奥の木の根元から湧きあがる赤い粒子の光――
濃度の高いエアルは視認出来ると聞いていたが、これがそうなのだと一目で分かった。
感じたと言った方が正しいだろうか。
綺麗だと感じたし、触発されて凶暴性を剥き出しに襲いかかって来る魔物は恐ろしかったけれど、一番強く感じたのは何やら不思議な気持ちだった。
この光の洪水が、自分を構成するものなのか……と。
「ああ、ここで死んじまうのか。さよなら、世界中の俺のファン」
「世界一の軽薄男ここに眠るって墓に彫っといてやるからな」
「そんなこと言わずに一緒に生き残ろうぜ、とか言えないの……!?」
絶体絶命の大ピンチ。
周りを夥しい数の魔物に囲まれ、エアルのせいか皆も少し調子が悪そうで。
けれど、"違う"――は漠然と思った。
少なくとも今のにとっては、ピンチなどでは無い。
それに、レイヴンは危機感というよりも、まるで苦痛を堪えているように見えた。
だから深く考えないまま、庇うように前に立ってくれている紫色の羽織を引いた。
「レイヴン、大丈夫?」
「いやー、今回ばかりは流石の俺様でも……」
「そうじゃなくて……つらいのを無理しないで欲しいっていうか……」
振り返ったレイヴンが目を瞠った刹那、突如上から音も無く何かが降り立った。
人だ――と認識した瞬間、その人を中心に地面に魔法陣のようなものが広がり、光の渦が巻き上がる。
その人が光の源となっている右手を――いや、手に持った剣を掲げた瞬間、今まで溢れていたエアルが綺麗さっぱり鎮まっていた。
赤かった粒子が緑色へ……自然の状態に。
「デューク……」
レイヴンが低く呟いたのがその人の名前――
浮世離れした彼との、それが初めての出会いだった。
「ドン……!」
ケープ・モッグ大森林の最奥エアル・クレーネからの帰路。
ここに居るとは思わなかった目立ちすぎる後姿を見つけた瞬間、はまたもや口を塞がれて木影に連れ込まれた。
二度目ともなれば、また? というじと目でレイヴンを睨むと、彼は悪びれず苦笑して謝り、その手を離す。
相手がドンなのだから声を上げても良かったが、が意図を汲んだと信用されての行動だと思えば、裏切ることも出来ない。
「……それにしてもなんでレイヴンがドンから隠れるわけ?」
「あー、まあ俺様にも事情があってねぇ」
なるべく気配を殺しての小声でのやり取りは何だか情けない。
その間にもたちが隠れたことに気付かないユーリたちとドンは、何やら会話を続けていた。
どうやらドンが魔物退治に向かったのもこのケープ・モックだったらしい。
エアルのせいだとカロルが一生懸命説明しているらしいことは伝わったが、ただひたすら息を顰めているだけなので詳しくは分からなかった。
しかしそれだけ頑張って身を隠していたというのに、唐突にドンの視線がこちらを向き、あっという間に見破られる。
「……ん? そこにいるのはレイヴンじゃねえか」
あちゃーと言って天を仰ぐレイヴン。
並はずれた勘の鋭さは流石ドンといったところか。
「なに隠れてんだ」
「ちっ」
見破られたレイヴンが忌々しげに舌打ちし、木の影から姿を現す。
もそれに続きながら軽く驚きを感じていた。
いつもの飄々とした態度からは余り結びつかないが、これが彼の地の一部なのかもしれない。
それにしてもこれだけナチュラルにそれを見せる辺り、レイヴンもドンには心を開いているということなのだろう。
「……………」
何やらそれが悔しく思えてしまって、は一人でふるふると首を振った。
昨日今日会ったばかりなのになぜこんなことを思うのか、自分でも訳が分からない。
「うちのもんが、他人様のとこで迷惑かけてんじゃあるめえな? お、嫁も同伴か」
「「だから嫁じゃないって!」」
思わず反射的につっこめば見事にレイヴンとハモって、ドンに食ってかかるレイヴンを眺めながらは溜息をついた。
別にムキになることは無い……と口の中で唱えて自分に言い聞かせる。
やがて、ユーリがドンに話があると切り出した。
それをおもしろそうに眺めたドンが「話を聞く代わりにちょいと面貸せ」などと柄の悪いことを言う。
「あちゃー、こんな時にじいさんの悪い癖が……」
「なにそれ」
「骨のありそうなの見つけるとつい試してみたくなんのよ」
「た、試すって何を?」
「腕っ節を、よ」
なるほど、とは妙に納得してしまった。
思えば、ドンとユーリは似た者同士かもしれない。
二人ともとても頼りになるが、憎めない子供っぽさのようなものがあり、その一つが好戦的なところだ。
彼らとは正反対にあからさまに「面倒くさい」を前面に出したレイヴンは逃走し、対峙した二人は嬉々として剣を抜いた。
勝負は僅かの時間で、ユーリが一方的に遊ばれているような状態だったが、それでも二人は楽しそうだった。
しかし、約束通りユーリの話を聞く段になって、ドンに急な連絡が入る。
どうやら、ダングレストで何かあったらしい。
「約束して貰えるなら構わねぇよ」
話はまた改めてという申し出をユーリも彼特有の物怖じの無さで了承し、ドンたちは足早に元来た道を引き返していった。
その流れで皆がこれからの予定を話している中、はようやく意を決した。
言うなら今しかない。
「ごめん皆、先に帰ってて? 落し物したみたいだから探しに戻ってみる」
全員が一瞬止まって、の方を見る。
「落し物って……この森の中で探すつもりか?」
「そんなに大事なものなんです?」
「うん、大事な……ことなんだ」
でも、と言い募るエステルに諭すように、も言葉を重ねる。
「それに場所は分かってるの。多分、さっき魔物に囲まれた時に銃を引き抜いた拍子に落としちゃったんだろうから……」
「それって、森の一番奥じゃないの」
「一人で戻るなんて危ないよ!」
「大丈夫だよ」
「そうそう、大丈夫よー。何せこのレイヴン様が一緒なんだからさ」
思わぬ援護にはレイヴンを振り仰いだが、お茶目に目配せされたのでそのまま黙る。
レイヴンが一緒ならとユーリたちも納得し、ダングレストのユニオン本部で会おうということで一行と分かれてたちだけが森の奥に引き返した。
「……良かったの、レイヴン? ドンたちは急いでダングレストに戻って行ったけど……」
ユーリたちと分かれてしばらく歩いた頃、は遠慮がちにそう聞いてみた。
何かあったのならドンの右腕たるレイヴンも行かなければならないのでは……思った疑問はしかしあっさり受け流された。
「あー、いいのいいの。ドンも一緒に来いって言わなかったでしょ? それに、ちゃんの護衛の方が大事だし」
アレクの依頼だからだろうが、それでも何となく嬉しい。
「それにただの落し物ならともかく、例の『エアル調査』でしょ?」
やっぱり気付いていたかと、は苦笑して頷いた。
本来の目的たるエアル調査――アレクからは、『レイヴン以外の人目が無い所で』という指示を受けている為、ユーリたちと一緒では出来なかった仕事。
「あの美人さんがキレイに静めちゃってたから調べる程じゃないのかもしれないけど……それでもあそこがエアル・クレーネであることには違いないし、一応調べとかなきゃと思って」
「まあ、そうだろうねー。源泉だけあって他の土地よりエアルが豊富だし……大将は完璧主義だから」
「……だよねー」
今の状態でのあそこのエアルに調査価値があるのかは分からなかったが……それはアレクが決めることだ。
少なくとも、調べずにあの言葉の暴力を受けるよりよっぽど良い。
は乾いた笑いを漏らし、前方から襲いかかってきた魔物に対抗するべく魔術の詠唱に入った。
相変わらず飛んで来る鳥型には心の底からウンザリだったが、レイヴンが真っ先に射落としてくれるお陰で何とか恐慌を来すことも無く、穏便にここまで来ている。
初めての戦闘であれだけ動揺した昨日とは大違いで、今日の連戦を経て戦闘にも大分慣れてきたらしい。
それにしても鳥だけはな……などと呑気に思う余裕が出て来た頃、たちはようやく森の最奥に戻って来た。
「……ちゃん、大丈夫?」
何がとも言わず改まって聞かれて、もぎこちなく頷いた。
「うん。………何が起こるか分かんないし、レイヴンは離れた所に居て」
エアルの源泉――絶え間なく緑の粒子が湧き出て金色の奔流にも見えるその淵に立ち、ごくりと息を呑んだ。
そして首元のチョーカーに手をかける。
アレクに教えられた『エアル調査』の方法は至極簡単。
――「エアルの側でそれを外せば良い。後は勝手に採取する」
が、アレクから「仕事をやろう」と言われて受け取ったペンダント。
今は武醒魔導器<ボーディ・ブラスティア>としてチョーカーで身に付けているそれだった。
詳しい理論は知らないが、何やらの体質に合わせた諸々の機能も付いているらしい。
その機能の一つというのが、エアルで構成されているの体が外のエアルに触れても取り込み過ぎないように制御する――というものらしいが。
「銃で言えばセーフティ解除ってやつよね」
リミッターという安全装置を外して、一気に体内にエアルを取り込む――そうして大量のエアルが流れ込めば、魔導器が解析するだけのエアルを確保出来るというわけだ。
アレクが言うには、それでが初めて目覚めた森のようにエアルを吸いつくしてしまったり、自身の体に影響するようなことは無い……だろう、あくまで推測だが。などと、何とも心強いお言葉だった。
実際、ただでさえ不安定な存在がそんな自然の摂理に反することをして大丈夫なのか――かなり分の悪い賭けのような気もしたが、は一度大きく深呼吸して瞼を上げた。
「えーい、女は度胸!」
景気付けに叫んで、チョーカーの魔導器を勢いよく外す。
――ドクリ。
体自体が心臓になったかのように一度大きく鼓動し、次いですさまじい勢いで力が流れ込んでくるのが分かった。
視界が緑の光でいっぱいになり、体の中が満たされる。
それは言葉では名状しがたいものだった。
眠気や飢餓やその他諸々の足りないものが埋められていくかのような――
――「生まれ変わった死人と言えるだろうな」
意識まで流されそうになったは、不意に蘇ってきたアレクの言葉にピクリと踏みとどまった。
(違う……もう一度死ぬ為に、こんな所に来た訳じゃない)
では何の為だと聞かれても、ついこの前まで目的も無く、ただじっとしているのが嫌だったからだけど……
――「ちゃんと目ん玉ひん剥いて前を向いて生きやがれ!」
――「俺様からすればちゃんはちゃんだし」
見知らぬこの世界でも、無条件でを怒ってくれる人がいた。認めてくれる人がいた。
彼らにとって他意もなく取るに足らないことだとしても……それでもは少し前向きになれたのだ。
は既に『死んで』いるけれど、それでもこうして今も『生きて』いるのだと。
「――!」
遠くからレイヴンの声が聞こえた気がした。
緑色の奔流の中、そちらに向かって手を伸ばす。
「――渦に飲み込まれず、水面に顔を出す要領で抗わずに浮かびあがれ」
唐突に聞き覚えのある低い美声が、頭に直接響くように聞こえてきた。
言われてみればなるほど、渦潮のようにはその中心に今にも呑みこまれようとしていた。
忠告通りに体から力を抜いて水中から水面を目指すように上に伸びあがる。
やがて水面に出たかのように何かの膜を突き破り、一気に現実の感覚が戻ってきた。
特に息苦しくも無かったのに溺れかけていたように咳き込んでしまう。
「落ち付け、ゆっくり深呼吸するんだ」
すかさず背を擦ってくれる体温の低い手に心底安堵して、は人心地を取り戻すと傍らを見上げた。
「ありがとう、レイヴン」
「いや、俺じゃなくてデュークが……」
「でも呼んでくれたよね」
「………」
それでなぜか目を反らしてしまったレイヴンに首を傾げたが、深追いはやめておく。
代わりに、その背後に佇む麗人に視線を向けた。
「デューク…さん。ありがとうございました。何だか分からないけど助かりました」
座ったままでは失礼になると思い、よろけながらも立ち上がって頭を下げる。
デュークは無言で手を差し出し、そこにの魔導器が握られているのを見ては有り難く受け取った。
それを首に付け直しても外した時ほど劇的な変化は無かったが、それでもひとまず安堵した。
「……何も聞かないのか」
問われて、は瞬きする。
さっきのは何だとか、あれもあの剣のお陰なのかとか、そもそも貴方はどういう人でどうしてここに居て何のために助けてくれたのかとか……
聞きたいことはいろいろあったが、溜息と共に吐き出した。
「貴方が何も聞かずにいてくれるので」
全く変化しない能面のように整った顔と見つめ合ったのはしばし、デュークはまた唐突に数歩近づき、先程と同じように手を差し出した。
けれど今度は何も持ってはおらず、その掌はこちらに向けて仰向けられる。
「お前は、あの少女とこの剣の中間のような存在。どちらとも似たような性質を持つが、どちらでも無い……中途半端な存在だ。だが、役割を得たいなら私と共に来るべきだろう」
それは、存在意義をやると言われてるも同じようなものだった。
しかしは一瞬の空白の後、首を横に振った。
「私にはやらなきゃならないことがあるので」
「……真意も解さず、言うがまま動くのでは人形と変わらない」
「人形じゃなくて道具らしいですけど」
苦笑して返せばデュークの美麗な表情が僅かに顰められて、は慌てて謝った。
言われた言葉の意味を全て理解出来た訳では無いし、聞いてみたい気もしたが、彼が純粋な厚意で申し出てくれたのだと感じたからこそ。
「ごめんなさい。でも今は、ようやく頑張って生きたいと思い始めたとこなんです……それに、私の護衛はレイヴンなので」
「……そうか」
淡々と答えたデュークは、そのまま重力を感じさせない動作で踵を返す。
そして最後に背中越しに言葉を残した。
「平穏に生きたいのならば、もうエアル・クレーネには近付かないことだ」
「……ありがとうございます」
その忠告は聞けないと分かりきっていたから、礼だけを返した。
その頃には既に色素の薄い美丈夫の姿はキレイさっぱり消えていた。
は首のチョーカーに手を当ててしばし瞑目する。
そして振り切るようにエアルの源泉に背を向けた。
「付き合ってくれてありがとう」
なるべく明るく聞こえるように腹部に力を入れて言った。
傍らのパートナーを見上げて、いま出来うる限りの笑顔で。
「さ、帰ろう、レイヴン」
100516
デュークさん登場。
彼はずっと「……」のイメージなので喋ると違和感ですが、偽物覚悟で頑張りました。
夢主もようやく初仕事をこなしましたので、ここからはテンポ良く頑張り……たい希望。
次回はずっと書きたかったレイヴン視点中心です。
CLAP