「小十郎様、伝令です!」
戦も終盤に差し掛かり、敵兵の数も大分減っていたので、は何とか無事に最初の大門辺りで小十郎を見つけた。
跪いて政宗の言葉を伝えると、小十郎はてきぱきと指示を下し始める。
「、俺は補給路を潰しに行く。この事を前田の嫁を追ってる綱元殿へ知らせてくれ」
「分かりました――成実様はどうされました?」
「あいつは足の骨をやっちまってやがったから、一旦外へ下がらせた」
一つ頷いて、は声音を落とした。
「政宗さんは織田の犬が潜り込んでると言って黒脛巾に指示を出していました――小十郎さんも気を付けてください」
「織田の犬が? 分かった……、テメェもドジるんじゃねぇぞ!?」
「は…はい…!」
相変わらず緊張する迫力に返事をして、は休む間も無く、綱元を探すために駆け出した。
いくら最近鍛錬していたとは言え、所詮付け焼刃――他の兵より圧倒的に体力が欠けるのは自覚している。
足の速さも、力も、男には叶わない。
馬が無ければ、得意の馬術も生かすことが出来ない。
命のやり取りをする血生臭い場所で、息も切れ切れに走ることしか出来ない自分をひどく情けないと感じた。
まともに戦えない、弱い女である自分が嫌だと。
ぎりと奥歯を噛み締めた時だった。
前方から高い声が聞こえ、は足を止める。
「犬千代様ぁーーーーーー!!」
それは事もあろうに、敵の総大将の片割れ――前田利家の妻のまつだった。
まつがここに居るということは、綱元は撒かれたか、突破されたのだろう。
は一瞬戸惑ったが、自分の後ろにあるものを思い出して弓を構えた。
後ろには補給路を探す小十郎が……更に先には、真剣勝負をしている政宗が居るのだ。
まつが行けば、更に不利になることは目に見えている。
「…………くっ…」
人に弓を射るのは初めてだった。
だが、戦場に居る以上、それを躊躇する訳にはいかない。
震える手を叱咤して、まつが射程に入った瞬間を狙って矢を放つ。
矢は狙いを過たずに真っ直ぐに――飛んだが、直前でまつ本人によって防がれてしまった。
「何者っ!」
こちらに気付いたまつも歩みを止めて対峙する。
しかし、弓を下ろしたを目に止めた瞬間、まつは驚きの声を上げた。
「――女子…!?」
それは、他の敵兵のように蔑みでも嘲笑でも無く、ただ純粋な驚きだった。
「なぜ女子がこのような所に居るのです!」
本当に驚いているまつに、は思わず苦笑する。
「貴女も女性ではありませんか――何をそんなに驚かれるのですか?」
「……私は女ですが、武門の子、武将の妻。しかし、貴女は――……」
まつの言いたいことが分かって、はなるほどと納得した。
まつやその他の戦場に立つ女とは、は明らかに雰囲気が違うのだろう。まつのように戦いに慣れた凛々しい気配も欠片も無いに違いない。
だが、そんなことで戸惑われ、手加減されるのは、無性に悔しいと思った。
「確かに私は一介の伊達の民です。それでも、大事な約束……大事な人の為に、ここに居ます。だから――ここを通すわけにはいきません」
再び弓を構えてそう言うと、まつは目を見開き、次いでふっと晴れ晴れした笑みを見せた。
「まあ、そうでございましたか。譲れぬものがあるのは互いに同じ――それでは、わたくしも全力でお相手いたしましょう。
前田利家が妻、まつに御座りまする。お覚悟なされませ!」
大きな薙刀を構えたまつに対峙して深呼吸する。
(とても、強い女性(ヒト)だ――)
こうして向かい合って、その瞳の強さを目の当たりにして、はひしひしと感じた。
利家への想い……利家との絆が、ここまで強い心を生むのだろうか。
それに、まつ生来の優しさや強さが相まって、とても自信に満ち溢れているように見えた。
同じ女で、年もそれ程離れていないだろうに、こんなに違う――
生まれた場所や、経験は言い訳にならなかった。
こうやって気後れしてしまうのは、の心が弱いからに他ならない。
「……伊達家臣、です。お相手願います」
負けたくない――せめて、心だけでも強くありたい――
その想いだけを胸に、は弓を引き絞った。
「――Ha! 勝負あったな、前田利家!」
「クッ…くそぉ……すまない…まつ……」
渾身の連撃を打ち込み、勝負を始めて程なくして相手を追い詰めた政宗は、利家の首元に刀を突きつけていた。
上がった息を整えながら、カチリと刀を持ち直す。
「前田利家――アンタの所の兵力……何より、アンタ自身が殺すにゃ惜しい。伊達に下れ! この独眼竜につきな!」
「なっ…! 見くびるな! 某は信長様の臣――いくら敗れたとは言え、そう易々と敵に屈しはせん!」
地に伏せたままでもそう啖呵を切ってみせた利家に、政宗はますます口角を上げる。
「いいねぇ……威勢が良いのは嫌いじゃない。だが、魔王のオッサンにそこまで熱く忠義を誓うのはcoolじゃないねぇ……アンタもあのdevilの所業には疑問を抱いてる筈だぜ?」
「む………」
「国は民――あれだけ人を殺しといて、国を治められる筈がねぇ。天下人の器じゃねぇってことだ。あのオッサンが暴れりゃ、天下は荒れる……一番その割を食うのは誰か、アンタなら分かってるだろ?」
戦で疲弊するのは、いつだって民だ。
いつきをリーダーとして起こった一揆は、政宗にとっても忘れられないツライ一戦だった。
「くっ……某はどうしたら……まつ……!」
「もう一度言うぜ? 伊達につけ! そうすりゃ悪いようにはしねぇ。天下の為にも、大事な嫁サンの為にも、何が一番良いか考えるこったな」
「天下の為……まつの為…………分かった、独眼竜殿。前田は貴殿に従おう」
「Good……歓迎するぜ」
戦いも交渉も上手く治まり、政宗はほっと安堵の息をついた。
戦が終わったことを全軍に知らせようと周囲を見渡し、そこで初めて大分戦場であった湖畔から離れていることに気付く。
舌打ちし、自力で戻るしかないかと、満身創痍の利家に手を貸そうとした時だった。
「――殿」
「疾風か、丁度イイ所に来たな。犬は見つけたか?」
音も無く現れた忍を振り返る。
に預けてまだ一月も経っていないが、大分まともになってきたと聞いていた。
むしろ人の感情に聡いこともあるくらいだと言って、親バカのようにはしゃいでいたは記憶に新しい。
幾分人間らしい表情もするようになった顔を僅かに顰めて、疾風は言った。
「頭領の一隊が発見しましたが相手は逃走――現在も半数が追っております。それよりも、殿――」
「ア?」
「様の元にお急ぎください」
「? 何かあったのか?」
「現在、大門付近にてまつ殿と交戦中です」
「何!?」
「まつが!?」
同時に声を上げた利家の存在を思い出し、政宗は頭を冷やそうと息をつく。
「……お前が行って、戦は終わったと伝えて来い。俺は他にやることがある」
「殿――様が呼んでいると言っても、行かれないのですか?」
疾風の台詞に、政宗は目を瞠って足を止めた。
「が? アイツが俺を呼んでるってのか!?」
「――はい」
俄かには信じられないことだった。
状況判断に優れ、人目がある場所では――特に戦場では、主従の別を過ぎる程に弁えていたが、自軍の大将である政宗を呼んでいるなどと……
(まさか、動けない程の傷を……つーか、死にかけてんのか…!? いや、それなら疾風が黙ってねぇだろうし……)
「Shit! 疾風! テメェはそこの前田利家を連れて小十郎んとこ行って、勝鬨を上げさせろ。んで、前田軍全員手当てしてやれと伝えろ! Hurry! 急げよ!!」
「御意」
呆然としている利家と頷いた疾風を残して、政宗は白斗に跨って駆け出した。
「もうお仕舞いにござりまするか!?」
まつの速い攻撃を、は弓の鉄部分で弾くだけで精一杯だった。
動きが速すぎて、弓の間合いにさえ待ちこめない。
常に薙刀の間合いに立たされており、防ぎきれなかった細かな傷は増えていく一方だった。
肌を薄く裂く攻撃の為、出血量だけは多く、傍から見れば満身創痍のようだろう。
「くっ…ぐっ……!」
「いい加減観念されて、そこをお退きなさいませ。命までは取りませぬ」
「うっ…! ……ここは通せません、絶対に!」
「――仕方ありませぬ!」
ギィン!と思い切り真上に弓を弾かれて、はその場に蹴倒される。
弓を握った右手を踏みつけられ、目の前に薙刀が突きつけられた。
(殺される――!)
本能で思った時、とっさに頭に浮かんだのは、政宗の顔と言葉だった。
――「――いいか、。戦で生き残んのは、根性のある奴だけだ」
根性……どんな時でも、命を諦めない往生際の悪さが必要なのだと。
「っっ!!」
現実で聞こえた声に、は自然と自由な左手を動かしていた。
懐の守り刀を抜き、まつの左足に斬り付けて、振り下ろされた薙刀を体を捻ってかわす。
先程まで寝転がっていた首の辺りに薙刀が突き刺さり、一歩間違えれば死んでいたような大博打に出た自分に、ぞっとした。
「それ以上はやらせねぇ!」
スピードを乗せて斬りかかって来た政宗の六刀を何とか受け止めたまつは、勢いを殺しきれず大きく吹き飛ばされた。
「っ! 無事か!?」
「だ…大丈夫です」
「何処がだよ……傷だらけじゃねぇか!」
「あ、これは……」
腕を取って顰められた政宗の顔に、は思わず見惚れた。
なぜここに――? そう思う反面、ひどく喜んでいる自分がいる。
「Hey、まつとか言ったか……ウチのバカを可愛がってくれた礼でもしたい所だが、戦は終わりだ。前田はこの独眼竜に下った」
「ま…真にございまするか!? 犬千代様はっ…犬千代様はご無事で……!?」
「アンタの旦那のことか? 俺と戦り合ってボロボロだが、一応は生きてるぜ?」
「っっっ……犬千代様っ……!!」
真っ青になって駆け出していったまつを見送って、は全身から力が抜けるのを感じた。
「……!? オイ、しっかりしろ!!」
「大丈夫です……ちょっと、貧血なだけですから……」
致命傷は無い筈だが、血を流しすぎたのだろう。
気持ちの悪い眩暈の中、は意識を失った。
060904