「なんだ、テメェ……テメェも伊達の人間か?」
「……まさか」
「だったら何もんだ?」
言葉と共に碇のような形をした長槍が飛んできて、はとっさにバックステップでかわした。
鎖が引かれ、豪快な音と共に槍を手元に収めた隻眼の男は、楽しそうに声を出して笑う。
「はっは、その身のこなし! やっぱり俺の思った通りだぜ! 伊達の忍と知り合いで、この俺の攻撃かわすような奴が、ただもんな筈ねぇ!」
口調は至って楽しそうだが、目は油断無くこちらを見据えていた。
はそれを受け止めながら、横目でちらりと疾風を窺う。
黒脛巾の中でも群を抜いた実力を持ち、主である政宗にも匹敵するほどの伝説の戦忍は、先ほどのこの男との戦いで僅かに傷を負っているようだった。
疾風とこの男との力はほぼ互角――
そして、疾風が単独でこの状況に陥っていることからしてこの男は……
「――私はただの通りすがりです。でも、強いて言うなら……」
この男は、疾風が政宗からの命を受けて探っていた相手――もしくは、その勢力の武将。
どちらにせよ、武田であるにとって、西の武将は総じて敵……まだあからさまに敵対していなかろうとも、将来的に敵になる相手だ。
一人きりで丸腰にも近い今、敵の実力者と相対するのはどうしても避けなければならない。
「強いて言うなら?」
「言うなら……そのオウムを助けた通りすがりです」
男の肩に止まっていた色鮮やかな鳥を笑顔付きで指差したに、相手は一瞬虚を突かれたように停止した。
そこでタイミング良く、オウムが「サスケ!サスケ!」と鳴いたことで目を丸くする。
「ピーちゃん、何だその『サスケ』ってのは」
「あー…すみません、私がそう呼んだんです」
向けられた男の目から警戒の色が少し薄れているのに気付かないフリをして、にこやかにオウムとの経緯を話した。
「――それで、その時とっさに『サスケ』って名前で呼んじゃって。『ピーちゃん』っていうのが本当の名前なんですよね? 勝手にごめんなさい」
「いや、そんなことは構わねぇけどよ……しかし驚いたな」
「え?」
オウム――ピーちゃんの頭をわしわしと撫でた男は、に正面からの真面目な視線を向けた。
「ピーちゃんは絶対に俺以外に懐かねぇし、他の奴らの言葉も覚えねぇ。それをここまで手懐けてるんだ――アンタの言葉が本当だって信じるには十分だぜ」
ピーちゃんが『サスケ』と鳴きながら、の頭の上を旋回した。
男と違い、の肩に止まれば傷つけてしまうと知っているかのようだ。
「ピーちゃんは俺たちの大事な家族だ。その家族の命を助けた恩人だってんだから、アンタには何か礼をしねぇとな」
お礼だなんて……と返しながら、は思考を巡らせた。
この男がの思っている通りの人物ならば、この流れに上手く便乗することで道が開けるかもしれない。
「俺はちょ……あー…、元親ってんだ。アンタは本当に伊達の人間じゃねーのか?」
元親――まさかとは思ったが、四国を統べる長曾我部元親本人で間違いないらしい。
それを隠したことと言い、供の一人も連れずに敵国の堺に居ることと言い、何か事情があるようだからこちらも知らないフリをした方が賢明だろう。
それと同じように、こちらの素性もなるべくなら詳しく話さない方が良い。
「私はです。そこの疾風とは、彼がこんな風に伊達軍に入る前からの友達なんですよ。一応武門の生まれなので護身術は身に付いていますが……それだけです。何しろ、守り刀さえ落としてしまうような人間ですからね」
「なるほど……通りで殺気が無いとは思ったが、丸腰でこんなとこ歩くなんざ、ちょっと無防備すぎやしねぇか?」
は苦笑を返したが、それに対する答えは口にせず、視線を先ほどから一歩も動かない疾風に向けた。
怪我が痛むのか、ほんの僅かにだが呼吸が乱れている。
「あの、元親さん――疾風は確かに伊達軍で働いてますが、貴方に何かしたんですか…?」
「あ? そいつは俺の城に――…いや、伊達は俺にとっちゃ敵だ。だから一戦交えてたまでよ」
「敵……。だったら、それ以上の恨みや憎しみが無いなら、疾風を見逃してくれませんか?」
元親が驚く以上に疾風がばっとに振り向いた。
一瞬見えた兜で隠れた瞳は、戸惑いに揺れている。
「元親さんにとってピーちゃんが家族であるように、私にとっても疾風は大切な友達なんです」
「家族を助けた代わりに、ダチを助けろって?」
「お礼をと言っていただけるなら、是非」
真剣に見つめあうことしばし、元親はふっと口元を緩めて盛大に笑った。
「はっは! いいぜ、恩は恩だ。それに、アンタおもしろいからな! 元より伊達とは戦を構えることになるんだ――情報の一つや二つ、ハンデ代わりにくれてやるって竜に言っとけ!」
後半は疾風に向かって言った元親は、さあ行けとばかりに顎をしゃくった。
の視線での牽制を読み取った疾風は、何事か言おうとした口を閉じて近くの木の枝に飛び乗る。
「――会わなかったのか?」
短く、疾風はそうとだけ口にした。
誰に、とも何処で、とも聞かれなかったが、それだけで二人の間では十分だった。
甲斐に居るはずのがなぜここに居るのか、どこに行こうとしているのか、聞きたいことは山ほどあるだろうに、凝縮してそれだけを尋ねて来た疾風に苦笑が浮かぶ。
「会ったわよ。今は私の家の近くの――弟分の家に居る」
聞いている元親を考慮しての言い方だったが、一度甲斐に潜入している疾風にはそれで十分伝わるだろう。
そして彼ならば、佐助や忍び隊の目を掻い潜って政宗に接触することくらいは出来そうだ。
「怪我して寝てるの。これ以上無茶しないでって……気を付けて帰ってって、伝えてくれる?」
「……承知した。も無茶はするな。あの人も、他の人間も心配している。あの人は、俺がの口を吸ったと言ったら、随分驚いていた」
「ありがとう……って、え……!? ちょっ、ちょっと、疾風っ!?」
大問題発言だけを残して去って行った疾風を見送って、は呆然と立ち尽くした。
誰が、誰に、何を言って、驚いたって――?
「……………」
は頭痛のする頭を押さえて眩暈を耐えた。
残された元親との間で、奇妙な沈黙が落ちる。
「……あいつ、お前のイロか?」
「違います」
「じゃあ、『あの人』って奴の方か」
「………そういう訳でも、無いんですけど」
自分でもこういう時に何と言って良いのか……そして何を考えれば良いのかいまいち分からない。
「……疾風は、何ていうか…ちょっと感覚が人とずれてて……」
ずれているどころか、が教えられなかった恋愛感情や倫理感といったものがすっぽぬけているというか……。
とうとう耐え切れず溜息が漏れると、ようやく理不尽だという怒りが沸いてきた。
そもそも、いきなり唇を奪われただけでも被害者なのに、この上政宗にまで律儀に報告するなど……だいぶ人の心に機微になったと思っていたが、突拍子の無さは健在らしい。
泣きたいのはこっちの方なのに、なんでこんなに必死になって疾風の弁解をしているのだろう……そう思うと、どっと疲れが押し寄せてきた。
元親と極限まで戦って、多少痛い目を見させても良かったのかもしれない。
「……お前も、中々大変だな」
「……ありがとうございます」
やけに切実な同情が篭った声だったので、は小首を傾げた。
「もしかして、元親さんもちょっと変わった友達が居るとか?」
「う……ダチって言うか……まあ、な」
若干顔を引き攣らせた元親に、は自分と似通ったものを見た。
出会ってわずか数分――意外と苦労人同士の、二人が打ち解けた瞬間だった。
070514