長曾我部元親――『西海の竜』『四国の海賊』『鬼ヶ島の鬼』の異名を取る四国一帯を統べる大名である。

 彼のことは、実はが伊達軍に居た頃から話として知っていた。
 それと言うのも、まだ各国が天下統一に乗り出す以前――
 元親は海賊と言うだけあって日本近海を知り尽くしており、異国との交易も積極的に行っていた。
 そこに異国に興味を持っていた政宗が接触し、気性が似ていた二人はかなり打ち解けたらしい。
 更に伊達軍と長曾我部軍は気風も似ており、双方の領地で合同訓練さえ行ったことがあるという。

 ――そんな話を、は政宗本人から、いつもの晩酌中に聞いたのだった。

「西海の竜と奥州の竜だったら、どっちが強かったんですか?」

 二人だけの気兼ねない場で出た話だったので、は戯れにそう聞いた。

「アァ? 独眼竜が鬼なんかに負ける訳ねぇだろ!?」
「じゃあ、政宗さんが勝ったんですか?」
「……勝つ一歩前で、鬼が飼ってた鳥に邪魔されたんだよ」

 途端に不機嫌に顔を逸らした政宗に、は目を瞬かせてにやりと口元を歪めた。

「まさか言い訳ですか? 独眼竜の名が泣きますよ?」
「――Say once again.もっぺん言ってみろ、pretty honey?」
「す…凄んだってダメですよ、政宗さん! …もしかして、鳥が苦手とか?」
「Nonsense!……まぁ、生まれ変わるなら鳥になりてぇと思ったことはあるがな。……shit、馬鹿には話すんじゃなかったぜ」
「ばっ…馬鹿とは何ですか! 普段英語の癖にここぞとばかりに日本語使っちゃって感じ悪いですよ!」
「Oh、sorry.あんま難解な異国語だと理解しきれねぇみたいだから、この俺が直々に気を使ってやっただけだ。気にすんな」

 その後も延々くだらない言い合いをして過ごした。
 今にして思えば、あの時言っていた『鳥』と言うのはオウムのピーちゃんのことだろう。

 ――鳥になりたい……か。

 政宗は、あの時何を思ってそんな言葉を漏らしたのだろう。
 ふと、漏れてしまった本音のように聞こえた言葉……それだけ、に気を許してくれていたのだ。

 当時何でもなかった馬鹿げた日常を、こんな風に宝物のように懐かしむ日が来るなんて、あの時は思わなかった……。

50.旅は道連れ

「――って、オイこんなとこで寝んなよ、
「えっ、あ……すみません、元親さん」
「どっか怪我でもしたか?」
「いえいえ、全然! …それにしても、もう終わったんですか?」

 が過去の幻影から我に返ると、かつての政宗のようにごく間近から元親が覗き込んできていた。

 元親と政宗は、似ている所がある。
 隻眼で眼帯をしているという外見もあるが、纏っている雰囲気……立っているスタンスと言うのだろうか。自然体に自分を生きていると思えるような何かを、二人は共通して持っていた。
 だが、それで居て全く違ってもいる。
 現にこれだけ近くに居ても、の心臓は政宗と居る時のように派手に暴れたりしない。

「女なんだから、無茶すんなよ」

 がしがしと、優しいとは程遠い動作で頭を撫でられた。
 乱暴なのに心が温かくなるのは、彼の人柄に拠るところが大きいだろう。

 屈めていた上体を起こした元親の肩で碇槍がじゃらりと重そうな音を立てる。
 反対側には特等席のようにピーちゃんが羽を休め、その背後には、五人の野盗が昏倒していた。

 近江へと繋がる街道――では無く、抜け道的な険しい山道。
 初めて会った日の二日後、と元親は、その行程の半ばを過ぎた辺りを進んでいた。

 この街道の出発地点にほど近い場所で疾風と戦っている現場に鉢合わせた後――妙に意気投合してしまったと元親は、お互いの目的地が同じ近江であることを知って、一緒に行こうという話になった。
 丸腰・文無しのからすれば願っても無い道連れだったが、四国の大名が浅井の領地・近江に一体何の用があるのかということの方が懸念だった。
 まして、元親は近江で人と待ち合わせをしていると言う。
 人――それが一軍だとしたら?
 浅井夫妻の手助けをするために近江を目指しているとしては捨て置けない。
 その点、一緒に行動していれば元親の真意を探ることも出来るし、何があっても安心だ。

 しかし、元親はそんな打算を抜きにしても、かなり頼れる道連れだった。
 先を急ぐ商人を襲う為か、山道では度々賊が襲ってきたが、その度にを背に庇って元親一人で対応してくれ、更には普通の女性には厳しい山道での道行きさえ気遣って、負ぶってやろうかとまで言ってくれる。

「いつも守っていただいてありがとうございます。いつもながらお見事ですね」
「おぅよ。こんな奴ら屁でもねぇぜ。それに、アンタは恩人だ。遠慮すんな」

 疾風を見逃してくれたことで、ピーちゃんを助けた件は帳消しの筈なのに、何かと言うと『恩人』だと言って大らかに笑う。
 途中の村でこの辺りにしては業物の小刀まで買ってくれて、流石にそれは固辞しようとしたを何だかんだで言いくるめてしまった。
 襲ってきた盗賊から弓矢と簡素な篭手も失敬したし、道中の旅費は全て元親が負担してくれて危険も無い……そして気の合う元親とは話が尽きることも無く、当初の目的と照らし合わせれば破格なほど、快適かつ楽しい旅を満喫している。
 
「元親さんってアニキ肌ですよねー」
「っ…げほっ…、……何だよ藪から棒に」

 飲んでいた水に噎せたらしい元親に一瞬首を傾げたは、すぐに合点が言った。
 確か、長曾我部軍での元親は『アニキ』と呼ばれて臣下に慕われていると――聞いた気がする。
 伊達軍と似た軍なら、容易くその様が想像できると微笑んで、首を擡げたイタズラ心に手を出した。

「だって、ものすごく面倒見が良いし、荒くれた男の人たちにも頼られそうな印象があって。――あ、もしかして既に『アニキ』って呼ばれてたりしません?」
「なっ…いや、それは…だな」

 には元親の困惑が手に取るように分かった。
 正体を隠している手前、『長曾我部元親』だと露見する要素はなるべく晒したく無いが、変に隠しても怪しまれる。

「――なんて、そんな訳ないですよね。それじゃあまるでどこかの大名様みたいですもんね」

 笑顔で言うと、元親の頬がひくりと引き攣った。
 その様子があまりに気の毒だとようやく気付いたは、顔には出さず反省した。
 こちらこそ元親は『恩人』とも呼べる人なのに、こんな風にからかうなんて……

「……これも、八つ当たりの一種かな…」
「な…何か言ったか?」
「いえいえ! ――元親さんみたいに女性にも優しい紳士的な人だったら、アニキって慕われるよりも、女の人にもてそうだなぁ…って」

 邪気の無い笑みを浮かべてお世辞だけでもない本心で言えば、元親も満更では無い様子で胸を反らした。

「まぁな。俺ぁその辺の田舎もんとは器が違うのよ!」

 彼の度々口にする『田舎者』という言葉は聞かなかった方向にして、は元の話題に戻そうとして――そして固まった。
 目の前に広がったどこにでもあるような山道の景色――その一点に、視線が吸い寄せられる。

「……?」

 元親の呼びかけにも答えず、の足は勝手にふらふらと前に進んだ。

「……お地蔵様…」

 ぽつりと、一言呟いた。
 近くの村人が作ったのか、山道の脇にぽつりと小さく簡素な堂と丸い地蔵が佇んでいる。
 素人が彫ったと思われるその優しげな顔は少し歪んでいた。

 は特徴のある地蔵の前で足を止め、その場に屈みこんで目を見開いた。

 その堂の背…普通は地蔵で隠れて見えない奥の隙間に、小さな花飾りが転がっている。
 震える手でそれを取り出し、布で作られた小さな赤い花を見た瞬間、脳裏に浅い息遣いが甦ってきた。

 それは、こんなにも唐突に――…

 封印されていたの記憶を呼び覚ました。






070520
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