先日この小田原城に侵入した忍は、疾風ら黒脛巾組によって全員捕縛された。
しかしすぐに全員が自害してしまった為、結局どこの者とも知れずに終わったらしい。
その内の一人に二の丸でが手傷を負わせたことは、本人の希望が通って政宗らには知れずに済んだが、問題はあんな城の奥まで明るい内から侵入を許したということにある。
それは、警備が杜撰だったというよりも、相手が驚くほど周到だったと言えることのようで。
また、何かが動き出そうとしている……
こんなに良い天気で、平和な陽気なのに。
は美しい花弁を見比べて鋏を使いながら、溜息をついて空を見上げた。
政宗は伊達者を自称するだけあって、その審美眼は本物だ。
彼が集める調度や芸術品は、どれも一級のものばかりで、それは城の庭においても同じだった。
政宗自身の采配によって調えられている庭は、米沢城に比べて敷地が広くなった分、更にその趣深さも増していたが、やはり全体的に彼の性格がよく出ているように感じる。
雨や雪でも風情があるけれど、政宗の庭には雲ひとつ無い晴天が一番似合うと、はそう思っていた。
その庭を回りながら、吟味した花をより分けては鋏を入れて手折っていく。
「うーん、こんな所かな……宗兵衛さん!」
手の中に集まった何種類かで構成された花束を抱えて、少し離れた所に居た老人を呼ぶ。
呼ばれた彼――庭師の宗兵衛は近寄って来ての手元を覗き込んだ。
「……どうでしょうか?」
「ふむ……どうも派手な気もするが、殿は新しいものがお好きじゃし、まぁ良かろう」
「ありがとうございます!」
ようやく貰えた合格点に破顔し、頭を下げる。
宗兵衛は古くから伊達家に仕えており、米沢に居た頃にとも面識はあったが、こうして話すようになったのは小田原に来てからだ。
米沢の頃は仮にも軍属だったので庭や花とは無縁だった。
「生けたらまた見て下さいね」
笑顔でそう言い、ああと頷いて去っていく後姿を見つめる。
さて、とも腰を上げ、手と足を洗って館へ上がった頃、もう既に慣れた気配が近付いてきた。
僅かに深呼吸して気持ちを落ち着かせ、姿が見えた頃に慌てたように膝を折って出迎える。
「Ah? じゃねぇか。主人ほっぽり出して何してんだ?」
いつも通り、粋な着物を若干着崩した政宗が、眠そうにしながら立っていた。
相変わらずの物言いだったが、サボっているように言われるのは心外だ。
大体、この時間は政宗は執務の筈なのだから、サボっているのはそちらである。
むっと言い返そうとした言葉を飲み込んでは腕に抱いたものを見せた。
「政宗様のお部屋に飾らせていただこうと思いまして」
「へぇ……中々粋なchoiceじゃねぇか。お前の見立てか? こいつは庭の花だろ」
「はい、宗兵衛さんに相談に乗っていただきました」
答えれば、政宗は少し目を瞠って口笛を吹いた。
「相変わらずだな、」
「はい……?」
「いつの間に手懐けた? 宗兵衛は俺がガキん時から仕えてて腕は確かなんだが、この俺にもまともに花を手折らせない堅物なんだぜ?」
手懐けるだなんて口が悪い政宗の方こそ相変わらずである。
記憶を失くす以前も、誑し込むだとか誑かすなどと散々言われたものだ。
懐かしく、それでも不快なその言葉に眉を寄せて耐えているには気付かず、政宗は花に目をやったまま続けた。
「楽しみにしてるぜ。お前の生けた花は割と好きだからな」
「え?」
「前にも洋薔薇生けてたことあんだろ。ありゃ斬新でcoolだった」
「……ありがとうございます」
顔が赤くなったのが自分でも分かった。
こういう細やかな所は本当に感心するくらいフェミニストだと思う。
不意打ちのように言われるので、その度に悔しいながらもドキドキしてしまうのだ。
しかし、本当の不意打ちはこの直後。
無造作に伸びてきた手がの抱える花束から一輪の赤い椿を取り上げる。
何をと思う間も無く、それは流れるような動作での髪に伸びた。
「……やっぱladyは花が似合うな」
そう言って色気たっぷりに微笑まれて。
動じない人間がいたらお目にかかってみたい。
左耳の上に飾られたそれに手を添え、例に漏れずも真っ赤な顔で硬直した。
赤が似合うと、戯れに言われたのはいつのことだったか……
ゆるゆると湧き上がってくるのは、温かな幸福感と眩暈がするほど胸を焦がす熱。
今にも爆発しそうな心臓は一刻も早くこの場から逃げだすことを主張する。
しかし、そんなにふ、と微かに笑った政宗の目がはっとするほど優しかったから……極自然に、沸き上がってくる胸の熱さのままに、もはにかむように笑った。
「Thank you very much.」
飾られたその花はいつか貰った髪紐と同じ赤。
いつか似合うと言われた色と同じ赤。
政宗の中で『』は完全に死んだわけではないのだと思えたことが、殊更嬉しくて……
微かに目を瞠った政宗に、更に笑みを深めた。
「ありがとうございます……政宗様」
「ずっとニコニコしてどうかしただか?」
「何か良いことでもあったのですか?」
仕事後の自由な一時。
時々そうするように、この日もこっそりと大っぴらには言えない『友人』たちと過ごしていた一室で、はそう言われて顔を上げた。
「ニコニコ? 私がですか?」
「んだ。すんごく嬉しそうだべ」
そう言ってそれこそ嬉しそうに笑ったいつきは文句無しに可愛かったが、にはそんな自覚は無い。
「そりゃ、今日のお菓子も最高に美味しいですから気分はニコニコですけど……あ、この金つば、流石まつさんですよね!」
「お誉めにあずかり、まつも腕を振るった甲斐がありまする。けれど、の機嫌が良かったのは食べる前からでしたし……もしや、政宗殿と何かあったのでは?」
まつが冗談半分に言ったということは分かっていた。
けれどは思わず椀を取り落としそうになって、お茶を喉に詰まらせる。
「けほっ…ごほっ……!」
盛大に噎せてしまい、驚いたまつといつきに背中を擦られることとなった。
余りにも分かり易すぎて、自分でも情けない。
「す…すみません……」
「……政宗と何かあったんだべな?」
意味が分かっているのかいないのか、純粋に聞いてくるいつきの直球にはぐっと詰まる。
それを見て目を見開いたまつが、突然歓声を上げた。
「なんと、目出たや! 太郎丸! すぐに犬千代様に使いを! お祝いに来られるようにと……!」
「ちょっ…待って、まつさん!! 誤解! 誤解ですから!!」
わざわざ利家に知らせるなど、何やらとんでもない誤解をしたらしいまつに、は慌てて追いすがる。
太郎丸を腕に止まらせたまつがくるりと振り返り、が誤解が解けて良かったとほっとした瞬間、にっこりと美しい笑みを向けられた。
「何も照れることはありませぬ。女子としては気恥ずかしくとも、これは自然の摂理なれば」
「、いつややが産まれるんだ? おら、子守は得意だから、いくらでも任せてけろ!」
「やっ…ややって……赤ちゃん!?」
「まぁいつき、気が早ぅございます。それに子は天の授かりもの。わたくしと犬千代様のように、焦らずとも夫婦仲睦まじければ自然と授かりまする」
「夫婦? と政宗は夫婦になっただか?」
「ちがっ……!」
「嗚呼、真に目出たや! 祝宴の準備にも取り掛かりませぬと!! いつきも腕を振るえまするよ!」
「任せてけろ! 村の男衆にとっておきの米さ届けさせっべ!」
手を取り合って小躍りし、今にも障子を蹴破って出て行きそうな二人に、はとうとう悲鳴を上げた。
「聞いてください……!!」
興奮したせいでとっさに炎が出てしまったが、慌てて抑えたお陰で二人の前に鬼火を生んだだけに留まり、家具等に引火しなかったのがせめてもの救いだ。
まつといつきは驚いたようだが、それでようやくこちらを振り向いた。
「ごっ…誤解ですから!! 別に何かって、その……ナニがあった訳ではありませんから…!」
我ながら何て事を口走っているのだと思ったが、改める余裕は無い。
必死で力説してぜぇぜぇと肩で息をすると、まつが不思議そうに首を傾げた。
「では、何があったのです?」
「っ、それは…………花……を……」
「花…?」
「赤い椿の花を……髪にさしてくれて、似合うって…………」
自分で言ってて猛烈に恥ずかしくなってきたは、まさに穴があったら飛び込んで埋まってしまいたいくらいだった。
真っ赤になっているだろう顔を着物の袖で隠して消え入りそうに縮こまる。
しかし、それも突然まつに抱きつかれて後ろに倒れ込んだため意味が無かった。
「っ!!」
「いたた……はっ…はいっ!?」
「恋!でございまするね!!」
「は?」
まるで慶次のような言葉だと驚くを他所に、何やら痛く感激している様子のまつの後ろで、いつきまでが顔を輝かせている。
「先ほどの炎も……あれがの属性でございましょう?」
「え? あ、はい。そうです」
「熱いだけでは無く、凛として内なる強さを秘めていて……まるでのようです」
「、キレイだったべ!」
次から次に思いもよらぬ誉められ方をしてまともに言葉が出てこないに向かって、まつはくすりと笑った。
「自覚がありませぬか? 小田原に来たばかりの頃、わたくしは、は余りにも無欲すぎると思いました。けれど、それも変わって来たということです」
「変わって……?」
「そもそも、属性の力も米沢にて政宗殿をお助けする為に目覚めたとか」
「それは……」
「わたくしの言った通り、愛しい殿方の為だったでしょう」
「はい……って、や、そのっ……!」
最早慌てるしか無いに、まつは笑みを深くした。
「今のは、大輪の花のようでございまする」
「恋は女の子を我が儘に、キレイにするのよ! ……って、近所の姉ちゃんも言ってただ!」
駄目押しのように言われたまつといつきの言葉に、ようやく意味を理解してはますます顔が熱くなった。
その様子を見て、二人は顔を見合せて笑い、手を取ってを助け起こす。
「なれど、安心いたしました。これでわたくしも憂い無く加賀へ帰れまする」
「え? あ……そうですよね、利家様と長く離れてらっしゃいますもんね……」
「利家さも、きっと心配してるべな……」
「……そのような顔をせずとも良いのです、二人とも!」
三人丸く輪になって手を取り合い、まつはそれこそ花のような笑みを零した。
「犬千代様にお会いできないのも寂しゅうございますが、友に会えぬのもまた悲しいもの……またすぐに遊びに参りまする!」
「絶対だべよ、まつ!」
「ええ! それまでは頼みましたよ、いつき! 不器用に過ぎる我らが友の助けとなるように」
「任せてけろ! いざとなったらおらが政宗の頭をぶん殴ってでも思い出させてやるべ!」
「ちょ…ちょっと二人とも……ていうか、いつきちゃん、そんなことしたら余計馬鹿になっちゃうから!」
そんなやり取りの後に視線を合わせて、三人は大笑いした。
は、まつがの為に小田原に滞在してくれていたことも、いつきがよくこっそりとに非番を合わせてくれるのも知っている。
けれど二人とも言葉を尽くして感謝するよりもが笑っていることを望むような……そんな優しい人たちだということも知っているから。
「……まつさん、いつきちゃん、ありがとう! 今日は夜通しで、いっぱいお喋りしましょう!」
笑顔でそれだけを言い、強く二人の手を握った。
「それは良き考え! 旅の間のことを聞かせてくれまするか?」
「もちろん、喜んで!」
「まつの甥っ子には会っただか?」
「会ったよ、慶次さん! たくさんお世話になってねー。それに、浅井の市さんとも仲良くなったし、長曾我部と毛利と……」
まつはのことを花のようだと言ってくれたけれど、そうだとしてもそれは、政宗に対する想いからだけでは無い。
きっと、こうやって笑い合ってくれるまつやいつきやたくさんの人たちがの周りに居てくれるからなのだと……
思い出を語りながら、は改めて自分は幸せ者だと噛み締めた。
そうしてそっと笑んで、温かく感じる胸元に手をあてる。
そこには、後で押し花にしようと思い、丁寧に懐紙にしまった赤い椿の花が眠っていた。
未だ見えない嵐の風に怯えるよりも、今はただ前を向いていようと……不安に翳る心に、胸の温もりが勇気をくれるようだった。
080603
椿を押し花に出来るのか、懐に突っ込んで痛まないのか、とかは考えない方向で。
花ネタは、以前華道体験に行った時に浮かんで書きたかったシーンです。ヒロインさんは、現代で育っているので、美的感覚はきっと政宗様好みの最先端なカンジです(笑)
CLAP