「いやー、しっかし昨晩のちゃんは可愛かったわー。おっさんの腕の中であんなに可愛く泣いて、疲れて寝ちゃった顔もまた……」
「本当にごめん! ごめんなさい! だからお願い! 誤解を招くような言い方しないで!!」
『森』と一言で言うにはかなりダイナミックな樹木の多い、むしろジャングルとでも言い表した方がしっくり来るそこに、の悲鳴が響き渡った。
ケープ・モック大森林――ダングレストの西に広がる大きな樹木が群生している森だ。
野宿した場所からほど近かったこのケープ・モックの入口に着いて感覚で約30分ほど……今日何度目になるか分からない同じネタを引っ張るレイヴンに、はその度にひたすら平謝りを繰り返していた。
一方的にヘビーな身の上話をした上に子供のように泣き喚いて、更に泣き疲れて眠ってしまったというのだから弁解の余地もない。
今朝は目を覚ませば野宿の場所に戻っており、しかも昨夜まで無かったテントの中で布団にくるまって横たわっていた。
どうやら雨を避ける為にテントを張ってくれたらしいが、その作業もわざわざ雨の中でしてくれたのかと思うと更に小さくなるしかない。
「はぁ、レイヴンって紳士よね。その上、腕も立つし料理も上手いし」
「な…何、どったの、ちゃん。急に誉められたらおっさん照れるじゃないのよ」
口では女好きなセクハラ紛いの発言も多いが、昨夜もの弱みに付け込むことも無く、二人きりで野宿してあまつ頭を撫でられながら無防備に寝てしまっても頗る紳士的な対応だった。
今朝から何度もからかって来るのも昨日のことでが気まずい思いをしない為――だろう、恐らく。
昨日の今日でどんな顔をすれば良いのか分からなかったにとっては有り難かったが、これはこれで恥ずかしすぎるのでそろそろ勘弁してほしい。
そう思って話題を変えるようにべた褒め作戦に出ると、レイヴンは意外にも本気で照れているらしく狼狽した。
「はっ、まさかちゃん、おっさんのあまりのカッコ良さにマジで惚れたんじゃ……」
「……見てると子供みたいで危なっかしいけどね」
「子どもっ……それってどういう意味よ!」
飴と鞭という訳ではないが、一緒に歩いていてもあっちにこっちにとふらふらしていて胡散臭さを増長させていたのは事実である。
絶句したように目を瞠ってたレイヴンは、まさに子どものように頬を膨らませた。
「……レイヴンって何歳だっけ?」
「ピッチピチの35歳!」
「……………」
「……ちょっと、その可哀相ーっていう目はやめて!」
「カワイソウー」
「口で言ったらもっと駄目!」
傍から見たらまで子どもだと思われ兼ねない、他愛無いやり取りに今は何よりほっとする。
ようやく昨日のことから離れられて安堵したのも束の間、レイヴンが何かに気付いたように顔を上げた。
何だとつられて同じ方向に目を向けたを突然木の影に引っ張り込んで、手で口を塞ぐ。
「んむ!?(なに!?)」
「しーっ! 静かに」
大きな手でしっかりとの言葉を封じたまま、レイヴンは身を潜ませて森の入口を窺った。
すると、の耳にも数人分の会話と足音が聞こえ始める。
「世の中には、こんなに大きな木があるんですねー」
おっとりとした口調の少女の声――どこかで聞いたことのある声だ……そうは思って、垣間見えたピンク色の髪に目を瞠った。
「んんん!?(エステル!?)」
「!」
思わず反射的に声を上げてしまったに、レイヴンがぎょっと目を瞠る。
「気をつけて……誰かいるよ」
角度的に見えないが、これはカロルの声だった。
のせいで見つかったのか、頭の上でレイヴンが溜息をつき、しゃーない…と呟いて手をどけた。
ごめんねと言ってポンポンと頭を撫で、パッと軽快な動作で木の影から飛び出す。
「よっ、偶然!」
「…こんなとこで何してんだよ?」
苦しい挨拶をするレイヴンと、それに答えたユーリの言葉には目を瞠った。
どうやらレイヴンもこの一行と面識があるらしい。
「あれ? 歓迎されてない?」
「本気で歓迎されるなんて思ってたんじゃないでしょうね?」
しかも嫌われているらしいと分かって、思わずため息をついた。
リタの憎まれ口は普段通りだが、言葉に本気の棘がある。
「そんなこと言うなよ。俺、役に立つぜ?」
「役に立つって、まさか、一緒に来たい…とか?」
「そうよ、二人じゃ寂しいしさ。何? ダメ?」
中年男がダメ?などとおねだりしても気持ち悪いだけだと思うが、レイヴンの場合は胡散臭さアップの効果も発揮している。
ユーリに全身から胡散臭さがにじみ出てると言われ、どれどれと自分の臭い嗅ぐレイヴンにはガックリとため息をついた。
ああいうわざとらしい胡散臭さが無ければ、彼の好きな女性ももっと寄って来るだろうに……。
そうやってこっそり嘆くの元に、悠然とラピードが近付いてきた。
クンクンと鼻面を寄せて来たので、久しぶりの挨拶代わりに今朝の残りのサンドイッチをあげると喜んでしっぽを振る。
「ん? どうしたラピードそんなとこで。…………そう言やおっさん、さっき二人って言わなかったか?」
「うん、そうよ。可愛い女の子と一緒なの。ねっ、ちゃん」
「?」
「ですって?」
「ってもしかして……」
「あのです?」
四人四様の反応に苦笑して、はラピードと一緒に木陰から出た。
「やっ、偶然!」
「!!」
レイヴンの真似をしながら姿を現わせば、四人の声が綺麗にハモった。
「えっ、ホントのホントにです?」
「なんでがこんな怪しいおっさんと居るんだよ。ダングレストに行くっつってなかったか?」
「そうだよ。レイヴンを訪ねて、ね」
驚きを露わにするエステルとユーリは、の言葉を聞いてますます目を瞠った。
「てことは、おっさんはダングレストに住んでんのか」
「えっ、そうなの!? 意外っていうか納得って言うか……」
これにはが首を傾げた。
もしかして、ユーリたちはレイヴンが天を射る矢の幹部だと知らないのだろうか。
「そっちまで知り合いだったなんてホント偶然! おっさんの方がびっくりよ」
どこで会ったの?と隣に並んで聞いて来るレイヴンに、ラピードを撫でていたも身を起こした。
「ダングレストに行く途中のカプワ・トリムでちょっとね。半日しか面識無いけど、お友達になったの」
「とっ…ともだち!?」
「あれ、違ったの、リタ?」
しゅんと項垂れると、「ばっ馬鹿!誰も違うなんて言って無いでしょ!」などという堪らないツンデレ発言が返ってきた。
やっぱり可愛い女の子は癒されるな…と思いもう一人の女の子を探すと、エステルはラピードを撫でようとして振られ、肩を落としていた。
そんな姿も可愛いなーと思い、ふと気付く。
レイヴンが彼らと行動を共にするということは、彼らこそ目的の『お姫様ご一行』だということに他ならない。
となると……
「……なるほどねー」
思わず、エステルを見てうんうん頷いてしまった。
皇族にしては誰に対しても丁寧すぎる気がするが、言葉づかいといい立ち居振る舞いといい漂う気品といい、間違いない。
そう言えばエステリーゼが本名だと言っていたから、名前もそれっぽい。
何よりお姫様スカートはやっぱりお姫様だからこそ似合うのだ。
「何がなるほどなんだ?」
「ん? …何でも無いよ。レイヴンがうさん臭いと思ってたのは私だけじゃなかったんだと思って」
「……そりゃ、誰が見たって……」
「ひどい! ちゃんも少年もそんなにおっさんのこと苛めなくても!」
おいおいと泣き真似をするレイヴンに一行の冷たい視線が突き刺さる。
「――何やってんだ。ほら、いつまでもこんなことしてないで、行くぞ」
まるで保父さんのように場を取りまとめて歩き出したユーリに、も慌てて後を追った。
取り敢えず、同行はさせてくれると思って良いのだろうか。
何とかすんなりとレイヴンの目的が果たせて良かった……そう安堵していると、ユーリが隣に並んで来た。
「何でこんなとこ来たのか知らねーけど、って戦えんのか?」
「うーん……修行中?」
「何だそりゃ」
ユーリの突っ込みに確かにと思ったので言葉を足して説明する。
昨日が初実戦だったと言ったところで、呆れたように溜息をつかれた。
「そんなんでよくこんな森に来たな。植物の異常成長やらエアルの大量発生がどうたらとか言われてる危ない場所だぞ」
「! エアル!?」
その単語にはっと顔を上げてユーリを見上げる。
過剰な反応を訝るように見下ろされて、しまったと思ったところに後ろからポンと頭を押さえられた。
「なーに口説こうとしてんのよ。時と場所を考えてよね、青年」
「何だよ、おっさん。あんたの保護者か何かか?」
「はっはー、まあそんなとこね」
「そんなとこ……ね。大体、ここに何しに来たのかも、あんたとがどういう関係なのかも聞いて無いんだけど?」
あら言って無かった?とわざとらしく驚くレイヴンと、それに冷めた反応を返すユーリ。
は完全にエアルの話から注意が逸れてほっとすると同時に、もっと聞いておけばよかったかとも後悔する。
しかし……
「俺たちの関係って、そりゃあ勿論! 肉体かん……がふぅ!」
「教育的指導!! 青少年の前で何言ってんの!? …ていうか、ユーリも。嘘だから信じないよーに!」
とんでもない発言に鉄拳制裁を与え、思わず前方のカロルとリタの前であわあわと手を振った。
露骨な表現はこんないたいけな子たちの教育上よろしくないに決まっている。
折角紳士だと感動していたのに、それをぶち壊してくれる発言だ。
ユーリのじと目にもの非難にも全く応えてない様子で「照れちゃってー」などと言ってのけるレイヴンに、気のせいか目眩がした。
「それと、森に来た理由は本当の自分を探すためって言ったでしょ?」
自然観察と森林浴じゃなかったのか、というリタの言葉にも平然としているレイヴン。
しかし、自分探し……どこの青春少年だ。
「へぇ、戦えないを連れて来てまで自分探しねぇ……」
「何よ、その目は。ちゃんはおっさんが守るからいいんだもーん。大体俺たちは一心同体なの! ね、ちゃん」
「うー…一心同体というか一蓮托生というか……」
こちらから護衛を頼み、しかもユーリたちに本当のことなど話せない手前、否定は出来ない。
かと言って上手い嘘もつけずに言いあぐねていると、ユーリは足を止めて溜息をついた。
同じように足を止めた皆の視線もレイヴンに集中する。
「もういい、分かった。――おっさん、何か俺らを納得させる芸とかないの?」
「俺を大道芸人か何かと間違えてない?」
「このままの保護者で居たいなら安いもんだろ?」
「何よそれ。おっさんのこと認められなきゃちゃんを取り上げるってーの?」
「かもな」
「……言ってくれるじゃないの」
何やら引き合いに出されているのは妙な気分だが、どうやらレイヴンを仲間として認めるかのテストをするらしい。
渋りつつも何かを思いついたレイヴンがカロルを呼び、囮にしてグロい技を見せると言う、何とも悪趣味な一芸で、どうにか合格を貰えた。
「……ちょっとレイヴン、あんまりおふざけが過ぎると、ユーリが本気でキレちゃうよ?」
「だいじょぶだいじょーぶ。俺様のが余裕で強いから」
そういう問題じゃないと思いつつも、真実なのだろうそれに何も言えず溜息をつく。
それをどう思ったのか、皆から少し離れた最後尾で隣に並んだレイヴンは、ポンポンとの頭を撫でた。
「――レイヴン、ここのエアルって……」
「あー、うん。そうらしいわね」
気になっていたことを躊躇いながらも口にすれば、あっさりと肯定が返ってきた。
「……もしかして知ってた?」
「大将からの手紙に、取り敢えずケーブ・モックへ連れてけってあったからねー」
何とアレクからの直接の指示だったと知って、そういうことはもっと早く教えて欲しいとため息をつく。
するとどうやらここが、にとっても『エアル調査』というお仕事の始めとなるらしい。
「………………」
思わず、チョーカーになっている魔導器に手をあてた。
具体的にどうなるのか……それによってこのエアルで出来た体がどう反応するするのか……
漠然とした不安に俯くと、頭にポンと手が置かれる。
「大丈夫」
降ってきた言葉に顔を上げれば、レイヴンが静かな表情でそう言ってくれた。
「きっと、大丈夫よ」
その言葉が例え本心では無くても、ただの気休めでも、何でも良い。
が今一番欲しい言葉をくれことに、じわりと胸が温かいもので満たされる。
「うん……ありがとう、レイヴン」
心からの感謝を口にして、嘘では無い笑顔を浮かべることが出来た。
100414
ようやくヴェスペリア家に加入しました!
おっさんとユーリ、ヒロインを巡ってVS風……にはならないと思います(笑)
セクハラなおっさんが書いてて物凄く楽しい…!