6.incontro - 出会い -

ちゃんって言うんだー! 可愛い名前だね、可憐な君にぴったりだ!」

 イエガーに半ば無理やり連れて来られた酒場で嘘のようにバッチリ遭遇できた"レイヴン"は、自己紹介で告げた名前に対して何やらそう力説した。
 ぐいと握られた手に引き気味になりながら、ユニオンで言われたことや『困った男』と評したイエガーの言葉が脳裏に甦り、なるほどとは何となく納得する。

 けれど絵に書いたような軽薄な台詞とは裏腹にニカッと向けられた笑みは憎めないもので、もやんわりと手を解いてから反射的に笑みを返した。

「ありがとう。レイヴンさんも素敵な名前だと思いますよ?」
「………まぁ俺様の場合? 存在自体が素敵だからさー」

 はっはっはっと芝居がけて笑う姿に苦笑して、はようやく会えた目的の人物と乾杯を交わした。

「二人の運命的な出会いに」

 ウインク付きで言われた聞き覚えのある台詞に思わず噎せる。

「あららー、大丈夫? おっさんの魅力にもう酔っぱらっちゃった?」
「うーん、そうかも?」

 軽い調子でそう乗ると、いやー参ったね、こりゃー!と言ってカラカラと笑う。
 そうやって冗談を交わしながらも空いたのグラスに酒を足し、自然とつまみの追加を頼む辺りがイエガーと似たような如才の無さを感じた。
 まさに類友というやつだろうか。

「それにしても流石友達ですね。乾杯がイエガーさんと全く同じ台詞!」

 尤もイエガーは英語交じりだったが、ついさっきのことで席まで同じなので、余計笑えた。
 ところが、それを聞いたレイヴンは飲んでいた酒を盛大に吹く。

「うわっ、大丈夫ですか!?」
「ちょっ……ちょっと、ちゃん? 何でそこでイエガーが……つーか友達って……」
「あれ、違いました? そう言えば"知り合い"だったかな。でも、貴方を探してるって言ったら彼がお礼だってここに連れて来てくれたから……しかもこうしてすんなり会えちゃったし、てっきり仲良しなのかと」

 ちなみにさっきまでそこに座ってました。
 そう言えば、レイヴンはぐったりと疲れた様子で額を押さえた。

「えー…と。とりあえずいろいろ言いたいことはあるけど置いといて、だ。どーしてちゃんはイエガーの奴と一緒にお酒なんか飲んでたのかなー?」
「どうしてって……話せば長くなりますけど。えっと…道端で偶然遭遇した可愛い女の子たちのピンチを助けようとして……――そしたらこうなりました」
「……何か、今めちゃくちゃ端折らなかった?」
「気のせいデース!」

 説明が面倒になったという訳ではないが、何やら怒られそうな気配を感じて適当に切り上げる。
 最後にがイエガーの口真似で誤魔化せば、レイヴンはガックリと項垂れた。

「あれ、似てませんでした?」
「そういう問題じゃなくて! 女の子があんな奴のモノマネなんてしちゃいけません!……しかも結構似てるし……」
「あ、似てた? やったね!」
「あのねー……」

 初対面で――しかもこれからお世話になる身で呆れさせてどうするという話だが、反応がおもしろくてついつい悪ノリしてしまった。
 しかし疲れきった様子のレイヴンに申し訳なさが募って、ごめんなさいと謝って彼のグラスに酒を継ぎ足す。
 ユニオンで不在だと言われたことからしても、もしかせずとも彼は遠方からダングレストに戻ってきたばかりなのだろう。
 息をつく為にやってきた酒場で捕まえて、初対面にして疲れさせたのでは余りにも可哀想だ。

「あ、お兄さーん! あっちの人が食べてるサバの味噌煮っぽいのと、イカ焼き、あと熱燗二つお願いします!」

 あいよ、と威勢の良い声でウェイターが戻っていくと、枝豆をつまんでいたレイヴンが意外だわーと声を漏らした。

「こういうとこには縁が無さそうなお嬢さんに見えるのに、どーしてどーして、結構渋い好みしてんのねーちゃん」
「そんなに私って"お嬢ちゃん"に見えます? 前に居たとこでも、いつもじゃないですけど結構こういう所でわいわいお酒飲んでましたよー。それに、今の注文はレイヴンさんが好きかなって思ったものを頼んだんですけど……」

 全然違ってました? と問えば、レイヴンは少し目を瞠ってふわりと笑った。

「いんや、完璧。こんな短い間におっさんの好み分かってくれるなんて、これはもう愛ね!愛!」
「あーそうかもですねー。あ、レイヴンさん、来ましたよー鯖。……ハイ、どうぞ。あ、お酒も注ぎますよ」

 が軽口を流しながらも肴を取り分けて銚子を傾ければ、レイヴンは慌てて猪口を持ちながらもよよよと羽織の袂で目元を押さえた。

「……こんな可愛い女の子に至れり尽くせりして貰えるなんて、これって夢? おっさん涙出ちゃう」
「今日限定のスペシャルサービスですよ? レイヴンさん、疲れてるかなって思ったので」
「……やーだ、ちゃんったら。俺達の間で今日限定なんて水臭いじゃないのよー。それに敬語とかさん付けとか堅苦しいのも無しね!無し! 何ならもっと二人っきりになれるとこで朝まで親交深めるなんてどう……」
「うん、遠慮しとくね、レイヴン!」
「早っ! もうちょっと考えてくれてもいいんじゃないの!?」
「あははー、レイヴンっておもしろいよねー」

 先ほどから酒場の女店員や女性客から久しぶりなどと声をかけられたりしている所から見ても、やはりレイヴンが相当女癖が悪いということに間違い無い。
 けれど、今のは流石に冗談であることはにも分かった。
 ……冗談だと思いたいからだけでは無い。多分。

「つまりさー。ちゃんは道で偶然イエガーんとこのお嬢ちゃんたちのピンチを助けようとしてー、イエガーに感謝されてー、俺様を探してるって言ったらー、おもしろがった奴にここまで連れて来られたー!ってことでしょ?」
「おぉ、すごいレイヴン! 大正解!」

 大分酒も進み、お互いほろ酔いになって来たところでレイヴンがそう言い、はパチパチと手を叩いて肯定した。
 大正解じゃなーい! と猪口を握り締めて、レイヴンは少し声を落とす。

ちゃんは知らないだろうけど、アイツは結構危険な男でー……」
「海凶の爪<リヴァイアサンの爪>のボスさんなんだよね?」

 は聞きかじったことを言っただけなのに、ぎょっとしたレイヴンにしーしー!と人差し指を立てて窘められた。

「もーこんな所でそんな物騒な名前出しちゃ駄目よー!」
「物騒って……もしかして、何か問題ありギルド?」
「問題ありってーか……暗殺やら死の商人やってる闇のギルドだからねー」
「暗殺に死の商人……」

 思わず絶句してルー語の男と連れの女の子二人を思い出した。
 食えないとは思ったが、そんなダークサイドの人には見えなかったのに……人は全く見かけによらない。
 
「じゃあ、そんな怖いギルドの親玉と二人でお酒飲んでた私って、もしかして本当に危なかったんじゃー……」
「だからそう言ってるでしょー!?」
「うわー…………うん、何も無くて良かった!」

 危機感無さすぎだって、と項垂れるレイヴンに、しかしも苦笑するしかない。
 全く知らなかったのだし、終わったことをどうこう言っても仕方ない。
 強いて言うなら、自分の人を見る目が無かったというくらいだ。

「まぁまぁレイヴン。はい、もう一杯ー!」
「お、こりゃスマンねー……って! はぁ……全く。大体ちゃん、俺様のこと探してたって言うけど、一体どんな御用なのよー?」

 酌をしていた手をはたと止めて、はそうだった!と慌ててウエストポーチを探った。
 乾杯だけして切り出すつもりが、余りに自然に馴染んでいたものだから、まったりと飲み食いを堪能してしまった。
 これで酔っ払って普通にレイヴンと別れ、また彼がダングレストを離れてしまったりしようものなら、アレクにどんな罵りを受けるか分かったものではない。
 慌てていたは、だから何も深く考えずにアレクに貰った書簡を差し出してその用件を叫ぶように告げた。

「ザーフィアスのアレクさんの紹介で、レイヴンに付き合って貰いたくて来たの!」

 しーん……と一斉にその場が静まり返った。

 え、あれ? とが瞬きしている間に、ガッと手を取られて強引に連れ出される。
 悪いマスター、付けといてちょうだいー!と言い置いたレイヴンに、後ろからどっと歓声が上がり、若いねーなどの野次やら指笛が鳴る。

 どうも言葉を間違えたらしいと気付いたのは、手を引かれながら入り組んだ細い路地を走っている最中だった。
 護衛としてエアル調査の旅に付き合って貰いたかったのだが、マズイ所だけ抜き出してしまったようだ。

 ふわりふわりと目の前で揺れる紫色の羽織は、闇の中に溶け込みながらの目の前を踊る。
 それにしても、照れ隠しでここまで全速力で逃げることは無いのじゃないか……一体どこまで走るのか……と酒の回った頭でがぼんやり思い始めた頃、ようやくレイヴンは小さい橋の下に入り込んで息をついた。

「レイヴ……」
「あんな所で堂々とこんなもの出すなんて、何考えてる!?」
「え……?」

 その低い声音にビクリと反射的に震えれば、レイヴンもはっとしたように止まって溜息をついた。
 息を潜めて追手が無いことを確認したらしいレイヴンはその場にずるずると座り込む。

 呆然と立ち尽くしたは思ってもみないことを言われ、"こんなもの"と言われたアレクの書簡に目を落とした。
 レイヴンの手に握られたそれは、宛名も差出人も無い簡素なものだ――大きな封蝋が何かの紋章で押されただけの。 

「その紋章が……?」

 それがレイヴンをここまで焦らせた本当の原因だと知って問えば、大きく溜息をつかれた。

「これは騎士団の紋章でね。この街で見せるのはちとマズイ」
「あ……ごめんなさい!」

 ギルドの巣窟であるこの街と帝国騎士団の相性が最悪なことはこの世界の常識である。
 特にギルドの人間は騎士団を毛嫌いしていると聞いていたので、あんなたまり場でその紋章が入った書簡を渡されては堪らないだろう。
 悪いことをしてしまったと慌てるを尻目に、その書簡を開けて目を通したレイヴンは文面に目を瞠り、ばっと顔を上げてを見た。

「えっと……まぁそういうことなんだけど……お願いします」

 非常に居心地の悪い視線の前で、とにかく頭を下げる。
 書簡はアレクから護衛を依頼する旨をしたためたものである筈だが、その短さから見てもの正体についてはほぼ触れられていないだろう。

 アレクからは、異世界人であることやエアルで出来た体であることなどは人には明かさないように言われている。
 しかしそれが無くとも、は自分から誰かにそれを話そうという気分にはなれなかった。
 ……話せば、現実として全てを認めてしまうような気がして、それはとても恐ろしいことのように思われたからだ。

 ややあって、レイヴンは元の声音に戻ってウーンと唸った。

「大将の頼みじゃ断れないけど、俺様もこう見えて忙しくてさー。いま別の仕事も抱えてるのよねー」
「別の仕事?」

 大将というのはアレクのことだろう。
 片やギルドユニオン、片や帝国に属していても、知人や友人であるのは不思議なことではない。
 それに、ユニオンの幹部であり外衝役のレイヴンが仕事を抱えていることも想定済みだ。

「そのお仕事が終わってからじゃ――」
「うーん、ちょいと難しいねぇ。実は、帝国のさるお姫様が正式なお供も連れずにふらふら旅に出ちまったらしくてさー。その姫さんが有力な皇位継承者でもあるもんで、ユニオンとしても放っとく訳にはいかないのよ。そんで、監視しろってんで俺様に白羽の矢が立っちまったわけ」

 両手を広げて首を振るレイヴンの説明に、も唖然としてしまった。
 まず、なぜそんなやんごとないお姫様がふらふら旅に出ちゃったのか全く理解出来なかったが、レイヴンがその任務についてしまえばしばらく戻って来れないというのは確かだろう。

「もうじきこの街に来るみたいだから、その時に合流しようと思ってんのよねー。……ま、相手は姫君っつっても若い娘さんだし、同じくらいの女の子一人くらい連れて行けないこともないけど……」

 正直危険よ、どーする?と聞かれて、は一も二も無く飛びついた。

「お願いします!!」

 ここで引き下がったらアレクに…以下省略である。
 いやむしろ、レイヴンが捕まえられなかったのなら一人で行けと言われ兼ねない。

 それに冷静になってみても、その姫君の旅の目的は不明だが別の場所に旅することは確かなのだから、エアル調査の機会も大いにありそうだ。

「神様仏様レイヴン様! お願い、私も連れてって!」

 一人で結界の外を旅するなんて不安すぎるし、実質無理なのは自信を持って言える。

 拝み倒す勢いで頭を下げれば、深い溜息と共にその頭にぽんと手が置かれた。

「もう、しゃーねーわねー。今限定のスペシャルサービスで、このレイヴン様が面倒見てあげるわ」
「! ありがとうレイヴン!!」
「超絶男前で優しいレイヴン様ー!大好きー!って言ってくれたら……」
「超絶男前で優しいレイヴン様ー!大好きー!」
「ちょっと! 全然心篭ってないわよ!」

 あははと笑って、困ったように笑うレイヴンにも苦笑する。
 彼からしたら文字通りお荷物でしか無いだろうが、それを押し付ける以上、も彼に対して出来る限りのことをしようと決めた。

「よろしくね、レイヴン!」
「――こちらこそ、ちゃん」

 笑って手を差し出せばちゃんと握り返してくれて、その低い体温に、なぜか懐かしいものを感じたのだった。






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おっさんとの掛け合いがエンドレスになりそうでまとまり悪いです。
CLAP