「Hey,guys! 今夜はpartyだ、派手に楽しめよ!!」
数日掛けて賎ヶ岳から凱旋した政宗は、米沢城に着くなり、そう宣言して兵たちを沸かせた。
「partyって……勝ち戦の宴のことですか?」
本当に数日間荷物のように抱えられて帰ってきたは、ふらふらの足取りで傍らの政宗に聞いた。
Of course! という元気な返答に、思わず笑ってしまう。
しかし、笑っていられたのはそこまでだった。
政宗と分かれて、伝令隊の召集で今夜の宴会のことを告げられ、思わず顔が引き攣った。
今夜の宴は、前田軍を下し、向かい入れることを内外に示す大掛かりなもの――その規模が大きくなればなるだけ、無論準備も大仕事になる。
参加できるのは、伊達軍・前田軍共に各隊の足軽大将以上ということだったが、その数は千人近くに及ぶ。
更にその下の雑兵たちにも酒が大盤振る舞いされるということで、米沢城はかつて無い活気に満ちていた。
しかし、問題は伝令隊である。
仕事が特殊であるため、格下のまで全員が参加出来るということだったが、元々雑用のような色が濃いので、この宴でも参加して楽しむというよりも、参加を兼ねて仕事する、と言う方が正しいような様相を呈していた。
城勤めの女中だけでは手が足りず、城下の武家屋敷に住む妻女たちもこぞって賄いに来るようだったが、それらを指揮して準備するのが小十郎麾下伝令隊の役目だ。
現在の時刻が正午を回った辺り……
「いいか、お前ら! 夕刻までに何としても準備万端調えるぞ! 死ぬ気で働け!!」
まだ戦モードが抜けない小十郎の男らしい台詞の元、は疲れた身体に鞭打って目の前の仕事に集中した。
「あーっ、ちゃん、めっけー!!」
日没の少し前から始められた宴――
開始からずっと女中に混じって酒や料理を運んで走り回っていたは、廊下で不意に呼び止められた。
宴が始まってから約二時間……が振り向いた先には、酔いで顔を真っ赤にした成実が立っていた。
「成実さ…様、お怪我は大丈夫なんですか?」
戦の最中に足をやられて、一時戦線離脱していた成実だったが、どうやらその場で撤退したのが良かったのか、傷は深く無さそうだ。
杖を片手に、もう片手には徳利を持っている姿に、は苦笑した。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! 全っ然、大したこと無いのに、小十郎殿ったら大袈裟だよねー! ちゃんこそ痛そうなのにさー……何々、心配してくれたの!?」
大きな瞳を輝かせて迫ってくる子犬のような成実に、は慌てて後ずさってその拍子に盆の上の銚子が音を立てた。
「ん? ちゃん、見かけないと思ったらこんなことさせられてたんだー。貸しなよ、俺が持ってあげる」
確かに左肩を負傷していて右手しか使えない今、盆を持ってやるという申し出は魅力的なものだったが、成実は仮にも伊達三傑と呼ばれる程の筆頭武将……その上片足を怪我しているのに、盆など持たせられる筈が無い。
それに、怪我をしてる者なんて、戦直後の今夜はそこら中に溢れている。
盆を取り上げようとした成実の手を素早くかわして、は微笑んだ。
「お言葉だけ貰っておきます。これは私の仕事ですから。……ありがとうございます、成実さん」
最後はこっそりと成実だけに聞こえるように声を潜めれば、成実はただでさえ赤かった顔を更に赤くした。
「ちゃん……!」
がばりと酔っ払い独特のテンションで抱きつかれそうになって慌てたは、気が付くと誰かの背に庇われていた。
「疾風……!?」
「……殿がお呼びです、様」
「政宗さんが?」
突如現れた忍は、今日は宴会場周辺の警護だと聞いていたが、政宗に使いとして呼ばれたのだろう。
疾風によって突進を阻まれてむっとしていた成実も、政宗の名に溜息をついた。
「あー…、殿の奴、何か落ち着かないと思ったら、ちゃんに会いたいの我慢してたんだなー…」
「……? 何か言われました、成実様?」
「…んーん、何にも? 殿のとこに行くなら俺が連れてってやるよ」
「でも……」
政宗は言わずもがな、一番上座。は間逆に一番下座である。
そんな者がおいそれと上座に近づくのは何かとよくないのではないだろうか……
の危惧を見透かしたかのように、疾風と成実が口を開いた。
「心配はいらないと、殿が仰せでした」
「そーそー。今日は無礼講だって言ってたしさー、今は隠し芸大会やっててかなり座も乱れてるから、誰も見て無いって」
少し考えて、どうせ政宗が呼んでいるなら断れないと判断したは、成実に連れられて上座へ向かった。
一応、酒を運んできたという風を装って広間に入ったのだが、入った途端に、目を見開いた。
月も昇り、宴もたけなわ……会場となっている大広間やその庭のそこここでは、既に踊りだすものや暴れる者まで出始めている。
特に上座前の空間では、武将たちが次々と『隠し芸』を披露しているらしく、腹にらくがきした者や鼻と口の間に箸を折って挟んだ者の屍がごろごろと転がっていた。
「おう、! そんなとこ突っ立ってねぇで、こっち来いよ」
「は…はい」
政宗の声に慌てて彼の前に行ったは、呆然としたまま無意識に手に持っていた銚子から酌をした。
それに口を付けた政宗が、を見遣って口元を弛ませる。
「…くくっ……」
「? どうかしましたか?」
「いや、これじゃいつもと変わんねぇなと思ってな」
「…そう言えばそうですね」
いつも、の家で二人で飲む時も、互いに酒を注いだり、手酌で飲んだりするのは自然の流れだった。
場所がこんな衆目の場であろうと、政宗を前にしたら緊張は吹き飛んでしまったらしい。
「それにしても、何かお前、疲れてないか?」
「当たり前ですよ……」
政宗が差し出した銚子を態度だけでも恐縮して受け、口調はウンザリと言った。
周りは本当に騒がしく、政宗との会話は誰にも届かないだろうが、一番上座に座っている政宗はどれだけ座が乱れていようとやはり目立つので、滅多な行動は出来ない。
「政宗さんと分かれた後から今まで、伝令隊はずっと宴の準備に走り回ってましたからね……まだ家にも帰ってません」
「そいつぁ、ご苦労だったな」
ちっとも労いの色が感じられない言い方で、にやりと笑った政宗に、は溜息をついた。
けれど、政宗とて雑多な仕事に忙殺されていたのだろうと分かるだけに何も言えない。
「まぁ、お前もここからは飲んで楽しめよ。そう言やぁ、お前は宴は初めてだったな。どうだ、伊達のpartyは?」
どうだと言われても……ぐるりと見渡して、は口を引き攣らせた。
(ヤンキー(伊達軍)数百人ともう少しまともな人たち(前田軍)数百人がこれだけ暴れてるのなんて……)
見るのは初めての筈で圧倒されるのも事実だったが、は次第に自分が見ているだけでも楽しいと思っていることに気付いた。
そう気付くと、自然と口元に笑みがのぼる。
「…ふふふ、楽しいです。みんなすごいテンションですねー」
「でしょでしょ!? いやぁ、ちゃんなら分かってくれると思ってたよー!」
「以前にお呼びした姫君などは、その場で卒倒されましたからなー」
「流石には度胸が据わってますね」
脇から成実、綱元、小十郎に声を掛けられ、はにこりと微笑んで目礼した。
政宗だけはなぜかチッと舌打ちする。
「なんだ、お前ら、揃いも揃って何の用だ」
「殿、殿を独り占めするのはずるぅございますぞ」
「そうだそうだ! 梵ちゃんばっかズルイ!」
「梵っていうな!」
「成実殿、もう酔ってらっしゃるのですか?」
一気に賑やかになった場に、は苦笑して腰を浮かした。
「アン? どこ行くんだ、」
「私はそろそろ仕事に戻ります。あまりここに長く居ることもできませんし」
「…………そうか」
は新参の兵で、政宗は殿様――これは、公の場では絶対に崩してはならない壁だ。
奥州も今でこそ政宗が纏めているとは言え、つい数年前までは小国の乱立する土地であったので、今でも一枚岩とは言い難いものがある。
身分の壁を越えるような隙を見せれば、誰にどこから付け入られるかもしれない。
は普段政宗と親しくさせて貰っている分、余計にそれを弁えなければならないと思っていた。そうしなければ、もう政宗と会うことは出来なくなる。
そして、政宗自身が隙を見せてはならないことを一番良く知っているから、滅茶苦茶に見えても、彼は決して侮られたりしない。
(分かってる……けど……)
心中で呟いて、は視線を落とした。
そうか、と言った政宗の目が寂しさに揺れた気がして、の胸が痛む。
「ちぇー、ちゃん行っちゃうなんてつまんねーの。大体、女の子なのにそんな恰好してちゃ、楽しむもんも楽しめないじゃん」
特に俺が。と言って綱元の笑いを誘った成実だったが、そんな二人を見て、政宗がにやりと笑った。
「オイ、。お前も何かやれ」
「…はい?」
政宗に言われて顎でしゃくった方を見ると、そこには『隠し芸』なのか女物の着物を着て白塗りに紅を差した恐ろしいものがずるりずるりと踊っていた。
「……もしかしなくても、私にもアレをやれ…と?」
「アレっつーか……、ちょっと女装しろ」
「女装って……」
私は正真正銘女だ、と言おうとして、は今の自分の恰好を見下ろした。
袴に一重の着物……一応宴席に出入りする為、顔や手足は洗って埃も払ったものの、まだ戦の汚れが抜けず、化粧気もありはしない。
元の世界に居た頃は、軽いメイクぐらいはしていたし、人並みにおしゃれにも気を配っていたことを考えれば、そんな恰好でこの場に居ることがひどく居た堪れなく感じてきた。
思わず顔を俯けたその時、聞き覚えのある声が掛けられ、ははっと目を見開く。
「お話はお聞きしました。ここはこのまつがお力をお貸ししましょう」
「! まつ…様…!」
驚いて顔を上げたに、まつはにこりと微笑む。
今宵、主賓であるまつは、黄緑を基調とした美しい打ち掛けを纏っていた。
戦場でさえ綺麗だと思ったが、髪を下ろし、打掛をさらりと捌き、凛と佇んでいるその姿は、まさに姫君といった威厳を持っていて、は見惚れた。
賄いを持って出入りしていた時にも遠目に何度か目を向けていたが、近くで見るとその美しさもひとしおだ。
「独眼竜殿、余興としてその女子を着飾らせるのでしたら、わたくしの予備の衣裳をすぐに用意できましょう。わたくしも丁度息抜きをしたいと思っておりましたところ……お預けいただけませぬか?」
予想だにしない展開にただ目を見張るに視線をやって、政宗はしばらくの沈黙の後、頷いた。
「OK,いいだろう。頼んだぜ、まつ」
「はい、このまつにお任せくださいませ」
政宗を見れば、一つ頷いて返され、は腹を括った。
まつとその侍女らしき女に付き添われて広間を出て、暗い廊下をしずしずと歩く。
利家とまつに与えられた部屋だろうか、本丸の中ほどにある広い部屋に通されて、まつと二人きりになった途端、ようやくまつは口を開いた。
「あの戦以来ですね、殿」
呼びかけられて、はぴくりと反応した。
広間では知らないように振舞っていたが、やはりそれは芝居だったようだ。
危険は無いと判断したからこそ、政宗も頷いたのだろうし、あの仕草にはもっと深いものも篭められていると思う。
とにかく今は、まつも伊達軍の武将―― 一兵卒のとしては礼を尽くさねばならない。
「――敵であったとは言え、大変な失礼を致しました。まつ様に弓を向けましたこと、お許しくださいませ」
「まあ、謝る必要などありません。それより、怪我の具合はいかがでござりまするか?」
自然な程にするすると袴の紐を解かれ、着物を脱がされて、肩口の傷を検められる。
そして、まつの瞳が悲しげに歪められて、は慌てた。
「わたくしの方こそ、申し訳ありませぬ……いくら戦とは言え、女子の身体にこのような……」
「そんな、止めてください、まつ様。私は貴女の行く手を阻んだ敵なのですから、当然です。むしろ、実力的には瞬時に殺されても仕方なかったのに、貴女は手加減されていた……本当に、申し訳ありませんでした」
「……なぜ、わたくしが手加減したことに対して殿が謝るのです?」
「貴女が手加減されたのは、一重に私が場違いの非力な女だったからでしょう。そのせいで、貴女が思う道を貫けなかったのではないかと……」
が邪魔をしなければ、まつは利家が負ける前に愛する夫の元に助太刀に行けたかもしれない。
最早意味の無い仮定だが、戦の勝敗が変わっていたことさえ有り得たかもしれないのだ。
その場に手を付き、深く頭を下げただったが、まつはそっとその手を取った。
「やはり思った通りでございました」
「? あの…?」
「殿、貴女は賢く、優しい方……先程、独眼竜殿と親しくされていたのに驚きましたが、それも納得できるというもの」
「えっ、あの…ですね……」
「ふふ、照れなくてもよろしゅうございます。さあ、再会の挨拶もできたことですし、そろそろ着替えませぬと殿方が待ちくたびれてしまいまする」
「え?」
自分は結構重い内容で謝っていた筈なのだが……と考えて、は戸惑った。
いつの間にか、先程までの緊張した空気が消えている。
まつは最早、楽しそうに着物を広げていて、戦など知らない深層の姫君のようだった。
「これなどいかがですか? 殿には緋色が良く似合いまする」
(不思議な人……)
胸中で呟いたに、まつはにっこりと笑って自ら着付けをし始めた。
政宗はきっと、まつがどういう人物かなりに見極めて来いとそういう意味も含めて頷いてみせたのだろう。
「わたくしもこれでも慣れぬ土地に不安もございます……もし宜しければ、また殿と他愛無い会話をさせていただくことはできましょうか?」
これが演技だというなら大したものだ。
まつは聡い女性なのでその可能性は全く無いとは言い切れないが、悪意は無いように感じた。
自分がまつに好意を持ってしまったことは否定できない事実なので、欲目と言われればそれまでなのだが……
「私でよければ喜んでお相手させていただきます。これからも、よろしくお願いいたします、まつ様」
「まあ、ありがとうございまする! 無理してこのように連れ出して正解でした。こちらこそ、よしなに――殿」
にこりと微笑み合って胸が温かくなったは、その間にも着々と手際よく着付けられていっていることに、しばらく気付かなかったのであった。
060911
宴に出席できる身分や人数は適当なのであしからず…。
隠し芸で女装して踊っていた人は、小●太夫のイメージで(笑)