「よう、竹中半兵衛! ようやくご対面ってな」
砂塵吹き荒れる戦場で、政宗はそう言って手に持った刀を挑発するように持ち上げた。
その後ろから、も相手の攻撃をいつでも弾ける様に体勢を整える。
立て続けの国境襲撃に対して迎撃に出た伊達軍は、政宗と小十郎たちが合流するや否や、侵攻してきた豊臣軍を破竹の勢いで押し返した。
しかし、豊臣軍の後方に豊臣軍師・竹中半兵衛の姿を見つけた政宗は、先日の落とし前を付けると豪語して小田原近くまで追撃。
追いながらも周囲の軍勢と戦って、ようやく竹中半兵衛と対峙した時には、傍に付いていた兵たちともはぐれてしまっていた。
政宗の傍に居るのは、絶対に離れるなと厳命された一人だけという状況だ。
「やあ、伊達政宗君。見極めさせて貰ったよ、君たちの力。この短時間で僕が鍛えた兵を全滅させるとはね」
「アァ? 見極めた、だぁ?」
凄んだ政宗の前で、一人悠然と佇んでいる半兵衛はくすりと笑って自軍兵の屍を見渡した。
「君を筆頭に、奥州には精強な兵が集まっているようだね。その力、豊臣が使わせて貰うことにしよう。後ろに居る女――と言ったかな。君もこの僕が直々に鍛えてあげるよ」
獲物を捕らえる獣のような底冷えする瞳に、がぞくりと悪寒を感じた時、目の前にばさりと青い陣羽織が広がった。
「ふざけんな!」
政宗の放った一撃が、衝撃波のように半兵衛の立っていた辺りを襲った。
「It's nonsense! 分かってねぇな、竹中半兵衛。なんでここまでお前を追って来たと思う? 俺ぁ、何があろうとお前を許す気なんざネェんだよ。奥州を土足で踏み荒らし、こいつが世話になった落とし前、きっちりと付けさせて貰うぜ!」
政宗の全身から怒りが青い闘気となって立ち上るのが分かった。
しかし半兵衛は、余裕の態度を示さずに深い溜息をついた。
「残念だよ。ならば君には退場してもらおう」
高い指笛と共に、周りを新手の敵兵が取り囲む。
その数は、およそ千にも及ぼうかというほどだった。
「! 伏兵か」
「策は成った。君たちはもはや籠の中の鳥も同然。逃げ道は無いよ」
「――つくづくおもしろい真似をするじゃねぇか、竹中半兵衛……」
政宗と背中合わせになって伏兵と対峙したに、半兵衛は嘲笑を浮かべた。
「喧嘩じゃないんだよ、戦はね。この僕がどれほど憎いのかは知らないが、君たち二人は突出しすぎた。そんな戦い方は愚劣でしかない。いくら政宗君の腕に自信があろうともねぇ。、君は少しは見込みがあるかと思ったが、所詮は女。考えが浅はかだったようだね」
「……………」
無言のまま睨みつけたから政宗に視線を戻して、半兵衛は傲岸に言い放った。
「改めて聞こう。秀吉に従う気はあるのかな?」
獲物が否と言うことなど考えず、物事の別の面を見ようともしない言葉――
「Ha――HAHAHAHAHA!」
「――何がおかしい?」
政宗が大きく笑って、背中越しにを振り返った。
「オイ、女だから考えが浅はかなんだとよ。何とか言ってやったらどうだ?」
「――前にも言いましたけど、あんな三流の貶し言葉、何とも思いませんよ。でも、強いて一言だけ言うなら――「それはこっちの台詞」ですね」
――疾風!
足元の影に向かって小さく告げると、たちを取り囲んでいた敵兵が瞬時に喉元をかき切られて倒れ伏した。
「何!?……一体何が……!?」
疾風率いる黒脛巾隊はの命に従って次々と相手の兵を倒していく。
まさか敵も、自分たちの中に敵の忍が混じっているとは思わないだろうから、疑問のままに絶命していくことになるだろう。
目は逸らさない。自分の手を汚してでも、この場所に居たいと思ったから。
「竹中半兵衛――あなたの策って、見え見えなんですよね。短気な政宗さん挑発して逃げて――伏兵がありますって言ってるようなものですよ。それで勝手にこっちを見縊って先手を打たれている可能性も考えないなんて……まさに『愚劣』で『浅はか』。――あなた本当に軍師なんですか?」
それとも、が未来の人間だからそういった裏がありそうなことに自然と目が行くのだろうか。
別段悪意だけでは無くて本気で疑問に思ったから言った言葉だったが、それが余計に矜持を傷つけたのか、半兵衛から射殺されそうな視線を向けられた。
それから庇うように、政宗が半歩前に出る。
「あんまコイツを舐めんなよ。火傷どころじゃ済まねぇぜ!?」
「……そのようだね」
疾風たち黒脛巾と共に敵をなぎ倒していく政宗と、苦々しく吐き捨てた半兵衛――
その視線がに向けられて不吉に笑んだのを見て、は反射的に政宗を呼んだ。
「――政宗さん! 早くここを離れましょう!」
「Ah? どういうこった?」
の言葉を聞いた半兵衛は、おやと楽しそうに笑った。
「君たちの存在は厄介だ。秀吉の野望の妨げになるかもしれない。――だが、ここはひとまず引かせてもらうよ」
「待ちやがれ! 逃げるつもりか!」
「政宗さん!」
「案ずることは無いよ、政宗君。君たちとはいずれ決着をつけることになるだろう。いずれ、ね」
不気味に笑んだ半兵衛がマントのようなものを翻して馬で駆け去っていくと、政宗は苛立たしそうに溜息をついた。
「チッ……竹中半兵衛! ――、何で止めやがった」
「落ち着いてください、政宗さん。この前のことから見ても、あの男が一重二重の目的だけで動くとは思えません。それに追い詰められてたのに最後のあの余裕……まだ何かあるんですよ」
不快さしか感じなかったあの笑み……人を食ったようなあの表情が頭から離れない。
「……嫌な予感がします。今はこの戦を終わらせて、早く米沢に戻りましょう!」
病み上がりで息切れしているに、政宗は溜息をついて兜を放って寄越した。
「確かに、お前の言う事も尤もだ。――ちょっと持ってろ、すぐに終わらせる」
鬱陶しそうに前髪を掻き上げた政宗は、そのまま軽いステップで敵に斬り込んで行った。
「っ! 疾風、政宗さんを援護して!」
「――承知」
見惚れていた自分を恥じるように、は移動に必要な馬を守る為に弓を構えた。
「何、武田だと!?」
「はい。豊臣と何らかの密約があったようですな」
豊臣軍を押し返して無事に南の国境を守った政宗たちが米沢に帰還すると、一足先に戻っていた小十郎は驚くべき報を告げた。
先日守ったばかりの西の国境が破られ、武田軍がこの米沢に迫っているというのだ。
「そんな……武田は上杉と川中島で睨み合ってる筈じゃ……」
「報告によれば、現在川中島には両軍とも姿は見えぬとのこと……上杉とも同盟を結んだのかもしれん」
「武田と上杉が同盟!?」
信じられない言葉に、は血の気が引いていくのを感じた。
甲斐の武田と越後の上杉、そして小田原を押さえた豊臣……奥州と国境を接するこの三国から攻められれば、いかに伊達軍が強いと言っても持ちこたえられないだろう。
伊達軍の敗北――それは即ち、政宗の死を意味している。
俯いたまま震えを止めようと握り締めた拳が、不意に温もりに包まれた。
はっとして重ねられた手を辿るように顔を上げると、力強い政宗の視線とぶつかった。
「――小十郎、武田軍を率いてるのは信玄公か?」
「いえ、先頭の旗印は六文銭……真田幸村かと」
「上等ォ……願っても無い相手だぜ。やっと一年前の借りを返せるって訳だ」
ニヤリと太い笑みを浮かべた政宗が勢い良く立ち上がる。
繋がれたままの腕を引かれて、も無理やり引っ張り上げられた。
「小十郎! 皆を広間に集めておけ!」
「はっ」
行き先も告げられぬまま、踵を返した政宗に連れられて、もその背中を追うように歩き出す。
不安と羞恥と戸惑いと……訳も分からず交じり合った感情を持て余していたが、てっきり自室に戻るものとばかり思っていた政宗が別の棟に入ったところで、堪えきれずに声を上げた。
「ちょっ……政宗さん……!? どこに行くつもりですか!?」
の手を引いたまま振り向かない政宗は、その問いかけに答えるまでもなく、すぐに足を止めた。
「ここは……?」
そこは、が初めて訪れた場所だった。書院の奥に当たる部屋だが、てっきり書庫か何かだと思っていたそこは、がらんと二間ほどが続く板張りの部屋だった。上座に申し訳程度の畳と脇息があるだけで、実用的とは言い難い。
「懸造りだ」
「かけづくり……?」
「物見部屋だな」
そう言えば、入ってきたのとは逆側の壁に大きな窓が付いている。
今は閉ざされているそこに歩み寄って木戸を押し上げた政宗に倣って、も外を覗いてみた。
「……すごい……こんな部屋があったなんて」
そこからは、米沢城下が一望出来た。
山の上に建つ本丸から川を挟んで城下、更にその向こうに広がる平原までもが見渡せる。
天守閣を持たない米沢城にあってその役目を果たす部屋なのだろう。
しかし、素直な感動は長くは続かなかった。見遣った平原の向こうに砂煙が立っているのを見つけ、その間に覗く揃えの赤の軍勢が目に入る。
「あ……武田…軍……」
遠目なのにはっきり見えた菱形紋と六文銭の旗……『風林火山』の文字に、なぜか心臓が大きく高鳴った。
「――不安か?」
繋がれたままの手を引かれて顔を上げると、真摯な色を湛えた隻眼が向けられていた。
弱音は吐きたくない。
ただでさえ大変な時に心配を掛けるなんて絶対にしたくない。
それでも、強くなった頭痛と、存在を訴えるように熱くなった右肩の痣が不快で……
気付けばは、素直に頷いていた。
「――すごく、不安です」
政宗の目が驚いたように見開かれて、はいたたまれずに窓の外を眺めた。
迫ってきている武田軍は、数は多くは無いものの、勢いは凄まじいものに思える。
「……真田幸村と戦ったことがあるんですか?」
「ああ。……一年ほど前に、あん時はこっちから攻めたんだが、油断して一撃食らってな……」
「政宗さんが負けたんですか?」
「It's wrong! 負けた訳じゃねぇ!」
驚いたように問えば、政宗はムキになって言い返した。
久しぶりにそんな子どもじみた顔を見た気がして、自然と笑みが零れる。
「チッ……この独眼竜を笑うとはイイ度胸じゃねぇか、Honey」
「ハ…ハニーじゃないですって……」
想いを自覚した状態でそう呼ばれることの恥ずかしさに、思わず振り返って抗議しようとしたの言葉は、そのまま相手によって塞がれた。
「ン……っ!」
窓の桟についた手に閉じ込められるような格好で、不意打ちの口付けを深く重ねられる。
驚いた拍子に侵入した舌に口内を蹂躙されて、は頭の芯が溶けるように痺れるのを感じていた。
やがて離れた唇に自然と閉じていた瞼を上げると、悪戯が成功した子どものように笑う政宗が居た。
「そんなに気持ち良かったか、?」
「なっ……!」
デリカシーの欠片も無い台詞にカッとなったの頭に、ぽんぽんと政宗の手が乗せられる。
「すぐに片付けてくるから、お前はここで待ってろ」
「え? 待って下さい。私も一緒に……」
「No! 病み上がりにはこれ以上無理だ。今度こそここから出ずに大人しくしてねぇとお仕置きだぜ?」
「政宗さっ……!」
有無を言わせず置いて行かれて閉められた戸に、は呆然とその場に立ち尽くした。
「今の……夢……?」
あまりにも一瞬に突拍子も無く過ぎ去った嵐のような出来事……
思わず唇に触れると、先程の感覚がまざまざと思い出されて、顔が熱くなった。
ふらりと座り込んで溜息をついた瞬間、何処からとも無くくすくすと笑う声が掛けられる。
声はすれども姿は見えず――
はそんなことが出来る人物を一人だけ知っていた。
ムッと眉を顰めて、赤い顔のままで自分の影を睨みつける。
「覗き見なんて悪趣味よ、疾風」
「おっと、そいつは失礼しました――っと」
しかし、影から出てきた人物には呆気に取られた。
忍者には違いない――けれどそれは疾風では無く、オレンジ色の髪をした迷彩柄の服を着た見知らぬ男だったのだ。
「初めまして、だね。俺様の名前は疾風じゃなくて、猿飛佐助。君がちゃん?」
思わず頷いてしまってから、はようやくそれに気づいた。
相手の脛に、黒脛巾の証である黒い鉄甲が無かったのだ。
「あなた、敵……!?」
城内にいる黒脛巾以外の忍が、敵ではなくて何だというのか――我ながら間抜けな質問だと思っただったが、返って来たのは意外な答えだった。
「いんや、俺は君の敵じゃ無いよ」
「え……?」
「君を迎えに来たんだ――我らがお館様の末姫・姫をね」
は大きく目を見開いた。
頭が痛い。
肩が熱い。
体の中から、何かが蠢いて目覚める音がする。
ヘラヘラと笑う佐助の瞳が決して笑っていないのを見つめて、はじっと自分の鼓動を聞いていた。
061111
前半の半兵衛とのやり取りは、ドラマCD2のパロです。初めてあれを聞いた時から、こんなシーンを書きたいと漠然と狙っていました(笑)