番外.城下制覇戦

 その日は、朝から大忙しだった。

 特に午後の忙しさと言ったら、まさに怒涛の快進撃――

 新生活の為の買物――たまたまやってきた政宗を案内役にとやってきた城下だったが、は入隊前から早くも戦場の政宗を垣間見た気がしていた。





「ちょっ……政宗さん? 急にどうしたんですか? もう休憩なんて早すぎますけど」

 の新居である弓兵隊の長屋は、片倉小十郎が拝領している武家屋敷群の東端にある。片倉家自体が三の丸の東――城下と接する大橋側にあることもあって、意気揚々と出発したたちはすぐに城下に来ることが出来たのだが――

 まずは衣類の調達だと思って最初に訪れた古着屋で、数着見繕って購入しようとした時だった。
 何しろ、この時代の貨幣など見るのも初めてだったので、相場どころか貨幣の見分けも付かず、は店の主人に財布の中身を見せて代金分を取って貰おうとした。
 その時、政宗が間に割って入り、購入しようと思っていた商品まで断って連れ出し、近くの茶屋に無理やり押し込まれたという次第である。

 この後にも買う物は山ほど控えており、一分一秒の時間も無駄にしたくないは、政宗の横暴さに眉を潜めた。
 しかし、それに負けず劣らずの不機嫌顔で政宗が口を開く。

――アンタ、よっぽど良い家の出か? じゃなきゃ、家から出たこともねぇ箱入り娘か」
「は…?」

 一瞬は言われている意味が分からず呆然とした。

「俺も人のことは言えねぇが、一件だけ見てとっとと買うもん決めたり、言い値のまんま頷いたり、ましてや有り金全部見せるなんざ、まともじゃねぇぜ」

 言われて初めて、そういうものか、とは思った。
 平和な日本で暮らしてきた身としては馴染みにくいことだったが、要は治安が物凄く悪い発展途上の外国に来たとでも思えばいいだろうか。
 は慌てて頭の中で言い訳を組み立てて、大仰に驚いてみせた。

「ああ、そうか、そういうものなんですよね……すみません、私の国では、そういう危機感は薄いものですから。お金も違うのでよく分からなくて……」

 嘘では無いので真実味があったらしい。
 政宗は納得したようだったが、逆に渋い顔になった。

「それでよく買物に来る気になったなー…肝が据わってるっつーより、ただのthoughtless(無謀)なんじゃねぇのか?」
「それはー……悔しいけどその通りですね」

 手持ちが足りなくなって買えないものが出てきたら、それこそ死活問題だ。
 非を認めて項垂れると、政宗が運ばれてきた団子を咥えながら「しょーがねぇなぁ」と言って笑った――なぜか楽しそうに。

「いいか、――戦も買物も、要はココだ」

 そう言って、自分の頭を指して言う政宗に、も頷く。

「まず地理だが、俺も詳しい訳じゃねぇが、まあ大体の店の場所は分かる。ざっというと……今がここ、ここらが古着屋・反物屋・細工屋で、こっちが武具商、馬商、反対の筋が金物を扱ってる界隈だな。向こうは木工、その向こうが食料の市だ」

 言いながら拾った木の棒でするすると地図を描いていく政宗の手元を覗き込んで、も真剣に頷いた。
 買物が戦と同じというのは大袈裟すぎるが、生活がかかっているという点ではこそが当事者だ。

「だったら、まずこの辺りを通って衣類を済ませて、その後こっちから、こう…回ってくるというのはどうです?」
「アー、確かにそれが早そうだが、武具商は店じまいが早ぇからな…こっちを優先して、こうだな」

 大人が二人して――地面に何事か書いて真剣に話している様は、実に奇妙だったろう。
 視線を感じて顔を上げると、店の娘が客と何やら話しながらこちらを見ていた。
 は顔を赤くしたが、政宗は気に留めることも無く茶を啜る。

「後は値を下げる交渉だが……俺も物の相場は知らねぇからなぁ、こればっかは見て回るしかねぇだろ。交渉は腕次第だが――、お前そういうのは得意だろ?」

 あの三人を手玉に取って遊んでたくらいだからなぁ――そう付け加えられて、は溜息をついた。
 何となく言いたいことは分かったが、そうやっていつまでもからかうのは止めてほしい。
 弄られてばかりでは癪なので、はニヤリと笑ってみせた。

「私は馬鹿なので、何のことを言ってるのかさっぱり分かりません――あ、旦那さん、お勘定お願いします――ね、政宗さん?」
「ア?」
「ご馳走様でした」

 迷いの無い笑顔で言うと、政宗はぴくりと眉を動かした。
 元々払うつもりで居たのだろうが、おもしろくなさそうだ。
 それに気付かないふりをして、続いては、勘定を受け取った主人に向き直る。

「旦那さん、ここのお団子物凄く美味しかったです! 米沢一 ――いえ、奥州一の味ですね!」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね、可愛い娘さん」
「お世辞なんかじゃありませんよ。また来てもいいですか?…なんて、我慢できなくてすぐに来ちゃいそうですけど」
「ははは! いつでも大歓迎だよ。そうだ、少し包んで持って帰るといい――我慢できなくなったら困るだろうからね」
「え…っ? いえ、でもそんな…!」
「なに、これから贔屓にしてくれる上客への手付けのようなもんだ。遠慮はいらないよ」
「…ふふ、それなら有り難く頂戴しておきますね」

 にこやかに手を振って歩き出したの腕には、サービスというには大量の団子が納められていた――もちろんの財布は一銭も傷まないままで。

「いつきちゃんへのお土産ができましたね」
「……怖ぇ女……」

 それも聞かなかったフリをし、は今度こそ手早く買物を済ませるために気持ちを切り替えた。






「よぉし、got it! 次だ、次! 、遅れんなよ!?」

 今にも走り出しそうな政宗の怒涛のテンションに引っ張られ、何とか衣類の買物を済ませたは、続いて武具商に辿り着いていた。
 稽古用の木刀や防具は城に揃っているらしいが、軍に所属するということは、いつ何時でも出陣できるようにしておかなければならないということだ。
 戦場へ赴く際の装備は、与えられている禄から自前で揃えるのが普通らしい。

「馬上からだと一般的には槍が有利だが、使えるか?」
「無理です――というか、刀も使えませんし、唯一少し使えるのは、これくらいですね」
「弓か」

 政宗も贔屓にしているという大店の軒先で、は大振りの弓を手に取った。
 試しに弦を引いてみたが、かなり固い――の時代と違って矢もずっと重いから、だいぶ勝手が違うだろう。

「馬上から使えんのか?」
「……正直、あまり自信はありません。白斗くらい利口な馬ならまだしも……修練次第でしょうか」

 そう答えながらも手頃な価格のものをいくつか手に取りだしたを見遣って、政宗も選ぶのを手伝ってくれた。
 政宗の目利きは流石で、実戦経験の無いには大いに助かったし、口を利いてくれたお陰で価格面でも融通がきいた。


 しかし、選ぶのに時間を掛けすぎたのか、店を出た頃にはもう日も傾き始めていた。
 夕方にもなれば、大抵の店は閉まってしまう。

「チッ、しょうがねぇ……ここからは手分けだ。俺は金物屋と今晩の夕餉の材料買ってくるから、はそれ以外回ってろ」
「え……でも、夕餉の材料って……」
「今夜は引越し祝いだ――特別に俺が作ってやるよ」
「政宗さんが…!?」

 思ってもみなかった政宗の言葉に、は驚いた。
 伊達政宗が料理好きというエピソードは、記憶違いでは無かったらしい。

「んなに驚くことかよ……まぁ楽しみにしとくこったな」

 本来なら遠慮して断るべきなのだろうが、正直この時代の台所の勝手も分からなかったは、使い方を教えて貰うぐらいの軽い気持ちで頷いた。それに、人の好意は素直に受けるものだ。

「分かりました、よろしくお願いします。頑張って走り回って、お腹空かせておきますね」
「食う気満々かよ――いいね、こっちも作り甲斐があるってもんだ」

 そんなやり取りをして分かれ、は再び気合を入れなおした。
 残るは、木工製品と雑多な小物だけである。
 政宗が追いついた時、終わっていなかったら何を言われるか分からない――手持ちの金額も少ないことだし、ここは腕の見せ所だと、張り切って足を速めた。






 全ての買物を済ませた政宗は、両手いっぱいの荷物を抱えながらも不機嫌でない自分を訝しみながら城下を歩いていた。

 自軍の伝令隊に所属することになった――初めて会った時は、まさかこんなことになるとは政宗とて夢にも思わなかった。

 変な女だ――と思う。
 言っていることが全て真実という訳では無いだろうが、少なくとも自分を裏切るような嘘はついていないだろうと思えた。
 だから受け入れたのか?
 小十郎にもそう聞かれたが、本心は違うような気がする。
 なぜか、彼女は放っておけないと感じさせる何かを持っていたのだ。

(Ha、いくら非力っつっても、あんだけ怖いもの知らずな女に持つ感想じゃねーな…)

 その時ふと、通りの店先に吊られた飾り紐が目に入った。
 深く考えず、その内の鮮やかな赤を手に取る。

(アイツに似合いそうだ)

 気付いた時には、既に購入していた。

「ありがとうございました」
「あ?……ああ」

 代金と引き換えに渡された飾り紐を政宗はまじまじと見つめる。
 この自分がほとんど無意識に買うなんて……それも、女への贈り物を?

 その意味に思い当たりかけた時だった。

 向かう先の辻から悲鳴が上がって、政宗ははっと我に返った。
 嫌な予感がして駆けつけると、人だかりの真ん中に探し人のが居た。

 何をやっていると思う間に、その周りをチンピラと思しき風体の悪い男が三人取り囲んでいることに気づく。

「いけないなぁ、お嬢さん。俺たちは荷物が重そうだから親切で声掛けてやったのに、その態度は傷付くぜ?」
「そうそう、いいから大人しくしときなよ。そしたら俺たちも優しーく可愛がってやるからさぁ」

 ピキと自分の米神に青筋が浮いたのが分かった。
 お決まりの台詞しか吐けない、低俗なチンピラ。
 の方を見遣れば、男たちを強く睨みつけながらも、焦ったような表情を浮かべていた。この人だかりから見て、既に何度かあしらおうとして失敗しているのだろう。

「どいてください。連れがいるから、放っておいてって言ってるじゃないですか!」

 若干怯えながら睨みつけるに、チンピラたちは下卑た笑いを浮かべた。

「はは、威勢のイイ女だな、かーわいいねー」

 男の一人がに手を掛けようとした瞬間、政宗は思わず脇差の鯉口を切った。
 しかし、政宗が出る直前、男の手は突如現れた屈強な手によって遮られる。

「なんだぁ!?」
ちゃん、大丈夫かい!?」
「田山屋の旦那さん!」

 その隙にに走り寄ったのは、商家の主人といった風体の小柄な男だった。
 どうやら屈強な方は店の手代らしい。

「お前たち、ここをどこのシマだと思ってんだ!」
「くだらん悪さするなら他所へ行け!」
「柴田屋さんに佐竹屋さんまで…!」

 別な商人たちも出てきて、の前に庇うように立つ。

ちゃん、遅くなってすまなかったね。騒ぎを聞きつけて、慌てて店のものを呼びにいったんだが…」
「そんな……今日会ったばかりの私なんかの為にわざわざ……!?」

 政宗もと同じように、その光景に呆気に取られた。
 を守るように取り巻く商人たちの中には、あの団子屋の主人や武具商の手代も混じっている。

(……こいつ、一体何やらかしたんだ…)

 政宗は、半分呆れと、半分は笑い出したい衝動に口元を歪めた。
 たった半日でこれだけの城下の有力商人をたらし込むなんて半端じゃない。
 米沢城下の大半を味方に付けたようなものだ。

 しかし、チンピラの脳みそではそんなことは理解できなかったらしい。
 自分たちから気が逸れている隙に短刀を抜こうとしたその背後に、政宗は素早く回りこんで、その背に刀の柄を当てた。

「抜いたらどうなるか分かるよなァ? 命粗末にするなんざcoolじゃないぜ?」
「くっ…くそぉ……覚えてろよっ!」
「おーおー、捨て台詞までチンピラだなー……おい、!」

 政宗が声を上げると、助けてくれた人だかりに取り囲まれていたは、ひょこと顔を覗かせた。

「政宗さん!」

 こちらに気づいて顔を輝かせると、周りに礼を言って分かれ、寄ってくる。

「こっちは全部終わりましたよ。そっちはどうでした?」

 何事も無かったかのように言うに、政宗はにやりと笑って見せた。

「誰に向かって聞いてんだ、完璧に決まってんだろ?……それよりも、さっきのは何だ?あぁ?」
「あははー…やっぱり見られてましたか」

 誤魔化しが効かないと悟ると、「お騒がせして申し訳なかったですけど、でも私は悪くありませんよ!」と開き直った。
 政宗とてそれは分かっているのだが、感情は別物で、苛立ちのままにの頭を小突く。

「隙があるからそうなんだろうが! もっと緊張感持って歩けねぇのか、fool girl?」
「ば…馬鹿とは何ですか! 大体、助けてもらって何にも無かったんですから、問題ないでしょう!?」
「その油断が戦じゃ命取りだって言ってんだ! 戦場じゃ助けてくれるヤツなんかいないんだぜ?」
「…それは………」
「死ぬのは勝手だが、お前がやられたら軍全体に影響が出る……伝令ってのは、そういう重要な役どころだ、分かってんのか!?」
「…………すみません」

 政宗が言い過ぎたと思った時には遅かった。
 は悔しそうに口を引き結んで俯いていたが、それが自分自身に対しての憤りであることは心許無く歪められた瞳から明らかだった。

「そうですよね……政宗さんに見込んでもらって私も大見得切った癖に……あはは…情け無いですよね……すみません、私一足先に戻って……」
「――
「っ……!」

 思わず腕を捕まえると、振り向いたの瞳には涙が浮いていた。
 政宗は微かに瞳を歪めて舌打ちする。
 女の甘えの涙にうろたえるなんて、全くどうかしている。 

「……悪いと思ってんなら、次から考えを改めるこったな。それで、何も見なかったことにしてやる」
「でも……」

 戸惑ったの瞳を見据えて、政宗はもう一度念を押すように言った。

「二度は言わねぇぜ? 今日、城下で何かあったのか?」

 は何度か瞬きをしてその意味を理解すると、一度深呼吸してはっきりと答えた。

「いいえ、特に何も。――優しい人たちとお知り合いになれたこと以外には」

 付け加えた言葉に微笑んでさえ見せたの瞳は、もう完全に乾いていた。

「……good.んじゃーとっとと帰るぞ。いつきが待ちくたびれてる」
「そうですね……政宗さんの晩御飯、楽しみです」
「ああ、期待は裏切らねぇぜ」
「はい――私も、頑張ります」

 それが何を指しているかを悟った政宗は、口元を綻ばせた。

 放っておけないと思いきや、城下の商人たちをあっという間に味方に引き入れるなどという奇跡に近いことをやってのけ、かと思いきや簡単にチンピラに絡まれて簡単に落ち込む。しかしその次の瞬間には、次を見据えているような強さも持っていて……

(結局、目が離せねぇってことか……)

「……おもしろい」

 呟いて、政宗はの荷物も取り上げた。
 ほとんど自覚もなしに、米沢城下の大半を制覇したは、嬉しそうに礼を言って微笑んだ。








060703
この時代のお買物事情が全く分かりませんでした
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