「久しぶりだな、慶次。お前は少しも変わっておらぬようだ。今更何をしに来た? 豊臣軍に志願しに来たとでも言うのか?」
余裕のあるその言い回しに、豊臣秀吉と向かい合った男――前田慶次の肩がぴくりと揺れた。
「久しぶりか……そうだな、秀吉。だがな、くだらない冗談に付き合うつもりはねぇよ。――覚えているか、あの時の事を」
痛いくらいに張り詰めた空気と声音が、慶次の真剣さを物語っていた。
浅からぬ因縁らしい二人は、どちらも真っ直ぐに相手を見据えて向かい合っている。
「フッ……お前はまだ過去にこだわっておるのか、あれしきの事を! 我が見据えるのは未来のみ! 慶次、お前も下らぬ過去など捨てるがよい」
「下らないだと…? ねねを殺した事を下らないって言うのか! ねねはお前が惚れた女だろ! 腐ったやつだとは思ってたけど、ここまでとはな!」
堪りかねたように叫ばれた言葉に、慶次の背中に庇われたは目を見開いた。
「ねねは、俺が初めて恋した人だったんだ!」
「秀吉、何でねねを殺した? あんなに惚れてたじゃねぇか!」
「そう、我はあの女を愛した。だが愛は弱さを生む。我は頂点に立つ男。我が覇道に弱さなど認めぬ」
「だから殺したってのか?」
「そうだ。この手で葬った。我が弱みとなり、共に滅びる前にな」
「秀吉いぃぃぃっ!!」
大きく吼えた慶次が、長刀を抜き放って攻撃を仕掛ける。
それを秀吉が拳で受け止める。
光と風――それぞれの属性同士がぶつかり合う。
属性を宿した固有技の激しい攻防に、辺り一体が嵐のように荒れ狂った。
は少し後退して身を守りながらも、二人のやり取りから目を逸らせなかった。
(詳しい事情なんか知らない。でも――……)
目の前で唐突に始まった死闘と、その話の流れからして、秀吉と慶次は幼馴染であるらしい。
そう言えば、前に慶次の伯母に当たるまつも、そのようなことを言っていた。
慶次と秀吉、そして『ねね』という女性――
慶次の初恋の人である『ねね』を、かつて秀吉は愛していた。
そして、愛する人を持つことで自分に弱さが生まれることを恐れた秀吉は、自ら愛する女性を手に掛けたのだという。
好きな人に正直になれず……その想いを認められず、そして相手からも自分の心からも逃げ出したという点では、も秀吉と同じだ。
だからと言って自分の手で殺すなんて……とも思うが、もしが秀吉と全く同じ立場で同じ野望を抱いていたとしたら――
(私は違う、とは言い切れない……)
「秀吉、ここまで来るのにずいぶんと時間がかかっちまったよ。だけど、俺がするべき事は分かった。俺がしなきゃならない。俺がお前に、本当に大切なものを思い出させてやる!」
「――過去は何も生み出さぬ。見るべきは未来、それだけよ! お前にもそれを分からせてやろう!」
「大切なのは未来だけじゃねぇ! 生きてきた全てが大切なものだ!」
――「過去…りも、ここ…未来を…ればい……」
ははっとして、戦いに没頭する慶次を見つめた。
いま不意に頭の中に何かが甦りかけた。
何かが……誰かの言葉が………
「これがお前の強さか……? 大切なものを捨ててまで手に入れた強さか!」
「そうだ、我は進む! この強さと共に!」
大切なものを捨ててまで手に入れた力――
――「力が欲し…か。な…ば、…の手を…れば…い」
(なに……頭痛い……こんなこと前にも……!)
気分が悪くなる程の頭痛と、体の中が熱くなる感覚……突如としてを襲ったそれに、自身は覚えがあった。
米沢で……政宗の目の前で、初めて炎の属性を使った時と同じ感覚だ。
「……また、何かを思い出そうとしてる…?」
胸元と頭を押さえて呟いた。
けれど、その視線はいまだ戦い続ける慶次と秀吉に向いたまま――
「そんなのは本当の強さじゃ無い! 男は女に恋してこそ強くなれるんだ!」
「それはお前が真の愛を知らぬからだ! 愛が見せる己の弱さを知らぬからだ!」
「――へっ、水と油はどこまでいっても混ざらないってね。別にいいさ。俺はお前が分かるまでぶん殴るだけだ!」
「これ以上、お前にくれてやる時間はない。さらばだ慶次……我が最後の過去!」
次で決まる――
冷たい汗に顔を歪めながらも、は息を呑んだ。
立っているのがツライくらいだったが、この二人の戦いは見届けたい――いや、それよりも………
「秀吉ぃぃ!」
「慶次…!!」
ぶつかる――その直前に、は二人の本音を聞いた。
「昔のお前は優しかった……一体なんで……!!」
「国を掴む為、情けも愛もとうに捨てたわ!」
「――昔のお前に、もう一度会いたかったよ」
(――――!!)
「駄目っ……!!!!」
気付けばは、炎を繰り出して二人の間に立ち塞がっていた。
秀吉の拳と、長刀を放り捨てた慶次の拳――その二つが宙で止まっている。
いや、止めてくれたのだ。
ズキズキと痛む頭に体力気力共に削られながら、は口を開いた。
「――猫を助けてくれました」
「…………猫?」
困惑気に返された慶次の言葉に大きく頷く。
「川に流されていた子猫。濡れるのも構わずに自分から川に入って助けて……情けも愛も捨てた人間が、そんなことをするんですか……!?」
今度は秀吉に向かって詰問するように叩きつける。
秀吉は眉を顰めてを見た。
「――下らぬ。あんなものはただの気まぐれに過ぎぬ。……虎の牙を持つ娘よ。お前は我の敵となる者。何故、この場に介入する? それとも、我が友の説得が通じ、その力を我の為に使う気になったか」
「!! 虎の…姫―――あんた……!」
少しずつ引いてきた頭痛をやり過ごすように深呼吸し、は自嘲気味に笑った。
「確かに、馬鹿なことをしてると自分でも思います。たくさんの人から笑顔を奪う豊臣に付くつもりも毛頭ありません。だけど――後悔してほしくないから」
「……後悔、だと?」
馬鹿にするように繰り返されたそれに、はきっと秀吉を睨み付けた。
「大切な人を傷つける辛さ――それを知ってる人同士が戦うなんて、見るに耐えないって言ってるの!」
だって、後悔などしないと言うなら、なぜそんなに二人とも辛そうなのだ。
自分に重ねてしまったからにも分かる。――本当は戦いたくないからだ。
誤解をしたまま決着を付けて……それで後でその誤解に気付いたとしてもどうしようも無い。
取り返しの付かない戦い――が政宗に刃を向け、政宗がを他の刃から守った……あの戦いのように。
「……なんであんたが泣くんだい?」
慶次のその言葉で初めて、は自分の目頭が熱くなっていることに気づいた。
だが、悲しいとか苦しいのでは無く、ただただ悔しい。
「――――フン、所詮は弱き者の戯言よ。……興が殺がれたわ」
「あっ、オイ! 待てよ、秀吉っ!」
意外な程にあっさりと引いた秀吉に、慶次が追い縋る。
は些か拍子抜けしながらもほっと息をついた。
己の信念をかけて戦いの末に散るならともかく、こんな誰も望まない戦いで得るものなど何も無い。
これで、少なくとも今しばらくは、慶次も秀吉も……そして半兵衛も、無用な痛みを受けずに済む。
そこでははっと懐に入れておいたものを思い出した。
「――豊臣秀吉殿」
秀吉を追おうとしていた慶次を行く手を阻むように制し、は懐から取り出した小さな包みを立ち止まった秀吉に放り投げた。
「それを貴方のお友達に渡してください」
「……虎の娘からの贈り物なればあやつも喜ぼうが……毒ならば、我が容赦せぬ」
はくすりと笑った。
その思いやりこそが秀吉が捨てきれない優しさであることに、本人は気付いていないのだろうか。
なぜそれを、彼の『覇道』に生かせない?
「毒がお望みならご用意しますけど、それは薬です。……私も昔に彼と同じ『持病』があったから」
小谷城で半兵衛を騙して利用する形になったことは後悔していないが、あんな話を聞いた後だけにやはり寝覚めは悪い。
長浜城に居る間にせめて病状を遅らせることが出来れば…と、乏しい記憶を頼りに手配した薬――本当は親しいという千代から渡して貰おうと思っていたが、とうとうその口実が思いつかずに託せなかった。
半兵衛の病のことを知る者は少ないだろう。
それを知っているという点で多少の信用を得たのか、秀吉はやや間を置いて「預かっておこう」と包みをしまった。
無言で去っていく後姿に背を向けて、は背後の慶次に向き直る。
「横槍を入れてすみませんでした。だけど、まだ戦いたいっていうなら、私が相手をさせて貰います」
ここに来て初めてだろうか……まともに目が合った瞬間、慶次のそれが大きく見開かれた。
秀吉との戦いを見ているのだから、慶次が並々ならぬ強さであるのは分かっている。けれども武将の端くれだし、第一あの利家とまつの甥なら、無用な戦いはしない筈だと思った。
果たして、慶次は予想通り慌てように首を横に振った。
「いやいや! そんな女の子相手に喧嘩なんて出来ねぇよ!」
しかし、そこからが全くの予想外――いや、どうして予想なんて出来ただろう。
「あんた、……だよな!? 俺だよ、慶次だよ! …って言っても、覚えて無いか」
妙に軽い口ぶりのそれは、非常に見覚えのある光景だった。
(……これって、ナンパ…!?)
まつから、慶次は二言目には「恋したい」と言ってばかりだと聞いていたし、このルックスにこの性格だ。
……相当遊んでいるに違いない。
虎の姫の名前くらい知る人は知っているだろうし……
「初めましてだと思うんですけど……」
まさか、この時代でナンパなどに遭遇するとは思っていなかった。
伊達軍のヤンキーぶりと言い、本当におかしな戦国時代だ。
答えによほど嫌悪感が滲んでいたのか、慶次は更に慌てて意味も無く手を振った。
「いや、ナンパとかじゃないって! これ、ホント! ほらっ、コレ!!」
そうして印籠のように差し出されたそれに、の思考は一瞬で止まった。
予想など出来るはずも無い、その驚き――
「――――貝…!」
それは、貝合わせに使う貝の片割れ。
立派な服を着た男の人とそれに続く武装した男たちが描かれている。
……丁度、の持つお守り――かぐや姫の貝と対になりそうな、小さなその片割れ。
「そうそう! これの片割れ、あんた持ってるんだろ? 昔俺がやったんだ……覚えてないかな?」
そう言って爽やかに笑って見せるその顔を、はただ呆然と見つめた。
――「これ、あんたにや…よ。かぐやみた…な美人になるよ…に!」
これは……誰の声?
再びぶり返してくる頭痛と戦いながら、過去からの残響を聞いていた。
071103
CLAP