、夜中に何人かが出て行く気配を感じたが、敢えて詮索したりすることは無かった。
こうしてはささやかながらも仲間の内で自分の役割を見つけ、まだこの時は忍び寄る黒い影にも気付かず、ノードポリカでの最初で最後の平和な夜を過ごしたのだった。
101009
2章開始でのっけからギャグですみません。
今回の夢主は、生い立ちよりも口調よりも何よりもまず先に「凜々の明星の財布の紐を握るメンバー」という設定を決めてたので、ようやくそれが出せて嬉しいです。
ユーリやジュディスやリタって、お金に苦労しなかったはずは無いんですが、節約とか節制とか無縁そう……。唯一しまり屋さんなのはカロルかと思いますが、まだまだ子どもなのにボスの上に財布管理まで任せちゃあまりに可哀想ですよね。
そういうわけで、ヴェスペリア家での立ち位置を確保しつつ、これから夢主には頑張っていただきたいです。
次回はあの人と接触。早くシュヴァーンが出したい!
CLAP