クラリと目の前がぶれて、は思わず前を歩いていたレイヴンの羽織を掴んでいた。
「およ? どったの、ちゃん?」
おどけて振り返ったレイヴンの顔がと目が合った瞬間に僅かに強張る。
隣に並んで声を落とした。
「どうかした? 体調がおかしいとか?」
「……ううん、何でもないよ」
ケープ・モック大森林に入ってもう一時間ほど。
心配してくれてるのだとは分かったが、これまで魔物が襲ってきてもずっと守られっぱなしだったとしては、これ以上お荷物になりたくないのが本音だった。
確かにこの森に入った辺りから目眩がするような体中がムズムズするようなおかしな感覚を感じていたのだが、最初はレイヴンのおふざけに疲れただけかも…などと呑気に思ったほどだ。きっと大したことではない。
笑って返したをどう思ったのか、顎に手を当ててふむと頷いたレイヴンは前方のリタに向かって声を掛けた。
「ねぇ、天才魔導士少女! ここの植物がこんなになっちゃってんのって、エアルの影響なのよね?」
レイヴンに話しかけられたことには不快そうに眉を顰めたリタだったが、内容が彼女が帝都のお偉いさんに依頼された調査の件だった為か、ぶっきらぼうに多分ね、という答えが返ってきた。
「もっと詳しく調べてみないとはっきりしたことは分からないわよ。けど、一応気をつけておいて。植物の異常成長がエアルのせいなら、ここもエアルが溢れてる可能性があるから」
「過度なエアルは人体にも魔導機にも悪影響を及ぼすからね。エアルの取りこみすぎで代謝活動が活発になりすぎるから、普段より疲れるわよ」
リタはともかく、それに淀みなく続けられたレイヴンの言葉に、全員がまじまじと彼を見つめた。
レイヴンは当然だと簡単に言ったが、学術研究都市アスピオの天才と言われているらしいリタが感心していることからしても、専門知識の部類に入るのだろう。
ちなみに、は自分の身にも関わることながら全く知らなかった。
こういうことを第一に教えてくれるべきじゃなかったのかと今さらアレクを恨んでも後の祭である。
「ボク、リタに聞くまで知らなかった……」
「勉強不足よ、少年」
「………」
カロルに告げられた言葉が自分に向けられたもののようで居たたまれない。
もっと勉強すれば良かったとは思うが、旅立つまでの準備期間はそれこそ寝る間も惜しんで魔術習練に明け暮れていたのだからそんな暇は無かった。
悔やんでもどうしようもない上に、後悔のしようもないと気付いてが溜息をつくと、また隣に並んだレイヴンが声を顰めて言った。
「――とまあそういうことなんだけど、ちゃんも疲れちゃった?」
どうやら「何でもない」という言葉を信用せず、に説明する為にリタに話を振ったらしい。
それを理解すると、降参だと両手を軽く上げた。
「確かにちょっと変だけど、疲れてはないよ」
あんなに回りくどく気遣われるくらいなら正直に話してしまった方が迷惑をかけない。そう諦めての返答だったのだが、口にしてふと自身が首を傾げた。
「そう言えば、むしろいつもより元気なような……?」
の以前までの生活と言えばオフィスワーク中心で、社会人になってからは運動量は減る一方だった。
現代もやしっ子……疲れたサラリーマン……自慢じゃないが体力があるとは言い難い。
いくらこの世界に来て運動能力が上がったとは言え、こんなサバイバルなジャングルを歩き回れば疲れそうなものなのに……。
「いつもより元気……?」
「うーん……何ていうのかな……目眩とかはちょっとするんだけど、それも調子が悪いって言うより、むしろ良すぎるっていうか、体の中で力が有り余って燻ってるような……」
自分の状態を手探りするようにぽつぽつと話せば、レイヴンはなぜか大きく目を瞠って胸に手を当てたまま視線を反らした。
「………レイヴンこそ、もしかして調子悪かったりする?」
「! …俺様が? まっさかー、全然元気よー! 何々、ちゃん心配してくれたの!? おっさん感激! お礼に熱いチューを……」
「――ピコハン!」
いつものおふざけに誤魔化されるものかと意気込んだ刹那、可憐な声が響いてまさかのピコピコハンマーがピコン!とレイヴンの頭を可愛く強打した。
「ぶへっ!」
「だ…大丈夫です? ちょっと強すぎました?」
「エ…エステル……?」
見かけは可愛くても威力は可愛くなかったのか、涙目でうずくまったレイヴンに駆け寄ってエステルが可憐に首を傾げる。
仮にも一国のお姫様が暴力に訴えるのはいかがだろう……そう思っていると横からユーリに腕を引っ張られた。
「ほっとけって。あんな胡散臭い危険物の傍に危機感も無くのほほんと居るからこういうことになんだぜ」
「危険物って……あ、ユーリがエステル唆したんでしょ」
「さあな」
いけしゃあしゃあと言うユーリにレイヴンが食ってかかり、一層空気が和んだところで……それは襲来した。
「みんな、気を付けて!」
先頭を歩いていたカロルの声に一斉に前方を注目すれば、小型の魔物が飛来するところで……
「何だ、雑魚か。とっとと片付けるぜ!」
「数だけは多いわね、鬱陶しいったら無いわ!」
血の気の多いユーリが突っ込み、リタが早速詠唱を始める。
カロルは引き攣りながら武器を構え、エステルは術に集中しながら盾を掲げた。
ラピードはユーリの援護をし、最後尾のレイヴンがやれやれと言う緩慢な動作で弓を構える。
――このメンバーで魔物と戦うのは今日が初めてだが、ここまで既に何度か経験しており、早くも馴染みつつある通常通りの光景だった。
だが、しかし。
「レ…レレレレレイヴン……ッ!!」
「わっ……て、ちゃん……?」
今までレイヴンの傍らで、銃と魔術で精いっぱいのフォローをして来ただったが、この時ばかりは戦うなどとても無理な話だった。
「そそそそこ! 動かないでっ!!」
お願い!と叫んでレイヴンの背中に隠れ、弓を放とうとしていた羽織の端を握りしめる。
青褪め、全身にさぶいぼを立て、ぶるぶる震え……としている間に、あっという間に戦闘は終わっていた。
「ちょっと、アンタ! 戦いもしないで高みの見物なんて何様よ!?」
「いやー、ちょっとしたアクシデントっていうか……」
「……あれ、どうしたの?」
レイヴンに向けられたリタの声とその背に隠れたに気付いたカロルの言葉に、はそろそろと顔を出した。
「………鳥……もういない……?」
「はぁ!?」
辺りを見回して大丈夫と分かったはようやく平静を取り戻したが、ポカンとした全員の表情に言葉を詰まらせる。
ユーリがゆるゆると眉を寄せ、溜息をついた。
「鳥が……なんだって?」
一生の不覚とはこういうことだ。
カロルが虫嫌いだと分かってからかわれていたのを見た時、自分は絶対悟られまいと思ったのに……。
「ちゃん、鳥嫌いだったの……?」
レイヴンの言葉に深々とため息をついた。
こうなってしまっては誤魔化せる筈も無い。
「嫌い……そう、大っ嫌いなの。――迷惑掛けてごめんね、みんな」
「えっと……でも鳥さんって可愛いですよね? 魔物は確かにちょっと怖いですけど、ハトとか……」
「ハト!?」
折角何とか冷静に謝ったというのに、エステルの言葉にはとんでもない!と悲鳴にも近い声を上げた。
「平和の象徴だか何だか知らないけど、ハトだって同じだよ!! だって……飛ぶんだよ!?」
「…………当たり前じゃない」
「…まぁ、そりゃ鳥だからな」
「うん、鳥…だもんね」
至極正論を言ったつもりのと呆れ顔の面々。
うーん…と唸ったレイヴンは、宥めるように質問した。
「あーつまりは、ちゃんは飛んでるものが嫌いってこと?」
「飛ぶ虫とかも嫌だけど、最悪なのはとにかく鳥! 集団でバタバタ空を飛ぶなんて……うぅ、考えただけで気持ち悪い……! 今まではそうやって群れてる鳥が一番嫌いだったけど、さっきのとか……何あれ!?鳥型の魔物!? 普通の鳥より大きい上に集団で飛んでしかも襲って来るって……!!」
思い出すだけで身の毛がよだつ……!!
ダングレストからここまで来る間、レイヴンに悟られないよう、空を飛んでる鳥に反応しないようにするのに精いっぱいだったというのに、魔物だなんて想定外も良いところである。
「そこまで駄目って……もしかして、トラウマとかそんなんか?」
ユーリに投げられた疑問に、は深々とため息をついた。
「ちっちゃい頃にね……道歩いてただけで襲われたことがあるんだよ……カラスの群れに」
「うわっ……それって結構大事だね」
「あいつら、光もんが好きだから目とか危ないって言うじゃない。アンタよく無事だったわね」
「ホント、九死に一生だったわー」
遠い目をしてしまうのも無理はない。
ガラスと銀紙で出来たおもちゃの宝石をジャラジャラくっつけて公園の近くを通りがかっただけのいたいけな女の子が襲われるなんて、理不尽以外の何物でもないだろう。
何でも、ゴミの不法投棄で増殖したカラスが長雨の影響で何とか……という説明を後で聞いたが、偶然通りがかったお巡りさんが助けてくれなければ、本当に命も危なかったかもしれないのだ。
「なるほどな。それ以来、群れてる鳥だかが全く駄目って訳だ」
「うん、そうなの……あ、でも、これからはちゃんと……せめて足手まといにはならないように頑張るから!」
ちょっと五月蠅いかもしけれないけど大目に見てお願い!
そう顔の前で手を合わせて懇願すれば、ポンと頭の上に手を置かれた。
見上げると、手を置いたユーリにそのまま容赦なく髪をかき回される。
「苦手なもんくらい誰にだってあんだろ」
「そうだよ。そういうのは仕方ない。うん!」
「アンタは黙ってなさい!」
「あだっ!」
「のことは私たちが守りますから大丈夫です!」
「みんな……」
ぐしゃぐしゃに乱れた髪を押さえて笑ってくれる面々を見渡せば、後ろからその髪を撫でつけるように頭を撫でられた。
「女の子の髪を乱すなんて、ホント青年ってばひどいわよねー」
「レイヴン?」
「だいじょーぶ! ちゃんはおっさんが守るって言ったでしょ? それに俺様、ちゃんの護衛よ?」
それはそうだけど、異常なくらいの鳥嫌いが迷惑を掛けるということくらいは自覚している。
が困ったように見上げると、不安を打ち消すような曇りのない笑顔が返ってきた。
「まあ、何も心配せず、おっさんの傍にいなさいって。幸い俺様の武器はこの弓だから、飛んでくる敵にはお役立ちよ?」
お茶目に片目を瞑って寄越され、は目を瞬いて苦笑した。
「うん……ありがとうレイヴン、みんな。私頑張るよ!!」
気合いを入れてぐっと拳を握りしめた瞬間、ブーン…という音と共に、何か高い声が聞こえた。
「……何か……声が聞こえなかった?」
「この声……何処かで……」
カロルとエステルの言葉に首を傾げたの視界に信じられない物が映り、はたった今の誓いも忘れて拳を握りしめた体勢のままで絶叫した。
「おっ…女の子がでっかい虫に浚われてるー!!」
集団で襲われるのも怖いが、捕まって空中に拉致されるのも十分恐怖だ。
しかし、の混乱を余所に、カロルがそれを見て叫んだ。
「パ…パティ……!」
「なに、お馴染みさん?」
どうもみんなにとっては知り合いだったらしく、とレイヴンだけが目を瞠る。
助けなきゃという言葉に、進み出たレイヴンがいとも容易く少女を拉致した虫に矢を命中させた。
走りこんだユーリが抱き留めたその金髪おさげの少女は、パティという名前らしい。
海兵の制服のような服装に海賊帽が印象的だ。
とりあえず初対面の者同士自己紹介を終えたところで、ため息をついたユーリが尋ねた。
「で? やっぱりアイフリードのお宝ってやつを探してるのか?」
「アイフリード?」
「お宝?」
レイヴンとが別々の部分に反応する。
アイフリードという名前は初耳だが、お宝とはまた心惹かれる響きだ。
何でもパティは、測量ギルド<天地の窖>から情報を得て、アイフリードという伝説の海賊が残した宝を探しているらしい。
100%信用できる話が逆にうさん臭いというのも同感だし、年端もいかないこの可愛らしい少女には感心する事しきりだった。
「とりあえず、宝探しを続行するのじゃ」
年齢に不釣り合いな筈の古風な言い回しもなぜか妙に似合っていて、逆に愛らしさを引き立てている。
しかし、それにしても一人では危ないというエステルの言葉には……
「あれは襲われてたんじゃなくて、戯れてたのじゃ」
「多分、魔物の方はそんなこと思ってないと思うけどな……」
「そうだよ! パティみたいな可愛い子があんなおぞましい魔物に捕まえられたらと思うと……!!」
「うちの事を心配してくれるのか? ……じゃが、それには及ばないのじゃ」
「え?」
「! パティ、後ろ……!」
自らの言葉を証明するように、背後に迫った魔物相手に、何とパティは腰から銃をくるくると引き抜いて目にもとまらぬ流れるような動作で立て続けに銃弾を連射した。
全て急所に命中したらしく、魔物はその場に倒れて動かなくなる。
またくるくるとキレイに弧を描いた銃が腰のホルターに収納されるまで、何とも手慣れた手練れの業だった。
はっきり言って、同じ銃を使うには逆立ちしたって真似できない。
「つまり、ひとりでも大丈夫ってことか」
「一緒に行くかの?」
「折角だけど、宝探しは今度にしとくわ」
「それは残念至極なのじゃ。でもうちはそれでも行くのじゃ。さらばなのじゃ!」
はっと我に返った時には既に小さな背中はだいぶ遠くなっていて、「待ってパティ! いや、師匠!!」とが叫んでもそれは届かなかった。
「……師匠?」
「だってだって! さっきの見た!? パティって銃の達人じゃない! 是非教えて貰いたかったのにー!!」
ついでに宝探しなんて素敵なことについても話を聞きたかった……!
本気で悔しがるに呆れる面々。
「それじゃ、行くか」
ユーリを先頭に歩き出した一行に続くと、隣に並んだレイヴンがまたの頭に手を置いた。
「とにかく、鳥型の魔物が現れたらおっさんの後ろに隠れてたらいいから。あと、それ以上体調がおかしくなったらすぐに言うこと」
「……えっと……」
「お返事はー?」
間延びした調子でもそのエメラルド色の目に本気で心配してくれている色を見つけて、はなぜか気恥ずかしくなった。
こんな風に紳士的な優しさを向けられることに、現代日本で育った身は慣れていない。
「…はーい、分かりました」
だからも茶化して答える。
そして、少し考えてからレイヴンの腕を引っ張り、近づいて小声で言った。
「ありがとう」
お礼ならその都度何回も伝えているけれど、改めて心からの言葉を伝えたくなったのだ。
でもいつもなら目を見て言うべき言葉に抵抗を覚えてしまって、それ故に小声で伝えたというのに。
「……余計に恥ずかしいってどういうこと?」
即座に離れて、口の中で不平を呟く。
釈然としないものを持てあまして、は赤くなった顔を隠すように前方のエステルの元に避難したのだった。
100509
エアルの影響と鳥嫌いという閑話休題的な夢主の設定話でした。
最初に何となく「鳥嫌い」で「銃使い」という設定を作ったものの、後からレイヴンは
「鳥型の敵へのダメージが10%アップ」がデフォ装備だっていうのと「ハンター」スキルが
あることっていうことで、偶然ながらのベストマッチ設定に小躍りしてしまいました(笑)
あと、初登場のパティちゃんは夢主といろいろな面で気が合いそうな気配です。