9.real life

 両親の死を思い出して数日――不覚にもは高熱を出し、現実と夢の狭間を彷徨った。
 か弱いなどというのとは無縁だと思っていた自分に、そんな脆い神経があったことが意外だった。
 しかし、それはかよわい・脆いと言うよりも、ただ弱いのだろうと思う。

 自分が捨てられた子供だと知った時から、どんな場所でもどんな状況でも生きていけるように強くならなければならないと思い続けてきた。
 義理の両親は何不自由無く育ててくれたが、いつその仮初の手が引っ込められても、独りでも生きていけるようにと――

 それが、この体たらくはどうだ。
 実際にその手が失われた時、は強くあるどころか、自分を守る為に記憶すら消した。
 両親が死んだという事実を記憶の隅に追いやり、こうやって違う時代にまで逃げ出してきた。

 強くならなければ――
 熱に浮かされた悪夢の中で、は何度も自分に言い聞かせた。
 私は、今度こそ独りになったんだから――

 しかし、そんな夢の途切れ目……ふと目覚める時、傍には必ず誰かが居てくれた。
 大抵は女中の誰かだったが、時にはいつきだったり、小十郎たちだったりもした。

 少なくとも、今この時は独りでは無いのだと……そう思えたことが、どれほど嬉しかったか知れない。


「…政…宗さん……?」

 いつだったか、昼か夜かも定かでは無いが、重い瞼を上げると、布団の傍らに政宗が座って本を読んでいた。
 掠れた声での呼びかけに、枕元から水を汲んで丁寧に飲まれてくれた。

「ありがとう…ござ…ます」
「ああ、これくらい大したことじゃねぇ。いいから寝てろ」

 何でも無いというようなその返答に、は苦笑した。

「いつも…誰かが居てくれるの……政宗さんが…言ってくれてる…でしょう?」
「あー…なんだ……」

 ばつが悪そうに視線を逸らした政宗に、は微笑んだ。
 あの夜も、ずっと抱いていてくれた暖かさを覚えている。

 再び泥のように押し寄せる睡魔に抗いながら、は気持ちを伝えるだけで精一杯だった。

「嬉しい…です。誰かが居ると…政宗さんが居てくれると……ほっとする……」

 それ以来政宗の姿は見なかったが、度々様子を見に来てくれたということは小十郎から聞かされた。
 多忙なお殿様の手を煩わせて申し訳ないとは思うものの、嬉しいと思う心はどうしようもなかった。



 そして、数日が経った今日――
 完全に熱も引き、寝ている間に肩の傷もしっかり癒えた。
 もう十分健康体と言える体で、は政宗への目通りを願い出ていた。

(政宗さんの気遣いが本当に嬉しかった――だからこそ、これ以上は甘えられない)

 来客中ということで待たされることしばし……廊下から荒々しい足音がして、は畳に手をついて頭を下げた。
 スパンと気持ち良い音と共に障子が開き、政宗が何事かぼやきながら入ってくる。

「あー、しつっけぇったら無かったな、あのオッサン! 女も政略も、落としたいならもっとcoolに………? 何やってんだ、お前」

 が頭を下げたままであることにようやく気付いたのか、上座に落ち着いた政宗が怪訝な声で聞いてくる。
 今更そんな態度取ったって気味悪いだけだぜ――そう言われている気がして、どういう意味だと反論するのを耐えた。

 促されて顔を上げると、そこにはやはり怪訝顔の政宗――さっきまで一緒だっただろう小十郎の姿は見えないが、気を使って廊下で控えてくれたのかもしれない。
 は気持ちを落ち着けて、口を開いた。

「政宗"様"、今まで余りあるご配慮、ありがとうございました。長らくご好意に甘えさせていただきましたが、体も癒えましたので、本日でお暇させていただきます」
「……は? いま何つった?」

 慣れない格式ばった敬語が下手だったとしても、意味まで伝わらなかったということは無いだろう。
 は正座したまま少し後ろに下がると、深く頭を下げた。

「政宗様はじめ、小十郎様、成実様、綱元様、いつき様、ご家中の方々にも、大変なご迷惑をおかけして……」
「wait! ……つまり、お前は今日限りで出ていく……もう二度と俺たちとは会わねぇ……そういう事か?」

 極端な要約に、は思わず顔を上げた。
 真っ直ぐに見つめてくる真剣な隻眼に出会う。

「本当の親は知らず、育ての親も死んだ……それでどうやって生きていく?」
「私ももう子供じゃありません。どこでだって生きていけます」
「戦に巻きこまれたらどうする?」
「巻き込まれたくは無いですが、その時はその時でしょうがないです」
「死んでもいいっつーのか?」
「死にたくはありません。でもそれは、みんな同じでしょう」

 は真っ向から視線を受け止めて、静かに言葉を返していく。
 意地でも、動揺している自分を悟られたくは無かった。
 何を言われても切り返せると思っていたのに、実際にあの瞳の前に立っただけで全て見透かされそうな…弱い自分を暴かれそうな得体の知れない緊張を強いられる。

「……国に帰るのか? 確か、帰れないとか言って無かったか?」
「………実際、九州まで私一人で行くのは無理がありますし、九州からの船も私だけでは手配出来ません。第一、帰ったところで、両親のいない国には私の家はないでしょう…」

 九州云々はともかく、帰り方が分からないというのも、帰っても家が無いというのは真実だった。
 両親の親族は、善良な両親とは違って強欲な人物が多く、養子のは疎ましがられていた。
 彼らならば両親の死後、行方不明になった養子を探すよりも、自分たちで財産を分配することに力を注ぐだろう。
 しかし、それでも……

「それでも、いつかは一度あそこに戻りたいと思います。自分で両親の墓前に立って、一言育てて貰ったお礼が言いたい……」

 "帰りたい"とは言えなかった。
 両親のいないあの町は、あの家は、もうの居場所ではない。

(目標が、三つに増えちゃった……)

 本当の両親を探すこと。元の時代に戻る手段を探すこと。これから独りで…生きること。

 独りで生きていくことに不安が無いと言えば嘘になる。
 でも、例えこの体を売ってでしか生きられないとしても、は生きなければならないのだ。

「――言いたいことは分かった。だが、承諾はできねぇなぁ」
「え……?」

 驚いて見つめた先で、政宗は口の端を吊り上げた。

「んな不安そうな顔してるヤツを放り出して、あっけなく野たれ死にされた日にゃ寝覚めが悪ぃからな」

 不安そうな顔と言われて、は思わず手で顔を覆った。
 顔に出ていたなんて、恥ずかしすぎる。

「不安だなんて、ちっとも思ってません! とにかく、私はこれでお別……」
「ここに居ろ」
「……っ」

 口調は静かだったが、隻眼が殺気に似たような鋭い光を称えていて、は初めて会った時を思い出した。
 こちらの心も何もかもを食らい尽くす、乱世そのもののような竜。

「お前が帰れる日まで、俺の為に働け」
「で…でも、そんなに甘える訳には……!」
「No、穿き違えるなよ、。俺は働けっつったんだ、それは甘えじゃねぇ」

 目を瞠ったまま身動きできないの前まで来ると、政宗は大きな手を差し出した。

「俺の作る世が見たいと言った言葉が本当なら、俺が天下を取る為にアンタの力を貸せ」

 ふてぶてしく自信に溢れたその顔に、は気が付けばその手を取っていた。

「イイ子だ、kitty――オイ、小十郎!」
「はっ」

 呆然とするを引き寄せて立ち上がらせた政宗は、障子を開けて顔を見せた小十郎に頷いてみせた。
 それだけで伝わったのか、今までの話も聞いていただろう小十郎は心得たように頭を下げる。

「それではただちに……大台所が人手不足という話を聞いております。殿は炊事などは出来ますか?」
「え……と、私の国とは勝手が違う所もあるでしょうが、慣れれば一応問題無いかと……」
「いや、台所はreject(却下)だ。そうだな――確か大分前の戦で、伝令兵が足んなくなってたよな」
「はい、それは確かに……まさか政宗様…!?」

 速すぎる展開についていけない当の本人を置き去りに、青くなった小十郎に政宗は笑った。

「伝令隊はお前の管轄だったな。よろしく頼んだぜ」
「し…しばしお待ちくだされ、政宗様っ! 伝令は確かに重要なれど危険な役所……簡単になり手が無いからこそ、今でも不足したままなのですぞ! そんな所に女子など……まして、殿を戦場に出されるとおっしゃるか!?」

 戦場――その言葉に、この時代に来た時に見た地獄絵図を思い出し、は思わず体を固くした。
 そんなを見やって、政宗はにやりと笑う。

「Hey,小十郎、耄碌すんには早いんじゃねぇか? 伝令に必要なのは、力や武だけじゃねぇ……機転と馬術だ。その点、白斗を乗りこなすこいつなら問題はねぇ」

 しかし、と尚も言い募る小十郎に背を向け、政宗はにどこか挑戦的な視線を投げた。

「それとも、俺の買い被りか、? 戦場で生き延びる自信が無いか?」

 明らかな挑発だった。
 が負けず嫌いだと知った上で、政宗はわざとそんな言い方をしている――分かってはいても、この瞳の前で"出来ない"と言うのはたまらない屈辱だと感じた。
 結局は政宗の掌で踊らされたことを自覚しながらも、は諦め交じりの溜息をつき、笑った。

「伝令隊への配属、確かに受け賜わりました――政宗さん的に言えば、『上等だ』って気分ですけどね」

 くくっと笑った政宗と、呆気に取られている小十郎に、は改めて頭を下げた。

「政宗様、小十郎様――未熟者ですが、よろしくお願い致します」

「あぁ、せいぜい死なねぇように励めよ」
「…はぁ、あの時の借りを返すつもりでお受けしましょう――殿」

 まだまだ先のことなど見えない暗中模索の状態であることに変わりは無かった。
 けれど、これからこの場所で、現実に生きていくための、これが地に足をついたの第一歩だった。






060703
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