「青い空、青い海、爽やかな潮風……船酔いの私」
とほほと溜息をついて、は海を見晴らせるベンチで項垂れた。
天気は快晴。
昨日まで見上げていた鬱鬱とした雨空では無く、文句なしの青空で、日差しがお肌に与えるダメージが気になるほどである。
港町カプワ・トリム――
保護されていたザーフィアスを発って数日、今朝ようやく騎士団の用意してくれた船でこの港へと着いたばかりだった。
対岸のカプワ・ノールではなぜかひどい雨が続いていたので、青空は久しぶりだ。
そんな開放的なこの町に来て、こんな最低な気分に見舞われていることに、は深々と溜息をついた。
恩人であるアレクに『世界各地のエアルの調査』を仰せつかったは、あの夜以降、予想に違わぬスパルタ教育を受けて、何とか簡単な魔術は使えるようになった。
小さな切り傷を自分で治せた時の感覚は味わったことが無いほど不思議なもので、忘れない内にと思わず何度も練習してしまったほどだ。
しかし戦闘どころか格闘技の経験も無いごく普通の一般人であった為、剣も弓も使えず、呆れたアレクにこれなら馬鹿でも使えると言って短銃も持たされた。
そうやって一応結界の外に出る準備は整ったものの、一人では絶対に途中で野たれ死ぬ自信があると胸を張って主張した結果、ダングレストまでの道中はアレクの口利きによって帝国騎士団に送って貰えることになった。
この世界に来た最初と同じように馬車に揺られ、カプワ・ノールから船に乗り換えて大陸を隔てたトリム港へ……野宿も無く、途中の街や村で休息を取りながら順調にここまで来たものの、予想外の船酔いに見舞われ、まだ日も高いというのに今日はこの街で宿を取らざるを得なくなった。
同行してくれていた騎士たちは詰め所だかの宿泊施設があるというので宿屋で分かれ、一人になって現在に至る。
宿から一歩も外に出ないようにと厳重に言い渡されたものの、律義に守るのも憚られる陽気だ。
船酔いを覚まそうと潮風に吹かれに彷徨い出て、ぼんやりぐったりと体を休めていた。
「……それにしても、平和だなー……」
海沿いの遊歩道のベンチに腰掛けて一人ごちる。
滑り台で遊ぶ子どもや、露店の呼び込みなどが聞こえて来て、こういう日常の光景は何処の世界でも変わらないのだなーなどと呑気に思う。
違う所と言えば、主には服装とか外見だ。
道行く人を何気なく眺めながら、はぼんやりと観察した。
あんなフワフワの服で歩く女の子は……というかピンク色の髪の毛なんて、日本にはいない。
ああ、男の人であそこまで無造作なキューティクル長髪もほとんどいないな。
それにあれって犬? 何か剣ぶら下げてて煙管咥えてるし……
連れの男の子はリーゼントっぽくて、あ…一番後ろの女の子は変わった可愛いティーンズファッションでも通るかな……
つらつらとそんなことを考えていると、目の前を通過していたその一行のまさに最後尾の女の子が突如倒れた。
「うわっ、えっ……!?」
しかも、連れの一行はお喋りに興じていて、立ち止まっている犬以外は気付いていない。
は反射的に女の子を助け起こし、声を上げていた。
「ちょっとそこの変わったご一行ー! 連れの女の子倒れたんですけどー!!」
「本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいか……」
「どういたしまして。困った時はお互い様だしね」
カプワ・トリムのが泊まっている宿屋の一室――
その寝台には、先程目の前で倒れた女の子が眠っている。
どうも熱があるらしく、宿を取っていないという彼らを連れて来て自室の温かい布団を提供すれば、容態が安定してほっと一息ついた。
「そういや、まだお互い名乗っても無かったな」
気安い感じでそう言ったのは黒い長髪サラサラストレートな美人のお兄さんである。
見かけのクールビューティで女性的な外見とは違って、性格は中々サッパリしているようだ。
「俺はユーリ・ローウェル。こっちはエステル、カロル、ラピード、そんでアンタが助けてくれたのがリタだ」
お兄さん、ピンク髪の可愛い女の子、リーゼントの男の子、犬、倒れた女の子――の順に紹介され、何とかそれを頭に叩き込む。
「私は。よろしくね、ユーリさんに、エステルちゃんに、カロル君に、ラピード君?」
順に握手を交わせば、ユーリがむず痒そうに言う。
「さん付けなんていらねぇよ。そんな大したご身分でも無いしな」
「そう? それじゃ、私も呼び捨てでどうぞ」
「了解、」
美人なお兄さんに呼ばれるなら、呼び捨てだろうが何だろうが大歓迎である。
「私も、本当はエステリーゼって言います。エステルは、ユーリが付けてくれた愛称で」
「エステリーゼもすごく綺麗な響きだけど、エステルって呼び方も可愛い! 私もエステルって呼んで良いかな?」
「勿論です! 私もって呼んでもいいです?」
「勿論!」
癒し効果満点の可愛い女の子も大歓迎だ。
「あ、ずるいや二人とも! 僕も僕も! 僕はねー……」
「カロル、でいいかな? 私の事もって呼んで?」
「うん!」
「ラピードもね」
「ワゥン!」
可愛い男の子とカッコ良い犬もどんと来いである。
「しっかし、変わったご一行なんてどんな呼び止め方だよ」
「あー……ははは、ごめんね。えっと、変わってるよね、あんまり接点無さそうな面子だったからさ」
不満そうに抗議して来るユーリに、は乾いた笑いを返した。
確かに、結構な大声を上げてしまった為人目も引いたし、あの言い方でユーリたちにじろじろ好奇の視線が集まってしまったことも事実だ。
服装などはこの世界では普通だろうから、何とか誤魔化してそう言って謝る。
「まぁ、そう言われてみればそうか。俺みたいなのとエステルみたいなお嬢様が一緒に居るってだけでも人目は引くしな」
「そういうものなんです?」
「僕も、最初は駆け落ちか何かだと思ったもん!」
わいわいと他愛無い話をして笑う。
こんな普通の時間はひどく久しぶりだな、とはしみじみ思った。
おしゃべりは好きだからよく友達とも長電話したり、仲間内で賑やかに飲みに行ったりと、そう言えば日本ではあまり一人で居る時間は無かった。
「でも、も何だか変わってますよね」
「あー、確かにな。何か変わってる」
「え? え、そうかな? どっか変?」
感慨に耽っている所にそんなことを言われ、は慌てて自分の恰好を見おろした。
元々着ていた仕事用のラフなパンツスーツは、この世界でも浮くということは無かったが、旅や普段には不向きだった。
今はアレクが用意してくれた少々可愛らしさのあるしっかりした素材の旅装束を身に着けている。
だって人並にオシャレに興味はあるし、可愛いものを着てみたりするのも結構好きだったりする。
けれど、最初に用意されたのがもっとフリルがあって露出の多いものだったから、あのアレクに頑張っていろいろと抗議し、今の服に落ち着いたのであるが……
「いや、服のことじゃなくて」
「とっても可愛いです」
「ホント? ありがと、エステル」
「何つーか雰囲気……とか。上手く言えねーけどな」
恰好では無く雰囲気と言われて、はしばし硬直してしまった。
異邦人としてなのか、体のことなのか、どちらにせよ言われた本人は分からない上にどうしようもない。
「……うーん。それは、私があんまり可愛いから、みんな緊張しちゃってるってことね!」
満面の笑顔で冗談らしく言えば、きょとんとした三人は次いでぷっと吹き出した。
「はは、自分で言ってりゃ世話ねぇな」
「ちょっと、ここで笑うのはひどく無い?」
「ごめんなさい。でも……」
「っておもしろいね!」
散々な言われようであるが、無事に空気が和んだので良しとする。
どこがどう変わっているように感じるのか、明日にでも同行している騎士に聞いてみよう…などと、ほとんど喋ってくれない連れたちを思い浮かべて軽く決意した。
「おもしろいって、この場合誉め言葉じゃないよね?」
いや、誉め言葉だって。
などとその後も途切れることなく賑やかに会話を続けていれば、寝台がもぞと動いて、倒れた女の子――リタが目を覚ました。
「あ、大丈夫?」
「リタ! 大丈夫です!?」
「ここは……アンタ、誰?」
熱に潤んだパッチリした目が猫みたいに警戒を滲ませてを睨む。
それに苦笑して名乗れば、エステルが助けてくれた恩人なんですよなどと大仰に紹介した。
「えっ……そうなの。リタ・モルディオよ。その……た…助けてくれて、あ…ありがと」
「っ……いえいえ、どういたしまして」
こっちはツンデレ美少女であるらしい。
頬を赤くして俯く様にきゅんとしながら、は腰を上げた。
「リタちゃん、お腹減らない? ここキッチン付いてるから、良かったら胃に優しいものでも作るけど」
「べっ…別にお腹なんて……!」
その瞬間、グー!と盛大にお腹が鳴って、瞬時に赤面した――が。
「や…やだなー、あはは! ……てわけで私がお腹空いたから、良かったら皆も一緒にどう?」
「ぷっ…ははは! それじゃあ折角だし、ご馳走になるか!」
「ふふ、そうですね。皆で食べた方が美味しいですし」
「僕ら、材料も少しならあるよ!」
賑やかな彼らに自然表情を和らげて、有り難く材料を受取り、手早く調理を始める。
「リタちゃん、待っててねー。すぐ出来るから」
「……ちょっとアンタ、皆は呼び捨てなのに、何であたしだけちゃん付けなのよ」
「ん? 何となく?」
フライパンを振って中の具をかき混ぜながら言えばぐっと詰まった気配を感じたので、はそっと微笑んだ。
可愛い子を弄るのは嫌いじゃないが、病気の女の子相手に意地悪する趣味は無い。
「それじゃあ、リタって呼んでもいい? 私の事もって呼んでくれたら嬉しいな」
「しょ…しょーがないからそれでいいわよ。……卵も入れてよね、」
「りょーかい、リタ!」
その後、すぐに出来た簡易料理とリタ用のおかゆを囲んで、美味しい美味しいと大げさなくらいに連呼する一行を眺めながら、は久しぶりに声を上げて笑ったななどと温かな気持ちに包まれていた。
「……そう言えば、船酔い吹っ飛んじゃった」
ぽつりと零してまた笑う。
同行人と合流していないという点ではまだエアル調査の旅は始まってもいないけれど、それまでに普通に笑える自分を見つけられてほっと深い安堵を覚えたのだった。
100207
トリムでユーリ氏一行と遭遇です。
時期的に、ニアミスでおっさんとすれ違ってる頃合……次回、ようやくダングレスト到着です!