7.猫

 いつきと出会ってから、の退屈は大分解消された。

 聞くところによれば、いつきは伊達軍の武将として遇されて幾人かの配下も持っているということだったが、まだ年少である為に戦場以外での仕事は政宗が指名した代理人がこなしているという。
 それでも毎日の鍛錬や城詰めという仕事はある為に、のように暇という訳ではなかったが、時間が空いた時は必ず毎日のように遊びに来てくれる。
 いつきは各国の情勢などに詳しい訳ではなかったが、元来が聡い少女だったので、としても話しているだけで楽しかった。
 向こうもを気に入ってくれたのか、わずかここ数日の間に大分打ち解けたのだが……

ちゃんは、俺よりもいつきの方がいいって言う訳!?」

 目の前で失神しそうなオーバーリアクションを取っている青年に、は口元が引き攣るのを感じた。

「馬鹿なことを言うのはお止めなされ、成実殿。殿が困っているではありませんか」
「ははは、成実殿はまことに馬鹿でございますなぁ」
「お前ら、人のこと馬鹿馬鹿ってー…ひどいと思わない、ちゃん!?」

 話を振られたは、苦笑して心中で溜息をついた。

 今日はいつきが丸一日不在だった為に、どうやって暇を潰すかを考えていただったが、そこに訪れたのがこの三人だった。
 が白斗に乗って政宗の伝言を伝えた時に迎えた内の三人――片倉小十郎景綱、伊達藤五郎成実、鬼庭左衛門綱元。
 いつきの話では、彼らは伊達三傑として諸外国にも恐れられているという。

 部屋で療養することになって以来、この三人は次々と挨拶に足を運んでくれ、も随分と元気付けられたものだが――

「成実さん、小十郎さん、綱元さん、それで今日はお三方揃われて、どうなさったんですか?」

 来て早々いつきのことを捲くし立てだした成実に遮られて聞けなかった問いを、はようやく口にした。
 しかし、三人は顔を見合わせてしばし無言になる。
 バツが悪そうに口を開いたのは、小十郎だった。

「今日は我ら、城詰めの日だったのですが、政宗様に逃げられ……いえ、拝謁が叶わず。…仕方なく三人であれこれと話をしていたのですが、その中で殿の話になりまして。最近いつき殿と親しくされているという噂から、成実殿がおかしなことを言い出したものですから……」

 つまり、政宗に逃げられて暇だったと――
 概略を理解したは、緊張したのが馬鹿らしくなってにっこり微笑んだ。

「それは……私のことなど気にかけてくださって、ありがとうございます」

 邪気の無い笑顔(演技)に、小十郎は僅かにたじろいだ。
 続いて、その微笑を成実に向ける。

「それで、成実さん。私といつきちゃんが親しいのが何か…?」

 少し不安を覗かせて言ってみせれば、綱元がそれに答えた。 

「成実殿が言うには、殿は男よりも若い女子の方が好きなのではないかと……」
「わっ、バカ、綱っ!!」
「……………」

 焦って綱元の口を塞いだ成実に、は表面上の笑顔を消さずに呆れた。
 とどのつまりは、それが真実かどうか本人に探りを入れに来たということだろう。
 巷で恐れられているという伊達三傑が、三人揃ってこんなくだらない話をするとは思いもよらなかっただけに、ある意味ショックだ。
 しかも、いつきと仲良くしただけで「男嫌いの幼女趣味」なんて下世話な侮辱を受けたのではたまらない。

 ――お仕置きだべ。
 いつきならばそう言うだろう言葉が心中に浮かんで、も深く頷いた。

 向こうがで暇潰ししようというのだから、こちらもそれに乗らなければ失礼というものだろう。
 我ながら悪趣味な決意を固め、は微笑みを深くした。

「男よりも若い女子が…?…それはどういう……?」
「いや、あー……殿は純粋でございますなぁ」

 綱元は困ったように苦笑した。
 は意味が分からないという風に首を捻って見せ、小十郎と成実に向き直る。

「確かにいつきちゃんのことは好きですが……それはいけないことなんでしょうか」

 わざと告げた"いけないこと"、という言い回しに成実はおもしろいように食いついた。
 僅かに顔を赤くして、ちゃんといつきがイケナイこと――と呟いた成実に、は眉を顰めそうになるのを必死に堪える。何を想像したのかは考えないようにした。

「じゃあさ、じゃあさ! 殿のことは好き!?」
「政宗さんですか、好きですよ」

 おっ、と驚いた様子の三人を順に見つめて、は言った。

「成実さんも、小十郎さんも、綱元さんも、勿論好きです」
殿……」

 小十郎はそこで降参とばかりに罪悪感を覗かせたが、成実はしつこく食い下がった。

「うーん、それなら、殿といつきだったら!? どっちが好き?」
「どっちも好きです」
「俺たちの中なら、誰が一番?」
「皆さん、同じくらい好きです」
「そんなら、いつきとも接吻やその他あれこれ、したいって思うの!?」
「せっ…ぷん……?」

 流石に接吻の意味も知らないというのは行き過ぎかとも思ったが、は異国から来たということになっているので、疑われなかったらしい。
 しかし、流石にそろそろ笑顔の仮面にも亀裂が入りそうだ。
 むむむ、と唸ってようやく閉口するかと思われた成実は、ずずいと膝を詰めて、の手をがしりと握った。

「成実殿!」
「それはやりすぎというものですぞ」

 残された二人が諌めるのにも耳を傾けず、成実は間近からを見つめる。

「これはどう!? なんか、ドキドキしたりしない?」

 は思わず言葉に詰まった。
 流石あの政宗の親戚というだけあって、彼より1つ年下という成実も十分整った容姿をしており、こういった行動は無駄に心臓に悪い。
 しかし、ここまで来てやめるのも悔しいので、は何でもないふりで首を傾げた。

「ドキドキ…ですか? …成実さんの手って、あったかいですね」

 真っ白、清純な返答に、小十郎などは立ち上がり、成実を引き剥がそうとした。
 しかし、成実は先ほどよりも熱が篭った目で手の力を強くする。

ちゃん……知らないなら、俺が教えてやるよ……」

 とんでもないことを言って成実が顔を近づけてくるのと、がゲッと叫びそうになるのと、鈍い音がしたのは、全て同時だった。

「アァ? 誰が誰に、何を教えるだって?」

 は驚いて声の主を見つめ、続いてその足元へと視線を移した。
 青筋を浮かべて乱入した政宗の足元では、顔面を踏み潰されてひっくり返った成実が無様に倒れている。

「ど…どの……(殿)」

 呻く成実を無視して、政宗は背後のや小十郎、綱元を睨みつけた。

「この馬鹿は後でlynchにするとして、、テメェもほいほい隙作ってんじゃねぇよ。小十郎、綱元! てめぇらが居て何やってんだ!」
「も…申し訳ございません、政宗様!」
「面目次第もございませぬ……しかし、殿、これは我々が勝手に押しかけただけのこと。純粋な殿にはどうにもしようのなかったことで……」

 綱元のを庇う発言に、政宗は不機嫌そうに眉を顰めた。

「言っただろ、こいつはこの独眼竜を試すような女だぜ? そんなヤツが成実ごときをかわせない訳………」

 自分で言いながら、政宗もおかしいと思ったのだろう。
 お前、本当にこいつの言ってる意味分からなかったのか? そう聞いた政宗に、はぱちぱちと瞬きした。

「意味? 全部分かってたと思いますよ?」
殿、それは……」

 やんわりと説明してくれようとした綱元に、は罪悪感から頭を下げた。彼だけには、全く恨みが無かったのに、彼が一番を庇ってくれたのだから、申し訳ないことこの上ない。

「綱元さん、庇ってくださったのに申し訳ありません。皆さんが私で暇つぶしをされたがってるようでしたので、私も悪乗りしてしまったんです」

 一呼吸おいて、小十郎が悪乗り…?と聞き返した。

「私は一言も意味が分からないなんて言ってません。成実さんが私を男嫌いの幼女趣味じゃないかと疑っているということは、最初から分かってました。でも、私だってそんなことを言われたら腹も立ちますし……ちょっとした意趣返しのつもりだったんです。――ああ、以前私を地下牢に入れたまま忘れていた小十郎さんにもまだお礼してませんでしたし」

 にっこりと笑って言うと、政宗の下から這い出してきた成実を含め、四人は呆気に取られたようにまじまじとを見た。
 気まずくて、もう一度すみませんと謝ったに、政宗は大声で笑った。

「いい度胸だとは思ってたが、! テメェ、でかい猫飼ってやがるなぁ?」
「猫だなんて……政宗さんこそ、皆さんから逃げておいて、最初から聞いてたんですね? 立ち聞きなんて悪趣味ですよ!」
「言ってくれるじゃねぇか、My kitty(子猫ちゃん)……何なら俺が直々に接吻を教えてやろうか?」
「知ってるから結構です!」
「結構ってことは、OKってことだな」
「どこの詐欺師ですか! No,thank youですよ!」
「遠慮すんな」
「してません!」

 政宗との言葉の応酬の間にようやく立ち直ったらしい成実は、顔を抑えて低く呻いた。

「女って怖ぇ……」
「殿とあそこまで渡り合えるとは、最早天晴れですなー」
「簡単に許して貰えることとは思ってなかったが……女を敵に回すもんじゃねぇな……」

 三者三様の呟きを聞きながら、は少しやりすぎたかと反省した。
 しかし、"いけないこと"などを想像する方が悪いというのも事実だ。

「ほら、来いよkitty。暇なら碁でも付き合え」
「kittyじゃありませんってば! 付き合うのはいいですけど、私囲碁なんて知りませんよ?」

 政宗に連行されながら三人を見れば、まだそれぞれに何か一人ごちている様子だった。

(……腕が治ったら何かでお詫びしよう)

 例え向こうにも非があろうとも、はそう心に刻んだ。
 そうでもしなければ、幼女趣味説よりももっと不本意な噂が広がりかねない。

 それは、何も想い煩うことの無かった頃の、米沢城での平和な一日――






060627
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